(30) 知恵の実-7

魔女、ダーチャに付き添うようにして、私達は居館の廊下を歩いてゆく。



「恐れ入ります、ハルマリ様。"学園"は余り娯楽がありませんの、退屈は魔女をも殺す毒、とは良く言ったものですわ」


「────────ええ、そうですね」



適当に相槌を打ちながらも、私は置かれた状況に戸惑いを隠せなかった。ある分野においては、一人前になる為に一度は経験する出来事のことを通過儀礼と言うらしい。程度の激しい物は洗礼とも呼ばれており、魔女達はそこで生き抜く術を学ぶという。

────そう、本で読んだことがある。



ダーチャはゆったりとして威厳ある様子で、鷹揚な態度で話し掛ける。



「それにしてもハルマリ様は、────たいへん個性的でいらっしゃいますわ」



時に上品な言葉遣いは、遠回しに、婉曲した表現をするという。胸中穏やかでないまま、言葉の奥深さを垣間みる。



「────────い、田舎者ですみません……」



ダーチャは考えを巡らせるようにして、


「────貴女、変なところでおポンコツですわね……。わたくしの言葉は上面を飾るものではありませんわ。流行を追うよりも、自身の個性を尊重するものでしょう。独自の流儀を貫く、その姿勢が憧れを抱くのですわ」


はんなりと愛らしく、そして艶やかに微笑む。



ぎこちない会話を続ける中で、私が魔女に連れられてきた場所は、思いもよらぬ居館厨房の入口だった。



*



厨房の受付台へと向かった私達は、ピーチメルバへと声を掛ける。



「────あら、意外な組み合わせね」



厨房に立つ彼女は好機の眼差しを向ける様にして、


「早くしてくださる? わたくし、急いでおりますの」


ダーチャは前もって手配し、確保していたものを催促する。

ピーチメルバは冗談めかすようにして、


「まあ、怖い」


そう言ってトレイを差し出した。


彼女は2人分の飲物や菓子が乗ったトレイを受け取ると、食卓の入口にほど近い食台へと進んでいった。私は食台に向かい合う様にして座り込むと、緊張と不安の中で、顔を突き合わせるようにして目を向ける。


ダーチャはそんな気持ちを察してか、少しでも軽減出来ればと配慮するように、


「そう肩肘を張る必要はありませんわ。寛ぎの一時というものは、会話の時間を楽しむためのものなのですから。そしてお客様を招待するのであれば、わたくし、とびきりの紅茶とお菓子を用意してもてなしておりますの」


「ほほほ」といった控えめな笑い方をしながら、彼女は口元に手を当てる様にして上品に仕草する。


続いて彼女は私の机の手前に紅茶とお湯差し、そして数種類の菓子を並べていきながら、


「わたくし、貴女に興味がありますのよ」


もてなしの心遣いをするようにして、そう言った。


ダーチャは軽く手をかざし、召すように意思表示をすると、


「ある種の薬物は古来より恐れられ、触れてはならないものとして、何が起きるかわからないものとして、数々の伝承が語られてきましたわ。けれども、そんな禁忌に心惹かれてしまうのも、また事実でしょう?」


ダーチャは興奮を抑えきれない面持ちで、


「魔女の軟膏は、自在に獣や鳥の姿に変える事を可能にするとお聞きしておりますの。それは特別な知識を持つ賢者とされ、人は畏敬の念をもって接していたといわれておりますわ。薬草学や薬学を継承してゆく存在、知恵者とはよく言ったものですわね」


そう言って彼女は紅茶へと口を付けながら、冷静さを取り戻してゆく。



「ハルマリ様。嗜み程度ではありますが、わたくしも、得意とするものがありますの」



魔女は一呼吸置くと、まるで獲物を狙うかのような目つきをしながら、


「────是非一度、わたくしと、お手合わせ願いますわ」


薄い唇が、微笑むように変わっていった。




────────競い合う事なんて、生まれてから今の今までずっと、一度も経験したことはない。私はそう声高に主張したい気持ちであったが、どうやら今の彼女には、冗談は通じそうにない様子だった。



紅茶と菓子の味なんて、覚えている訳がない。

彼女には、口が裂けても言えなかった。

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