22

カワサキのエンブレムの入った水川が乗ったバイクの後ろに乗った。

「捕まって。お腹のあたりに」

「はい」

 俺は彼女のお腹まりに腕を回した。

 水川以外はみんな大きなリュックサックを背負っていた。

「じゃあ、出発だ」と北山がいうと、みんながバイクのエンジンを付けた。低く大きな音が地下に響き渡った。ライトをつけて、北山を先頭に、杉浦、高橋、霧島と洞穴に入っていたった。

「じゃあ、ちゃんと捕まっておいて。揺れるから」と言うと水川はバイクで洞穴に入っていった。

 洞穴の中は、暗く所々木で補強されていた。地面は凸凹で何度も振るい落とされそうになりながら水川にしがみついた。

「このトンネル、どこまで繋がってるんですか?」

「さあね。都内まで繋がってるらしい。戦中に掘ったトンネルらしい」

「そうなんですか、あとどのくらいで着きます?」

「20分くらいよ。どうでもいいけど、運転中なんだから気安く話しかけないで」と水川は棘のある言い方をした。

「ごめんなさい」

 これが噂のトンネルか。噂が本当だったことに驚いた。

 バイクの光がトンネルを露わにした。かなり古いことが一目で分かった。所々、カビ、藻が生えていて、添え木が割れている箇所もあった。急に突然トンネルが崩落するのではないかと不安になった。

 なぜ、ついてきてしまったのだろうと後悔した。これから人を殺しに行く。だが、倫理観より最終的には本能が勝った。

 クネクネとしたトンネルを走って20分ほどしたところだった。俺は乗り物酔いをして吐きそうになっていた。そろそろ限界だった。すると急に前方を走っていた霧島のバイクの赤いハザードランプが光った。水川がブレーキをしてバイクは停車した。

 バイクが停車するなり急いで水川達から離れて嘔吐した。

「大丈夫か?」と桐谷が俺の背中を摩ってくれた。「まあ無理もない。こんなに凸凹の道をバイクで走ったんだからな。それに水川の運転が下手くそだし」

「そんなことはないわよ」と水川。

「大丈夫ですか?」と高橋が寄ってきた。

「はい、大丈夫です」一通り吐いたのでスッキリした。

「じゃあ、これを着て」と渡されたのは上下黒のレインコートと黒いビニール製の黒手袋とビニール製の長靴だった。

「これで返り血を浴びても大丈夫だし、指紋もつくこともないし足も濡れない」そう言うと、その場にいた全員がレインコートを羽織り黒手袋をはめて、靴を脱いで長靴を履いた。俺もレイコートを着て黒手袋をはめてスニーカを脱いで長靴姿になった。

「じゃあ、これからすこし歩くから頑張ってください」と言うと高橋が先頭に立ちトンネル内を歩いた。しばらくして、トンネルの側面に鉄の扉があらわれた。扉は錆びていノブは回転式のロック式だとみて分かった。高橋は握りしめて回転式のノブを回した。ドアが開くと異臭がした。

 懐中電灯を持った高橋が中に入ると、霧島、杉浦、北山、の順に扉に入っていた。

「何してるの、中に入って」と水川がいった。

 俺は勇気を出して扉に入った。中は暗かった。床は水浸し。長靴は守ってくれたが寒さまでは守ってくれなかった。高橋達が持っている懐中電灯が中を照らしていた。そこは下水道だった。

「えと、この辺りだ」と霧島はiPadを見ながら言った。

「OK。じゃあ俺から行くよ」と北山が鉄製でできた梯子を登った。それから、北山が天井に上がってしばらくすると金属音と外から光が漏れてきた。

「どうだ?大丈夫そうか?」と杉浦。

「大丈夫みたいだ」と北山が叫んだ。

「よし、桐谷さん。これから登りますよ。気をつけてくださいね」と高橋。

「はい」と言って俺は梯子を登っと。鉄製の梯子とビニール製の手袋、長靴の相性は最悪だった。何度か滑りそうになったが、少しずつ登ってようやく外に出た。そこはなんともない住宅街だった。通り雨が降ったのだろう街灯の光が地面のアスファルトを照らして反射していた。

「よく頑張ったな。あと少しだ」と北山。

「ここはどこですか?」

「ここは杉並区さ」と霧島。

「杉並区まで20分で行けるんですね」

「信号もなければ速度制限もないからね」と杉浦が言った。

 それから高橋、水川が地上に出てきた。

「よし、無事に到着したな。家はどこだ?」と高橋。

「あそこだよ」と霧島がiPadを見ながら指差した先に一人暮らし用の築20年くらいのアパートがあった。「あそこの105号室。角部屋で今日はラッキーだ」

「そうだな。杉浦さん。セキュリティーはありそうですか?」と高橋はアパートを見ながら云った。

「見ての通り、あの調子じゃ無いね」と杉浦。

「じゃあ、今日は誰がヤる?」霧島

「私がやるわ」と水川が言った。

「この前みたいに失敗するんじゃ無いぞ」

「分かってるわよ。あの時は思っていたより人がいたからびっくりしただけよ」と言うと全員でアパートの105号室へ向かった。

「杉浦さんお願いします」と言うと「はいよ」と杉浦はドアノブに手をかけた。しばらくすると「ガチャ」とドアから聞こえた。おそらく杉浦はパワーを使って鍵を解除したのだと思った。

「じゃあ、ヤってくるわ」と云うと水川がドアを開けて部屋に入った。続けて俺も含めてみんな中に入った。部屋は1ルームで6畳ほどあり部屋の右隣にベッドがあり、そこには男が寝ていた。年の功は30代の普通の男だ。おそらくはサラリーマンだと思った。ベッドのサイドテーブルに黒縁のメガネと目覚まし時計が置いてあった。時計を見ると深夜2時だった。

 水川は、寝ている男の首を握ると、バキ、と云う何か金属の棒でも折れたような音がした。それから彼女は男の胸に耳を当てて「終わった」と云った。

「今日はうまく行ったな」と霧島。

「死んだんですか?」

「そう、死んだよ」

 俺はなんとも言えない気持ちになった。思ってもいない殺し方だったからだ。もっと派手な殺し方かと考えていた。たとえば彼女が俺に見せてくれたような物を空中に動かすような超能力で。だが、意外とあっさりと、その能力を使ったらしい。

「よし、食事の時間だ」と北山が云うと、杉浦がリュックサックから青いビニールシートを床に敷いた。

 霧島はリモコンでテレビをつけて音量を上げた。深夜のバラエティー番組が画面に流れていた。俺が不思議そうに見ていると霧島が云った。「結構音がするからね。そのためさ」

「おい、桐谷くん、男の足を持ってくれないか?」と北山。

「はい」と俺は男の足を持って、北山は胴体を持った。男は痩せ型だった為、そんなに重たく感じなかった。そのまま男の死体を床に敷いてあるビニールシートの上に置いた。

「今日の獲物は少ないな」と北山がポツリと云った。

「これから、どうするんですか?」

「食べるんだよ」と高橋が微笑みながら俺を見て云った。すこしきみが悪かった。

「どうやって食べるんですか?食いちぎるのですか?それともノコギリでバラバラにするんですか?」

「あなた、映画の見過ぎよ」と水川が云った。「力を使うの。もうあなたにも使えるでしょ?」

「まあ、私が解体の方法を教えるわ」と杉浦が、男の右腕を掴み引っ張ると、ぶちぶちぶち、という音と共のに右腕がちぎれた。欠損した箇所からは真っ白な骨と配線コードのような神経や筋らしいものが垂れ下がっていた。胴体からは血が溢れ出て青いビニールシートの上に流れた。

 俺はチーズが裂けるみたいに腕が裂けたのでびっくりしていると「力を腕の付け根に集中して引っ張るだけ。それだけよ」と杉浦が云うと引きちぎった腕をフライドチキンにを食べるかのように噛みついて肉を引きちぎったて食べた。「味は、まあまあね。きっとちゃんとした食生活を送ってこなかった証拠ね」と行って腕の上腕二頭筋辺りを食べていた。

 それを見て俺はとても美味しそうに感じた。きっと俺は本当に狂ってしまったに違いない。だが、食べたくて仕方ない。

「どうだい?やってみるか」と高橋が声をかけてきた。

「はい」と自分でも分かるぐらいの自信のなさそうな声で云った。

「じゃあ、男の左腕をもいでごらん。腕と身体の付け根に力を集中させるんだ。焦ったらダメだよ。爆発するから」と高橋。

 俺は男の左腕を掴み、言われた通りに腕と身体の付け根を集中した。自分の部屋でボールペンを宙に浮かせたみたいに。すると、パンといる小さな破裂音がして、周りに血飛沫が噴射して生ぬるい血液が顔に降りかかって、持っていた腕が離れて後ろ向きに倒れた。

 その場にいたみんなが笑った。

「やっぱりね」と水川が笑いながら云った。

「まあ、最初はみんな似たようなものだよ。そのうちにパワーをもっとコントロールできるようになるから焦らなくて大丈夫だよ」

「そうだよ、水川なんてもっと酷かった。相変わらず酷く派手にヤる時もあるけどな」と霧島。

「うるさいわね。あなただって人のことを言えないでしょ?」

「まあ、そのくらいにして飯にしようや」と北山。

「さあ、桐谷くん食べて。美味しいよ」と高橋が云った。

 俺はちぎれた左腕を持って、見つめた。これを食べるともう取り返しのつかない場所に踏み込んでしまう。そんな気したからだ。もう、この現場にいる時点で取り返しのつかない現場にいるが。周りを見渡すとみんなが俺を見ていた。まるで、何かの儀式やピアノの発表会でも見ているかのように。

 俺は、食べたい欲求に負けた。上腕二頭筋をかじった。硬いくて食いちぎれないと思っていたが弾力がある食感で、口に広がる血はとても美味しく、肉もそれまで食べたことのないような美味しい肉だった。一度食べ出すと止まらない。食べれば食べるほどどんどん元気になっていた。気がつくと光輝く真っ白い骨になっていた。

「どうだい?美味しいだろう?」北山。

「はい、美味しいです」

「よかった。肝臓も美味いぞ?どうだ?」と肝臓の切れ端を貰って口の中に入れた。とてもクリーミーで、鳥や豚や牛のレバーとは比べ物にならないくらい美味しかった。

 周りを見渡すと皆が男の死体を食べていた。足、胴体、臓器、皮。北山は力で頭蓋骨を破り脳を取り出して食べていた。

 気がつくと骨だけになっていた。

「ああ、今日は味はまあまあだったけどお腹いっぱいになった」霧島。

「もっと美味しい肉があるんですか?」

「あるよ。人の肉てその人の食生活とか持病によって美味しさが変わるんだ」

「そうなんですね」

「まあ、そのうち君にも分かるよ」

「さて、この辺りで型付けと行きますか」と高橋がいうと彼はパワーを使って骨を宙に浮かせた。そして骨をバキバキと音を立てながら丸め圧縮してそれをビニール袋に入れた。

 俺は高橋の命令で水川と一緒に血液のついたブルーシートをユニットバスに運び、シャワーで血液を流した。血液を流し終えると、水川がペットボトルに琥珀色をした液体が入っていた。キャップを外すとペットボトル専用のスプレーのアタッチメントを取り付けてユニットバスに吹きかけた。

「それ、なんです?」

「エンジンオイルよ」

「エンジンオイル?なんでそんな物を吹きかけるですか?」

「ルミノール反応を消す為よ」

「ルミノール反応って血液の跡の事ですよね。エンジンオイルで消えるんですか?」

「100%じゃないけど効果があるみたい。何より長く続けるには証拠を残さずに慎重にことを進めるのが大事」

 全ての工程を終えた時計は3時半を過ぎていた。再びマンホールに入り、下水道を通り、地下道をオフロードバイクで駅へついた。

「今日はお疲れ様。何より桐谷くんが頑張った。彼に拍手を」と高橋がいうと、みんなが拍手してくれた。なんだかみんなに受け入れられて嬉しく感じた。

「桐谷くん。ところで君は仲間に入る気はあるかな?」

「はい、是非とも入れてください」俺は即答だった。最初はいろんな事を考えていた。人を殺しに対する倫理観と罪悪感と人肉食に対する嫌悪感。だが、今回の件で全て払拭された気がした。人肉食を食べた時に全てがどうでも良くなった。

「それは嬉しいよ。よろしくね」と高橋は云った。

「みなさん。これからよろしくお願いします」と云って俺は深々と頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る