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気がつくと、日が沈みかけていた。チープカシオを見ると6時半を超えていた。ヤバい。母親と菅に怒られる。
「やばい。もうこんな時間か?」
「本当だ。今日は集中しすぎたみたいだな」
「ああ、帰らないと」
「どうせなら泊まって行けよ」
「いいよ。迷惑だし」
「どうせ、明日も来るんだろ?別にいいんじゃない?」
「まあね。だけど母親と菅に怒られるから」
「なるほどね。本当にお前の家は大変だな」
「ああ、本当面倒くさい家だよ。お前が羨ましい」というと部屋を出て居間へ向かった。鈴木のお母さんに挨拶する為だ。
「もう、遅いから泊まっていたら?」
「ありがとうございます。でも、帰らないと怒られるので」
「そうなの。帰り道に気おつけてね」といわれて鈴木のお母さんから紙袋を渡された。
「この中にクッキーが入っているからお家で食べてね」
「いつも、ありがとうございます」
「いいのよ。いつでもおいでね」
早歩きで玄関を抜けて自転車にまたがって紙袋を前かごに入れてペダルをこいだ。家まで普通に行けば40分。早く行けば30分だ。30分で帰れば夕飯に間に合う。そうすれば、怒られないはずだ。
俺は一生懸命、自転車をこいだ。汗がダラダラと噴き出てきたが風が、体を冷やしてくれた。もし、遅れたらどう言い訳しようかなどを考えていた。だが、あいつらに言い訳が通用するだろうか?とにかく行くしかない。橋を超えたあたりで、改めてチープカシオで時間を確認する。思っていたより早く着きそうだ。
ふと、前かごを見た。鈴木のお母さんが作ってくれたクッキーが目に入った。疲れているのか無性に甘いものが食べたくなり、右手でハンドルを握り左手で前かごにある紙袋から、クッキーをつまみ出し口に放り込んだ。クッキーはとても美味しかった。市販されている物のなかで、鈴木の母さんのクッキーを超えるクッキーは食べたことがない。しかも、焼き立てということもあり暖かくより美味しかった。
そんな調子で俺はクッキーを食べながら自転車を運転した。そしていよいよ住宅街へと入った。こ時計を見る。余裕で間に合う。ここまで来れば大丈夫だ。自然と自転車のスピードを落としていた。
紙袋を探るとクッキーが一つ残っていた。ゆっくり食べようと左手で紙袋中をかき回してクッキーを掴んだ時だった。急に横から何かが飛び込んできた。右手でブレーキを力強く握った。しかし間に合わなかった。そして、飛び込んできた物にぶつかって自転車の後輪が宙を舞い、俺の身体は明日ワルとに吸い込まれるかのように叩きつけられた。
一瞬何が起こったかわからなかった。周りを見渡す。薄暗い空、そして青白い街灯が横たわった自転車を照らしていた。よく周りを見ると、黒いTシャツを着たおそらく男がうずくまっていた。ヤバい。人を轢いてしまった。
俺はパニックになった。なんでこんな事になってしまったんだと、考える暇もなく、ただ頭の中が真っ白になり急に眠たくなった。視界に入っている男は動く気配はない。死んだのか?
俺は勇気を出して声をかけることにしたが、声が緊張とパニックからか声が出なかった。混乱している時は深呼吸が一番だ。と前何かの映画で誰かが言っていたことを思い出した。口から大量の空気を入れて吐き出した。それを3回繰り返すと少し冷静になった。そして、勇気を振り絞って言った。
「あの、大丈夫ですか?」とパニックのせいか声が震えているのが自分でもわかった。
しかし、反応はなかった。
もう一度、同じことを聞いたが反応がない。もしかして死んだのかもしれない。急にそう思うと気が遠くなって倒れそうになった。
すると急に男がピクピクと小刻みに震え出した。
「大丈夫ですか?」と言って、男に近づいて行った時に、左の脇腹に何かが刺さっているのが分かった。自転車の部品が刺さったと思ったが違っていた。それは包丁だった。何で包丁が?と思った。すると、低い声が聞こえた。まるで、大きな動物が唸るような声だ。
そうだ、携帯だ。救急車を呼ばなければ。俺は、iPhoneを取り出した。画面は割れていて119番を押すのに手間取った。
「すみませんすぐに救急車を呼ぶので」やっと、119番が押せた。iPhoneを耳に当てた。
「もしもし、緊急ですか?」
「はい、僕、自転車で人を轢いちゃったみたいで」
「相手の様子はどう言った状態ですか」
「それが、、、、」視線を男の方向に移すと男はいなかった。アスファルトに赤黒い血溜まりの跡だけが残っていた。
一体どこに消えたのだろうと思ったその時、後ろから、何かにはねられるような、ものすごい衝撃が襲ってきた。そのまま前のめりになり、うつ伏せの状態で倒れた。
頭が朦朧として視界が歪んだ。どうにか寝返りをうつと、そこには男が立っていた。男は、年の功は30代に見えた。髪はボサボサで肩まで伸びていた。顔は、口元が真っ赤。目と目の間が少し離れていて、その目はまるで狼のように鋭い眼差しでこちらを獲物を観察するかのように覗き込んでいた。普通の人間には思えない殺気を感じた。自転車に轢かれたらそうなるのも無理はないが、それとは別の何かだと感じた。それに、冷静に考えると包丁が刺さっているのも気になった。何が何だかわからなかった。
すると男は、俺に再び飛びかかり馬乗りになった。男の力はとても強く両腕を掴まれた。
「やめろ!」と大きく叫んだつもりだったが、あまりの恐怖に声が弱々しく小さいのが自分でも分かった。
すると、男は突然口を開いた。すると口の中から大量の生ぬるい液体を俺の顔に吐いた。その液体が俺の口の中に入った。鉄の味がした。瞬時にそれは血だと思った。
急に冷静になった。このままだと殺される。男の顔に徐々に顔が迫ってくる。俺はどうにか手を振り解こうと暴れ回った。すると左手が解けた。そして、男の脇腹に包丁が刺さっていたことを思い出して、包丁に手をかけて、思いっきり押し込んだ。そして、包丁を抜いてもう一度脇腹に刺した。鎖骨に当たったのか、金属バットでソフトボールを当てた時のような感触が腕に伝わってきた。
男は人とは思えないほどの高い声で咆哮した。俺は男が怯んだ隙に身体を蹴り、男の身体は後ろに倒れた。
何が起こっているのか分からなかった。パニックだ。自転車で轢いた相手に襲われて撃退した。気がつくと左手に包丁を持っていた。手は血糊で真っ赤に染まっていた。包丁を離そうとする手と連結したみたいに手から外すのが困難だった。まるで左手だけがフリーズしたみたいだ。右手を使い左手の硬直した指を外して包丁を外した。包丁はアスファルトへと落ちて金属音が周囲に響いた。
顔がぬるぬるしていることに気づいた。汚れていない方の右手で顔を触ると街灯が照らしたそれは赤い血だった。やはり、あの男から吐かれた吐瀉物は血液だった。それは自転車で轢いた時のショックで出たものか、それとも、脇腹に刺さっていた包丁のせいか。それにしてもおかしい。なぜ脇腹に包丁などが刺さっていたのか。だがそんなことは今は関係ない。とりあえず、救急車を呼ばなければ。
近くに落ちていたiPhoneを拾い上げ、再び119に電話した。
「もしもし、緊急ですか?」
「はい、男の人を轢いてしまいました」
「わかりました。場所はどこですか?」
迷った。この場所の住所がわからない。どう説明すればいいのか。
「住所がわからないのですか?」
「はい」
「では、電信柱を見てください。番号がかかれています」
電信柱を見た。そこには「546ーラ25」と書かれていた。
「546ーラ25と書かれています」
「わかりました。すぐに救急車を手配します。ところで相手の病状は?」
答えに困った。自転車で轢いたとはいえ、相手に襲われて包丁で刺してしまった。どう説明したらいいのか分からなかった。だが、とりあえずシンプルに今は自転車で相手を轢いてしまったことだけをはなそうと思った。
「相手は、血まみれで」
「血まみれですか?どの程度の怪我を負っているでしょうか?」
ふと、男が倒れている場所を見た。すると男はいなかった。そこにあるのは血溜まりだけだった。
急に、身体が固まった。さっきまであそこで倒れていたのに。
「もしもし、聞こえていますか」とコールセンターから。
「あの、その」
その時、横からタックルされて俺は地面に投げ飛ばされた。再び男が俺に馬乗りになった。「ごめんなさい。助けてください」と気付けば弱々しく自然と口にしていた。
男の顔が静かに俺の顔へと近づいてくる。その時に気づいた。男の目の瞳孔は、四角くまるで山羊のようだった。さっきと違って恐怖のあまりに身体が完璧に硬直して動けなくなっていた。近づいてくる男の顔、鼻と鼻がくっ付きそうな3センチほどまで近づいた時に、男の口が開いた。口からは紫色をした半透明のナマコのようなモノが出てきた。あまりのシュールな光景に俺は完璧に思考停止した。そして、そのナマコのような、あるいは大きな芋虫のようなモノが口を開いた。そして、俺の口へと張り付いた。
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