19

「おい、どうした?今日は元気ないぞ」と鈴木が心配そうに俺を見ている。

「いや、考え事さ」

「考え事ね。何かあったのか?」

「いや、特には大したことはない」

 鈴木の部屋でクラン・アイリーンの新譜を聴いていた。新譜をすごく楽しみにしていたのに、しかし、音楽は全く耳に入ってこなかった。

「もともと根暗なのに、もっと根暗になっているぞ」

「うるさい」

 俺は、昨日の出来事を考えていた。あんなに高揚感がある経験は初めてだった。これがパワーかと思った。誰かに見せたいという欲望に駆られた。しかし、そんな事をしたら引かれるだけだ。

 鈴木になら見せても良いかもしれないと思ったが、きっと引くだろう。だが、他人に見せたくて仕方ない。そしてある事を思いついた。

「なあ、最近マジックにハマっているんだよ」

「マジック?なんでまた?」

「これがさ、意外と楽しいんだよ」

「へえ、どんなマジックができるんだ?」

「ペンを貸してくれないか?」

「ああ」と鈴木が言うとペン立てからボールペンを取り出し、渡してきた。

「よしみてろよ」と言うと俺は右手の手のひらに置いたボールペンに集中した。すると、ボールペンが震え始めた。それからしばらくしてボールペンが浮いた。

「おい、マジかよ?」

「マジだよ」

 鈴木は、俺の右手を触って確かめた「おい、いったいどうなっているんだ。タネはいったいなんだ?」

「それは教えられない」

「どこで、それを習得したんだ?YouTubeに載っているのか?チャットGPT?」

「それは内緒だよ」と俺が言うと宙に浮いたペンを掴んだ。

「なあ、マジでタネがわからない。それに、そんなマジックみた事ない」

「まあ、コツさえ掴めれば誰でもできるマジックさ」

「マジかよ。俺にも教えてくれよ」

「これは門外不出の技だからダメだよ。それに相当な練習が必要だし、できる人が限られてるからな」

「なんだ。ケチだな」と悔しそうに鈴木が言った「それさえマスターしたら、きっとモテるだろうに」

「おまえ、モテることしか頭にないのか?」と半分呆れたが自分もモテたい気持ちも持っていたのであまり鈴木の考えも否定できない。

「それにしても、すごいな。まるで超能力みたいだ」

「そうだよ。実は超能力なんだよ」と冗談ぽく言った。

「YouTubeやTikTokにアップしたらバズるじゃない?少なくてもお前のオリジナルソングよりは再生数が伸びると思うよ」

 少し、カチンときた。確かに、自分が作る曲は大した曲じゃないのは重々承知しているが、あらためて言われると腹が立った。拙い歌詞と拙いコード進行とリズムとメロディー。

「おい、いくらなんでも酷いじゃないか?俺は真剣に曲を作っているのに」

「ごめん、言い過ぎた」と鈴木はつい本音を言ってしまったという顔をしていた。とても気まずそうだ。

「それに、こんなマジックの映像を流したところで、CGだって言われるのがオチだよ」

「まあな確かに」

「それに、俺は悪目立ちしたくないんだよ」

「そうか、せっかくのチャンスだと思ったのにな」と言うと鈴木はばつの悪そうな顔をした。

「まあ、そのうち合コンでもあったらお前にもやり方を教えてあげるよ」と優し嘘をついた。決して教えられる物ではないし、仮にこの能力を持つと後悔するだろう。

「合コンね。夢のまた夢だな」

「そうだな」

 すると急に電話が鳴った。ポケットからiPhoneを取り出すと画面上に水川ニコと表示されていた。

「悪い、電話に出るわ」

「どうぞ、ご勝手に」と少し不機嫌に鈴木が答えた。

 電話にでた。

「もしもし」

「もしもし、水川です」

「水川さん、どうも」

「なんで電話してくれないの?」

「なんでって」

「そろそろ能力が目覚める時でしょ?もう、目覚めているんじゃない?」

 俺はなぜそんな事を彼女が知っているのか疑問に思った。そう言えば、監視していると彼女は言っていた。もしかして今も監視しているのかもしれない。そう考えると急に怖くなった。

「あの、その」

「それで、覚醒したの?してないの?」

「はい、実は水川さんの言う通りになりました」

「じゃあ、なんで連絡してくれなかったの?約束したじゃない」約束だって?一方的に水川が言ったことだ。こちらはそんなつもりは全くなかった。

「はい、すみません」

「まあ、いい。ところで今日、この前の公園に9時に来れる?」

「え、まあ」

「行けるの?行けないの?どっち?」

「はい、行けます」とつい言ってしまった。本音を言えばあまり関わりたくない。だが、人を食べたいという思いが増していっているのも確かだ。そう思うと自分が怖くなった。人を食べるイコール殺人事件だ。自分が殺人に協力するなんて、倫理的にも法律的にも許されないことだ。

「じゃあ、あの公園で夜の9時に。OK?」

「はい。わかりました」すると電話が切れた。

「おい、もしかして彼女ができたのか?」と鈴木が興味津々な目つきで俺を見ながら言った。

「なんで、相手が女だってわかった?」

「相手の声が漏れてた。何を言っているかまではわからなかったけど」

「違うよ。バイト先からだよ」

「なんだって?」

 俺は答えに困った。「シフトの件でバイト先にいく事になった」チープカシオを見ると時計は7時半を挿していた。

「なるほどね」

「だから今日は早くここを出るよ」

「そうか、わかった」

「そうだ、1つ良いかな?」

「なんだ?」

「藤浪のLINEアカウントを教えてくれよ」

「そんなの藤浪さんが許可しなきゃ教えてくれないよ」

「だから、その手伝いをしてほしいんだよ。頼むよ。藤浪さんが好きなんだ」

「わかった。一応聞いてみるよ」と言ったがまず無理だろう。藤浪さんには最近恋人ができたらしい。それに、恋人がいなかったとしても高校生と付き合うほど馬鹿じゃないだろう。

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