17

12月だというのに今日は例年より寒かった。学校が終わり、一目瞭然に駐輪場に向かった外は寒くM65フィールドジャケットの下にパーカーを着ていても寒かった。

 水川ニコに出会ってから5日経つ。身体に異変はない。あの日以来いったい、あの出来事はなんだったのかと考えていた。彼女は言った。「そのうち人を食べたくなる」と。でも、そんな兆しは全くない。彼女がいう事が本当なら、とても恐ろしい事だ。それに気持ち悪い。果たしてそんな事が本当にあり得るのだろうか。そして、彼女は仲間がいると言っていた。何か危ないカルト教団なのだろうか。

 そんな事を考えて駐輪所に向かい自転車の停まっている場所に着いた時の事だった。

「おい」と後ろから声が聞こえた。

 俺は思わず振り返った。すると、そこには山本と友達たち5人がいた。マズい。また何かされる。だがいつもと雰囲気が違っていた。いつもなら、ヘラヘラしているが見るからに怒っていた。

 山本が怖い顔をして言った。「おい、お前トイレの洗面台を破壊したのはお前だろ?」

 俺は答えに困って黙った。

「何黙っているんだよ」と山本の子分が睨みながら言った。

「お前のせいで、今日から俺たちは停学だ。しかも、親に連絡が入って洗面台の弁償まで請求された。どうしてくれるんだ?」と怒っているとはこういう事だと怒鳴りながら言った。

 俺はしばらく沈黙してから口を開いた。「違う。僕じゃありません」と嘘をついた。

「なに?それは本当か?こっちには証言者がいるんだよ。俺たちがトイレを出た後に陶器が割れる音を聞いた奴がいる。それでも、お前しらを切るつもりか?」

 まさか、証人がいるなんて思っても見なかった。

「なあ、お前じゃないていうなら証拠を見せてみろよ?」

「僕じゃない。それに、先生たちはその証言を無視したんだろ?」と強く出てしまった。おそらくだが先生達は、素行の悪い山本たちが洗面台を壊して、そのアリバイとして無理やり証人を作って誤魔化そうとしたと思ったのだろう。

「なあ、マジな話お前だろ?俺たちも驚いているよ。どうやってやったか分からないが洗面台を壊せるほどの力があるとはな」と山本が言うと笑いが起きた。

「そうだよ、僕には洗面台を壊せるほどの力はないよ」

「なるほどね。お前の言い分はそれだけか?」と言うと山本が首をくいっとすると、山本の5人の子分が俺を囲み羽交い締めにした。

「やめてくれよ」と必死にもがいた。

 すると、山本が俺の腹を殴った。しかも5回。とても力強く吐きそうになった。それと同時に怒りが湧き出てきた。確かに洗面台を壊したのは自分だが、散々イジメておいて今更この仕打ちはないだろうと。

「おい、聞いてるか?これからiPhoneで録音するから言うんだ。トイレの件の犯人は自分だって」と言うと山本はiPhoneを取り出し録音用のアプリを起動した。

「ちゃんと言えば許してやる」

 俺は迷った。普段なら山本たちの言うことに従うだろう。だが、今日は違った。心が怒りに支配されていた。

「嫌だ」と叫ぶように言った。

「何?生意気だな。お前にそんなガッツがあるとは思っても見なかった」ともう一度、腹をパンチしてきた。身体中を刺すような痛みが全身に響いた。

「さあ、言えよ。今日はやけに頑固だな。さあ、言って楽になれよ」

「嫌だ!」と叫んだ瞬間に、山本のiPhoneの画面が割れて鼻血が出た。そして羽交い締めしていた山本の子分が吹き飛び地面に倒れた。

 その場にいた俺も含めて全員が何が起こったのか理解が出来ずに呆然とした。

「おい、いったい今のはなんだ?」と山本が不思議そうに言った。「クソ、iPhoneの画面まで割れてやがる。おい、お前いったい何をした?」強がって言っていたが山本の目は泳いでいて明らかに動揺していた。

「分からない」とポツリと俺は言った。

「なあ、もう帰ろうぜ。こいつ気持ち悪いよ。やっぱり。それにセンコウに学校に来たのをバレたらまたマズい事になる」と山本の子分が動揺を隠せない声が震えていた。

「そうだよ。帰ろう」と別の山本の子分が言った。

 山本が鼻血を出している事に気づいたらしく、右手で拭った。鼻血を出した事によってより怖く感じたのだろう「今日はこのくらいにしておいてやる。みんな、帰るぞ」と言うと、山本とその子分たちが駐輪場を去った。

 これが、水川ニコが言っていたパワーなのか?それと、山本が鼻血を出した時に、俺は彼のことを美味しそうだと感じた。そして、お腹が空き彼のことを食べたいと、なぜそう思ったのか分からない。とても気持ち悪い事だ。きっと気が狂っているんだ。パワーだって?きっと何かの偶然だ。iPhoneの画面が割れたのもきっと寒かったせいだ。それに、羽交い締めした奴らが吹き飛んだのも自分がたまたま暴れた時に、運良く彼らの痛点に当たったからに違いない。偶然が重なっただけだ。きっと、そうに違いない。


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