(29) 知恵の実-6

今日は朝から肌寒く、空は相変わらずの雨模様だった。

私は作業部屋で器具の手入れを進めながら、窓の外へと視線を向ける。


標準的に生憎の天気とは良く言ったものだけれど、一体誰の主観だったのだろう。それは神様の機嫌や都合なのかも知れないけれど、機嫌を取って貰うことを期待していても仕方ない。私達はきっと、そういった計らいの中で生き続けて来たのだから。



今も昔も、雨は大地に潤いを与え、草木に恵みをもたらし、動物達や魔女達の暮らしを支え続けている。



(雨は好きだけれど、────濡れるのは遠慮したいかな)



雨の日は雨の日で、晴れとは異なる情緒がある。

"学園"はまた違った雰囲気を醸し出し、雨音や雨の香りは特別なものとして、美しい趣を添えている。



私は幾つかの小瓶を見繕い、机の上へと並べてゆく。天然原料から水を用いて精油を抽出し、濾過しながら不溶物を取り除く。自然で優しい心地よさを持つ、繊細で奥行きのある匂いが、次第に部屋の中を満たしていった。


私は酒精と精油を混合すると、空き瓶へと溶液を移して攪拌しながら均一溶媒へとしてゆく。



(……どうか好みに合いますように)



私はそう願いを込めながら、気持ちを注ぎ入れる様にして、瓶の栓を念入りに閉めたのだった。



*



雨音を塗り重ねるようにして、扉を軽く叩く音が、とんとんとんとんと鳴り響く。器具類を片している私のもとへ、その予期せぬ来訪者は現れた。



「少々お待ちください、ただいま参ります」



私は押し開きの扉を開け、扉の前に立つ様にして来訪者へと視線を向ける。そこには鮮血の様な長髪を靡かせながら、暗紫色の目は射るような眼差しを向けるようにして、一人の魔女が立っている。


魔女は優雅な立ち居振る舞いをしながら、


「ごきげんよう、"森"の魔女様。────宜しければわたくしと御一緒しませんこと?」


艶めく唇で、悪戯めいた笑みを浮かべていた。

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