第13話 招かれざる敵?
***13***
次の日の土曜日午後、私はイアラちゃんの搬送された病院へ行った。
手には、夕べ管理人室で見つけた毒草の新芽を持って。これね、危ないのよハシリドコロって。触っただけでもうだめなやつ。由美がニトリルの手袋持ってたから片方だけもらったけど、「高いんだから、箱で返してね」と言い放った。
ううう。使い捨てなのに高いの? 私はラテックスでも全然かまわないんだけど、由美はアレルギーとか言う。
で、イアラちゃんね。なんと言って面会を許されたのか? 許されなかったのよ、当然。それでね、こっそり部屋を覗いたの。大部屋だった。
四階から落ちたんだから、大けがをしてそうなものだけど、やっぱり心配した通り頭を打ったっていうのね。幸い落下地点の花壇に夾竹桃の生えてたこともあって、比較的軽傷で済んだらしい。個室はイアラちゃんが嫌がったんだって。お金、かかるしね。すごくシビアな金銭感覚。
実際、あそこは死んだ人も出た場所だし、運が良かったんだ。運の強い人って好き。こっちまで勇気づけられるからね。
若い命が助かった、これって喜ぶべきこと。わかってはいるんだけれどねえ。
頭を打った人にはきついかもしれないけれど、私は管理人さんが亡くなったことをイアラちゃんに伝えた。由美がそうしろっていうから。
ベッドから起き上がれないイアラちゃんは、静かに涙を流した。
「おばあちゃんが……そうですか」
思わず私は耳がダンボ! なになに? おそまつな私の読解力でもわかるように言って?
「おばあちゃんって?」
私は知らずに問い返していた。ご近所の御老女を呼ぶような言い方ではなかったんだ。もっと親しみをこめた言い方だった。
イアラちゃんは言う。
「管理人さんは、ママのお母さん……私のグランドマザーなんです」
「そうだったの」
って、えぇ? 北園イアラのママが北園リアラで、そのお母さんが藤岡正美?
「イアラちゃんのお名前はもしかして、おばあちゃんがつけてくれたの?」
こくんと頷く。
ありゃあ、キラキラネームなんだねえ。藤岡正美さんは普通のお名前なのに。普通が嫌だったのかな。
「おばあちゃんの名前は、ティアラ。台湾の出身だったんです」
私は頭がぼうっとしながらも、明かされた事実が過去のものになってしまっていることに寂しさを感じた。
「藤岡正美っていうのは?」
「五年前に再婚したときに、改名したんです」
ほぉん。そう珍しいことでもないか。
「じゃあさ、この実っていうか、芽のこと知ってる?」
私は透明のジップを取りだすと、中身が見えるように、イアラちゃんの顔の前に近づけた。
「パパが食べた毒の芽」
それどういうこと!?
「ごめん、イアラちゃんそのこと詳しく教えて」
身を乗りだす私に、ぱあんと音を鳴らして頭をはたくものがあった。なにこのトイレ用スリッパみたいな音は。
「いいかげんにしろ。ばばあが。患者をいたわれ! くそばばあ」
トイレ用スリッパだった。緑色のやっすいやつ。
「何者!?」
相手はそうだな。浅黒い肌のくせっ毛をふんわり立たせた背の高い、男子。パジャマ姿で左足に包帯して松葉杖をついている。
「ばばあだろうがくそばばあだろうが、あんたに関係ないじゃないの!」
私は悔しくて、犯人を追いつめた岡っ引きのような気持になった。御用だ!
「それに人が死んでるの! あんたにはわから……ないでしょうけど」
語尾がちっちゃくなっちゃったのは、イアラちゃんの泣いてる姿をまた見ちゃったから。枕に顔をおしつけてる。カーテンを閉めよう。
「……また来ます」
「二度とくんな! くそばばあ!」
「あんた、ろくな死に方しないよっ」
じろっとにらんで言うと、イアラちゃんがなおさら顔をしかめて顔を赤くして泣いているのが見えた。まずいよ、しまったー。
「なんだこの変な頭のおばはんは! 脳みそおかしいんじゃね!」
「だまって聞いてれば図に乗って」
「いつ、黙ったんだよ。おばはんがよ!」
くそっ。
処置なし! 処置なし! 処置なーし! 失敗したっ。
あいつ、何者よ。イアラちゃんの枕元近くに寄って立つ男の子はナイトみたいに堂々としていた。声のおっきい者に勝てる者はなし。
しかたなく家に帰ると、留守電が入っていた。親機がピコピコ青い光を点滅させている。お母さんは相変わらず仕事中。留守録、聞くぐらいはいいよね? お母さんからかもしれないし、由美からかも。
『わたくし梓と申します。ホワミーさんがいらっしゃったら電話をください。番号は*******……』
由美だった。
なーんか力が抜けちゃったな。原因はひとつ。私、若い子苦手かも。年とってるだけで経験値が上のはずなのに、最近の子って、年とってるだけで悪人あつかいする。気のせいかな。
まあ、日本の政治って子供に甘いからなあ。少子化のせいだろうか。それはおいておき。
なんだろ。そりゃ由美からかもしれないとは思ったけど、普段由美は電子機器を嫌うからさ。パソコンだって最近覚えたくらいよ。必要にかられてね! いくさの資料やら報告書やらは私が作成してたの。けど、こちらも無能なボスにふりまわされるのはイヤだって言い張ったら、MOS検定の勉強を始めた。うん、素直でよろしい。こういうところがあるから、親友だったんだわ、私たち。ということで。
スマホの番号を押すと……。
『はい、梓です』
「由美、どしたの?」
『どしたの、じゃないでしょ。報告することがあるでしょ! ホワミーはボケてるんだから』
「……あんた、パワハラで訴えるわよ」
『どうぞ。自称・探偵倶楽部は諸事情あって、まだ会社ではないの。待ってたんだから、さっさとうちへ来ること!』
私は思わずスマホを耳から離して凝視した。
「もしもし? それって事件の真相を話す気になったってこと?」
『それも含めて早くきて! どピンチ!』
後半は切羽詰まったように早口になっていた。
「あ、ああ……そう」
わかった、電話を切る。
由美がピンチにどをつけるってことは、あれだな。重要参考人がいらしてるってことだ。
お母さんの用意してくれた、全粒粉パンをそのままくわえて、私は服装と髪を整えて家を出た。
うひゃー、風が冷たい! 気どったスーツより、ダウンジャケット、着てくればよかった! 底冷えするぜい。
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