16

学校が終わった。帰りのホームルームでトイレの洗面台が破損しているの見つけたと先生から報告があり、心当たりがあるものは名乗り出るようにとのことだった。

 俺は、自分が疑われているのではないかとドキドキしたが、誰も名乗り出なかった。きっと、誰にもトイレから出るところを目撃されていなかったのだろう。少し安心した。

 学校が終わると、いつものようにバイト先のコンビニに行き働いた。月曜日の割には客も少なく、楽に仕事を終えた。帰りに、スーパーに行き100グラムひき肉を買ってから公園のベンチに座り食べた。12月の夜は寒かったがそんなの関係ない。生肉を食べている間はまるで熱いコーヒーを飲んでいるみたいに身体が温まった。

 夢中でミンチを食べていると、隣に誰か座ったのが分かった。反射的にビクッとした。マズい、ミンチを食べているところを見られたと恐る恐る横を見ると、そこにはボブカットの髪型でPコートを着ていて黒いパンツにドクターマーチンのブーツを履いた女が座っていた。顔は二重で瞳が大きく、鼻筋も高く、唇はぷるんとしていた。化粧品と薄い香水の匂いが漂ってきた。とても、美人だ。

 俺は急に体の中を電気が走るような感覚に陥った。なんだこの感情は。今までに感じたことのない感情だった。女は、俺の顔を見た。しばらくして口を開いた。

「あなた、桐谷くん?」

「は、はい」なんで俺の名前を知っているんだ?とても怖くなった。深夜公園で生肉のミンチを食べている俺に話しかけてきてしかも初対面なのに名前を知っている。

「驚いた?そのミンチ、私にも少しちょうだい」と言うとミンチをひとつまみして彼女は口に入れた。「まあまあね」

 俺は状況が掴めないでいた。この女は何者だ?

「ごめんなさい。初めまして、私の名前は水川ニコ。よろしくね」ととても明るい感じで言った。

 どう受け答えしようか考えたが「あの、なんで僕の名前を知っているんですか?」だった。

「それは、あなたのことをずーと監視していたからよ」

「監視ですか?なぜです?というかいつからです?」やばい、この女、美人だが完璧に狂っていると思った。早く逃げ出さなければと思ったが、好奇心が勝った。なぜ監視されているのかが気になった。

「そうね、監視し始めたのは4年前から」

「なぜ、4年も監視し続けていたんですか?」

「それは、あなたが私たちの仲間を殺したからよ」

「殺したって、まさか」

「そう、名前は成瀬裕太」

 もしかして水川は連続殺人事件の共犯者か?逃げようとしたが足が動かなかった。足を見ると震えていた。

「その、もしかして、僕を殺しにきたんですか?」と自然に、しかも意外と冷静に言った。

「違うよ。その逆。あなたを救いに来たの」

「救いにきたですか?」

「そう」

 頭が混乱してきた。俺は彼女の仲間を殺した。それなのに救いに来たとは、どう言うことなのだろうか?

「きっと混乱しているでしょ?気持ちは分かる。私の時は14歳だった」

「あのさっきから話が全く分からないですが」

「そうよね。あなたが成瀬、いや殺人鬼て呼ぶことにするけど、その時に殺人鬼に何かされなかった?」

「襲われましたけど」

「ちがう」というと彼女は首を振った。「襲われた時に、何か奇妙な物を見なかった?」

 急にアレの事を思い出した。あの半透明の紫色のナマコのような生き物。でも、なぜ水川はそれを知っているのだろう?誰にも言っていないのに。

「確かに変なものを見ました。半透明の紫色のナマコのような物が殺人鬼かの口から這い出てくるところを」

「ナマコね」というと水川が笑った。「ナマコに例える人に初めて会った。マジでウケる」

「あなたも、それを見たことがあるんですか?」

「うん、5年前にね」

「それでなんで僕を監視していたんですか?」

「それはあなたにナマコが寄生した可能性があったから。ちなみに私たちは、そのナマコの事を株と呼んでいるけどね」

「なんで、寄生したと思うんですか?」

「私も寄生されているからよ。それに、株に寄生された者どうし、寄生された人がわかるようになるの」

 間違いない、水川は狂っている。そう感じた。しばらく沈黙が続いた。その沈黙をを破ったのは水川だった。

「やっぱり、思っていた通りの反応だね」

「その、寄生したナマコ、いや株はいったいなんなんですか?」

「私たちもよく分からない。仲間によれば、宇宙から来た説を唱える人もいれば、古代から生きていた寄生虫っていう人もいる。それと、旧日本軍が作った生物兵器だっていう人もいるわ」というと、水川が俺の膝下に置いてあったミンチを人摘み取って食べた。

「混乱してるよね?」

「はい、かなり混乱しています」

「無理もない。自分の時もそうだったから」

「それで、僕が株に寄生されている証拠はあるんですか?」

「あるよ。だって生肉を食べているでしょ?それに、最近、力が増したと思わない?」

 確かに、生肉を食べている。でも、これはきっと精神疾患のせいだ。確かに今日、洗面台を素手で壊してしまった。だが、たまたま洗面台が老朽化していたのが原因に違いない。

「でも、だからと言ってその株に寄生されたというのは信じられません」

「そうだよね」と言うと彼女はポケットからマルボロを取り出して、口に加え火をつけた。

「あなたも吸う?」

「あ、はい」と俺はパニックになっていたのだろう。彼女からタバコをもらいタバコを咥え火をつけて肺に煙を吸い込んだ。

「タバコ吸うのね。その歳で」

「はい、僕の友達に勧められて吸うようになりました」

 タバコを吸った事によって少し冷静になった。いったい彼女は何が目的なのか分からない。

「それで、目的はなんですか?復讐ですか?」

「違うは、スカウトしに来たの」

「スカウトですか?」

「そう、あなたを仲間に入れようと思ったのよ」

「なんで、仲間を殺した僕を仲間に入れようとするんですか?」

「それは、そうしないと生きていけないからよ」

「生きていけない?なぜです?」

「今は牛肉、豚肉、鶏肉を生で食べているでしょ?そのうちそれでは満足できなくなるの」

「どう言う事です?」

「つまり、人の肉を食べたくなる」

 さっきから笑顔だった水川が急に真顔になった。俺は急に緊張した。

「人を食べるって。だから、あの殺人鬼も人を食べていたんですか?」

「そう、成瀬の場合は特別で、自分の感情がコントロールできなくなっていたの。だから、目立つ殺し方で見境なく殺し回ったのよ」

「じゃあ、最近起きた同じ手口の連続殺人事件はなんなんですか?」

「あれは、殺されても仕方ない奴らよ。本当はもっと静かに殺すだけど、パワーが制御できなかった」

「パワー?」

「そう、そのうちあなたにも使えるようになるは」と水川が言うと、彼女のポケットに入っていたマルボロの箱が宙に浮き、箱が開きタバコが口に吸い込まれるようにして入っていきフィルターを彼女が咥えた。そして、箱を掴みポケットに戻してタバコに火をつけた。

 俺はあまりの不思議な現象にビックリした。これは何かの手品だろうか?だとしたらどうやってやったのか?それとも自分が完璧に狂ってしまったのだろうか?

「ほらね。こういう力」

「手品じゃないんですか?」

「違うよ。あなたもそのうちできるようになるよ」と水川はニコリとしながら言った。

「ところで、なんで、今、僕が株に寄生されてそんな能力を発揮できるようになるんですか?」

「それは、人によって株が力を発揮するまでに、それぞれ時間がバラバラなのよ。私はすぐに発症したけど、長い人だと10年かかる人もいる」

 あまりの荒唐無稽な話に頭がくらくらした。これは、変な夢なのか?

「まあ、今は混乱していると思うから人を食べたくなったら連絡ちょうだい。勝手に人を食べたり目立つような事をされると迷惑だから。ねえ、電話番号教えて」と水川。

 俺は一瞬迷った。この女のいう事を信用して良いのだろうかと。だが、なぜだか、彼女に電話番号を教えてしまった。彼女はiPhoneで俺の番号に電話した。すると、俺の電話番号に着信があった。

「それが私の電話番号だから、何かあったら連絡してね」

「はい」

 そうすると彼女は公園を後にした。

 あまりのシュールな出来事に混乱していた。試しにほっぺたをつねってみると痛みを感じた。少なくても夢ではなさそうだ。ついに完璧に気でも狂って幻覚を見たのかもしれない。現に生肉を食っている。狂っているとしか思えない。iPhoneをもう一度確認する。水川の番号の着信が入っていた。少なくても電話があったことは事実だ。

 俺は、電話番号をアドレス帳に登録した。名前の欄に水川ニコと打った。

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