第14話 自供
***14***
由美んちのリビングで、奥のソファにゆったり構えた由美と、こちらに背を向けていた女性がゆっくりと振り返った。で、私はじっくり観察する余裕があったわけなんだけれど。
その人はピンクの手作りマスクをしていた。でっぷり肥え太った体形で、黒っぽいパンツがウエストのだいぶ下の方で肉に食いこんでいる。目はばっちりメイク。アイブロウで眉を細く引き、目頭にはラメが光ってる。アイシャドウはゴールドとブラウンのグラデーション。ショートボブのもみあげがくるんとしていてオシャレに見えなくもない。洗いざらしの濃紺の綿シャツに一般的でない登山用のザックを背負っていた。靴下は履いてない。ちぐはぐしてるのは変装の意味でもあるのかな。
「あら、もう一人いたの」
なんか、イヤな言い方をするな、と思った。まるでこちらを虫けらでも見るような目で見下して言う。その人は、ふう、と息をついてどさっと音を立ててザックをおろした。そのときガツッという音が聞こえたのよね。鈍器? そのすり足を見て、私はとっさにうしろにさがった。ゆっくりとした動きだけど、こいつの肉は全てが贅肉じゃない! 芯は鍛えた人間のものだ。
「どちらさま?」
ひきつり笑いを浮かべながら言うと、「知ってるはずよ」と。
あー、由美は知ってるんだなと視線を移す。
「北園リアラ、四十四歳。北園イアラの母親ですって」
先に言ってよ。北園イアラの母親が来てるんならさ、心の準備っていうかその、得物くらい持ってきたわよ。なんなのよ、この威圧感は。
「やめましょう? 北園さん、あなたの過去が悲鳴をあげる」
由美のヤツが中二病みたいなセリフを吐くが、これはまだ時間が稼げる、という私への合図だ。
ということは、こいつは由美を殺しにここへ来たのだ。なぜ?
由美、理由はあとで聞かせてもらうからね。
「死人を増やしてどうしますか。あなたに死体処理ができるんですか」
由美が言ったとたん、ざわっ、と素肌があわ立った。殺気が出入り口付近の私に向けられていた。この、リアラめ!
「ただでさえ、五年も前に『うっかりと』殺してしまった夫を、事故死に見せかけるので精いっぱいだったというのに」
「ちがう! アレは、旦那が勝手に毒草食べた。私もイアラも知らないところで死んだ。証拠はある」
「んー、そのアリバイ作りに加担していた藤岡正美さん、本名北園ティアラさんが亡くなったときに、全て白状してるんですよ。遺書のコピー、見たいんでしょう?」
由美が手元に持っていたOA用紙をパッと床に落とした。じり、と腰を落とすリアラ。そんなに用心しなくても、私と由美に武道の心得はない。圧倒的にあんたが強者だ。
だけど、リアラ。遺書のコピーを見るなり泣きだしてしまった。
「おばあさまも、墓の中まで持っていけばよかったのにね。そうしたらイアラちゃんも自殺未遂なんて起こさずに済んだ」
由美、それは順番が違うよ。イアラちゃんが飛び降りたから、北園ティアラは自殺したんだ。おそらく、全ての罪を認めて。
「……がう。ちがうよ。イアラも私もなんにも悪くなかったんだ。旦那がロリコンで十歳のイアラに手を出すから、別れるって言ったら……今までためてきたふたりの財産、競馬で全部使ってきて、自分は文無しだから離婚しても養育費は払わないって、そう言って嗤ったんだ」
またこういう役か。
「お聞きしましょう。さあ、かけて」
跪いたリアラの肩を抱く私。ったく、いつもこうなんだよね。
ふかふかのソファに浅く腰をかけ、うながされるままに深呼吸をするリアラ。興奮は止まったかな。チラッと見ると、由美がリアラのザックを腰かけていたソファの下へ押しこんでいた。
「一応お聞きしますけど、録音してもよろしいですか?」
由美、そういうことは無言で頼むよ。
「遠慮してほしい!」
リアラがまた泣き出した。
「わかりました。一切がオフレコということで」
由美がレコーダーを切る動作をすると、目に見えてリアラは落ち着きを取り戻した。現金だな。つーか、馬鹿正直すぎるよ、由美。そしてリアラも、どうして信じちゃうかな。わたしはスマホを録音にして入室した、それをオフにする気はない。さあ、行ってみようか。
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