第2話 幽霊話
「残念だったね、天気が良ければここは本当に最高なんだけれど」
電車の中で、年配の鉄道マニアと話していた。R君にとって、この路線はやっと来ることの出来た憧れの一つだった。しかし予報は昼から雨で、朝から雨粒がぽつぽつとカメラに落ちていた。
「私は次で降りるよ」
「幽霊駅で、ですか? 」
「お! 君知ってるね! 久しぶり聞いたよ、ここをそう呼ぶの。我々の若い頃の話だ。さすがに幽霊も年を取って出なくなったかな」
あの、大勢が降りた駅で、彼と数人の鉄道マニアが降りた。この駅に車で来ることは、不可能に近いのだ。
電車の中から手を振って、R君はそのまま乗り続けた。
「僕は一人ではあの駅には行きたくないなあ。ああ、一緒に降りた方がよかったかな」少し笑いながらそう思えたのは、天候が、予報に反して良くなってきたからだった。
わくわくするほど、その後の天気の回復は予想外だった。明治、大正時代は別荘が多く建てられた景勝地で、歴史の古い路線だった。だが温泉地などではないため、どうしても一般の観光客の足は遠のき、利便性から路線に住む住民のほとんどはマイカーを持っている。利用者はもう増えることはない、故にここも廃線の危機に直面している。
「ああ、今日来て良かった」R君は自然の光の中、満足のいく写真も撮れて、早めの帰路につくことにした。が
「ああ、やっぱりあの駅で降りてみよう、今日は海の色がきれいだ」
幽霊駅と言ったその場所で降り、自分を下ろした電車が、トンネルに向かって去って行くのを何度も撮った。そして改めてホームを見ると
「わあ、 最高の海の色」
完全な凪ではないが、ほんの少しだけ波打った青い海をバックに、小さな木製っぽいベンチが、屋根もなく一つだけぽつんとある。崖が両側にあり、大きく開けた場所ではないが、日本らしい独特の風情を好むカメラマンも多い。
「ああ、今日これが撮れるとは思いませんでした、神様ありがとう」
とR君は一時間後にしか来ない電車を有意義に待っていた。
「ちょっと海に」と急な坂道を降りてみると、岩場も、小さいが砂浜もあって、家族用のプライベートビーチという感じもした。
「なるほどね、お金持ちの静養地だ」
何度かここのホームに、昔風の女性がひとりで座っていたという話しがあった。詳しく調べた人によると、別荘に療養に来ていた美人令嬢が十代で亡くなった事実はあったそうだ。しかしその当時は死に直結した病気の流行が度重なっており、珍しい話しではない。それに「彼女を見た」と言う話も大正、昭和のことだ。
「またホームを撮ろう」と駅に向かっている時だった。ふわりと自分の体に何かが当たった。鳥の羽だ。ちょっと長めで、真っ白と言うより、薄茶色だった。鳥がいたかなと考えていると
「ああ、すいません、古いものなので飛んでしまって」
そう大きな声でもないのに、ゆっくりとした穏やかな女性の声が聞こえた。
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