(28) 知恵の実-5

居館4階の控えの間を後にして、私は階段を降りてゆく。


採取に向かうには遅過ぎており、夕飯を取るには早過ぎる、そんな中途半端な時刻の中で、私は時間を持て余すように歩いていた。


主塔と居館が見渡せる広場では数名の魔女の姿が確認でき、視線を巡らせていると見慣れた姿がそこにはあった。小柄な魔女、────コタダは見知らぬ魔女に絡まれる様にして、ただただ箒を握り締め、俯き続けている。


私は古井戸の横を抜けて近付いてゆき、意識を向ける様にして様子を伺い始める。コタダと同年齢程であろう魔女は、険のある顔をして、


「あんたはただ、環境のせいにして逃げ続けているだけよ。いつもいつも、他人の良心に甘えているだけじゃない」


コタダへ向けて蔑む様にそう言い捨てると、


「……そうですね、ごめんなさい」


コタダは悔しさを堪えながら、じいっと唇を噛み締める。震えた両腕を抱き締める様に、壊れた笑顔を作る様に、彼女は瞬きをしきりに繰り返しながら、押し殺す様に耐えていた。


────それは、私がすかさず間に入り込もうとした、その瞬間だった。



「デカフェ、止めなさい」



デカフェと呼ばれた魔女に向けて、若干の苛立ちを含んだ声が響き渡り、広場の空気が張り詰めてゆく。思いがけなく現れたその魔女は彼女の言葉を制止しようとしたが、それでもデカフェは構うことなく、それを振り切るようにして言い放った。



「お高く留まってるんじゃないわよ、私は本当の事を言っているだけでしょう。才も無ければ学も無い、愚図はどこまでいっても愚図なのだから」



素知らぬ振りでデカフェはさらりと言葉を返すと、コタダは全てを振り切るようにして、居館の中へと駆け出してゆく。



「……デカフェ、発言には注意しなさい。時に言葉は、いつまでも記憶の中に残り続けるのだから」



諭すようにしてデカフェへと語り掛ける中で、魔女は私に気付いたよう視線を向ける。私はそそくさと魔女へと一礼し、コタダを追い掛ける様にしてその場を去る他無かったが、魔女と目を合わせた瞬間、何とも言えない不思議な感覚が湧き上がっていった。



偶然訪れた広場での運命の巡り合わせ、それが魔女、ロゼ ロワイヤルと私との、始まりの出会いだった。



*



小柄な魔女は、居館の自室の中へと駆け込んでゆく。


握った箒を放り投げて、部屋の隅にしゃがみ込み、声にならない声を上げて。


積もり積もったものが、溶けて溢れてゆくように、

我慢し続けていたものが、溢れて流れていくように、


瞳から大粒の熱い涙を落としながら、ただただコタダは泣いていた。



「……ひくっ、うっ……ううっ。うわああぁあ、わあぁああああんん」



身も心も壊れてしまうと思えるほどに、激しくしゃくりあげながら、辛い気持ちを紛らわすように、声を上げて泣いていた。



────────部屋の扉を叩く事は、終に私は出来なかった。

どうしようもなく辛く、耐えきれないほどの気持ちを、廊下の天井を仰ぎ見るようにして、扉を背にして私は知る。



私は扉越しの廊下に座り込むようにして、彼女の泣き声が聞こえなくなるその時まで、一緒に居座り続けたのだった。

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