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今日も重い空気の中、駅へと向かった。

 高橋と水川はいなかった。きっとデートだろう。ソファーに座りMacBookAirを開いた。

「なあ、元気がないけど大丈夫かい?」霧島が言った。

「ああ、最近調子が悪くて。それに、嫌なことが重なって」

「そうか、嫌なことて重なるもんだもんな」

「何話してるの?」と杉浦が話に入ってきた。

「いや、別に大丈夫です」

「ちゃんと食べてる?最近痩せてきたし顔色が悪いわよ」

「最近、あまり食欲がなくて。大丈夫です。きっとすぐに良くなります」

「そうならいいけど。あまり、無理しないで。気楽にやろう」と霧島。

「ありがとうございます」と俺は言った。きっと霧島にも杉浦にも、水川のことがバレているんだろうなと思った。

 すると、トンネルからバイクの音が響き渡った。音はどんどん近づいてくる。音が止まると高橋と水川だった。同伴で出勤とはなかなか傷つく。まるで心をミンチにされた気分だ。

「ごめん。今日は遅刻した」と高橋。

「この人が寝坊するからよ」と水川が言った。

「そうですか、高橋さん。一応リーダーなのだから遅刻しないでくださいね」と笑いながら霧島は言った。

「悪い悪い」と云うと高橋と水川は同じソファーに座った。

 俺は二人が視界に入らないようにMacBookAirの画面に集中して凝視した。新しい獲物を探すのに苦労した。いっそのこと誰でもいいから殺してやりたい気分だった。

「桐谷くん」と高橋が言った。

「はい、なんでしょうか?」と桐谷はMacBookAirの画面から視線を動かさずに言った。

「最近元気ないみたいだね。君のYouTubeに上がっている新曲を聞いたよ。どれもとてもダークで暴力的な歌詞ばかりだ。何かあったのかな?」

「別に何もありません」高橋は、わざと俺を馬鹿にするためにそんな事を言っているのか、本気で言っているのか分からなかったが、自分には前者に聞こえた。「ただ、音楽の方向性を変えただけです」

「そうか、心配したよ。水川と一緒に聴いていたんだが、」その時俺の頭の中で金属の棒を地面に叩きつけるかのような音が聞こえた。

「うるさい」と小さな声で俺は言った。

「え、どうしたんだ桐谷くん」

 松浦が咳払いした。だが高橋はやめなかった。

「どうしたんだい?何か気分を害することを言ったかな?」

「うるさいって言ってるだろうが」と俺は叫んだ。

 周りのみんなは表情が固まっていた。

「どうしたんだ。桐谷くん」と驚いた表情で再び高橋が言った。

「もう、帰ります」と言って、カバンにMacBookAirを入れてホームを後にした。

 線路を歩いている時俺は急に涙が出てきた。情けなくて仕方ない。だが、あんなイチャイチャした二人を見ているのも我慢ができなかった。あのまま、あそこにいたら気が狂っていただろう。

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