第十二話 暗行御風八勢

 ヤツはいったい誰だ!

 天道は質問するつもりもなく、質問する必要もない。

 人を殺すことを前提に、何の前触れもなく襲撃を開始する。どう見ても親切で友好的な人には見えない。それにたとえ質問しても、相手は必ずしも答えるわけではない。

 考えるより先に体が動いて、襲撃者の攻撃を避けたのだろう。

 最初の一撃が当たらなかったが、素早く天道の現在位置を把握した。ベッドから飛び起きて、彼に駆け寄り、前に立ちはだかった。

 襲撃者の動きは非常に速く、幸いなことに天道の反応も遅くはなかった。小さくて柔らかい身体を頼りに、右に転がりながら攻撃をかわした。

 しかし、ただ避けて反撃するだけじゃ、いずれは耐えられなくなるよ。

 天道は敵と真剣に戦うほど愚かではなく、最も理想的なのは病室から逃げ出して他の人に助けを求めることだ。

 左は窓、右はドア。考えることなく、すぐに右に走った。

 子供の足取りは短く、必死で3歩も走っていないのに、襲撃者は半歩で追いついてしまい、上から下へと左肩を掴もうとした。

 天道はすばしっこく身をひねって避け、同時に逃げる足を止めた。その瞬間、襲撃者の右手が横から彼の首に向かって振り下ろされた。

 強力な掌での攻撃が飛んできた、やむを得ずに両腕を上げ、攻撃を遮断しようと試みた。


風纏勢フウテンセイ背風迎雨ハイフウゲイウ!」


 暗行御風八勢とは、その名の通り、八つの型からなる武術である。その中で風纏勢とは、掌を用いた打法を主とする。

 掌を用いた打法は、攻撃と防御が全ての型の中に隠されており、攻防の転換を早急に行う事ができ、かつ独特な衝撃を発生させます。このような打法は、力の弱い女性でも大男を相手にできる護身術としても有効です。

 腰をひねって回転し、両手で掌を打ち出した。襲撃者の右掌をはねのけると同時に、敵の下腹の脇に切り込んだ。

 襲撃者は右手を引っ込めて下腹を守り、左手を爪のようにして天道の頭部に向けた。天道の背後には壁があり、退路がなかった。仕方なく、体内の全ての真気を両手に貯めこんで、なんとか押し出した。

 天道の両掌から、空気に強大な風が生まれ、直接襲撃者の下腹に叩きつけられた。

 最初、襲撃者は目の前の小さな女の子を見下しており、ただ一つの手だけで防げると思っていた。しかし、不審に思ったときにはもう遅かった。

 両掌の間に挟まれた激しい風は、厚い壁のように、襲撃者に強く押しつけられた。相手の右手は圧倒された衝撃に耐えられず、一瞬で全身が後ろに数歩下がり、やっとのことで左手でベッドをつかんでバランスを取った。


「點解會咁嘅?(どうしてこんなことになったんだ?)」


 襲撃者はもちろん、天道自身も予想だにしなかったことに、一瞬呆然とした。

 さっきの強大な真気を両掌から放つ、自分よりも強い師匠も出せないのだ!いいえ、武術界全体を見渡しても、そんな境地に到達できる者はほんの一握りに過ぎないだろう!

 ぼんやりしている間に、襲撃者は素早く反応し、左手でベッドをつかんで高く持ち上げ、激しく投げつけた。

 まった瞬間避ける暇もなく、耳元で「ガチャン――」という大きな音が鳴った。天道は壁とベッドの間に挟まれ、身動きが取れなくなり、首まで埋まってしまった。


「混帳!(くそっ!)」


 焦って両手でベッドを押し出そうとしたが、襲撃者は駆け寄って足を伸ばし、ベッドを天道の方に押し戻し、わざと彼を閉じ込めた。

 襲撃者は前屈みの姿勢で、右手で腹部を押さえていた。激しい痛みを抑えながら、左手を振り上げて天道を始末しようとした。

 その時、足元に落ちていた布団が突然舞い上がり、襲撃者の頭を覆った。


「ううう!」


 襲撃者の頭に布団をかぶせられて、苦しげな声を出す。襲撃者は懸命にもがき、引っ張り回したが、布団は生き物のように動いて、彼をいっそう締めつけた。

 天道は心を落ち着かせて、真気を起こして、全身に巡らせた。全神経を集中させて、再び両掌を押し出した。今回も驚異的なパワーが爆発し、ベッドを外に押し開け、襲撃者を叩き倒した。

 襲撃者がなぜ突然布団に絡まっているのかは分からなかったが、機会を失ってはいけない。天道は敵を倒して拘束することを決定した。しかし続けざまの打ち合いの音が病棟の人たちに気づかれたのだろう。外の廊下から密集した足音が聞こえ、数人が急いでこちらに近づいているようだ。

 その一瞬のためらいで、襲撃者は手で布団を引き裂き、右に身を捩って窓ガラスを割り、外に飛び出した。天道はすぐに追いかけたが、彼は背が低くて、外の様子を直接目で覗き込むことができなかった。

 ほらほらほら!ここは入院棟Bの12階だぞ!直接飛び降りて本当に大丈夫か?


「おい、ここで何が起きたんだ?」


 ドアが開き、警備員たちが乱入した。電気がつくと、病室はめちゃくちゃになっていて、ベッドが倒れ、窓ガラスには大きな穴が開いていた。

 彼らは仕事をしてきた長い間、こんな馬鹿げた事件に遭遇するとは思ってもみなかったのだろう。

 現場には天道一人しかいなかったので、警備員たちはすぐに状況を尋ねた。しかし天道も何もわからなかった。言えば言うほどまずくなると思い、口をつぐんで黙っていた。

 やがて医療スタッフも駆けつけた。彼らは警備員たちが患者を驚かせないようにと、天道を他の病室に移すように手配した。元の病室はそのまま封鎖され、警察が調査に来るのを待った。

 医療スタッフは急いで天道の身体を簡単に検査し、怪我がないか確認した。小さな女の子の身体はやはり大人と違って、深夜の騒動後は目が重くて力が入らなかった。周りの医療スタッフのことなど気にせず、目を閉じてしまうと夢の中に入ってしまった。

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