それは教室で1時間目の歴史の授業を受けていた時の事だった。教師の武井はつまらないヤツだ。

今日の授業の題材は稲戸区の歴史についてだった。黒板には稲戸区の大きな地図が掲げられていた。

「みなさん、稲戸区に地下鉄が走っているのをご存知ですか?」と武井がテンプレートのように云った。

「嘘だ」とお調子者の浜田が言った。

「本当です。この地図を見てください」といって指し棒で、立川方面から川崎まで黒く印字された線路記号をなぞった。

「何で、駅がないんだよ」

「それは、これが今は貨物用に使われているからです」

「貨物用?」

「そうです。貨物用です。立川の工業団地から川崎の港まで物資を運ぶために作られました」

「へえ、普通に地上で作ればいいじゃん」

「確かにそうですね。だけど戦前に地下鉄構想があったんです。地下鉄構想とは東京の地下鉄と周辺の神奈川、埼玉、千葉に地下鉄を作る構想でした」

「でも、なんで普通に駅がないのさ?」

「それは、戦争が始まって途中で中止になったからです。工事は1935年からスタートし立川から川崎の港までの地下鉄を作りました。戦時中は、武器の輸送に使われていたそうです」

「へえ、すごい」

「この地下鉄にはいろんな噂があります。環状大学がありますよね?あそこに駅のホームがあると言われています」

「なんで?」

「それおじいちゃんがいっていたヤツだ」と武満が口を開いた。「それは、川崎にあった捕虜収容所から捕虜を秘密裏に環状大学に送り人体実験をしていたて」

「確かにそんな噂がありますね。実際はどうだったか分からないですが」

「人体実験なんてカッコいいじゃん。キャプテンアメリカみたいだ」と浜田。

「それと爺ちゃんがいっていたけど、地下鉄は東京までトンネルが広がっていて戦争の時、軍事施設として使われていたんだって」

 咳払いをした武井。話を脱線させたことに少しイラッとしているようだった。

「確かにそういう噂話はあります。しかし、どれもあくまで噂です」

 俺は地下鉄の話なんてどうでもよかった。早く学校が終わって家に帰りたかった。今日は菅が家に居ない日だ。居間にあるPS4でコール・オブ・デューティーをやりたかった。普段は、菅がやっているのでできなかったからだ。頭の中がコール・オブ・デューティーの事で頭がいっぱいになっていた頃、突然ドアが開いた。そこに立っていたのは隣のクラスの杉友という教師だった。俺はコイツが大嫌いだった。いつも、偉そうで合唱会や運動会で生徒よりはしゃぐタイプの人間だ。

 杉友は、武井を手招きして呼んでいる。武井が杉本の元に向かうと耳元で何やら言っていた。会話の内容までは分からなかったが、武井の表情が真顔になったのがわかった。

 武井は教壇に戻り言った。「先生たちはこれから臨時集会を行うので、これから自習です」と言って教室を去った。

 武井が去ると浜田が「やったー」と叫んだ。すると、みんなが席を立ち、それぞれ友達グループへと合流しおしゃべりを始めた。

 俺は特に友達がいないので机にもたれかかって眠った。こういう時は寝るのが一番だ。昨日はあまり眠ることができなかった。YouTubeでテームインパラのライブを観ていたからだ。ライブは深夜2時まで続いた。自分でもよく7時に起きれたものだと感心した。絶対寝坊するかと思っていたからだ。だが、寝坊すれば母と菅にヒステリックに怒られる。そんな恐怖心から普通に起きることが出来た。

 眠っている間、夢を見た。夢の中で自分は狩人だった。ショットガンを持っていて山林で鹿に照準を合わせていた。引き金を引こうと思っても引き金が固く引き切れない。すると、鹿がこちらに迫ってきた。鹿は遠くで見るよりも大きかった。それはまるで象のような大きさだった。俺は何度も引き金を引こうと、人差し指に力を入れたが何も固くて反応しない。安全装置がかかっているのではないかとチェックするが、安全装置は外れている。もう一度照準を鹿に合わせる。すると、目と鼻の先に鹿がいた。本能的に殺されると思った。しかし、鹿は俺のほっぺたを舐めた。

 ドンというドアが勢いよく開く音で目を覚ました。教壇の上に掲げられている時計は10時を指していた。眠りに落ちてから1時間が経過していることになる。

 無表情の武井が入ってきて、教壇に立った。それから、深呼吸してから云った。

「今日は、これから学校を休校することになりました」

「やった」浜田がいうと、みんな砂漠を彷徨ってやっと見つけたオアシスに辿り着いたかのようにはしゃいだ。

「静かに」と武井が珍しく怒鳴った。

「何があったんですか?」と浜田が聞いた。

「学区内で、ある事件が起きました。これから帰る為に保護者に連絡します。連絡が取れない場合は先生と一緒に学校に残ってください」

「事件て何ですか?」と浜田。

「今は言えません。とにかく、悲惨な事件です」

「だから、なに?」と浜田。

「とにかく言えないと言ったじゃないか。保護者と連絡が取れるまで大人しくしていなさい」と武井は再び怒鳴た。

 そこで、とてつもない事件が起こったのだとクラスのみんなが察して静かになった。

 俺は、怒鳴る武井を見るのが初めてだったので少し怖くなった。怒らない人が怒るほど怖いことはない。

 武井が教室をでてから、しばらくするとチラチラと保護者が現れては生徒は帰っていった。

俺はきっと最後だと思った。菅は東京で仕事をしているし、母は職場が家に近いが勤務時間中だ。母が電話に出るのも怪しいものだ。

 1人、また1人と保護者が現れては教室を去っていた。

 残り10人ほど残ったあたり、2時間後の事だった。廊下から走ってくる音が聞こえた。音はドアの前で止まりノックの音が聞こえた。

 武井が「どうぞ」というと、母が立っていた。

 俺は席を立ち上がり母親の元へ行った。

「雅人、大丈夫だった?」

「うん、大丈夫だよ。何があったの?」

「あのね」というところで武井が口を挟んだ「奥さん。ここでその話はちょっと」というと、母は話すのをやめた。

「とりあえず帰るわよ」

「うん」

 母は珍しく、俺の手を握って逃げるように学校を出た。校内にいた時は気が付かなかったが、校門前に警官が2人立っていた。門を抜けると早歩きで家へと向かった。所々に警官が通学路に立っていて、とても異様な光景に見えた。

「ねえ、母さん。何があったの?」

「殺人事件よ」

「殺人事件?」

「そう、あなたの同じ学校の子が家で家族ごと殺されたのよ」

「え、誰が殺されたの?」

「そこまでは分からないけど。すごい騒ぎよ」

 途中いつもの通学路で、人だかりができていた。2車線の道路を埋め尽くすほどの人。パトカーに中継車が止まっていて、警官に、身に覚えがあるニュースキャスター、カメラマンが、家に宝もでも置いてありそれを盗むかのように押し寄せていた。

 俺と母親は人混みをかき分けて道を通った。まるで小田急電車の通勤ラッシュの満員電車だ。たった30メートルほどの道なのに、人混みを出るのに体感で10分くらいかかった。

 あそこが犯行現場か。少なくても自分が知っている同級生の家ではなさそうだ。あんなにマスコミが来ると言うことは大変なショッキングな事件に違いない。事件のことが気になって仕方なかった。

 家につくと、俺はテレビのリモコンでテレビをつけた。すると、母親がリモコンを乱暴に取り上げてテレビを消した。

「どうしたの?」

「過激すぎるから見ちゃダメ」

「一体何があったの?」

「そんな事より宿題はないの?」

「ないよ」

「じゃあ、今日はテレビゲームしていいから、家から一歩も出ないでね」と母がいうと、PS4を起動してテレビを付けた。

「これから、私は仕事に戻るから、何かあったら取り敢えず、大声をだして逃げなさい。いい?」

「わかったよ」

「じゃあ、ちゃんと鍵とチェーンを忘れないでね」といって母は家を出た。

 俺は念の為に鍵とチェーンをかけた。それから今に行きPS4でコール・オブ・デューティーをやった。画面上で銃を打ちまくっていたが、事件の事が気になって仕方なかった。一旦ゲームをやめて、テレビでニュースを見た。さっき人混みをかき分けていた場所が映し出されていた。

キャスターは言った。「今日の午前9時に、7日間連絡が取れなかったとして、家族の親戚のが家を訪れたところ4人の遺体が発見されました。その凄惨さからして殺人事件として警察が捜査を開始しました。遺体はかなりの欠損した状態で発見されました」

 すると、画面がスタジオに戻される。司会の男が、元警察の専門家に話を振った。

「この殺人事件はとても異常な手口で犯行が行われています。恐らく異常者でしょう」

「身体の欠損が激しいとのことですが、犯人の動機は何ですか?」と司会の男。

「まだ、正式な発表はないですが、恐らく異常快楽殺人者の可能性があります」

「異常快楽殺人ということは連続殺人事件になる可能性はありますか?」

「十分あり得ます。警戒する必要があるでしょう」

「周囲の近隣住民の皆様。戸締りとう十分に気をつけてください。次のニュースです」といってコロナのニュースへと変わった。

 俺はPS4のネットブラウザを起動して「稲戸」、「事件」と検索した。すると、ニュースが出てきた。被害者の北野家の父と母、中学生3年生の娘と小学4年生の息子が殺害された。顔写真を見たが、身に覚えのない顔だったが、ショックだった。同じ学校に通っている生徒が死ぬなんて想像もつかなかった。

 なんだか、自分でも知らない間に緊張状態と寝不足が重なったのだろう急に眠気に襲われた。PS4とテレビの電源を切って自分の部屋へ入った。そして、そのまま布団に横になり眠った。

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