第12話 重要参考人の死

***12***


「あら、鍵が締まってる」

 そりゃ、夜も暗いしね。

「すみませーん! 藤岡正美さーん」

 どんどんどん! 白い玄関ランプにぽうっと浮かび上がったクリーム色のドア。まるっきり反応はなし。

「ちょっと、日を改めようよ」

「んん、これはちょっと怪しい」

 ってー! なに取りだしてるの!?

「由美! それ犯罪」

 ささやき声で抗議するけど、由美にここのシリンダーキーがピッキングに弱そうだと言ったのは私なんだ。

 でゃっと細長い針金二本、がちゃがちゃやってる。

「開いた」

 開いちゃったー!

 シッと人差し指だけ立てて、由美はドアノブを回す。

 シーンとした室内に、灯りだけ煌々とついている。

 雨戸も締めてないから、外から住人が在宅なのがわかったんだけれど。こんな侵入の仕方をしたら、ぎゃあドロボーってなるのが普通よ。

 なんか変だな。午後に来た時となんか違う。

 ゴミ箱がきれいになってる。流しの三角も。角にたたんであった布団もない。しまってあるんだろうか。振り子式の壁掛け時計がこたつの上にある。電池が切れたのを直しでもしたのかな? じゃあ、時間が合ってる時計がもう一つあるはずだな。電話で時報を聞くっていう手もあるけれど。

「ホワミー今何時?」

「二十時十五分」

 私がスマホをつけて言う。

「この時計、壊れてるわ。電池は入ってるようだけど、いつまでも同じところを秒針が行き来してる」

 ほんとだ。時刻は三時二十八分を指してるし、チックタックと細い針が十と十一のあたりを行きつ戻りつしていた。

 新しいのを買わないのかな? それとも今まさに買いにでてるのかな。この時期、この時間じゃおかしいけど。

 そのとき、由美が壁掛け時計をいじって、振り子を動かした。

 立ててみると、ちゃんと振り子は動いて……そのかわり変な動きをした。

 かつんかつんと、何かにあたったみたいに振り子が途中で止まってしまうのだ。

 由美が時計を振ってみると、中になにかが詰まっている。

 出てきたそれは、なにかの実だった。

「げ、これってもしかして、毒の実?」

「ハシリドコロの新芽よ」

「わあ、由美くわしい!」

「まあね、でもこれがここにあるってことは……」

 由美が黙って別室につながる襖を開けた。重い木でできている。だれもいない。しんとしてやけにきれいに掃除されている。

 あるのは畳と仏壇。奥にあるのはアップライトのピアノだろうか? ふたには埃ひとつついてない。開けようとしたが鍵がかかっていた。

「あちこち触んないのよ、ホワミー」

「いや、だって気になるよ。由美こそなにしてんの?」

「んー、部屋の主がいないのは変だなぁと思って」

 と、ラベンダー色のニトリル手袋をはめだした。

「あ! ちょっとトイレ借りよ。さっきカクテル飲んだから」

「はしたないな。家まで我慢しなさい。ここ、犯罪現場かもしれないんだよ」

「いいじゃん、きょうび水洗が当然なんだから、体液残したりはしないよ」

 由美はあくまで止めようとする。んなこと言ったって、催すんだものー。

 そこで私は気がついた。気づいてしまった。トイレのドアノブが使用中になっていることに。

 やばい。部屋の主はおそらくここにいる。私たちの会話を聞いていたんだ。見つかる。不法侵入でつかまる!

 目で訴え、由美に指でドアノブを示してみせると、由美は十円玉を出してきた。え? 鍵を開けるの? なんで? ノックしてる場合でもないけど。中に人がいるんでしょ? ならしなくっていいの?

 由美は私をうしろに退かせ、ノブの真ん中にある溝に十円玉をはさみこんで回す……。そしてノブを回して開けようとした。が、引いても開かない。

「押すんじゃないの? ほら、廊下、せまいからさ」というと、「日本の住宅事情はドアを外開きにしたはずなんだけど」と由美。それは玄関と勝手口のドアでしょう。

 でも私はまたも気づいてしまった。さっきは重かったドアがほんの少し開きかけていることを。なぜわかったかというと、中から光が漏れていたから。そして、由美と二人でぐいと引いたドアに、死にかけて苦しそうな藤岡正美がくっついてきたから。

 これまた変なんだけど、便座のふたの上に遺書があった。自殺だ。体温があるから未遂だけど、このままだと死んじゃう。

 私はドアノブにかかっていたなんかのコードを探り、巻いてあったそれをほどいた。えーい、死ぬな!

 由美が「ここ、ほんとにのろわれてるかも」と言って一一九番してくれた。

 藤岡正美さん、コードがのどのお肉に食いこんで、苦しそうだが即死ではなかった。私たちが侵入したときにはトイレにいたらしいんだけど、首を吊る決心みたいなものが、つかなかったんだろう。ドアノブに首吊りって、体重をかければ致死率高いのに……これじゃああんまりにも苦しかったろう。意識はとんでるらしい。

 由美が蘇生術を行って、私は玄関からここに至るまでの指紋を拭きとった。だって、万一死亡ってことになったら、殺害したと思われてしまう。不法侵入罪だって成り立つ。私たちは口裏を合わせて、昼間の事情を聞きに来たら中で物音がした、急いでピッキングして――ってこれまずいや。窓から侵入したことにする。

 由美ってばすばやいのよ。私が証拠隠滅してる間に、遺書を読んじゃって、で、何を思ったのか苦笑した。これね、由美の癖だ。謎が解けてしまったときの、ああつまらないっていう苦笑。

 けどまだ、私には真相を教えてくれないんだ。私たちは一般やじうまとして、藤岡正美が搬送されていくのを見守った。前も言ったと思うけど、救急車は遺体を乗せてはくれない。あれは生きてる人のためのもんだから。けどね、この自殺完遂してしまった――。脳に酸素が行かない状態が続いて、チアノーゼだって。苦しそうに見えたのは、なんだったのか。

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