【短編】今日も君がいる

奏流こころ

今日も君がいる

「おはよう、藤宮ふじみやさん」

「おはよう、東藤とうどう君」


 ポニーテールがトレードマークの藤宮さん。

 柔らかな笑顔が可愛い、クラスで3番目に人気の女子である。

 席が隣同士になってから、挨拶をするようになって、一言二言のキャッチボールは、今はというと。


「今日なんだけど、この宿題で」

「うんうん」


 よく話すようになっていた。

 自然な流れで、今に至る。


「東藤君、ここなんだけどさ」

「あー、これはね」


 互いの宿題を教え合う一時は、朝のホームルームが始まる1分前まで続いた。



?」

「急にどうした?」


 私の親友である谷口たにぐち陽夏美ひなみが、鋭い変化球を投げ付けた。

 昼休み、ご飯中、口の中には食べ物や飲み物はなかった。

 口の中にまだあれば、吹き出していたに違いない、危なかった。


「なんとなく?」


 とぼけた顔で陽夏美は言う。


「何それ」


 可笑しくて、ふふっと笑う。


「ねーねー、本当にいないの?」

「そういうあんたはどうなの?」

「えへへ」


 頬をほんのり赤くして、照れだした。

 あっ…これはいるな…。


「実はさ~」


 陽夏美は照れながら恋のお相手について、楽しそうに語り出す。

 その人は、隣のクラスの男子で、部活には所属していないガリ勉タイプだそうだ。

 ある日の放課後、曲がり角に差し掛かった時にぶつかったのだそうだ。

 その時に陽夏美は運んでいたプリントが散乱してしまい、パニックを起こして、相手に謝るよりも先にプリントをかき集めた。

 集め終えると。


『これ、どうぞ』

『あ、ありがとう、ございま…』


 プリントを受け取って、顔を上げて相手を見ると、その男子だった。


『ごめんなさい、ごめんなさい!』


 必死に謝った陽夏美。


『いやいや、俺もごめんね』


 苦笑していた彼は大丈夫だよと、安心させるように優しくした。


『気を付けてね』

『はい、本当にごめんなさい!』


「申し訳なくて、恥ずかしくて、名前聞かずに走って逃げたんだけどね」

「それで、どうやって特定出来たの?」

「手当たり次第、教室覗いて見付けた」

「ストーカー」

「違うもん!」


 よく他クラスを覗けるなと、さすが親友と思った。


「見付けた後、声かけた?」

「まだ…」

「意気地無し」

「ううっ」


 曲がり角での驚きが、相手を見たらトキメキに変わる…良い恋だなとふと思った。


「私が呼び出そうか?」

「それは嫌!自分で頑張る!」


 そこは頑固なんだよな、この子。

 でも、そういう所、好きだな。


「頑張れ」

「頑張る!」


 親友の恋を応援出来るって嬉しいなと思った。


「話がすり変わってる!」

「気付いたか」

「もう!」


 恋かぁ…。

 そんなの、あるわけ…。


千夜風ちよか?」


 東藤…君…なんで…。


「ねえ、千夜風?どうしたの?」

「あっ…!」


 我に返る。

 動揺してしまい、意識が遠くにいっていた。


「な、何でもない」

「いるな、これは」

「ぐふっ」

「マジで?」


 陽夏美はニヤッと笑い、いじりたいという顔になっている。


「陽夏美、いじるのは早い、まだよく分かんないから」

「え?」


 そう、のだ。

 本当に、好きなのかどうか。

 考えたら、たまたま浮かんだのが東藤君なわけで。

 たまたまなら、本当ではない可能性はある。

 確信はない。だから、断定はしない。


「なんだ、分かんないなら、ダメだ」

「うん」

「本物になったら教えてよ」

「うーん、いじらないなら?」

「えー、いじんない、応援するからー!」


 そんな会話を楽しくした私と陽夏美。

 親友は本当に面白い。最高だ。



 放課後に藤宮さんと一緒に委員会の仕事をやって、今は下校中である。


「送ってかなくても大丈夫なのに」

「暗いから危ないよ」

「ありがとう」


 夕方までには終わると思っていたら、次から次へと仕事が増えてしまい、18時になっていた。

 だから、彼女を送ることにしたのだ。

 並んで歩く。彼女に合わせてゆっくりと。

 冷たい風が緩やかに吹く。

 緊張していて体温は高めな自分には気持ちが良い。


「東藤君」

「どうしたの?」

「寄ってかない?」


 藤宮さんが指差した方にあったのはコンビニ。


「良いよ」

「じゃあ行こっか」


 女の子と初めて入ったコンビニ。

 1人でよくコンビニに行くのに、なんとも思わない場所なのに、少し緊張が高まる。

 藤宮さんはポテトチップスを1つとお茶を買った。

 俺は缶コーヒーを買った。

 コンビニを出て、また家に向かって歩き出す。


「このお菓子、弟が好きでね」

「そうなんだ、喜んでくれると良いね」

「うん」


 弟さんがいるのか、知らなかった。


「東藤君は兄弟は?」

「大学4年になる姉がいるよ」

「へぇー!」


 連絡をすっ飛ばして突然帰省して、アパートに帰ってしまう姉ちゃん。

 当たり前になっているため、いつ帰省しても良いように準備はしてある。


「美人なのかな」

「どうかな」

「ふふっ」


 家族について話すのは初めてだから、少しむず痒く感じる。


「あっ、ここを曲がれば着くから」

「分かった」


 たった30分の下校は終わった。


「また明日ね、東藤君」

「また明日、藤宮さん」


 パタパタと軽やかに走って行ってしまった彼女の背中を見送った。

 いなくなると、寂しくなるものだな。



 次の日。

 早く学校に到着する。

 教室には誰もいないー…と思ったら。


「おはよう、東藤君」

「藤宮…さん…」


 彼女が先にいた。

 ずっと寂しかったから、一目見てホッとし、あたたかい気持ちになる。


「おはよう、藤宮さん」


 笑顔の可愛い彼女は、今日も隣にいる。



 帰りはドキドキし過ぎて、曲がり角を直ぐに家は嘘。

 本当はもっと先、遠回りして帰宅した。

 耐えられなかった。

 昼休みに陽夏美が変なことを言うから意識してしまった。

 でも、別れた後、何故だか寂しくなった。

 だから、今日は早く学校に行った。

 なんとなく、彼も早く来るんじゃないかと思って。

 待っていたら、ビンゴ。

 一目見て、とても安心した。


 今日も、気になる彼は、隣にいる。

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【短編】今日も君がいる 奏流こころ @anmitu725

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