10章 敗北


 救急車が来たのは10分後だった。しかも何十台も。カトウは病院送りになった。それから消防士と警察が来た。オゼキはどう説明をしようかと思っていたが、外を出た時に気づいた。通りのビルや建物のガラスが割れていたのだ。警察が来て、事情聴取を受けた。警官の話だと消防士が言うには竜巻が起こったのでは無いかとの事だった。台風により竜巻が起きることがたまにあるらしい。探偵事務所を中心として通りの30件の建物のガラスが割れて、怪我人はカトウを入れて15人だった。

 オゼキはアレは竜巻ではないと思った。サクラとリク、そしてクレアが原因だと。ナカノも同じ事を思っているらしい。あの場でカトウの腕と足が折れて、しかも、銃が曲がりくねったの見れば竜巻の仕業ではないと誰でも思うだろう。

 翌日、パズメ教会の弁護士が来た。彼はダッフルバッグに1億2千万円入れていた。

「アカギ様が、昨日はやりすぎたと反省していると伝えてくださいとのことです。反省の意味も込めて約束の金額より多くしました。それと、この事は口外しないようにとの事で」と言って秘密保持契約書にサインさせられた。


 その日の夕方。新宿の喫茶店メトロポリスでナカノと会った。

「なんで、サインしたんですか?」とナカノは怒っていた。

「仕方ない。俺たちにできることはもうなにもない。さあ、給料と退職金だ」と言ってナカノにダッフルバックを渡した。

「退職金ですって?」とナカノ。

「すまん。もう、探偵事務所は廃業だ。中に3000万円入っている。それに、失業手当も出るぞ。これで、この国から出ろ。子供と一緒に。ここより海外の方が安全だ」

「でも、サクラちゃんとリクくんはどうするんですか?」とナカノ。

「どうにもならない事はこの世には沢山ある。仕方ない」

「あんたって、クズね」とナカノはオゼキを睨みつけた。

「今頃気づいたのか?お前も鈍いやつだ。探偵に向いてないな」と言ってオゼキは席を立ち喫茶店を出た。


 オゼキは喫茶店を後、下北沢にあるカトウが入院している病院に行った。彼の病室に行くと彼は右手と左足を包帯が巻かれていた。ベッドの横にはカトウのお母さんが居た。軽く挨拶をして、病状を聞くと骨は折れておらず皮膚を10針縫う怪我だったそうだ。あの双子には人の怪我を直す力が有るらしい。後遺症も無いようで3日で退院できるそうだ。カトウと2人で話したいと言うと、カトウの母は病室を出ていった。

 カトウに事情を説明した。弁護士が来たことも、秘密保持契約書にサインしたことも。

「なんで、サインしたんですか?」とナカノと同じことを言われた。

「仕方ない。もう、俺達にできることは無い。彼らの力を見ただろう」

「でも、サクラちゃんとリクくんはどうするんです?」とカトウは叫ぶように言った。

「このダッフルバックに3500万円入っている。給料と退職金だ。それと、失業手当と労災適用内だから更にお金も入るぞ」

「金の問題じゃないでしょ」とカトウは明らかに怒っている。

「でも、仕方ない。お前はカナダに親戚がいるんだろ?行きたがっていただろう?お父さんの保険金も入っるだろうし、実家を売って母親と一緒にこの国を出ろ。カナダは自由らしいぞ」

「そうゆう問題じゃないでしょ。本当に双子とリカさんを見捨てるつもりですか?証拠だってあるのに」

「なあ、カトウ。どうにもならない事は沢山あるんだよ。じゃあな。カナダで元気にやれよ」と言って病室を出た。後ろからカトウが罵倒する言葉が聞こえた。仕方ない。


 探偵事務所の上の階の住居に戻ると割れた窓にビニールシートが貼ってあった。大家のイケダ夫人が新しい窓ガラス届くまでの応急処置でくれた物だった。風が吹く度にガサガサと音を立ててうるさかったが、仕方ない。

 ウィスキーを飲んでソファーに横になった。あの双子には申し訳ない事をした。だが、GLOCK17ピストルを持った5人の男とサイキック少女。どう戦えと言うのだ。銃ならまだしも、カトウを超能力で腕と足を折った。それに、サクラがナカノに言った事が気になった。「ここで銃を撃ったらみんな死ぬ」どうゆうことだ?あのGLOCK17が溶けたのはサクラとリクの能力だということか?それに骨の折れたカトウの骨まで治療した。あの、クレアという少女と双子が戦うともっと大変な事になると言うことなのだろうか。しかし、もう終わったことだ。これからどうしよう。今回の件で探偵を辞めること決めた。後はどうすればいい?まだ3000万円残っている。少し早いが何処かに安アパートを借りて隠居生活をしよう。時々警備員のアルバイトをしながら暮せば余裕で年金がもらえる年まで暮らせるだろう。まあ、年金受給年齢が今以上に上がらなければの話だが。

 急に眠りたくなった。睡眠薬をいつもより多めの5錠を口にいれ、ウィスキーで胃に流し込んだ。もうどうすることも出来ない。そうゆう時は寝てやり過ごすしか無い。そうだ、依頼主に2000万円を返さなければ。実際には人件費と機材費込で1000万円もかかっていないが、彼らに2000万円払おう。せめてもの償いだ。そのまま意識が遠のいていった。


  2


 イイジマは、ニュー帝都ホテルの最上階のパーティー会場のガラス張りの窓から下見した。回りは一回り小さい証券ビルが立ち並ぶ。遠くに東京タワー、更にその奥にニュー東京タワー、新宿方面を見ると、都庁ビルとリパブリックステイトビルディングの屋上に飛行船が停泊していた。恐らく飛行船にヘリウムガスを注入しているのだろう。イイジマは新婚旅行で飛行船を使いハワイに行った時の記憶が脳裏にチラついた。あの頃は幸せだった。それを自分が壊してしまった事を飛行船を見る度に思ってしまう。

「イイジマ様。いかがですか?」とホテル従業員担当責任者女性が聞いてきた。

「とてもいい会場です」とイイジマと答えた。

 ニュー帝国ホテルは東京オリンピックの際に旧帝国ホテルを増築して作られた高さ200メートルのビルだ。地上30メートルは旧帝国ホテルの建物だが、そこから先の建物のデザインは近代的のガラス張りのビル突き出ていた。デザインについては、新旧の混ざった良いデザインだという者もいれば、ただただ嫌いという者まで様々だった。旧帝国ホテルの部分は今は改装されて、高級レストランや複合施設が、地上100メートルまではあらゆる会社が借りている。その上が高級ホテルになっており、一番上のパーティー会場がパーティー会場として使われている。天井の高さは20メートル。広さは3千人が入るのには広すぎるぐらいだ。ここをアカギが選んだ理由は夜景がキレイだかららしい。バカらしい理由だ。しかし、周りにはここより高いビルが無いのは良いことだ。下から狙撃されても、このパーティー会場にいる客に弾が当たる確率が少なくなるからだ。それに周囲にある証券取引所は土日が休みだ。もちろんそこにも警備員や警官を置く。

「従業員のリストですが、再提出をお願いします」

「はい、分かりました。あとでデータを送っておきます」


 旧帝都ホテルは120年前から存在していた。当時は東洋一のホテルと言われていたそうだ。戦争中は、ホテルの地下に旧日本軍の軍事基地兼軍事会議を行う場所として使われていたという噂を祖父から聞いたことがあった。連合国はそれを知り旧帝都ホテルを重点的に空爆したとか。それから、戦後2年で帝都ホテルが再建設し復活した。GHQの要人たちの宿泊施設として使われたとか。戦後7年でGHQが撤退するかつての様な高級ホテルとして返り咲いた。世界各国の要人からハリウッドスター、韓流スター、華スター、ロックスター、ラッパーにトップアスリートまで来日するとこのホテルに泊まった。

 イイジマはガラス張りの窓から下を見をろすと、ホテルの在る京橋区は東洋のウォール街と言われた物だ。東西南北に100メートルはある証券ビルが囲んでいた。現在も同じらしい。コロナパンデミックで暴落した航空会社や運送業などの株を安く買取り、アフターコロナに突入すると株が上がり資産家達や投資家達が所得を平均4倍上がったとニュースを記事を読んだ事があった。その代償は大きな経済格差だった。いくら汗水たらして働いても普通の文化的な生活を送るのがやっとだった。更に格差は広がる事だろう。自分の子供達にはそんな事に苦しい思いをさせたくないので、今はインターナショナルスクールに通わせている。ゆくゆくはカナダかニュージーランドの大学に行かせて移住させようと考えている。

「眺めはいいでしょう。夜になると夜景が素晴らしいですよ」とホテルの責任者の女性が言った。

「そうですか。パーティーにはうってつけの場所ですね」とイイジマは社交辞令で答えた。彼にはそんな事は関係ないからだ。12日後の10周年パーティーには、総理大臣、大臣一行、副大臣一行、大物政治家、資本家、大企業の社長、マスコミの大物、右翼の大物、左翼の大物、文化人、芸能人と日本を動かす者達が一箇所に集まるのだから警備には慎重にならなければならない。この警備には警察のSPに特殊部隊、それに民間の警備会社まで総勢200人が関わっている。それを指揮するのがイイジマの仕事だ。3千人近くの要人を集めるにしては警備が少なすぎるとイイジマは言ったがアカギは「トップシークレットだから余り目立つ様な真似をしたくない」との事だった。ホテル全体をパーティーが始まる3時間前に貸し切りにする。中にはホテル住まい男がいてどうしても立ち退かないの一点張りだったが最後は金がものを言った。


 金曜日、ロバート・シバタとカトウの潜入の一件依頼、非常にピリピリした雰囲気が、会議室内に流れていた。もしすると、このパーティー会場の従業員の中にも違うネズミが潜んでいる可能性がある。一応、従業員達所有するスマートフォンをITセキュリティー部と警察のサイバー犯罪課と自衛隊のIT部隊に監視しているが、今の所怪しい動きは無いようだ。それに、オゼキ、ナカノ、カトウのスマートフォンを監視しているが、諦めたのだろう。あんな不思議で奇界な事を体験したのだ。無理もない。特に動きは無い。オゼキが電話で依頼人に依頼を中止を伝え、依頼費を依頼人の口座に依頼料の返還をしたのも確認した。


 ロバート・シバタの事だがアカギのコネクションでアメリカ政府にいる人脈を使い情報を求めた。一切記録が無かった。社会保障番号や失踪者届けもだ。完璧に抹消されていた。元々存在していなかったように。ドクターの言ったと通りだった。ITセキュリティ部門がシバタ家の事を調べると父は2020年にコロナパンデミックで他界、母はカルフォルニアのロサンゼルス在住、姉はスコットランド人と結婚し現在スコットランドのグラスゴー在住。母と姉のスマートフォンとパソコンにハッキングしたがロバートと連絡を取った形跡は無いようだ。それに、ドクターが言っていたフィラデルフィアの郊外の米軍基地の倉庫で爆破事故が起きたとニュース記事が存在していた。記事の内容は倉庫内の爆弾が事故で爆発し、死者が200人が出たと書いてあった。

 ロバート・シバタがどうやって日本に入国したのかはのは謎だ。偽造パスポートで来たのか貨物船に乗り込み密入国したのか。尋問室はバラバラになったロバートの肉片と血液で掃除が大変だった。骨は弾丸の様に壁に突き刺さっていた。アレがクレアの力なのか。もしかするとシバタが特殊な爆弾を身体に埋め込んでいた可能性もあるが、それでも防弾のマジックミラーがヒビのはいるほど爆発だ。クレアが無傷で生きているはずは無い。そう思うととても彼女が怖くなった。

 それにあの探偵事務所の一件もそうだ。アマノのGLOCK17ピストルが壊れた件はもしかすると、ピストルが不良品だった可能性もあるし、弾丸の火薬の量を間違えた可能性もある。だが、他の持っていたGLOCK17の先端が全て溶けた様に曲がっていたのはどうゆうことだろう。アマノは親指の肉がはげて骨が露わになり人差し指は皮一枚でどうにかつながっている状態だった。ドクターの話によると、親指はどうにかなるが、人差し指の接合は成功したが後遺症が残る可能性があるそうだ。少なくてもパーティーには出席出来ないだろう。

 あの双子の仕業なのだろか、本当にそんな能力があるのか今も信じられない。それに、報道によると、下北沢で竜巻が発生と書かれていた。竜巻のせいでGLOCK17ピストルが壊れた可能性もある。武器庫の銃器管理をするイチノセのが曲がって壊れたGLOCK17ピストルを見せた時の事、彼はとても驚いていた。「溶鉱炉に銃を突っ込んだのか?」と聞かれた。「自分たちにもわからない」と答えるしかイイジマには出来なかった。

 イイジマはドクターに聞いた。どうゆう事が起きたのかと。「アレが、超能力さ。だから言ったろ。見ても信じないって」確かに、未だに信じられない。いくらでも解釈だってできる。ロバートが爆弾を仕込んでいた説。竜巻説。それか、集団ヒステリー説。いろいろ考えたが、超能力の説が一番辻褄が合う。だとすると、あのロバートが言った、「あの書物は危険だ」「あの儀式ヤバイ」とはどうゆうことだろうか。もし、本当に超能力だったとしたら儀式が行われた時に何が起こるのか。


 パーティー会場から下を見ると証券会社のビルから大量に人が出てきた。時計を見ると12時だ。お昼時間だ。皆がニュー帝国ホテルへと向かっていった。中にあるレストランでランチをでもするのだろう。きっと、高くて美味しいものを食べるに違いない。


  3


 ただ、外に出たいだけだった。地上に出てパパとママとお姉ちゃんに友達に会いたいだけだった。誰も殺すつもりも無かった。唯一の外へとつながるエレベータの前で最年少のモーガンがM16アサルトライフルで頭を撃たれた時、みんな怒りでコントロールが出来なくなった。アレンは兵士を焼き殺した。ジェイデンはその怪力で兵士の身体を殴り粉々にした。キャサリンは兵士の精神に入り込み他の兵士を射殺した。20人の子供達は銃を向けてきた者には容赦しなかった。だが、エレベータがロックされた事を知ってみんな怒り狂った。それまで、優しくしてくれた研究者達に矛先が向かった。何人か殺して数人の研究者を人質に取った。この世なんて滅びてしまえとロバートは思った。そして3日後、エレベータ動いた。ロバート含め子供達は希望が叶ったと思った。無線で地上にいる軍人と政治家に外に出すように要求していたからだ。もしかすると、特殊部隊が送り込まれて来るかも知れなかったが、そんなの一発で皆殺しにできる事は分かっていた。だが、アズハールが叫んだ「違う。爆弾よ!」と。もう遅かった、エレベータの扉が開くと大量のTNT爆弾が積まれていた。ロバートはみんなを助けようとバリアを貼ったが遅かった。一瞬にしてみんなの肉体が肉片に変わるのがスローモーションのように見えた。


 クレアは目を覚ました。寝汗がびっしょりで、パジャマが汗で身体に張り付いていた。クーラーを付けていた事もあり肌寒かった。ベッドから起き上がりiPhoneを見ると深夜の2時30分だった。新しいパジャマに着替えて、再びベッドに横になった。この夢は金曜日、ロバートが目の前で破裂した時から見るようになった。だが、夢にしてはとてもリアル過ぎた。まるで、ロバートに取り憑かれたようだった。考えすぎかも知れない。金曜日はいろんな事が同時に起こった。ロバートの事、双子の事。

 クレアは金曜日の事がショックだった。もう、自分は能力をコントロール出来ていると勘違いしていた事を知ったからだ。昔、フェーズ5に呼ばれた時はまだ、能力をコントロール出来ていなかった。今考えると無理はない。まだ10歳以上だったからだ。その時は、やりすぎて相手の心臓を止めてしまったり、腕や足を折ってしまったり。だが、年を重ねる毎に自分は相手を傷つけてしまった事が脳裏から離れないようになってしまった。ドクターに相談したら彼はフェーズ5をもう行わないと約束してくれたし、警備部のリーダーがイイジマになってからはフェーズ5を用意に行わなくなったので安心した。自分の力は人を傷つける為ではなく、人の為、世の中の為に使いたいと小さな時から思っていたのに。クレアはあんな形で殺してしまった。アカギの命令とはいえ、あの探偵事務所でカトウと言う青年の腕と足の骨まで折ってしまった。双子が手当していたが、彼は大丈夫だろうか。アカギは確かにやりすぎだと思う。だが、必要悪だ。仕方ない。儀式の為だ。それに、あの双子。自分より遥かに力を持っているか同等の能力を持っている。途中で急激に覚醒したのかはわからない。だが、みんなにバレないように出来るほどの能力の気配を消せるほどの力を持っている事は間違いない。もし、あの時、双子と戦っていたら大惨事になっていたと思うと怖くてたまらない。

 やはり眠れない。時計を見ると3時だった。これからも眠れそうにない。

 クレアは勉強机で赤ノ書、青ノ書、緑ノ書の書き起こしを始めた。ロバートは危険だと言ったが、この書物は素晴らしい物だ。この世の中を良くする為に書かれた書物だし、パズメ教会10周年パーティーでお披露目する儀式はいつものとは違う。儀式によって世界が良くなる事は間違いない。パズメ様がみんなが幸せになるようにしてくれる。世界から暴力や貧困が無くなり幸せに暮らせる為の儀式だ。ロバートはきっと間違って解釈しているに違いない。自分が双子の能力を間違って考えていたように。


  4


 それは、一周忌、三回忌、七回忌と同じ様に行われた。ケンジの十三回忌だ。寺の僧侶が来てお経を唱えて終わり、食事会になった。回りを見渡すと、親類縁者が居た。5年も経つと皆老けるものだなとオゼキは思った。そして、ミズハラ・トオル、元妻のエミー、娘のナツキと目が合った。とても気まずい雰囲気になった。するとミズハラ・トオルがオゼキに駆け寄ってきた。

「この度はどうも来ていただきありがとうございます」と少し怯えた表情だった。

「いえいえ、こちらこそ呼んでいただきありがとうございます」とオゼキは応えた。「お酒はどうしますか?」と聞かれたので「車で来ているので結構です」とコーラを飲んだ。


 当時37歳のオゼキは13歳の息子のケンジが自殺したことが信じられなかった。親族の事件は扱えなかったが、検死官と当時の担当刑事は自殺と判断した。遺書はなかった。

 最後にケンジと会ったのは13歳の時、12年前。ナツキとケンジとオゼキで「アベンジャーズ エンドゲーム」を観た時だった。オゼキは、それまでのマーベルシリーズの映画を断片的にしか観ていなかったので、何がなんだか分からなかった。しかし、ナツキとケンジは全ての作品を観ていたので映画が終わった後に寄った焼肉屋で興奮気味に映画を語っていたのを今でも覚えている。本当にケンジは楽しそうに映画の話をしていた。

 それから3週間後。ケンジは自宅の自分の部屋で首を吊って亡くなっていた。自殺だった。

 オゼキは貯まっていた有給を40日間フルに使い自分で息子のケンジの自殺の真相を確かめようとした。まず、イジメを疑った。10代の自殺の原因で一番多いのがイジメによるモノだ。まずは、クラス中の家を回り聞き込みをした。だが、証拠はなかった。どうしても納得の行かないオゼキはヒステリックになってケンジのクラスメイトからスマフォを取り上げてグループラインを調べたが、イジメの証拠は見つからなかった。それから、次に疑ったのは、ミズハラ・トオルによる虐待だった。ケンジが自殺して1ヶ月の時の事だった。それしか理由はない。と思い込んでしまったオゼキは、ミズハラの家に行きトオルを自白させるために何度も殴った。鼻の骨と前歯を4本折る怪我をさせた。だが、トオルが虐待した証拠はなかった。しかも、その時にオゼキを止めようとナツキまで弾みで顔を殴ってしまい奥歯が折れる怪我を負わせた。

 トオルはオゼキの事を訴えなかったが、ケンジの同級生の親たちは警察にオゼキを訴えた。オゼキはケンジの同級生や部活の先輩達に暴力は振るわなかったがスマフォを取り上げたり、恫喝したりしたことが問題に問われた。それにナツキを弾みで殴ってしまった瞬間に自分が狂っている事にようやく気づいた。そして、自暴自棄になり警察に辞表を出した。何より、恐ろしかったのは自分がケンジの同級生や部活の先輩にした恫喝した事件が世間に明るみにならなかった事だ。オゼキが何よりも嫌っていた警察のお友達体質に救われる形になった事にも怒りを感じた。しばらく、酒を飲んで忘れようとした。自殺も考えたが、恐らく正気を保つ為だろう。探偵をすることを選んだ。ナツキの学費も払わなくては行けなかったが、ミズハラ夫婦に断られた。なので、毎月ナツキに学費の半分を内緒で送った。ナツキはイラないと言ったが、今でもナツキの為に彼女に昔作ってあげた口座にお金を振り込んでいる。彼女はそれに気づいていないらしい。


 食事会にいると自責の念と気まずさから耐えられなくなり、外に出て喫煙所へと向かった。マルボロの箱を出し、タバコを口にくわえ火を付けた。サクラとリクもケンジと同い年だ。その事もあってか思い出してしまった。なぜ、事務所になんて行ったのだろう。そのまま、車を走らせて北海道にあるマツモト・クリス夫妻の農場に行けばもしかしたら双子もリカさんも助かったかも知れない。だが、あのクレアと言う少女も相当な能力者らしい。きっと時間の北海道に付いた所で時間の問題だったかも知れない。

「ねえ、私にもタバコちょうだい」

 オゼキは驚いた。確か5年前に禁煙したはずだ。子供の頃は「パパ、タバコ吸うのやめなよ」がナツキの口癖だった。

「電子タバコのバッテリーが切れちゃってさ」

「そうか」オゼキはタバコをナツキに一本渡して火を付けた。

「禁煙してたんじゃないのか?」

「禁煙してるよ。でも吸いたくなる時は我慢せずに吸うことにしてる」とナツキは言った。

「ねえ、もう一本タバコちょうだい」とナツキが言うのでタバコを渡した。

「そう言えば、父さんは今何の仕事はどう?上手く行ってる?」

 オゼキとナツキはその後30分間喫煙所でタバコを吸いながら話した。ミズハラ・トオルの近況や元妻のエミーの近況を聞いた。今までナツキと会っても聞いたことがなかったし聞こうとも思わなかった。

 ミズハラ夫婦もケンジの自殺が相当応えたらしくカウセリングに通っていたそうだ。そのかいもあってか今では元気で年に一度、夫婦とナツキで海外旅行に行けるほど回復したそうだ。それに猫を5匹飼っているそうだ。それには少し驚いた。確かエミーは猫嫌いだったはずだ。そういえば、ケンジが小さい頃近所から子猫を拾ってきた事があってケンジと大喧嘩になった事があった。結局その子猫は元にいた場所に返したが。完璧には乗り越えていないということなのか。それともなにか吹っ切れたのか。ナツキの会話だけではなんとも言えなかった。

「父さん大丈夫?」

「何がだ?」

「なんだか、元気が無さそうよ」

「だいじょうぶだよ。仕事疲れさ。それに依頼は解決したしな」と嘘をついた。解決などしていない。

 オゼキはあの日以来、悪夢を見るようになった。サクラとリクがクビを吊っている。それに、街中が空爆を受けてになり、肉片が散らばる路上、笑いながら中年男性達が外国人の青年のリンチし少女をレイプしている映像が脳裏に流れ込んでへばり付いて離れない。だから寝るのが怖くてたまらない。

「ねえ、父さん。ちゃんと寝ている?」

「うん、寝ているよ」

「嘘付いてるでしょ?」とナツキが言った。見透かされている。毎日ヒゲを剃るたびに自分の顔を鏡で見る度にヤツレ酷い顔になっていくのが自覚していた。

「実は眠れない。悪夢を見るんだ」

「どうしたの?仕事のせい?」

「うん、まあね」

「何があったの?」

「守秘義務があるから詳しい事は言えない。ただ、もう少しで救えた人が救えなかった」

 ナツキはしばらく黙った。何を言おうか選び考えているようだった。

「そうなんだ。私もそうゆう時はあるわ。でも、気を落とさないで。どうしようも無いことは沢山あるわ。それに、そんなに眠れないほど悩んだて事は自分なりに精一杯がんばったでしょ?責任を感じることは無いわ」

「わかってる。ただ、まだ方法があるかも知れないと考えてしまう」

「じゃあ、やってみたら?その方法を。たぶん、まだ未練があるのよ。だから、その他の方法を探し出して実践してみたらいいのよ。それで、出来そうに無いと思ったり、解決出来なかったら諦めるのよ」

 確かに、そうだ。でもどうやって、もう一度あのコミューンに侵入すればいいんだ。おそらく、侵入経路はもうバレているだろうし、同じ方法はもう通用しない。なぜなら、あのサイキック少女、クレア君が探し当てたに違いない。

「もちろん、無理しないでね。それに、時間が解決してくれるかも知れないし」

「そうだな。時間が解決してくれるかも知れないな」


 十三回忌が終わったのは、夕方の事だった。サクラとリクの事を考えないようにした。もう終わった事だ。どうする事も出来ない。相手は銃を持っている。それに超能力も。

 オゼキは急に思い出した。2週間後に双子があの儀式をすると、人災の様な事が起きると。もしかするとあの悪夢は双子が言っていた事なのかも知れない。その予知夢のようなものかも知れないと。それに、あの2人は明らかに超能力者だ。もし、本当なら止めなければ。車で帰路を運転中にひらめいた。この方法しかない。どうせ、もう自分の人生なんて終わったも当然だ。ダメなら。もう、仕方ない。


 オゼキは気づくと車はニシカワの古本屋の前に停めていた。彼はカウンターでiPhoneでゲームをしていた。

「どうしたんですか急に?しかも車で」とニシカワ。

「すまん急に。コーヒーでも飲みに行こう」そう言って駅の反対側にある喫茶店に一緒に入った。


「オゼキさん。本気ですか?何を考えているんですか?」とニシカワは驚いた様子だった。

「お前本当は、アイツとパイプがあるんだろ?」

「いや、その」とニシカワは困った様子だった。明らかに嘘をついている。

「いいから、彼に会いたい」 

「だけど、これは何かのオトリ作戦じゃないて保証はあるんですか?」と戸惑っているニシカワ。無理もないもう5年も彼は情報屋をやっていいないのだから。それに今は彼には家族がいる。ちゅうちょするのも無理はない。

「頼む。お願いだ。どうしてもヤラなくちゃいけないんだ。それに、お前だって俺に対してのヤバイ情報を沢山持っているだろう?おとり捜査でなんの特が俺にあるんだ?」

「分かりました。ただし、条件があります。絶対に僕の名前を出さないでください」

「もちろんだ。お前とお前の家族を巻き込むつもりはない」

「それに、ここだけの話し。もう5年も連絡していません。相手と連絡できるかわからないし、廃業してるかも知れないですよ」

「それでもいい。とりあえず連絡してみてくれ」

「分かりました。今スグに2万ください」

「そんなに安くていいのか?」とオゼキは驚いた。もっとボッタクってもいいはずだ。

「違います。モグリの携帯を買いに行くんですよ。別途料金はもらいますから。相場はちゃんと払ってください」

「分かった」

「1時間で戻ってきます」と言ってニシカワは喫茶店を出た。


 オゼキはその間、どうしようか計画を立てた。いったいどうすれば成功するか検討もつかなかった。だがヤルしかない。

 2時間後ニシカワが喫茶店に戻ってきた。

「すみません。思っていたより時間がかかりました」とニシカワ。

「いいさ。それで、ヤツとは連絡が取れたのか?」

「直接ではありません。そんな足の付くようなバカな真似はしませんよ」

「向こうはなんて言ってる?」

「3日後にこのiPhoneに連絡が来るので、指示に従ってください」と言うとニシカワは古いiPhone11をオゼキに渡した。

「ありがとう。いろいろと世話になったな」と言うとオゼキはニシカワに封筒を渡した。そのまま、席を立ち店を出ようとした時、

「こんなにですか?」とニシカワは封筒の中身を見て驚いた様子だった。無理もな相場の2倍入れたのだから。

「それで、家族と美味い飯でも食べに行け」と言ってオゼキは喫茶店を出た。おそらくニシカワと会うのもこれで最後だ。彼には色々とお世話になった。2倍でも少ないくらいだ。


  5


 サクラとリクは金曜日以来、ドクターからクスリを飲むように指示された。気分が楽になる薬だと言われた。飲みたくなかったが、母が監視している。飲まざるおえない。母はあの時の事を全く覚えていないらしい。あの時ぐっすり寝ていたから無理もない。ドクターは母に対して、双子の心が不安定だと言ってクスリを飲ませるようにした。クスリは抗うつ剤だと言っていたが違うクスリだ。心を麻痺させるクスリだ。これで双子の心を麻痺させる作戦だろう。ドクターの思っている事くらい薬漬けの双子には簡単に読めた。

 それから、毎日の様に実験体として身体中を検査された。ドクターは新しいオモチャを手に入れた子供のようにサクラとリクの能力に興味津津だ。正直、嫌になるのを通り越して普通の事の様に思うようになった。

 あれ以来、サクラとリクは諦めてしまった。もう希望も無い。この世の中が大変な事になったて知った事じゃない。今だって充分世界は大変な事になってる。あの儀式をしたからって、悪くなるのが早まるだけの事だ。それに、そのうち遠い先に起こる事が早まって、早く解決して何世代か先によい方向に未来が進むかもしれない。それだけが唯一の救いだ。膿を抜く時、或いは虫歯を治療する時に痛みが伴うのと同じだ。だが、今、それが起こるのは避けたい。どうしたらいいのだろうか。あの時、オゼキさん、カトウさん、ナカノさんそれに警備部の人たち街中の人達を犠牲にしてでもクレアと戦うべきだったのではないかと頭の中で過る事が有った。でもそれは出来なかった。もう、人は殺したくない。父のようには。

 あの時は、分別がつかなかった。それに父は母を何度も殴ったし、自分たちをシツケと称し何度も叩かれた。しかも、父は母と自分たちを殴っている時に楽しんでいた。双子たちはそれが許せなかった。それに、あのまま放ったらかしにしていたら、母か自分たちが父によって殺されていたかも知れない。だから、殺してしまった。交通事故に見せかけて。母も喜ぶと思った。だからワザワザ3人でベランダに出て父が死ぬ所を見せた。逆効果だった。母の心に深い傷を刻む結果となった。そして、双子も同じだった。決して後味のいいものではなく深い傷を心に刻んだ。そのせいで母はパズメ教に救いを求める結果になってしまった。全て自業自得だ。あの時、もっといい良い解決方法が有ったはずなのに。


 でも、もしかするとあの儀式をすることで本当に世の中が良くなるのかも知れない。自分たちの勘違いであの書物に書かれている事を自分たちが間違えて解釈しているのかも知れない。だが、最近、儀式の後のヴィジョンが断片的に見えるようになった。それは、この国から始まる。そして、世界中を巻き込み秩序が崩壊し、今の何倍も酷い暴力と飢餓の世界が始まる。もしかすると、博士がくれたクスリに幻覚作用の副作用のせいで見える物かも知れない。ただ、そのヴィジョンは完璧ではない。時折、違うヴィジョンも見える。儀式が中断した場合のヴィジョンだ。より良い世界とまではいかないが普通の世界が見えることがある。だが、どうやって中断すればいいのか双子には考えられなかった。クスリのせいだろうか判断力が鈍ってきた。


  6


 ナカノは、iPhoneを家に置きっぱなしにした。恐らく、素性がバレているしハッキングされているに違いない。久しぶりに自転車に乗り目的地を目指した。だが、iPhoneが無いので苦労した。いかに自分がデジタルデバイスに依存していたのかを身を持って知った。途中、交番で道を聞いて予定より20分遅れて目的地の家に着いた。インターフォンを鳴らすと中年の女性が出てきた。目元がカトウに似ている。「ナカノさんですよね?」とカトウの母は言った。カトウの父の葬式の時に会った時より元気そうだった。品が良くきれいな女性だという印象だった。

「どうも。突然押しかけて申し訳ありません。ところでカトウくんいますか?」

「ヒカルですか?いますよ。今部屋でゲームしています。呼んで来ますね」と言うとカトウの母がドアを閉めた。数分後、ドアが空き右手に包帯を巻いたカトウが現れた。

「ナカノさん。どうしたんですか?」と不思議そうな顔をしている。少し寝不足のようで眠そうな目をしていた。

「これから、コーヒー飲みにいかない?」

「いいですけど、どうしたんですか?」

「元同僚とコーヒー飲んじゃダメ?」

「いいえ、いいですけど」

「それと、スマフォは家に置いて」

「は?何でですか?」

「まだ、監視されてるかも知れない」

 すると、カトウは怯えた様子だった。

「来るの?来ないの?」とナカノが聞くと、カトウは頷いた。


 祖師ヶ谷大蔵駅から歩いて5分の個人経営だと思われる喫茶店にナカノとカトウは入り2人ともブラックコーヒーを注文した。カトウは甘党らしく砂糖を3袋入れてコンデンスミルクを3つ入れた。

「怪我の方はどう?大丈夫?」

「はい、骨折はしてないし、ただ右手を5針、左足を7針縫いましたけどね。全く不思議です。確かに骨が折れて突き出たと思ったんですけど。もしかすると、幻覚だったかもと思いますよ」

「幻覚じゃない。ワタシ、見たよ。カトウ君が骨折して骨が突き出る所を」とナカノは、あの時、見た物が脳裏でチラついた。

「ですよね。あれ、やっぱり超能力ですよね?」

「ワタシは、まだ信じられないでいるけど、たぶんそうだと思う」と言った。ナカノは超能力など信じていなかった。だが、アレは竜巻などではない。骨が折れる所、スーツの男が持っていたピストルが折れ曲がった所、そして双子がカトウの骨を直した所。

「それで、どうしたんですか?教団を訴えるですか?それともオゼキを不当解雇で訴えるんですか?」

「確かに、教団を訴えたら負けるかも知れないけど、オゼキを不当解雇で訴えたら勝てそうね。でも、対した金も持ってないわよ。あのオッサン」と言うと二人で笑った。会話が和んだ所で核心を話すことにした。

「ねえ、カトウくん。サクラちゃんとリク君を救いに行こうと思うんだけど。どう思う?」

「僕もそれには賛成です。だけど、もう万策尽きたんじゃないですか?それに、なんでナカノさんは危険な目に遭っても双子を助けたいと思うんですか?」

「実は、笑われるかもしれないけど、あの日以来、夢を観るの」

 ナカノは、夢の内容を話した。何処かのパーティー会場でのような場所で子供達が儀式をした時、パズメ像そっくりな怪物が現れ、その場にいる権力者達の心に入り込み、そして、世界を良からぬ方向へ持っていくという内容だった。

 カトウはナカノの夢の内容を話している間、凍りついたように表情が固まっていた。メガネのレンズの奥の瞳が泳いでいた。

「すみません。会話を遮って。僕も実は同じ夢を観るんです。その先は、街中が空爆を受けて、路上に肉片が散らばっていて」

「そう、その後、中年の男が外国人や少女をレイプして」ビックリした。カトウも全く同じ夢を見ていた。

「なんですかね。この夢は。何かの啓示みたいなものなんですかね?」とカトウ。

「そうかもしれない」

「でも、もしかすると集団ヒステリーの一種かも知れませんよ」とカトウは言った。確かにそうだ。2人ともあの事務所で異常な体験をしたのだから、もしかすると似た夢を見ても不思議ではないし、そっちの方が理にかなっている。

「でも、アレは夢に思えないのよ」

「それは、僕も同じです。それに、やはりサクラちゃんとリク君の事が忘れられません。夢がどうあれ、双子を奪還しなくちゃ。そのうちあのドクターに生きたまま解剖されるかもしれません」

「ワタシもそう思う。早く助けないと」

「でも、どうやって。きっと、地下鉄道はもう使えないですよ。一度奪還に成功してますからね。警備もスゴイだろうし。それに、10周年パーティーが近いから」

「ねえ、夢に出てきたパーティー会場てニュー帝都ホテルだと思う。10周年パーティーのことじゃない?」そうだ、きっとそうに違いない。

「場所が分かってもどうやって忍び込むんです?」

「そうか。八方塞がりね」

「そうですね。それに、仮にパーティーに紛れ込んでも、双子は儀式を止めるのに協力してくれるかもしれない。でも、警備の奴は銃を持ってますよ。どう突破するんですか?どうするんですか?」確かに、相手は銃を持っている。あの銃は本物だ。実際ナカノが銃口を後頭部に突きつけられた時、金属の冷たくて硬い物を感じた。決してエアガンでは無い。それに、あの銃を握った時、本物の銃だと思った。重さがそっくりだった。

「そうだ、iPhoneだ」とカトウは言った。何のことだかナカノには分からなかった。

「ほら、タナカ名義のiPhone。トンネルを出た時にあの公園で捨てやつ。アレはiPhone14です。確か防水加工してあるからまだ使えるはず。アレにはパズメのアプリケーションが入っている。アプリをハッキングすればがパーティー会場のセキュリティーを突破出来るかもしれない」とカトウは言った。

「カトウくんハッキング出来るの?」

「いいえ、出来ません」

「心当たりがある」と急にアオキの事を思い出した。彼なら出来るかもしれない。

「ハッキングしてセキュリティーを突破して、武器はどうします?」と急にカトウが弱気になった。確かに。武器が必要だ。それも沢山の銃が。

「オゼキなら元刑事だから銃を買える場所知ってるかも」

「オゼキが協力すると思いますか?秘密保持契約書にサインして金まで受け取ったやつですよ。ウチにもお金届けてくれましたが」

「もし、仮にだけど、オゼキも私達と同じ夢を見ていたらとしたら?協力してくれるかもしれないわ」


 ナカノとカトウはまず、電車で稲戸区に行った。そこで途中、ナカノがコンビニでコンソメ味のポテトチップスを買った。

「カトウくん食べる?」

「え、はい」とカトウと一緒にポテトチップスを食べ歩きながら脱走する時に使った地下鉄道の入り口がある公園の草むらを探った。

「確か、この辺なんですけどね」とカトウの言う方向の草むらを探した。炎天下のなか30分ほど探し回った。もう無理かと思った時にカトウが見つけた。タナカ名義のiPhoneだ。

 ナカノはポテトチップスの空き袋にiPhoneを入れた。

「何でそんな事をするんですか?」と不思議そうにカトウは言った。

「これで、電磁波が防げる」とナカノは答えた。


 ナカノとカトウは小田急線に乗り下北沢駅に着いたのは19時の時だった。探偵事務所の通りの窓ガラスが全て割れていて、既に修理してある建物もあれば、透明のフィルムで応急処置をしている建物も有った。探偵事務所はと言うと窓ガラスの所に青いビニールシートが内側から貼っていて、微かに光が漏れていた。彼はまだあの事務所にいる。

「どう、説明すればいいですかね?」とカトウが不安気に言った。

「さあね。でも、もし彼も同じ夢を見ていたとしたらきっと協力してくれるはず」とナカノは確信していた。あのどうしようも無いオヤジでもきっと双子の事を気がかりなはずだ。自分たちが思っているより悪い人間ではないのは確かだ。少なくても武器の調達くらいはしてくれるはずだ。


  7


 ダッフルバックを抱えながら。オゼキは緊張していた。やっと、あの伝説の武器商人のタナベと会うのだから。オゼキが刑事時代に、捜査一課の先輩がタナベをずっと追っていた。タナベはオゼキが刑事になる10年前から銃を売り歩いていたが、尻尾をつかむ事が出来なかった。正体不明の男だった。約束の時間5分前。落ち合う場所は新宿のJR駅の西の男子便所奥から2番目の個室だった。ドアを合図は6回ノックするのが合図だった。


 3日前、事務所に帰ってからナカノとカトウが来た。苦情を言いに来たのかと思った。彼らは開口一番に銃の買える場所教えて欲しいと言われビックリした。最初はもちろん断った。彼らを巻き込みたくなかったからだ。しかも、ナカノもカトウも自分が見た同じ夢を見ていた事を知った。そこで、確信した。恐らくこれは啓示に違いないと。それと、絶対行わなければならないことだと。もしかすると自分も含めて3人は狂ってしまったのかもしれないが、双子を救うにはこの方法しか無い。

「でも、問題は銃を手に入れた後だ。どうやってニュー帝都ホテルに侵入する?各界の権力者が一斉に集うらしい。相当な警備体制だ」そこまではオゼキは頭が回ていなかった。

「ハッキングの出来そうな相手に心当たりがあります。それに、タナカ名義のiPhoneがこの袋の中に入っています」とナカノがポテトチップス袋に入れていた。

「なんで、ポテトチップスの袋に入れているんだ?」

「電磁波を、遮断する為です。このiPhoneのパズメ教会アプリが入っています。もしかしたら教会のシステムに入り込むキーになるかもしれません」

「そのハッカー信用できるのか?」

「さあ、でもプロテクトに最初に気づいたのが彼です。もしかしたら、ハッキング位できるかもしれません」と自信なさげにナカノが言った。

「そうだ、サーディグ。彼ならできるかも」とカトウが言った。

「どうゆうことだ。あのケバブ屋の事だよな?」確かに、サーディグは前にハッキング出来る奴を紹介出来ると言っていた。

「実は彼に、ゲームを改造してもらった事があるんです。」とカトウは言った。

 カトウの話によると、プレステ6のゲームで内でどうしても欲しいアイテムが有ったそうだ。サーディグが通信大学でプログラミングの授業を受けている事を知っていたカトウが聞いてみると簡単にハッキングしてアイテムを手に入れたらしい。

「あいつが、ハッカーだったのか」とオゼキは驚いた。紹介するとはサーディグ自信の事だったのかと。

「その、ナカノさんの元同僚のアオキさんとサーディグで協力したらIDくらい突破出来るんじゃかもしれませんよ」とカトウ。

「確かに、プレステ6のハッキング出来るくらいの能力とアオキの能力なら出来るかも」とナカノは自信満々に言った。

「それに、オゼキさん。警察に協力者がいるんでしょ?警備の事聞けるんじゃありませんか?」とカトウは言った。確かにフジオカなら何か噂話くらいなら、聞けそうだ。

「それと、オゼキさん。モグリの電話が必要です。3つ。例の電気に頼んでください。私達のスマフォやパソコンはハッキングされている可能性があります」とナカノが言った。オゼキは近所にある公衆電話例の電気屋に連絡してモグリの携帯電話を3つ注文した。その日の夜に例の電気屋の家に行き携帯を受け取った。全て3世代前の古いiPhoneだった。例の電気屋は右腕を骨折していた。「あの時は済まない」と言っていたがいつもの2倍の金を彼に支払った。


 次の日、例のカトウはサーディグに協力を求めた。サーディグは、事の重大性を分かっていないのか二つ返事でOKと答えた。

 ナカノはアオキに連絡して、協力を求めた。彼は怯えていたらしいが了解を得た。

 オゼキは、モグリの携帯でフジオカに連絡を取って一緒に会うことにした。もちろん場所は新宿の喫茶店メトロポリス。

「オゼキさん。何で、その事を知っているんですか?トップシークレットですよ。そのパーティー」

「そんなに、トップシークレットなのか?」

「はい、トップシークレットの割には噂話が署内で1週間前くらいから出回っていますけどね」と笑いながら言っていた。

「どんな感じだ?そのトップシークレットの噂話て言うのは?」

「警察のSPと警視庁の特殊部隊がニュー帝都ホテルで行われう何かのパーティーで駆り出されるとか。どうやら、不思議なのは政治献金のパーティでは無いらしいですよ」

「そうか、SPと特殊部隊は何人関わっているんだ?」

「そこまではわかりません。これってパズメ教会となんか関係があるんですか?」

「聞かないほうがいい。それに、今日は俺に会わなかった事にしたほうが良いとしか言えない」とオゼキは言ってその場を立ち去った。SPに特殊部隊だと。やはり、本当だった。今回の儀式には総理大臣や大物政治家が関わっているに違いない。想像をしていたより相当な数の銃がいる。自分は実戦すら無いが、警察時代に練習で銃を撃ったことがある。ナカノ、カトウは銃を撃ったことが無い。やはり彼らを巻き込むのは間違えかもしれない。ナカノとカトウに双子の奪還が成功してもしなくてもテロリストになるぞ。と聞いたが彼らは気にしていない様子だった。ナカノは息子を今はニュージーランドに短期留学させている。もし何かあっても兄夫婦が面倒を見てくれるはずだと、カトウはあの双子を絶対に救うと覚悟を決めていた。もちろん、オゼキもだ。もう、引き返すつもりは無い。

 トイレのドアを6回ノックされた。ついに、時が来た。オゼキは深呼吸してドアを開けた。そこには60代の黒いパーカーを着た背の低い男がリュックサックを背負っていた。コイツが長年追っていたタナベかと思った。

「すみません。入りますよ」というとトイレの個室に入って着た。

「すみません。例の物を見せてくれませんか?」と男が言った。金の事だ。オゼキはダッフルバックを開いて男に見せた。

「了解しました。持っている携帯電話とデジタルデバイスに腕時計とベルトをこの袋に入れてください」と男はポケットから黒いエコバックを出した。

 オゼキはiPhoneとベルトと腕時計をその袋に入れた。

「両手をあげてください」と言われたので両手をあげた。男はリュックサックから、細く長い棒状の物を出した。恐らく、金属探知機だろう。オゼキの体中を舐め回すように金属探知機で検査した。途中ジーンズのボタンが反応したが、相手も気にすることなく続けた。

「すみません。念には念を入れないといけません」と言ってもう一つ細い棒状の物を男がリュックサックから出した。

「これは電波探知機です。たぶん大丈夫だと思いますが。ペースメーカーや人口臓器はありませんか?」と男。

「いえ、ありません」とオゼキは言うと金属探知機で検査したように電波探知機でオゼキの身体を調べた。

「問題ないようですね」と男が言った。

「アナタが、タナベさんですか?」と聞くと、「違います。ただの使いの者です」と男は答えた。

 男はリュックサックから1メートルほどあるヒモと、チープカシオの腕時計をオゼキに渡した。

「このヒモはベルト代わりに使ってください。それと、その時計は20分後に北口にある公衆電話に行ってもらいます。そこで、電話を待ってください。もちろん、スマフォとベルトと時計は商談の後でお返ししますのでご安心ください」と言って外に出ていった。

 トイレを出て北口にある緑の公衆電話はスグに見つかった。ところどころ、いたずら書きやシールが貼ってあってちゃんと動くのか不安になるくらいボロボロだった。そこで、何もすることもなくオゼキは待っていた。お昼時間を過ぎていた事もあり人はまばらだった。時計をチラチラ観るくらいしかすることが無かった。あの男がタナベでは無いということはタナベはどんな人物なのだろうか。刑事時代にタナベは警察内で有名人だった。都内でもトップテンに入るくらいの銃の密売をしているブローカーだった。彼はコルトコルト・ガバメントやブローニング・ハイパワーやトカレフやマカロフのデッドコピーの粗悪な銃を売るような密売人ではなかった。常に全て正規品のヨーロッパやアメリカ製の銃を売っていた。時折、ベレッタやGLOCKやSIGやHKやスミス・&・ウェッソンの最新式のピストルやサブマシンガンやアサルトライフルが使われる銃の犯行に使われる際は、彼の名前が浮上したが、全く痕跡が掴めないでいた。当時タナベを捜査していた刑事の話だと。タナベと名乗る複数の犯人説やタナベは人の名前ではなく組織の名前なのかもしれないと言っていたことを思い出した。確かに複数犯の可能性はある。すると、公衆電話が鳴った。オゼキは受話器を取った。

「もしもし」とオゼキは少し緊張しながら言った。

「もしもし、私がタナベです。これから、そこから歩いて15分の場所にあるヤマトホテルの前で落ち合いましょう。場所はわかりまりますか?」

「いいえ、わかりません」ホテルなんて沢山ある。聞いたことが無いし、いちいち覚えていないし、iPhoneは没収されている。

「公衆電話の後ろに探ってみてください」何を言っているんだと思いながらも公衆電話の裏を探ると二つ折りにした紙が有った。紙を開くとプリントアウトされた地図があり、ヤマトホテルの場所が赤く塗られていた。

「地図に書いてある通りに来てください。では、お待ちしています」と言って電話がキレた。

 オゼキは地図に従いヤマトホテルへ向かった。果して大丈夫だろうかと思った。もしかすると本物のタナベではなく自分を騙して金だけ奪われ殺される可能性だってあるからだ。しかも、武器となるものは何一つして持っていない。もし、相手がナイフを所持していて襲われたらいくらなんでも太刀打ちできなし。しかも、銃を持っていたら尚更だ。

 ヤマトホテルの前に着いたのは、15分後の事だった。ホテルはビジネスホテルだった。回りを見渡すとカップルやらサラリーマンが歩いていた。誰がタナベか検討もつかなかった。それからしばらく待った時計を見ると着いてから10分は経過している。もしかすると騙されたのだろうか。いや、騙すのであれば先にお金を受け取るはず。それか怪しまれたのだろうか。そんな事を考えていると後ろから肩を叩かれた。振り向くとネイビー色のスーツを着た20代の色白の青年が立っていた。

「申し訳ありません。ワタクシがタナベです」

「どうも」思っていたより若い。普通の営業職のサラリーマンにしか見えない。やはり、タナベは複数説が有力だと思った。

「すみません。お客様の経歴を調べた所、元警官だったようで。いつも以上に警戒してしまいました」

「いいえ、お気にせずに」

「では、行きましょう」と言って、オゼキはタナベにヤマトホテルには入らずに三件先にあるホテル・トウキョウというフランチャイズのビジネスホテルに通された。ホテルに入るとエレベーターで6階に着いた。

「すみません。実はここで謝らなければならない事があります」とタナベが言った。「なんですか?」

「実はお客様が要望していたGLOCK17は昨日全て売り切れてしまいました」

「そうなんですか」

「だけど、安心してくださいGLOCKと同等か或いはそれ以上の性能の銃を用意しています。もちろん、GLOCKをお希望であれば、2ヶ月かかりますが手に入れる事は出来ます。どうしますか?」

「分かった。銃を見て決めます」とオゼキは少し苛ついた。相手の持っているGLOCK17で抵抗すれば成功すると思っていたからだ。

 タナベは一番端の部屋のドアの6回ノックした。すると中から腰のホルスターにSIG320ピストルを収めた20代の女性が立っていた。

「どうぞ、中へ」と女性が言うので中に入ると、2人用の部屋でベッドにピストルにショットガンにサブマシンガンにアサルトライフルが並べられていた。

「どうです。ウチの商品は全て純正。デットコピーではありません。最新式から骨董の物まで揃えています。ヤクザに卸しているくらいですから手頃な値段で買うことが出来ます。それに全て、メンテナンスしてあるのでスグに使えますよ。不良品があればお金をお返しします」

 オゼキはベッドを見ると、右のベッドに長物の銃、アサルトライフルにサブマシンガンにショットガン。左のベッドにピストルが大量に置いてあった。最新式の物から骨董品までだ。

「お客様の要望だと、GLOCK17と小型のショットガンと小型のアサルトライフルでしたね。GLOCKはありませんがそれと同等の性能の銃があります」

「実は、少し事情が変わった。ピストルは3丁必要だ。それとサブマシンガンも」

「分かりました。失礼ですが、刑事時代はどのピストルを使用いましたか?SIG228ピストルですか?USPCompactピストル?それともスミスアンドウエッソンですか?」

「SIG228ピストルを使用していました」

「では、このSIG226Mk3はいかがですか?操作方法はP228と同じ。それにアメリカの特殊部隊が使っていた銃です。少し古い銃ですが、頑丈で命中精度も高い。17発入マガジン4つと25発入延長マガジン2つおまけに付けますよ。それに安くします」

「なんで、安くするんです?」とオゼキは言った。SIGの銃は高いと有名だったからだ。

「今は、ハンマー式よりストライカー式のポリマーフレームが支流ですからね。最新式のSIG320ピストルの方が人気がある。それに、このSIGはいわく付きでして」

「いわくつきと言うと?」

「中古です。前に事件で使われています。元刑事さんなら分かると思いますが」確かに、事件で使われていたら弾丸の線状痕で前の持ち主の犯行の疑いがかかる可能性があるからだ。それで起訴された人間を何人か見たことがある。悪い刑事にとっては点数稼ぎにはもってこいだ。

「空撃ちしても?」

「もちろん。ですが銃口をワタシや彼女に向けないでくださいね」とタナベは言った。そんな事しない。いくら弾が入ってなくても、もし、自分が弾丸を一発でも持っていると疑われれば確実に、警備の女に撃たれるだろう。

 オゼキはSIG P226のグリップを握った。228より少し大きいちょうど良いと思った。228は自分には小さすぎた。スライドを引いた。弾が入っていないのでスライドストップした。マガジンを抜いてスライドを戻し、何回か空打ちをした。問題は無さそうだ。念の為、銃口を覗いたが特に問題は無いキレイな物だ。

 ナカノとカトウのピストルを選ぶのは迷った。どれが良いかと。タナベに相談した所、HKP30とHKVP9をススメられた。どちらも新品だ。それに、それぞれに予備のマガジンを5つずつオマケで付けてくれる事になった。

「ところで、相手は何人ですか?」

「10人、いや20人以上」

「武装していますか?」

「重武装している。それに防弾チョッキも着ている」

「なら、もっと銃が必要ですね。それと、徹甲弾と催涙弾も必要だ」と言った。徹甲弾とは弾丸の先端が鋼鉄の物を指す。100%ではないが防弾チョッキを貫通する確率が上がる。

 タナベはブルパップ式アサルトライフルのステアーAUGをススメてきた。コンパクトで簡単に分解と組み立てが出来るし低倍率ドットスコープもオマケだ。それとモースバーグの5発装填できるポンプアクション式ショットガン、そして、操作方法と命中精度の高いMP5サブマシンガン。ストック収納型なので持ち運びに便利だ。

「それで、弾丸は9mm徹甲弾が1000発にショットガンのダブルOが100発、それと、5.56ミリ徹甲弾が300発でいいですね?弾丸と催涙弾は後で、お客様がスマフォを渡した者に先のトイレで届けさせます。よろしいですね?」

「はい、お願いします」と言ってオゼキはダッフルバックから1000万払った。ヤクザから買うよりは明らかに安い。少なくてもこれだけの銃をヤクザから買ったら3倍は取られる。

「そうだ、これはオマケです」と言ってタナベは銃の整備キットと防弾チョッキを3つ渡してくれた。「ショットガンくらいなら簡単に耐える事が出来ます。それと、これを」とタナベは2つ名刺を渡して着た。緑と赤の名刺に電話番号しか書いてなかった。

「緑の方は掃除屋です。つまり、死体処理です。赤の方は修理と銃が要らなくなった時に連絡してくれれば下取りします。もちろん、そんなに高くは買取できませんが」


  8


 ナカノとカトウとサーディグはアオキの部屋へ行った。アオキは怯えた様子だった。ナカノはカトウとサーディグを紹介した。アオキは人見知りなので2人に慣れない様子で自己紹介をした。

「例のiPhoneはSIMカード抜いておきましたね?」とアオキが言うので、ナカノはポテトチップスの袋に入ったiPhone彼に渡した。

「SIMも抜いてるし、電源も切ってあるよ」

「わかりました」とアオキが言うとケーブルをiMacに繋いだ。

「サーディグさん、そこのMacBookProでIPアドレスの暗号化をして欲しいですが出来ますか?」

「もちろん」と言ってサーディグはMacBookProのターミナルを開いてプログラムコードを打ち込んだ。

 ナカノもカトウも彼らが何をしているのか検討もつかなかった。

「これは、だいぶ厄介なセキュリティーですね」とアオキ。

「確かに。でも、絶対に解けないセキュリティーは無い」とサーディグ。

 ナカノもカトウもただ2人がパソコンに向かって、キーボードを打つ姿を見るしかなかった。2人のハッカーの表情はとても真剣でただただ部屋中にキーボードを叩く音だけが響いた。

 アオキとサーディグはワームがどうやら、ルートがどうやらファイヤーウォールがどうやろと時折いいながらパソコンをイジっていた。ナカノとカトウは自分たちがいると邪魔なのではないかと思い、部屋の外にスナック菓子でも買いに出かけようかと思った時の事だった。

「アオキさん。やりましたね」

「うん、サーディグくんやったね」

「どうしたんですか?」とカトウが聞いた。

「セキュリティーを突破したよ。パズメ教会のコンピューターに入り込んだ」とアオキが言った。

「何が知りたいんです?」とサーディグ。

「パズメ教会の違法性を立証できる証拠と10周年パーティーの警備計画と忍び込む為のIDが欲しい」

 アオキとサーディグが、警備計画を見せてくれた。警備部や警察のSPに特殊部隊の配置やパーティーの予定時間、それに名だたる権力者達の出席者のリスト。占いに来た人物のデータや個人情報。そして、アカギが覗いたアダルトサイトの履歴まで見せてくれた。それに、ドクターが行った実験の映像記録まで様々だった。

「これは、ナカナカですね」とアオキ。

「うん、想像以上にヤバイ教団ですね」とサーディグ。

「これを世に発表するのは無理?」とナカノが聞いた。

「無理でしょう。プロテクトがありますからね。ただ、このプロテクト、僕が思っていたよりスゴイ物では無いようです。日本国内だけのようです。CNNやBBCにデータを送ればもしかしたら」とアオキが言った。

「でも、データを送ってもプロテクトで弾かれるんじゃないですか?」とカトウ。

「何もデータを送るのにネット回線を使う必要はない」とアオキがニヤけて言った。「郵送でこのデータをUSBにコピーして送れば良いんですよ。日本国内からのデータはプロテクト出来ても海外からのデータは完璧にはプロテクト出来ないみたいです。それに、この教団のデータによるとプロテクトには限界がある。ある容量を超えると制御できなくなる様です。まあ、欠陥品ですね」

「ただ、データを送るには慎重にヤラなきゃ行けない」とサーディグ。「CNNとBBCと南ドイツ新聞やウィキリークスでプロテクトを報道した時に、恐らくパニックが起きる。そうすれば制御できなくなる。その隙にプロテクトをハッキングすればプロテクト自体を完璧に壊す事が出来るかもしれません」

「それで、それが出来るまで何日くらい掛かりそう?」

「そうですね」とアオキとサーディグがお互いの顔を見た。

「1ヶ月はかかるでしょう。運が良ければですけれど」とサーディグ。

「郵送で1週間、CNNとBBCと南ドイツ新聞に送るとする。ファクトチェックなんやらで、それくらいはかかりますよ。それにそもそも興味を示さないかもしれない。日本が知らない内にプロテクト言うソフトウェアでネット検閲されていて、しかも、ある宗教団体と現政権と深いパイプを持っていて子供達を使ってある種性的で児童虐待の儀式を行っていて、子供を人体実験をしている。ひょっとしたら、送り先の報道機関だってグルかもしれない」

 ナカノは落胆した。本音を言えば、穏便に事を済ませたかった。正攻法で事が済めば死人も出ずに済むと。

「じゃあ、パーティーのスケジュールについては?」

 データによると、パーティーが行われる22時の3時間前にニュー帝都ホテル完璧に貸し切りになるらしい。パーティー会場のパーティー会場にパズメ教会の警備部と警察のSPが合同で30名。下の階に警察の特殊部隊が20人。ホテルの入り口に警官が50名。そして各階に民間の警備員が2名ずつ配置。

「こんな所、どうやって入り込めばいいんですか?」とカトウ。確かに、どう入り込めば良いのか検討もつかなかった。

「IDの発行はできそう?」

「いや、無理だね。顔認証システムを使っている。それに、カトウさんもナカノさんもオゼキさんもちゃんとブラックリストに登録されているよ」とサーディグ。

「それを突破できないの?」

「無理じゃないけど。相当難しいね。相当な賭けですね。今やることも出来るけど、ハッキングした痕跡が残る可能性がある。ここのITセキュリティーは相当だ」とアオキ。万策尽きたかとナカノは思った。だとすると、銃を持って正面突破して殺されるのが落ちだ。

「じゃあ、ニュー帝都ホテルのシステムをハッキングすることはできませんか?」とカトウが言った。

「まあ、難しくないと思うけど。どうしてですか?」とアオキが不思議そうに言った。

「カトウくん。どうゆうこと?」

「なにも、パーティー会場の時間に侵入する必要はありません。パーティー会場の時間の前に忍び込もば良いんですよ」


  9


 カトウはオゼキとナカノと一緒にレンタカーを借りて相模原の山奥の人里離れた空き地へ向かった。これから練習だ。この場所は、探偵事務所で依頼人だったの老人の所有地だ。この依頼人は孫娘がストーカーに被害にあった際にストーカーの正体を掴んだ。なので何も言わずに無償で貸してくれた。恐らく違法な事だが、相手が違法な事に使われたと思わなければ違法で訴えられたりはしないはずだ。


 オゼキはビール瓶と空き缶を30メートル先に10個以上ならべた。カトウもナカノも手伝った。

「いいか、まずは拳銃からだ。拳銃が一番難しい」とオゼキは言った。するとナカノがHK P30ピストルのスライド引いて銃弾を装填し片手で持って引き金を引いて撃った。大きな爆発音とが響き渡り30メートル先の空き瓶が粉々になった。

「ナカノ、お前銃を撃ったことあるのか?」とビックリした顔でオゼキが言った。

「はい、新婚旅行でハワイに行った時に撃ちましたよ。結構楽しいですよ」とナカノは答えた。ナカノは全ての的を撃ち抜いた。

「お前には、もう教える必要は無さそうだな」とオゼキは言った。

 オゼキはカトウ銃の扱い方を教えた。VP9ピストルの使い方はシンプルだ。安全装置も無いので慎重に扱えと言われた。マガジンを入れ、スライドを思いっきり引いて弾薬を装填して引き金を引く。それだけだ。後は銃の構え方と当てる時のコツだ。カトウは初めて銃を撃つので最初に引き金をひいた時には怖くなった。撃つ度に、振動が伝わってきて、あの時の傷が痛んだ。射的の精度は半々だ。オゼキは「こんなもんだ」と言っていた。

 それから拳銃からアサルトライフルとサブマシンガンの試し撃ちに変わった。拳銃より扱いやすかった。連射するとコントロールするのが難しかったが、カトウはMP5サブマシンガンを使うことになった。MP5サブマシンガンにはドットサイトという低倍率のスコープが付いていて、スコープに映る赤い点に合わせると簡単に的に当たった。それに反動もピストルより小さかった。ナカノはステアーAUGというブルッパプ式。機関部が後ろに付いたアサルトライフルを使うことになった。オゼキがショットガンとSIG226ピストルを。


 ピストルを試し撃ちで100発。MP5サブマシンガンを60発。AUGアサルトライフルを50発。ショットガンを20発。果してこの作戦が成功するだろうか。カトウには疑問だった。だが、双子が協力してくれれば成功するかもしれないと変な自信がカトウには有った。もしかすると、銃を初めて撃った興奮状態のせいかもしれない。後は、結構日。作戦通りにやるだけだ。それで、ダメならもうどうにもならない。

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