(15) 出来損ないの娘達-9

”学園”に滞在する魔女の一人、コタダは今日も気鬱だった。


素質に恵まれる事はなく、月並み程度の魔力しかなかった彼女にとって、”学園”での暮らしは慎ましく、遠慮がちな日々だった。生まれ持ったものを変えることは出来ず、学問に励むも成果に繋がる事も無く、生まれ現れる痛みは胸を覆い続けていった。


必要とされる居場所はなく、かといって行く当てもなく、ただただ無為に、"学園"内での暮らしが過ぎ去ってゆく。


惨めさと悔しさ、そして苦しさと寂しさの中で、湧き出る負の感情を消化することなど出来るはずもなく、緩やかではあったがそれは次第に、彼女の心を深く蝕んでいった。



*



まだ夜は明けたばかりで、窓から覗いた広場には魔女の姿は見えなかった。


コタダは寝癖が見え隠れする横髪を気にしながら、身支度を整えてゆく。小柄で華奢な体つきであった彼女は両側の髪の毛をそれぞれ裏編み込みして留めると、鏡の前でもう一度具合を確かめ直す。


続いて彼女は先端の尖ったフードが付いた襟元を紐で結ぶようにして、黄色を基調とする外套を纏っていった。深緑色の色調をしたスカートは引き締まった腰から開くようにして、ゆっくりと足元まで広がってゆく。


彼女はお気に入りの格好で着飾った後、鏡の中の自分を元気付けるようにして、ぎこちなく笑った。


そして魔女は箒を手に取ると、今日も勇気を振り絞るようにして、部屋の扉を開いたのだった。



*



居館の自室を後にして、彼女は"学園"の裏手を目指して進んでゆく。


魔女の気配が少ない"学園"裏手の並木道は、他者との関わりを苦手としていたコタダにとって、心休まる場所の一つだった。



痛みは空に浮かぶ雲のようで、様々に形を変えてやってくる。そして太陽が去って夜の帳が下りた頃、その色は消えてなくなり闇となる。そんな闇と向き合うときは、ここに来てその気持ちを整える。



ふと、不思議な違和感を覚えて、コタダは歩みを止めて辺りを見回した。


温かい昂揚感が、胸の奥底から湧き上がってくるような。

鼓動が高鳴るようにして、感情が募ってゆくような。


それは、どこか春の訪れを感じさせるような、暖かく、そして穏やかな風だった。

コタダの背中を優しく押すようにして、並木道を通り抜けてゆく。


彼女は靡く髪を押さえながら、風の音に惹かれたように空を見上げた。



(冬が終わりを迎えたら、きっと春が始まっていく。そんな風に、私も変わることができればいいのに)



ぼんやりと、並木道を進みながら、そう思った。



────それは、見慣れない魔女だった。



色鮮やかな落葉が舞い散る中、黄金色に輝くその魔女は、巨樹の下で穏やかそうに佇んでいた。


魔女は満ち足りた様子で、動物達に囲まれるように、それぞれの声に耳を傾けている。幸せそうに微笑んでいる彼女は、自然と誰かを惹き付ける、不思議な魅力を持っていた。



そしてコタダも心が引き寄せられるようにして、その魔女に魅せられていったのだった。

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