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あれから、2ヶ月が経った。8月は容赦無く蒸し暑く、日差しはアスファルトをジリジリと焼いて、靴底のゴムが焼け焦げるかと思うほどだった。
俺は自転車で、汗をかきながら、多摩川に架かる橋を渡り調布市へと向かっていた。距離にすると10キロはあるだろう。友達の鈴木の家に行く為だ。
夏休みの時は鈴木の家に毎日のように通っていた。鈴木の家は広く、それと比例するかのように部屋は広かった。鈴木の家には何でもあった。PS5もあればパソコンも持っていた。彼の部屋は常にクーラーで涼しく、俺の部屋とは大違いだ。俺の部屋にはクーラーがなくて、1時間もいれば熱中症になる可能性があった。それに、母親が電気代をケチってクーラーを使わせてくれなかった。扇風機のみだった。それでは宿題も出来ない。なので、彼のところに行くと宿題を適当にしてからゲームをするのが習慣だった。
鈴木の家に着くと、鈴木の母親が出てきた。鈴木の母親は鈴木にそっくりで、垂れ目で少し肥っていた。
「桐谷くん。さあ、上がって」
「お邪魔します」
鈴木の母親は俺の境遇を知っていていつも優しく接してくらる。なんだか、こちらが申し訳ないくらいだ。
「クッキーを焼いてるの。食べる?」
「はい、是非ともお願いします」
鈴木の母親が作るクッキーは最高に美味しい。クッキーの表面にチョコチップを乗せてあるのが特徴だ。しかも、毎回多めに作ってくれてお土産にもくれる。自転車で帰るときにクッキーやお菓子をつまみながら帰るのが日課だ。
挨拶を終えて鈴木の部屋の扉をノックした。
「はいよ」と鈴木の声がドア越しに聞こえたので部屋へ入った。
鈴木はスターウォーズのTシャツを着て半ズボンの姿で任天堂のSwitchでスプラトゥーンをやっていた。
「よう。またきたのか」
「ああ、家が暑くてね」と俺はいうとカバンからChromebookを取り出して宿題を始めた。今日は算数だ。1時間ほどしてから飽きた。それに、あと少しで宿題は終わる。家に帰って残りをやることにした。あとはゲームの時間だ。
鈴木の部屋で「スパイダーマン:マルチバース」のサウンドトラックをかけながらスプラトゥーンをした。
「なあ、宿題の進み具合は?」
「数学あと1ページで終わる。そっちは?」
「まあまあ、ちょこちょこやるよ。でも、お前はいいよな。Chromebookで宿題で出来て。ウチの学校なんてまだ紙だぜ。本当に面倒くさい。全くいつの時代だよ」
「まあ、いいんじゃない。それにChromebookでゲームもできないしインターネットの閲覧制限があるからな。意外と不便だよ」
「でも、パソコンで授業できるなんて、羨ましいよ。俺も稲戸区に住めばよかった」
「そうか、調布の方が都会でいいじゃないか?稲戸なんて山と住宅地しかないぜ」
「まあな、確かにお前の家に行った時に田舎だったもんな」
「そういえば、自由研究は何するか決まった?」
「まだ、決まってない」
「ヤバいね」
「ああ、ヤバい。お前の自由研究なんだったけ?」
「家庭菜園だよ」
俺はスーパーで買える野菜からピーマン、トマト、ニンニク、玉ねぎ、長ネギをプラントで育てて何が育つかを観察していた。
「結局、何が育った?」
「今のところプチトマトだけだけど」
「ダサいな」
「うるさい。仕方ないだろう。雨も降らないし暑いから仕方ない」
「どうせならもっと良い題材にすれば」
「たとえば何?」
「そうだな、お前の家の近所で起こった殺人事件とか」
「あれか、気持ち悪いこと思い出させるなよ」
あの事件以来、1ヶ月ほど大変だった。通学路では常に警官が立っていて、集団登校、集団下校が当たり前になった。授業中は常に重苦しい空気が立ち込めていた。学校だけではない。町全体が重い空気がウィルスのように感染していった。みんなが次は自分かもしれないと恐怖し、ネットニュースによれば稲戸区で金属バットの売れ行きが上がったと書いてあった。だが、それも長くは続かなかった。人は忘れる。3ヶ月もすれば何事もなかったかのように生活を取り戻した。
「しかし、犯人は見つからないんだろ?」
「俺にコナンごっこさせるつもりかよ」
「まあね」
「じゃあ、その殺人事件の捜査、お前にあげるよ」
「いらないよ。現場の写真見たか?」
「ああ、見たよ」
なぜか現場の写真が、ネット上に警察から流失した。死体は、まるで何か爆弾でも使ったかのようにバラバラに欠損していて人の歯形がついた死体もあった。この動画が流失後に、警察は犯人が被害者を食べた可能性があると発表した。殺害方法については現時点では調査中だと言われていた。ネット上や一般人の間で「ゾンビ殺人事件」といわれた。
「何だか、気持ち悪くなってきたな」
「お前のせいだぞ。早く自由研究始めないから」
「うるさいな。そのうち、自由研究セットでも買ってもらって提出するさ」
「お前は良いよな。金持ちで」
「そうか?」
「ああ、金持ちだよ。ウチなんて毎日カレーだぜ。本当にカレーが嫌いになってきた」
「毎日カレーなんて羨ましいじゃないか」
「それはおいしければの話だ」と今夜も母親の不味いカレーを食べると思うと嫌な気分になった。
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