(31) 知恵の実-8

先日広場で会釈を交わした魔女は、私に助け船を出すようにして、唐突に現れた。



「ダーチャ、戯れも程々にしておきなさい。賓客に失礼があってはならないでしょう」



ダーチャはそんな忠告など気にする様子もなく、


「まあ、ロゼ ロワイヤル様。ごきげんよう」


上品で丁寧に、魔女に挨拶を投げ掛ける。続いて状況を察してか、


「戯れとは心外ですわ、わたくし、いつだって本気ですのよ。それに、────貴女も"森"の魔女様に興味が無いわけではないのでしょう?」


撫でる様に、そして静かに微笑んでいる。ロゼ ロワイヤルはそれ以上言葉を発する事なく口を噤むと、ダーチャは言葉を続けてゆく。



「花は自ら咲く場所を選べません、そして、全ての花は何時か散っていきますわ。────奇しくも同年代のわたくし達が、こうして今"学園"に揃ったのですから。これほどの好機を、わたくし、見逃すわけにはいきませんわ」



魔女は食器類を手際よく片付け終えると席を立ち、


「待たされる事は嫌いじゃありませんの。ハルマリ様、わたくし、いついつまでもお待ちしております、────それでは御二方、ごめんあそばせ」


そう言って、美しく、そして潔く、引き際を弁えて去っていった。



*



食卓には、2人の魔女が取り残され、


「"学園"の者が失礼しました、"森"の魔女の寛大な対応に感謝します」


そう言って彼女、ロゼ ロワイヤルは頭を下げる。私は椅子から立ち上がるようにして、


「頭を上げてください。驚きこそしましたが、気にはしておりません。────申し遅れましたが、"森"から参りました、ハルマリと申します」


挨拶を済ましながら、彼女に腰掛けるよう身振りした。



「それと差し支えなければ、歳も近いようですし、言葉遣いも砕いたもので構いませんよ」



それは魔女にとって意外な返答であったのか、逡巡した様子ののち、やや間を置いて、


「────気を遣って貰って悪いわね」


堅苦しさを無くすように、魔女は表情を若干緩めるようにして、ゆったりと椅子に腰を下ろしてゆく。



「悪い魔女ではないのだけれど、 向こう見ずに突き進むところが玉に瑕ね」



それはどこか羨望の眼差しに近い様な、若干の感情が見え隠れする言葉だったが、


「"森"とは違って、賑やかで嫌いじゃないかな。刺激が強い事も、多々あるけれどね」


調子を合わせる様に受け答えしながら、緊張を緩めるようにして、私は笑う。ロゼ ロワイヤルは息を吸いながら一拍置くと、


「────ダーチャの件、どうするつもり?」


「彼女の事情もあるだろうけれど、いずれにしても調剤の役目が一段落してから考えてみるつもり。作業の合間で余暇も作れるだろうから、前向きに検討、というところかな。────それに根に持たれても今後が怖いもの」


そう私は苦笑いで誤魔化し、それ以上の発言は差し控える。



「合意を得て手合いが成立した際には、私が最後まで見届けるわ。私も、────"森"の魔女に興味があるもの」


彼女は軽くふざけて揶揄うような素振りを見せて、ふわりと、そして淡く笑うと、


「もう、他人事だと思っているでしょう。期待されたら応えたくなるけれど、私だって身の程知らずじゃありません。魔力無いし、飛べないし」


私はそう言って自嘲的な発言をしつつも、気兼ねすることなく、全てを受け入れている様にして笑った。


ロゼ ロワイヤルは目を凝らして、私をじっと見つめると、


「不思議な魔女ね、────ありがとう、ハルマリ」


「褒められている気はしないけれど、────どういたしまして、ロゼ ロワイヤル」


そう言って私達は、顔を突き合わせるようにして、互いに微笑み合ったのだった。




気付けば雨は上がっており、切れ間から差す光に触れた空気は澄み渡るようにして、曇りのない気持ちが胸を弾ませる。


空から降り注ぐ陽ざしは淡く優しい色合いをしており、それは柔らかな春に触れている様に、どこか温かかった。

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