第17話 毒の園

***17***


 しかし、どう考えても怪しいことがまだある。

『ウィリデ荘』の毒草の花壇のことだ。素人ならともかく、ちょっとでもかじったことがあるならば、その異様さに気づく。

「あそこはね、夏の花が終わった後でヒガンバナが咲くのよね。チョウセンアサガオも立派に咲いてたわね」

 なんてまがまがしい園だ。

「毒物オンリーじゃあないのよ」

「まあね、女が生き抜くためには毒が必要って、そういう意味だったのかしらね」

 私はさー……もっとしたたかに生きられないのかなって、毒ってそういうこわさが込められた言葉だと思ったよ、最初。

「そういう女の覚悟って、不吉でもあるよ。見てよ、この花たちの花言葉、知ってる?」

 毒の花に花言葉なんてあるの?

「ベラドンナは『美しいひと』とか『ありのままの私を見て』とかあるの」

 なんで笑ってるの?

「全裸死体が転がってたところにね、今植わってる花が『私の裸を見て』っていう花言葉なの、おっかしいね」

 ちょっと待ってよ。裸を見て、なんて私にとってはパワーワードだよ。なに、ケタケタ笑ってんの。

「でも『汝をのろう』っていう意味もあるから、人に贈らないほうがいいよ。花はうつくしくともね」

 だからもうパワーワードだっての! 毒草なんて誰にも贈りませんわよ。まったくもう。

「あーあ、五年前ならもうちょっとマシだったかもね。花壇も事故の後にできたらしいし」

 私がそう言うと、由美はちょっと似合わないしぐさで、人差し指と親指を顎に当てて皮肉気に言った。

「藤岡正美は、当時の事件現場に人が近づかないように、バリケードを張ってたつもりだったのかもしれないわね」

 私は事故と言ったのに、由美のヤツぅ。

「なんで事件にしたがるの」

「真相がわかったから」

「事故だって言ってるじゃないのよ……」

 あれから、リアラさんは警察ではなく、精神病院に収容された。自ら出頭した結果、精神鑑定が必要だと。

「一生出てこられないのかなあ、リアラさん」

「それより、私は事件を解決したのに、またも感謝状がもらえなかった。名誉も名声もない」

 由美ぃ。なんかぷんぷんしてる。

「名誉がなくても不名誉ではないよ」

「決まってる、誇りなら有り余ってるし」

「由美の場合は害になるほどだもんね」

「よろしい! イアラちゃんとこへお見舞いに行きましょうか」

 また私が運転するの? おばさまのラパンを。

「ついでに里親になって引き取ってもいいわね。どうせ三年で成人するんでしょうし」

 私は思わずむせて胸を叩いた。

「そ、んな。ねえ、犬や猫じゃないんだから、人間なのよ? 考え直してっ」

 一時のノリと興味だけで突っ走らないでよ。

「だいたい、里親って審査みたいなのあるんじゃないの?」

「そのへんは問題ないわ。私とホワミーとで、パートナーシップを組めば」

 はいっ!?

「冗談でしょ」

「おかしかった?」

「あー、おかしいおかしい」

「なら決まりだね。さっそく役所に届け出だしてー」

 いつまでひっぱるんだ、そのネタ。

「リングなんて買っちゃう? おそろいの!」

「あんたの冗談は飽きたから」

「がーん!」

 冗談じゃないのに、と小さくつぶやきシートベルトを外す由美。なおさら悪いわ。無料でこき使える助手から、無料で介護してあげるパートナーの図が浮かぶ。そんなの絶対にごめんだからね!

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