10
隣に鈴木が座っていて、向かい側に鈴木の父と母が座っていた。ダイニングテーブルには、大きなホットプレートで肉が焼かれていて、皿には大量の肉がもりつけてあった。
「桐谷くん。元気かい?」と鈴木の父親が言った。
「はい、おかげさまで。今日は焼肉を奢ってもらってありがとうございます」
「いいんだよ。さあ、気にせずにお食べ」鈴木の父親は鈴木とはあまり似ていなかった。身長は鈴木より高く体型は痩せ型だ。鈴木の父親に会うたびに彼は母親似なのだと感じた。
「いただきます」と鈴木が牛タンを摘んだ。
「ちゃんと野菜も食べるのよ」と鈴木の母親。
「わかってるよ。なあ、桐谷も早く食えよ。無くなっちまうぞ」
「それでは、頂きます」と行って俺は牛タンを箸で摘んで口に入れた。美味しかったが何か物足りない気がした。なぜ、物足りないのかは分からないがそんな気がした。
「桐谷くんは、もう進路は決まったのかな?」と鈴木の父親。
「いえ、まだ決まってません」
「お父さん。まだ16歳よ。決まってなくて当然でしょう」
「そうだね。ゆっくりと考えればいい」
俺は、進路のことなど全く考えていなかった。このまま大学に行くのもいいが、学費はどうするのか?少なくても母親とその恋人は払う気はなさそうだ。おそらく、大学に進学するとしたら父が払う事になるだろうが、その辺の話は今の所聞いていない。父は家庭を持っている。異母兄弟の進学費用もあるだろうからそっちにお金が回るかもしれない。
それに、俺は大学には興味がなかった。何か大学でしたい事も思いつかない。行っても無駄な気がしてならない。それだったら高校を卒業したら就職してお金を稼いだ方が良い気がした。
「桐谷くん、遠慮せずにもっと食べていいのよ」
「はい」と答えた。その時視界に生のカルビが目に入った。急に生のカルビが食べたくなった。なぜだか分からない。とても本能的なモノだ。どうしても食べたくて仕方ない。気がつくと生のカルビを箸で掴み口に運んでいた。口の中に広がる生の肉。それは、焼くよりとても美味しかった。
「桐谷。どうしたんだ?それは生だぞ」と鈴木が言った。
周りを見渡すと、鈴木の両親も唖然とした顔をしていた。
「あ、あの、考え事をしていたら、つい間違えて口に入れてしまいました」
「そうなの?大丈夫?もう飲み込んじゃった?」と鈴木のお母さんが心配そうに聞いてきた。
「はい、飲み込んでしまいました」
「大丈夫かよお前」
「うん、大丈夫だと思う」
「まあ、豚じゃないし、大丈夫だろう。昔は牛肉のユッケが食べられたしね」と若干困惑しているのがわかる表情で鈴木の父親は言った。
「すみません。なんか、変な事をしてしまって」
「謝ることはないよ。それより大丈夫かい?考え事をしていたと言っていたが、何か悩み事でもあるのかい?」
「いいえ、大丈夫です」
「父さんが進路の事を聞くから、こんな事になったんだよ」
「いいえ、進路の事は考えてませんでした。本当にくだらない事を考えていたのでお気にせずに」
しばらく、沈黙が続いた。気まずく重たい変な空気。それを払拭したのは鈴木のお母さんだった。
「まあ、人には間違いはよくあることよ。桐谷くんが何もなければ大丈夫よ。ね?桐谷くん」
「はい、大丈夫です」
「桐谷くん、もし急に体調が悪くなったら無理せずに言うんだよ」
「はい」
気まずいところを見せてしまたが、俺は全く大丈夫だった。むしろ、この食卓に並んでいる肉を全て生で食いたいと思うようになっていた。焼くより遥かに美味しい。この肉が高級だからだろうか?だが、鈴木一家を狂っていると思われたくなかったので肉を焼いて食べる事にした。
焼いた肉は、生の肉より不味く感じた。今日は俺の体調でも悪いのかと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます