(3) 森-3
母と交わした唯一の約束は、成熟するまで"森"で生活し続けなさいという、酷く曖昧で不自然な自由だった。
大きな変化もなく、かといって変わることも求められておらず、約束を守り続けてきた私だったが、好きか嫌いか、そのどちらかなんてことは決して無かった。
楽しい事も辛い事も、それらいずれも含んでいたことに間違いはない。そして、今を投げ出したところで待っているのは、きっと与えることのない人生だけなのだろう。
この"森"は自分へと託されたものであり、お母さんの願いであったに違いない。"裂け目"に囲まれるようにして、いつでも"森"は、大きな愛で包み込まれるように満たされていた。
"森"は優しさでできており、その中で安寧な日々を過ごす。
それはお母さんへの感謝であると同時に、私にとって唯一無二の宝物だった。
*
書庫に籠った私は、一冊の書物を紐解いてゆく。
手書き写本の魔導書や古文書、古代の文献等が数多く並ぶその部屋は、お母さんの記憶が色濃く表れた場所であり、私のお気に入りの一つだった。希少価値が高いであろう数々の書物は状態良く保管されており、お母さんの性格の一端を垣間見る。
書物から才能を借り入れて、未だ見ぬ感覚を磨いていく。そうやって私は幼少の頃から書物に親しみ、そして知を深めていった。
*
気が付けば日が落ちており、意識した途端に空腹感が込み上げてくる。ぐぅ、と細い音と共に、小さく呟く。
「お腹空いた」
夕飯の献立を思案していると、西の果てから戻った使い魔が窓を叩く。窓を開き使い魔を中に引き入れると、顔を向け労いの言葉を掛けて荷物が詰まった鞄を結び解いていった。
「ありがとうございました、ゆっくりお休みなさい」
微笑みながらワンドを手にして、使い魔に施された催眠を解く。私は携帯鞄の中に入れていた小瓶からカナヘビの死骸を取り出して、使い魔であった一羽の鳥に分け与える。鳥は死骸を嘴で摘まむと、満足そうに窓から空へと飛び立っていった。
鞄には伝言通りの雑貨や食料が詰まる様にして入っており、それらに隠れるようにして一封の封書が紛れ込んでいる。私は林檎を手に取って齧りながら封書へと手を伸ばし、ペーパーナイフを差し込みながら封蝋を外して中身を取り出す。
────私の元に届いたその封書は、"学園"と呼ばれる教育機関への招待状だった。
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