9章 奪還


 カトウが父の亡骸を見たのは、通夜の1時間前の事だった。母も葬儀屋も見ないほうがいいと言われたが見ることにした。既に白骨化していたが骨の折れた箇所が修復され色も真っ白だった。担当刑事の話によると、どこかで車に轢かれて犯人は相模原にある不法投棄で有名なゴミ捨て場の壊れた冷蔵庫に父の死体を入れたらしい。父の亡骸は左足が複雑骨折、左胸の肋骨が全て折れており右の頭蓋骨が陥没していた。車に轢かれたに違いないと刑事は言っていた。

「匿名の情報が入りまして、その場所に死体が在ると情報が」と刑事は言った。

「その、匿名の情報者が犯人ではないのですか?」と母は言った。

 違う。双子達が能力を使って教えてくれたと言いたかったが言えなかった。おそらく、オゼキの刑事時代の友人に頼んだのだろう。オゼキに友人がいるとは思えなかったが。


 通夜と葬式には、親戚縁者に父の小中高の同級生数十人と、勤めていた会社の従業員、上司と部下が60人も来てくれた。アメリカの大学の留学時代の友人達や母の一家が住むカナダから電報が沢山届いた。父がどんなに人望が厚かったが人物だったか分かった。

 ナカノは通夜と葬式の受付を手伝ってくれた。改めて頼りになる人だと思った。ナカノの息子、レンくんも連れてきた。母親は子供が大好きだ。レンくんといると少しは気が紛れるらしく一緒にNexus12のタブレットでゲームをして遊んでいた。オゼキも手伝ってくれた。さすがのオゼキも受付の時はいつも醸し出している威圧感は無かった。依頼人から依頼を受けるように低姿勢で受付を頑張っていた。

 オゼキに、サクラちゃんとリクくんの証拠映像について聞いたが、後で話すの一点張りだった。ナカノも同じくだった。ちゃんと証拠映像は撮れているようだ。


 葬式は火葬になり、時間が出来た。白骨化した死体を燃やすのに意味があるのかカトウには疑問だったが。タバコが吸いたくなり外に出て喫煙所に行くとオゼキとナカノが居た。2人は何やら言い争っているようだった。2人はカトウに気づくと急に黙った。なにかあったのだろうか?

「社長。ナカノさん。通夜と葬儀で受付をしてくれてありがとうございます」

「気にするな」とオゼキ。

「気にしなくて大丈夫。それとごめんね。息子まで連れてきちゃって。母は今温泉旅行中で、父はタナカ名義のiPhoneで違う葬儀屋の回りをウロウロしてもらっているから預ける人が居なくて」

「いいんですよ。母は子供が大好きで。レン君が居なかったら取り乱していたでしょう」

「どうだ、調子の方は?」

「まあ、なんとも言えないです。まだ、どこかで生きている気がします。実感がわきません」

「そうか。お前もよくこの5年間耐え抜いたな。立派だ」とオゼキは言った。オゼキがカトウを褒める時はどこかしら皮肉交じりや毒が潜んでいたが、今回は違った。今回は敬意だけで出来た言葉だとカトウは思った。

「それで、サクラちゃんとリクくんの映像のことなんですけど」とカトウが言うと、オゼキもナカノも表情が固まった。

「その、なんというか」と珍しくナカノがたどたどしく言った。

「あとで、話すよ」とオゼキ。

「何が映っていたんですか?」

「今は、見ないほうがいい」とナカノが言った。

 カトウは気になり始めた。サクラとリクの事が。それに、ナカノのハンドバッグにレン君がゲームように使っているNexus12のタブレットを入れているのを食事会の時に目撃していた。

「映像はあるんですよね?見せてください」

「いや、今は」とオゼキ。

「サクラちゃんとリク君がバレるリスクを覚悟で撮った映像です。見ない訳にはいきません」

「わかった。でも、相当キツイ映像よ」と言うとNexus12のSIMカードを抜いてSDカードを差し込んだ。

 カトウはNexus12に映し出された映像を観た。


 骨上げを終えてカトウは母に「仕事が残っていると」と言った。

 母は、少し悲しそうな表情を浮かべながら「そんなに大事な仕事なの」と聞くので「とても大事な仕事だ。ごめん」と答えた。母が心配だったので、ナカノに頼んで1日レン君をカトウの実家で預けて欲しいと言うと、2つ返事で了解を得た。しばらく、母の精神状態は安定するだろう。

 カトウとナカノとオゼキは下北沢の探偵事務所へ向かった。1階でオゼキが3つ分のケバブを注文して3階の事務所に入った。

「この映像は、弁護士に見せたんですか?」

「ああ、見せた。充分なくらい違法性が認められるだろうとの事だった」

「では、双子の親権をリカさんから奪っての依頼者に移しましょう」

「カトウ。そう簡単には行かないないだよ」

「なんでですか?」

「映像を観ただろう? 総理大臣も関わっている。それに、法務大臣も関わっている。きっと、裁判官に検事も検察のトップも関わっている裁判で勝てないかもしれない」

「なら、マスコミに売りましょう。マスコミが駄目ならネットにアップしましょう。それで解決です」

「だがな、プロテクトで消されるかもしれない」

「そんな物が在る証拠はないじゃありませんか」

「実は、あるのよ。調べた結果存在したわ」とナカノが言った。

「じゃあ、どうすればいいんですか?」

「実は、俺はこの件から手を引こうと思っている」

「何を言うんですか、オゼキさん。冗談ですよね?」

「本当にそう思っている」

 カトウは急に怒りが湧いた。感情をコントロールできなくなり、オゼキの胸ぐらを掴みオゼキを殴った。なんども。

「止めなさい」とナカノが仲裁に入って暴れまわるカトウを羽交い締めしてオゼキから引き離した。

「僕は、サクラちゃんとリク君と約束したんです。証拠を押さえたら双子とリカさんを脱出させるって。それに、依頼内容も3人の奪還だったじゃないですか?それに違法を示す証拠だってある。やるしかないでしょ?あの映像を本当に観たんですか?まるで子供をモルモットや道具にしている。許せない」とカトウは鼻血を出したオゼキに言った。

 オゼキは何も言わなかった。机にあるコーヒーを一口飲んで鼻血を止めるためにテッシュを丸めて鼻の両穴を詰めた。

「なんか言えよ。このファック野郎」

「カトウくん落ち着いて」とナカノが言った。

 オゼキは相変わらず沈黙を守っていた。

「落ち着いてなんていられませんよ」カトウの右腕が震えた。彼は初めて人を殴った。そのせいなのか震えが止まらない。

「オゼキさん。あのままにしておくつもりですか?

 双子を含めて子供達がクソな大人たちの前で裸にされ恥ずかし目を受け、子供達はあのマッドサイエンティストにいじくり回され殺されるかもしれないんですよ。おい、なんか言えよ。このマザーファッカー。相変わらずお前は権力のコックサッカーなのか?呆れた。お前はアカギとドクターと大差ないクズ野郎だ」

 カトウは、机に置いてあるテッシュ箱を掴みオゼキに向かって投げつけた。オゼキは何も反応しなかった。

「分かりました。僕ひとりでもやります」とカトウはソファーを立った。

「ひとりじゃ無理よ。私もやるわ」とナカノが言った。

「本当ですか?」

「もちろんよ。アイツラ最低よ。胸糞悪い。多少怖いけど、やるわ」と言ってソファーを立った

「さあ、事務所を出ましょう。隠れ家で作戦会議よ」とナカノが言ってカトウは彼女に続いて事務所出ようとした時。

「ちょっと待て」とオゼキが言った。2人が振り向くとタバコに火を付けた。

「なんです?」とナカノ。

「奪還のプランが必要だ。それも、ちゃんとしたプランが」


 3人は、事務所で会議を始めた。時間には制限があった。カトウが申請書に記入した期限は明日のお昼までだったからだ。それまでにプランを練る必要があった。

まず、サクラちゃんとリク君には脱走する意志があったが問題はリカだった。リカをどう説得するかだが、毎週お昼を共にしているカトウには少なくても彼女の洗脳を解くのは難しいと考えていたからだ。見た目は普通だがかなりの狂信者だ。

「サクラちゃんとリクくんの儀式と博士の実験の映像を見せたらどうかしら?アレを観たら普通の親ならパズメ教会がおかしいと気づくかも」とナカノが言った。

「どうだろうな。昼ごはんと夕食の映像を見る限り相当な狂信者だ。それも、アカギ様の言うことなら全てが真実だと思うに違いない。そうだよなカトウ?」

「はい、確かに」とカトウは言った。彼女は完璧に宗教に依存し狂信者となっていた。どうすればよいか全く検討がつかなかった。

「仕方ない。荒療治で行くしかなさそうだ。ちょっと待っていてくれ」とオゼキが言うと部屋を出た。階段を登る音が聞こえて天井、オゼキの住居から何やら物音がした。しばらくすると階段を下る音が聞こえてドアが開いてオゼキはテーブルに小さな5センチ四方で透明のプラスチック箱を置いた。中には10個の黄色い色をしたラムネの様な物が入っていた。

「なんです?これ?」とナカノは聞いた。

「睡眠薬さ」

 なんで?と言いかけたが止めた。おそらく不眠症なのだろう。だからいつも顔色が悪いし、威圧的だし時折イライラしているのだとカトウは思った。

「睡眠薬を飲ませて、リカさんを運べと?それに何錠飲ませればいいんですか?」

「たぶん3錠も飲ませれば20分もしない内に眠るだろう。リカさんは身長何センチだっけ?」

「そうですね155センチくらいです」

「じゃあ、50キロ前後だな。カトウ君と双子に手伝ってもらえば、問題ない。それにあなた、いちご運びでだいぶ体力もついたはずよ」とナカノは言った。

 イチゴ運びはたかが1週間やっただけだ。それに、台車を使っていたからどうにか出来たので自信は無かった。

「それで、脱走後はどうするんです?リカさん?」

「少し酷だがあの映像を観て、なんとも思わなければ。精神病院に入れるしかない。自分の子供があんな目に遭っている映像を観たら普通なら脱退するだろうしな」

「サクラちゃんとリク君はどうします?パズメ教会が追跡してくるかもしれませんよ」とナカノ。

「それなら、あてがある」

「それって合法的な方法ですか?」

「グレーだな。おい、さっきの勢いはどうした?カトウ」と鼻の両穴にテッシュを突っ込んだままオゼキは言った。

 とりあえず、リカを睡眠薬で眠らせサクラとリクと一緒にコミューンから脱出。母親のリカを事務所に連れて行き、映像を見せて駄目なら精神科に連れていく。その間、成功するかわからないがパズメ教会を映像を証拠に訴え、その間にサクラとリクはオゼキの言う隠し場所に身を潜める事にで話は決まった。

 カトウは、本当にこの計画が成功するだろうかと心配になった。相手は国家権力だ。本当にパズメ教会が国家、内閣、最高裁の三権分立を掌握していて、しかも、警察、マスコミ、文化人、芸能人、ネット上の世論をコントロール出来ているのであればサクラとリクは引き戻されてしまうかもしれない。それと、この計画でいちばん重要な事が抜けている。どうやってあのコミューンから脱出するかだ。

 カトウの聞いた話によると、あの金網にはセンサーが取り付けられているらしい。外部からの侵入者から守るためだと監視官のスギモトが言っていた。もちろん、嘘ではないだろう。だが同時に脱走を防ぐ為でもあるに違いない。それと、タマキ一家の部屋は監視カメラがついている。警備の男たちに気づかれたら何分であの部屋に殴り込んでくるだろうか。

「確かに、問題だな。そこが一番むずかしい」とオゼキとナカノが外から撮ったコミューンの写真とカトウの送ってきた映像で逃走経路を探ったが3人ともお手上げだった。門2つ。南にある一般の信者が通る南の門と北にあるアカギ邸のあるVIP用の門があったが24時間3交代制で警備員が常駐していた。

 カトウは何か思いつくかも知れないと、薄汚れたホワイトボードに敷地内の地図を書いた。この薄汚れたホワイトボードを使うのは初めてだった。いつも使っている奴は隠れ家のアパートに運んだらしい。雑な地図に写真を貼っていく。何か手がかりになるものはないかと。ナカノは画像データをプリントアウトするのに忙しい。ポラロイドサイズの写真を貼り付けてホワイトボードは写真で埋め尽くされた。余計に混乱した。

 三人はタバコを吸いながら30分間ただホワイトボードを見るばかり。やはり、何か、違う方法で脱出する方法を探るしかないのかもしれない。とカトウが思っていると、いちご農園のビニールハウスが目に入った。そうだ。急に思い出した。

 カトウはMacBookProでChromeを立ち上げGoogleMapにアクセスした。

「どうしたの?」とナカノが聞いた。

「いちご農園の担当者が言っていたのを思い出しました」とMacBookProの画面をナカノとオゼキに見せた。2人ともカトウが言いたいことを理解していないらしくぽかんとした表情で画面を見ていた。

「何が言いたいのかわからないだが」とオゼキ。

「このマップの線を見てください」と言うとカトウはパズメ教会のコミューンの地図に表示されている北から南に走る線を指先でナゾッた。

「何これ?」とナカノが言った。

「地下鉄道です」

「地下鉄なんて走っていたっけ?」とナカノが不思議そうに言った。

「貨物用の地下鉄道です。立川区から川崎区の港まで繋がっているらしいです。ここを使えば脱走出来ます」

「もしかして、トンネルまで穴を掘るのか?」とオゼキ。

「違います。地下鉄道の点検用の扉がイチゴ農園の近くにあるんです。それに、タマキ一家の部屋がある8号棟の直ぐ近くです。成功するかもしれません」

 逃走経路は確保できた。後は、時間だ。推定50キロ近くの女性を8階からエレベーターを使い地下鉄道の扉まで運ぶにはどれくらい時間がかかるのだろうか。カトウには想像もつかなかった。

「これで、上手くいくかしら?」とナカノは珍しく弱気で言った。

「でも、これしか方法はありません」

「だが、弱い。もう少し考えなければ」とオゼキはタバコに火を付けた。

 すると、壁に立て掛けてあったテレビがついた。毎朝9時にタイマーで自動で付くように設定してあった。オゼキ曰く、泥棒対策だという。中に人の気配があれば泥棒に遭いにくいというのだ。隠れ家を拠点にしている時もテレビは付けっぱなしにしていたのだろうか。普段、ケチってクーラーの温度を下げない割には色々と無駄の多い男だとカトウはいつも思っていた。

 何となくテレビを見ていると、台風の情報だった。今回の台風の名前は「イーウィニャ」だった。相変わらず台風の名前は覚えられない。そう言えば父が昔に言っていた。父が子供の頃、つまり40年前までは台風を番号で呼んでいたらしい。例えば台風10号や台風20号など。カトウはそっちの方が覚えやすいしシンプルでいいと思っていた。

「台風イーウィニャは南太平洋沖で昨日発生し、金曜日の夜には関東を直撃するでしょう。去年の台風アンピルより強く、民家の窓ガラスが割れる程の威力を持つと思われ、」昨日発生しただと?そう言えばサクラとリクは台風に気おつけてと言っていた。もしかして、アレは合図だったのか?

「オゼキさん。この台風使えますよ」

「どうゆうことだ?」とオゼキはテレビ画面を見ながら言った。

「本当に強力な台風が来るなら、どさくさに紛れて、地下鉄に行って脱出が出来るかもしれません」

「確かに、いい案だ。でも、監視カメラはどうする?タマキ親子の部屋は監視れているんだろ」とオゼキ。

「台風になれば、停電しても疑れないし、時間がかせげる」とナカノが言った。

「確かに、でもどうやって停電を起こすですか?」

「例の電気屋に頼んで停電にしてもらえばいいんじゃないですか?台風と停電。この2つが同時に起きたら相手は混乱しますよ」とナカノは言った。

「そうです、確かにそれならいけますよ。ヤリましょうオゼキさん」

「分かった。例の電気屋に頼んでみる。アイツならグレーな事もイリーガルな事も金を払えば簡単にできそうだしな」

 カトウは希望を見出した。これで、双子とリカさんを救える。きっとうまくいく。

 カトウは、オゼキの住居のある4階に行きシャワーを浴びた。目を覚ますためと汗とタバコの臭いを消すためだ。シャワーが終わると時間は10時になっていた。

3階の事務所に行くと、ナカノは居なかった。ナカノの父親が持っているタナカ名義のiPhoneを取りに行ったのだろう。オゼキは鼻血が収まったようで鼻にテッシュを詰めていなかった。カトウはオゼキを殴ったことをまだ謝っていないことに気づいた。

「オゼキさん、先程は殴ってしまってすみません」

「気にするな。俺もアレで目が覚めた」

「本当にすみませんでした」

「おまえ、人を殴ったことないだろう?」

「初めて殴りました」

「そうか、お前の初めて暴力を振るった相手になれて光栄だ。もし、今後人を殴る時が来たら鼻を思いっきり狙うんだ。それから、喉仏が効果的が。一番効果的なのは股間だがな」

「はい、でも二度と人を殴らないようにがんばります」

「それがいい。地下鉄道の方は調べておく。どうやって侵入するか検討がつかないがどうにかなるだろう」

「わかりました」

「いいか、台風はあくまで予想だ。台風の予想なんて当てにならん。だから、予定時刻の20時半にリカさんに睡眠薬を飲ませろ。そして21時になったら停電が合図だ。電気が止まったらやるんだぞ。分かったな?」

「はい。もちろんです」


  2


 オゼキとナカノは地下鉄道への侵入経路を探った。するとパズメ教会のコミューンから500メートル南に離れている公園の奥の給水塔の近くにその入口があった。見た目は1メートル高さ四方1メートルの正方形で真ん中に茶色に錆びた四角い扉があった。その日の夜、台風の影響で雨が振っていた。人気の無いのを確認して2人は公園の入り口の取っ手を掴むとザラザラしていて、重い。オゼキ一人で開けるのは難しいが鍵はかかっている様子で、オゼキが片手で取っ手を引っ張ると扉が微かに動いた。オゼキは両手を使い取っ手を掴み思いっきり引いた。扉はサビが酷いのか油の刺していいない音をたてながら扉は開いた。

 ナカノが真っ暗な穴の先を懐中電灯を照らした。下には鉄道用のレールが見えた。目測で下まで15メートル入り口の右側には鉄の茶色の錆びたハシゴが祖納つけあった。

「行けそうですね」とナカノ。

「ああ、大丈夫そうだ」

 まず、オゼキがハシゴを使って下に降りた。鉄のハシゴは、サビに加えカビが生えていてヌルヌルしていて気持ち悪い感触がした。今度ココに来る時はゴム手袋が必要だと考えた。それに続きナカノも降りた。

 地下鉄道内は真っ暗だった。懐中電灯で中を照らした。壁がコンクリートで補強されていたが、古いせいか所々ヒビが入って水漏れしていて藻やカビが生えていた。湿気が高く蒸し風呂のように暑くカビ臭かった。空気はこもっていて、咳と肺がおかしくなりそうだった。ここを使う時は酸素ボンベが必要かもしれない。ナカノを見るとハンカチで口と鼻を抑えていた。

「ここなら使えるかもしれない」

「確かに」

 オゼキは、パズメ教会の方角の北側に懐中電灯を向けた。

「この公園に車を停めて走れば大丈夫そうですね」

「そうか?床は相当ヌルヌルしている。走ったら転ぶそうだ」

 オゼキとナカノは北側に500メートル先まで歩いた。大きなネズミやムカデを所々見た。こんな不衛生な地下鉄道で食品を運んでいるなんて、そのうちここが原因で食中毒になるのではないかと心配になった。途中、電車用のホームを見つけた。それは信じられないほど古く寂れたものだった。

「これって、噂の稲戸研究所につながっている駅のホームですかね?」

「そうかも知れない」

 噂によると戦中に稲戸研究所は立川区と大森区に有った捕虜収容所と地下鉄道がつながっており、捕虜を人体実験に使うために使用されたという都市伝説があったからだ。この駅のホームの上には現在大学の校舎があるそうだ。だが、今はそれどころではない。それに今は脱走経路の確認が最重要課題だ。

しばらく、そこから歩くと確かに入り口が有った。左側の壁に鉄の埋め込み式のハシゴが有った。

「登ってみます?」

「そうだな。ヤッてみよう」

「私が登りますよ。学生時代の時にボルダリングをしていたので」

「ボルダリングなんてやっていたのか?」

「最近はしていないけど、履歴書の趣味の欄に書いていましたよ」

 ナカノがボルダリングをしていたなんて初めて聞いた。今度からちゃんと面接で趣味欄を読んでを聞くべき必要があるかも知れないとオゼキは思った。

「おい、気おつけろよ」

 ナカノは鉄のハシゴをゆっくり登った。やはり、この梯子もカビだらけで滑るのだろう。彼女が一番頂上についた。

「どうだ?扉は開きそうか?」

「ちょっと、待ってください」

 ナカノは頂上で細心の注意をはらい右手を使ってゆっくり扉を押した。微かに外の光が隙間から漏れているのがオゼキにも分かった。彼女は扉を締めると、ハシゴを下って地面に降りた。

「使えそうですね。鍵もかかっていないようですし」

「そうか、ご苦労」


 この地下鉄道は1930年代に、立川区に在る工場地帯から輸出品を川崎にある港まで運ぶ為に作られた。現在でも使われていて、立川区の工場地帯から車や半導体の部品に冷凍食品に加工食品を、途中に川崎の幸区の工業地帯の地下駅を経由して川崎の新浮島にある新浮島埠頭までつながっている。そこで、国内外に製品や部品を船で運ぶのだ。朝の7時から夜の20時まで、週に5日1時間に一度のペースで列車が走っているらしい。


 オゼキとナカノは忍び込んだ公園へ戻った。雨は酷くなっていた。台風の影響だろう。2人とも手がカビとサビで茶色と緑の混じった色のをしていた。手からはカビとサビの臭いがした。今日はこれで解散する事にした。ナカノは実家に戻る為に稲戸駅の方角に向かった。

 オゼキは、隠れ家のアパートの部屋に戻った。Tシャツからは汗の臭いとカビの臭いがした。迷わずに備え付けの洗濯機に入れた。洗面所手を洗うと白い陶器の洗面台が茶色に染まった。ハンドソープを付けて洗ったが粘ついた物がナカナカ落ちない。そのまま、ユニットバスにお湯を貯めて湯船に浸かって天井を見つめた。経年劣化のせいで黄ばんでいた。湯船に浸かったのはいつぶりだろうと考えた。自分の事務所兼自宅にはシャワーしか無かったからだ。とても落ち着く。おそらく6年ぶりくらいだろうか。


 オゼキがカトウに殴られた時にようやく、気づいた。自分の弱さにだ。それに、警察時代には同僚と比較して自分が弱いという事を受け入れられずに出世のパワーゲームに乗ってしまった。それに、探偵時代もそうだ。よりによって依頼を断ろうとするとわ。相手が権力者が絡んでいようとも子供達を救わなくてわ。双子どうにかしてアノ異常な宗教団体からいち早く救出しなければ。

 そういえば、あのサクラとリクは13歳。ケンジが死んだ時が13歳だった。同じ年だ。もしかすると、双子はケンジの生まれ変わりかもしれない。だが、生まれ変わりや幽霊を信じないオゼキは自分が疲れているのだと結論づけた。いろんな奇妙な事が同時多発的に浮き彫りになったからだ。少し気が変になってもおかしくはない。しかし、サクラとリクには本当に超能力があるのだろうか。確かに双子はカトウの父親の死体の場所を言い当てた。もし仮に能力者だとして、なぜカトウの父親の死体の遺棄場所を教えたのだろう。カトウの心を読み取って彼に信用してもらうためなのか。それとも、カトウは自分たちが思っている以上に父親が蒸発した事を気にしていたことを見抜いていたのだろうか。

 もし、仮にサクラとリクが能力者であればケンジの死の本当の真相や、霊能力の様な物を使ってケンジに会う事が出来るかもしれない。気づくと、浴槽のお湯はヌルくなっていて指先がフヤケていた。

 オゼキはユニットバスから出るとバスタオルで身体を拭きパンツ一枚とTシャツ姿になった。リビングへ行った。MacBookProでGmailを確認すると、例の電気屋は協力するとの事だった。そして、メールの最後に金額が書かれていた。まあ、そこそこボッタくっているが仕方ない。他に出来る者をオゼキは知らなかったからだ。それに、送電線をイジるのは違法だ。イリーガルな行為をさせるにしては安い気もした。

 MacBookProの右上に表示している時間が0時20分だった。日付が変わり決行日まであと2日だ。ネットで天気予報を見ると台風イーウィニャは月曜の朝に報じられた通りの進路を進んでいる。金曜の20時に最大勢力で東京と川崎に直撃するようだ。最近の台風予想は的確だ。それでもたまに予想を外すが、停電でコミューンはパニックになるはずだ。上手く行く。そう思うしか無かった。


  3


 カトウは月曜日のお昼にコミューンに戻った。事務所に行き監視官のスギモトにコミューンに戻ってきた時に書かされる書類にサインした。

「タナカさん、大丈夫ですか?」とスギモトが聞いた。

「はい、仲のいい親友だったですが。なんというか、まだ死んだ実感がなくて」

「そうですか。お悔やみ申し上げます。しかし、タナカさん。とても疲れた顔をしてますね。体調は大丈夫ですか?」

「たいした事は無いんですが、葬儀の手伝いやらで忙しくて。あと自分が思っていた以上にショックだったのでしょう。眠れなくて。一睡もできなくて」

「そうですか。では、今日は家庭教師はお休みになった方がいいですね」

「いや、でも」とカトウは言ったが眠くて仕方ない。

「きっと、双子も理解してくれます。私から言っておくのでご心配なく」

「はい、分かりました。明日は必ず家庭教師をするので今日は寝ることにします」

 カトウは3号棟の305号室に戻った。なんだか急にコーヒーが飲みたくなりコーヒーを淹れて飲むとシャワーを浴びて、トーストを焼いて食べた。自分のベッドで横になり寝ようとしたが逆に目が冴えてしまった。姿勢を仰向け、うつ伏せ、横にして眠れるように試したが無理だった。時計を見ると1時間はそんな事をしていた。急に思い出した。あの黄色い睡眠薬だ。プラスチックのケースに10錠入っている。3錠も飲ませれば30分しない内に眠りに付くという。1錠だけならいいだろうと思い口に入れた。すると10分もしない内に意識がとんだ。


 翌朝、室長のサカシタに方を揺さぶられ起こされた。

「大丈夫か?体調でも悪いの?」と心配そうに聞いてきた。時計を見ると、いつもより30分寝坊していた。

「いえ、大丈夫です。寝坊しただけです」

 朝の集会は、アカギの相変わらずくだらない説教だった。特に面白い事も為になることも言っていないので、そのまま聞き流した。来月にパズメ教会が10周年の記念日なので気を引き締めるようにとの事だった。

「皆さん、台風が近づいています。そうとう勢力の強い台風らしいです。パズメ様がお守りになると思いますが、皆様気おつけてください。雨戸を閉めて窓ガラスが割れないようにしましょう」とアカギは言った。彼が天気の話をするのが初めて聞いた。

 集会が終わり8号棟の707号室に行くとサクラちゃんとリク君が部屋に向かい入れてくれた。

「先生、大丈夫?」とサクラ。

「うん大丈夫だよ」

「ねえ、タナカ先生。寝る前にラムネ食べちゃ駄目だよ。虫歯になるし、先生にはたぶん身体に合わないよ」とリクが言った。たぶん、アノ睡眠薬の事だ。なんでも彼らにはお見通しなのだとカトウは思った。

「まだ、眠いでしょ?コーヒー用意しておいたよ」とサクラがコーヒーの入ったマグカップを渡してくれた。

 カトウと双子は勉強部屋に行き、この前の課題の答案をチェックした。

「先生、ここがわからないだけど」とサクラが英語の教科書を開きシャーペンの後ろで例文をナゾッた。Best ideaの箇所をナゾッた。

「先生、俺はここが分からない」とリクは教科書を開いてシャーペンの後ろで例文をナゾッた。Don’t need three tablet、need one tablet OKと書かれていた。確かに1錠飲んだだけで直ぐに泥のように眠ってしまったし。オゼキはあの強烈な睡眠薬を3錠も飲んでいるという事か。急に彼の身体が心配になった。

 それに、カトウは心配になっていた事が有った。この計画がバレていないかという事だった。サクラちゃんとリク君が能力者であれば他の10人の子供達も能力者の可能性がある。他の子供達に計画を悟られていないか心配だった。

「先生、ここどういう意味?」とサクラは教科書で例文の一部をシャーペンの後ろでナゾッた。Don’t Wally。しばらくすると、リクがここが分からないと教科書のの例文をナゾッた「We are better than them」双子が一番能力が高いということか。リクは更にページをめくりシャーペンの後ろで幾つかの単語をナゾッた。「Because we are natural」自分たちはナチュラルとはどうゆうことだ?そう言えば、サクラちゃんとリク君が博士の実験で博士もナチュラルと言っていた。

「ねえ、先生、そろそろ英語が飽きたから数学にしない?」とサクラは言った。これは、暗号のやり取りの終わりを意味する。

「分かった。じゃあここで10分休憩。ベランダでタバコを吸ってくるよ」

「分かった」と双子は同時に言った。

 カトウはベランダに出てタバコを吸った。蒸し暑かった。台風の影響だろうか風邪は強かった。空は灰色の分厚い雲が浮いていた。雨の降る前のニオイがした。カトウは能力者ではないが雨が降る前は気圧の変化の影響もあるのだろう軽い頭痛とニオイで分かった。昔、子供頃にX-Menの映画を観た時に自分も彼らの様な能力が手に入ったら楽しいのだろうなと考えていた事を思い出した。空を飛んだり、電気を出したり、人の何倍の速さで移動したり。だが、特殊の能力には普通の生活の出来ない呪いのような力が付きまとうのだろう。少なくてもサクラちゃんとリク君を見ているとそう思った。ここはX-Menに出てくる学園とは真逆だ。プロフェッサーXは能力者の子供達の能力を良い方向へて導いたが、ここではイシイというマッドサイエンティストは自分の欲望的な研究に、アカギは金と権力に取り憑かれたによって子供達を道具として使っている。彼らがX-Menを見た時にどう思うだろうか?なんでプロフェッサーXは子供達を金の道具につかわないのか。とバカじゃないかと思うのかもしれない。

 下を見ると、入信して最初にカトウが配属されたイチゴ栽培用のガラス張りの温室が見える。イチゴの選別室から若い男が台にイチゴが入ったプラスチックの箱、5箱を積んでジャム工場の方へと向かっていった。遠いから顔までは分からなかったが、おそらく新人だろう。慎重に箱を落とさないように台車押していた。こんなに蒸し暑いのに大変だ。再び温室に視点を戻す。あの地面から突き出たコンクリートの塊。上部の真ん中に錆びた扉。本当に成功するだろうか?それに今思いついた。どうやって眠っているリカを下まで下ろせばいいのか?そうだ。ロープが必要だ。なんで気が付かなかったのだろう。寝る前に手帳に長いロープが必要と書き込む事にした。


  4


 サクラとリクは昨日の夜にある者の気配を感じた。それは恐らく脱走を手伝ってくれる人だろう。一人は女性だ。おそらく小さな子供いる。もうひとりは年配の男だ。彼にも子供がいる。だが、ものすごく悲しい過去を背負っているのが何となく分かった。それが何かまでは遠すぎたし、その時寝ていたので分からなったが。少なくても2人は大丈夫そうだ。裏切ったりはしないだろうと。

 それより心配なのはアノ男だ。いったい何者なのだろう?悪い人間には感じられなかったが、目的が分からない。もしかすると、12人の子供達を救う為に来たのかもしれないが、証拠は無かった。むしろ逆かもしれない。子供達を殺戮する為に来たのかもしれない。確かに、1人でも子供を殺せばあの儀式は出来ないからだ。それが一番手っ取り早い方法だった。なので双子は自殺も考えたがこれ以上母を悲しませるわけにはいかない。

 サクラとリクで力を合わせてアノ男の正体をつかもうと思ったが無理だった。もしかするとアノ男が自分たちの能力に気づいてしまうのではないかと思い、それ以上独自で調べるのは止めることにした。調べて分かったことは彼が信じられないほどの拷問を受けていることだけだった。なんで、あんな酷い拷問に耐えられるのか不思議で仕方なかった。

 他の10人子供達も彼の事を感じているのだろうか?そこまでは分からなかった。恐らくだが、アカギは子供達を使って彼の身元を探ろうと考えているのは確かだ。自分たちがそれに選ばれたらどうしようかと思ったが、自分たちはまだ手の内を見せていない。恐らく選ばれないだろう。選ばれるとしたら念写が出来るマミヤ・コハルか、心を読むヤマモト・カナだろう。それと、もしかしたらイワモト・クレアかもしれない。

 相変わらずイワモト・クレアは心と能力が読めない。彼女は7号棟に住んでいるらしく、よく7号棟に入っていくのを目撃したから。彼女には気おつけなければならない。「ねえ、サクラとリク。明日の食事会は何を作ればいいと思う?」とリカが聞いてきた。リカはカトウに好意持っているようだ。恋愛感情とかではなく、弟に対する感情に似ていた。おそらく母は昔に弟や妹が欲しかったのだろう。母は一人っ子だったからだ。

「そうだね、餃子がいいんじゃないかな?」とサクラ。

「うん、それがいいよ」とリク。

「そうね。明日は餃子パーティーにしましょう」と言ってコミューン内のスーパーへ出かけた。

 母が作る餃子は美味しかった。外で食べる餃子に比べてニンニクとニラの量が多すぎる気もしたが、案の肉には豚と鶏のひき肉の割合が絶妙なのか、味付けのごま油とみりんの割合がいいのかは分からなかった。餃子を作る時はサクラとリクも手伝うのが恒例だった。3人で大体70個は作る。余った分は冷凍庫に入れて後日、おやつ代わりに食べるのが恒例だった。それに、全ての餃子では無いが、必ずチーズ入りの餃子を作った。それがすごく美味しかった。そのチーズ餃子の中にカトウから今日もらった睡眠薬を入れる事にした。チーズ入り餃子はわかりやすいからだ。透けた皮から黄色いチーズの色が見えて分かりやすい。双子とカトウが間違えて食べる心配はなくなる。もちろん、双子の能力を使って誘導してチーズ入り餃子を母に食べさせるように仕向けるが。

 サクラとリクはテレビを付けた。ニュースで台風イーウィニャの動向を確認した。予想通りの進路を進んでいる。これなら、明日の21時にはコミューンを直撃するだろう。

 窓の外を見ると、風はスゴイ勢いで吹いていた。

「明日、台風大丈夫かな?」とリクは言った。

「大丈夫でだよ。この団地は丈夫にできてるから」とサクラは答えた。

 正直なことをいうとサクラとリクも、本当に上手く成功すると確信できない事が幾つもあった。未来は常に変わる。予知やヴィジョンが見えても必ずしもそうなるとは限らない。たまに、外すこともある。母の時もそうだった。まさかこんな事になるとは、アノ時は思ってもみなかった。

「大丈夫だよね?」とリクが不安気に言った。

「大丈夫だよ。台風くらい」とサクラが答えた。

 双子は、これに賭けるしか無かった。少なくても2週間は隠れる必要があった。


  5


 クレアは何か嫌な予感がここ1ヶ月がずっとしていた。不安でならない。ドクターから毎日抗うつ剤を投与してくれた。朝食と昼職と夕食のあと、5種類の抗うつ剤を飲んでいたがただ下痢が酷くなるだけだ。気分が良い日も駄目な日もあった。少なくてもドクター以外の人間には悟られないようにはしているが。

 部屋でNetflixでジュラシックパークを流し見していた。何度も見た映画だ。父と母はジュラシック・パークが大好きだった。特に続編のロストワールドが好きだった。ロストワールドを見て面白いと思う日は気分がいい日で、つまらないと思ったら気分が悪い日。ちょっとした精神のリトマス試験紙代わりだ。今日はどちらでも無かったのでおそらく不安な精神状態なのだろう。

 部屋にはクレア以外は誰もいない。父は8年前に癌で死んだ。気づいた時には身体の全身に転移していた。今思うと、ヒーラーのカワシマ・アスカが能力を覚醒できていれば助かったかもしれない。母も今は都内の病院で治療を受けている。4年前、重度のクモ膜下出血で倒れてベッドに寝たきりだ。ドクターとアカギがアスカにヒーラの能力を使ってもらったが死を免れたが、意識までは取り戻せなかった。しかし、母に会いに行くと微かなヴィジョンが彼には見えた。おそらく、まだ脳の一部が生きているのだろう。クレアが母から感じるヴィジョンは父と母が初めて出会った時やデートで札幌でウィンドウショッピングをしている事や兄と姉とクレアが生まれ、幸せな結婚生活をして幸せなヴィジョンばかりだった。少なくても母は寝たきり意識不明で意思疎通は出来ないが幸せなのは確かだ。生命維持装置を抜くという選択肢もあったが、クレアには出来なかった。死んだらそれで終わりだ。このまま幸せな記憶の中をさまよわせておくほうが母にとってはいいのかもしれない。

 クレアの父方曽祖父は長崎の原爆の生存者だった。仕事を求めて当時アメリカ領の北海道に来て曾祖母と出会った彼女はフィリピンのタガログ族の曾祖母の血を引いていた。母方にはアイヌの血が流れていた。69年にニクソンが大統領になてからはアメリカ領の北海道にも徴兵制度が設けた。父方母方の2人の祖父はヴェトナム戦争の帰還兵だった。日本本土に親戚がいるものは徴兵避けるために、日本の大学に進学したり企業に就職した。日本本土に親戚がいない者は戦争に嫌がって船に乗り日本本土に脱走した者もいたが直ぐに警察に捕まり強制送還され刑務所に入れられた。中には漁船でソビエトやカナダに亡命する者もいたらしい。ヴェトナム戦争では同じアメリカ軍から「ジャップ部隊」とバカにする者も沢山いたらしい。アメリカ軍内では「北海道部隊」というのが正式部隊名だった。主に任務は後方支援だったが、優秀な者は特殊部隊通称「エゾ部隊」と言われ、特殊任務就いたと父から聞いた。それは、戦闘から北ベトナム軍の基地への破壊工作と南ベトナムの農民を洗脳し銃や武器の使い方を教える事まで様々だった。特に酷い任務だったのが「オレンジ・クラッシュ」つまり枯葉剤の散布だった。このエゾ部隊には父方と母方の祖父が所属していたらしい。その時の枯葉剤の影響下2人の祖父は長生き出来なかった。母方の祖父は父が15歳の時に死んだ。枯葉剤の影響で末期癌だった。施しようの無い為に自らピストル自殺を選んだらしい。

 父方の祖父が死んだのはクレアが3歳の頃だった。枯葉剤にの影響による白血病だった。病院のベッドで横になり意識不明だったが昔のヴィジョンが見えた。当時、彼が寝たきりの祖父から感じたヴィジョンは良い家族との思い出も友人との楽しい思い出もあった。しかし、大半はヴェトナムの密林地帯での地獄絵図と自責の念だった。北ベトナムの無抵抗な農民達を上官の命令でHK33アサルトライフルで虐殺した。中には自分と年が変わらない子供までいた。それと枯葉剤を散布する映像が頭の中に流れ込んできた。当時、ヴェトナム戦争の事を知らなかったクレアは、祖父の事がとても怖くなった。祖父が人を殺していた事にショックを受けた。しかも、1人だけじゃない。何十人も殺している。生きていた時は、そんなヴィジョンを祖父から感じなかったし、クレアには普通の祖父が孫を可愛がるように優しく接してくれた。それと、気になるヴィジョンが断片的に流れ込んできた。若い祖父はベッドの上に寝かされていた。たぶん、アメリカの研究所だろう。病室の周囲のベッドに白人や黒人のおそらく兵士が横になっていた。周りには心電図や見慣れない機械が沢山あった。ドクターイシイが使うような細くて長い注射器を頭に刺された映像が見えた。もしかして、祖父は自分と同じ様に能力者でアメリカ政府に実験台だったのかも知れない。もしかすると自分もナチュラルでは無いのではと少し不安になった。もちろん、祖父も能力者だった可能性もあるがこの事はドクターには言っていいない。

 ヴェトナム戦争が終結後、枯葉剤散布を命令された北海道部隊の兵士や遺族はアメリカ政府と日本政府に補償を求める裁判をしているが、アメリカ政府は補償を日本政府に求め、日本政府はアメリカ政府に補償を求めた。現在でもたらい回しになっている。


 父と母が出会ったのは高校生の頃だった。札幌の高校で同じ軽音楽活の先輩と後輩だった。2人は徐々に恋に落ちていって母が高校を卒業した時に結婚した。父は当時、アメリカの北海道部隊に徴兵され湾岸戦争から帰った時だった。帰郷した時、父はボロボロだった。PTSDと言うやつだ。母は父を可哀想に思い支えるつもりで結婚した。北海道が日本に返還された事により北海道部隊も除隊後に札幌郊外に在ったゼネラルモーターズの車工場で働いた。94年に、長男のショウが生まれた。95年に北海道がアメリカから返還、日本になるとゼネラルモーターズ工場も撤退した。ショウはアメリカ領で生まれたのでアメリカ国籍を持っていた事もあり高校の時に親戚が住んでいるサンフランシスコの高校に留学した。今はアメリカで暮らしている。映画の特殊効果の会社でCGのプログラマーをしている。父は翌年に一緒に上京した。当時、日本本土の方が給料が高かったからだ。立川区の工業地帯の車工場の労働者として働いた。2000年に姉のメアリーが生まれた。今は台湾人の男性と結婚して台北に住んでいる。2人の兄妹に最後に会ったのは10年前のお正月だった。年の離れた妹なので、まるで自分の子供のように接してくれたのを覚えていた。それが12年前、父はリストラにあった。社宅に住んでいたので追い出された。当時、家賃の安かった稲戸区に引っ越してきた。父は再就職を望んだが、当時、不況に加え、いい歳のした父親には就職先が見つからなかった。父と母はアルバイトしてその場しのぎをした。兄と姉は資金援助を申し出たが、断った。父と母なりのプライドがそうさせなかったのだ。それに、兄はアメリカの大学の入学の際に多額のの奨学金をもらっていて今も返済に追われている。姉も同じで、大阪の大学に行く際に奨学金をもらい返済に追われている。いくら台湾の方が景気がいいからと言っても、日本より少し上なだけだ。そう簡単に返せる額ではない。

 そんなある日の事だった。父がバイト先の倉庫である噂を聞いた。それは、ある宗教団体が、稲戸区の大型団地を買取り信者になれば家賃払わなくても済むし、給料も出る。それに、子供達に高等教育をタダで受けさせて優秀なものには大学の学費を免除するというものだった。その頃のクレアはまだ能力が完璧では無かった。ヴィジョンが断片的だった。両親はそれに乗ってしまった。当時入信は簡単だった。青ノ書、赤ノ書、緑ノ書を3日間も書き写す様な事はしなかった。全て書き起こせば直ぐに入信できた。それに、子供は今でもあの書の書き写しは免除されているが、その代償にモルモットにされるが。

 当時6歳のイワモトは睡眠薬を打たれた。「これは検査だから安心して」とドクターがいうので鵜呑みにしてしまった。再び目を覚ますと、そこにはドクターとアカギがいた。

「彼女は本物です。まさか、こんな簡単に見つかるとわ」

「ほんとうか?」とアカギは疑い深そうにクレアを見た。

「本当です。きっと、私達の考えていることが彼女には分かっているはずです。そうだよね?クレアちゃん」とドクターは言った。見透かされている。なぜ、ドクターにバレたのかその時は分からなかった。


 クレアはこのコミューン来て良かったと思った。ドクターとアカギは自分の能力を神の恵みだと言って喜んでくれたからだ。初めて自分の能力を認められたからだ。

 クレアは幼少期の時から周囲から気持ち悪がられていた。友達など居なかった。特に父親と母親からだ。彼女には周囲の人間の考えがている事や過去に犯した事がスグに分かった。父が湾岸戦争で、クエートでイラク軍の兵士との戦闘をして相手を射殺した事も分かった。母は父に対して給料の低さや酒癖の悪さに対して不満を抱いていたこと。兄は酒癖が悪く自分達を殴る事に常に不満を持っている事。それに加え父はアルコール中毒だった。クレアは言葉を話せるようになると、相手の考えてることをスグに言ってしまった。その頃は分別がつかなかったが為に相手の考えを全て筒抜けになった。悪いことにそれが父親のアルコール中毒の拍車をかける結果になってしまった。「お前は呪われた子供だ」と日々怒られ殴られた。母からは、「そんな嘘を付くのを止めなさい」と言われ、兄と姉からは可愛がってもくれたが、少し気味悪がった。クレアが物心ついた頃には兄はアメリカで就職して、姉は大阪の大学に進学していた。

 父からはよく殴られた。それは母も同じだった。父にとって酒を飲んで家族を殴るのは普通の事だった。それは彼の父親がしたように、負の遺産を継承しただけだった。なのでクレアは父の事が完璧には嫌いになれなかった。母は離婚を考えていたようだが、コミューンに来てからはアルコール中毒も完治してやっと普通の家族に戻る事が出来たし、父も母もクレアの事を「呪われた子供」から「神の子」と思うようになって認めてくれた。


 アカギはお金と権力に取り憑かれていたが悪い人間ではなかった。やたらと「大和民族が素晴らしき神に選ばれし民族」と叫んでいるのはタガログ族とアイヌの血を引いたクレアにとっては不快だったが仕方ない。今流行の愛国商売て奴だ。愛国商売を上手く利用しお金と権力を持ち。ドクターはアカギのお金と権力で人の体をいじくり回し改造するのが好きだ。時に度が過ぎることもあるが、どちらも必要悪だ。完璧な正義などこの世に無い。この素晴らしいパズメ教会を存続させるには仕方ない事だった。

 それに、クレアの能力を高めてくれたのは2人のおかげだった。ドクターの指導のもとクレアは能力は飛躍的に上がっていった。能力が上がる度に彼女は楽しくて仕方なかった。自分がマーベルの仲間入りになった気分だった。全能感に満たされていた。ワンダーウーマンやブラックパンサーの様に自分も人を救い導く人になりたいと考えていたし、そうなると思っていた。


 だが、ある時を境に変わった。あの時、クレアは能力をコントロール出来ていると思っていたが違った。何度も、取り返しのつかない事をしてしまった。その度に、自分を恥じた。そして神にパズメ様に許しを請う事によって彼は救われた。だがたまに気が変になりそうになる。その時は、青ノ書、赤ノ書、緑ノ書を気分が落ちつかせる為に書き写した。書き写せば書き写すほど気分が楽になり心が安定していくのが実感できた。


 急に感じた。マミヤがあそこに連れて行かれたのを。おそらくフェーズ5が始まったのだろう。おそらく、マミヤは失敗するだろう。次に呼ばれるのはおそらくキムラ・ヤマトとヤマモト・カナ、そしてクレアだ。なんだか気分が嫌になった。もう随分フェーズ5をしていない。本当にアレは嫌だ。それに、あの男。何者だろうか?全く検討がつかない。彼が侵入者であることすら気づいていなかった。全く持ってどんな能力を持っているのか検討がつかなかった。だが、やらなければこの教団の存続に関わる事かも知れない。

 風が雨戸に当たる音がうるさい。テレビの音量を上げた。急に微かにあの双子の考えが頭に入ってきた。サクラとリクだ。どうやら餃子の事を考えているらしい。カワイイと言うべきだろうか、それともバカだと思うべきだろうか。あの双子は自分と同じナチュラルだが伸びしろは無さそうだ。2人とも対した能力はない。なぜ、12人の子供達に選ばれたのか不思議なくらいの取るに足らない能力だ。

 クレアは2週間後のヴィジョンがチラつくが断片的だ。それにこれ以上先のヴィジョンが見えない。おそらく他の子供達も同じだろう。何が起こるのか。ドクターが考えるような素晴らしき世界が待っているに違いない。 


  6


 ナカノは、久しぶりに調布区にあるボルダリングやクライミングの道具の専門店に行った。店内は10年前、彼女が学生時代に来た時と全く変わりがなかった。変わった事と言えば、店長夫婦が少し老けたくらいだそう。当時確か30代だったはずだ。旦那さんの方はあの時に比べ太っていた。奥さんの方は頬が痩けているが元気そうだ。クライミング用のロープ太さ1センチ長さ100メートル。それとハーネス。安全ベルトの事だ。カトウの話しよると、地下鉄道の入り口から10メートル離れた場所に高さ5メートル太さ1メートルの木が生えていいるらしい。寝落ちたリカの身体にハーネスを装着してロープをくくりつけ、ロープを木に回し滑車代わりに使って地下鉄道に下ろす作戦だ。レジに運ぶと奥さんの方がナカノの顔を見て言った。

「ナカノちゃんじゃないの?久しぶりね。どうしたの?」

 近くにいた旦那さんもナカノを思い出したようだ。

「おお、ナカノちゃん。久しぶり。どうしたの?もう、ボルダリング止めたかと思ってたよ」

「いえ、仕事が忙しかったもので。久しぶりにやろうかと思いまして」

「ロープとハーネスだけでいいの?ビレイグローブは?」と旦那さんが言った。確かにビレイグローブ ー 手袋の事だが ー は必要だ。あの、鉄ハシゴはサビでザラザラしているし所々カビが生えていいて滑る。あの日、あのハシゴを登った時に手が以上に臭くなった。電車では通勤ラッシュではなかったが、回りの乗客に臭いと思われるのでは無いかと不安になるくらいだった。それに、カトウとサクラとリクにも必要だ。地面まで15メートルはある。滑って落ちたら危険だ

「では、一番グリップ力があるビレイグローブを4つください」

「そんなに必要なの?」と奥さんが不思議そうに言った。

「予備は多いほどいいです」とナカノは怪しまれないように言ったが、逆に怪しまれてしまう答えだったかもしれないと思った。

「そう、じゃあビレイグローブは1つタダにしてあげるよ」と旦那さんが言った。

「いえいえ、そんな大丈夫ですよ」

「いいのよ。久しぶりにナカノちゃんに会えた事だし。その記念よ」と言ってビレイグローブ1つタダにしてもらった。

 ナカノがこの店に通い詰め始めたのは高校1年生の時の事だった。当時の高校にボルタリング部があり、興味方位で入部したのがキッカケだった。当時、今ほどボルタリングが知名度が無かったので、父も母も入部には反対しなかったが、母が後にインターネットでボルダリングの事を知って心配になったのだろう。何度も退部しなさいと言われ口喧嘩が絶えなかったが最終的にはナカノが勝った。父はというと、特に気にしていない様子だった。

 ボルダリングはとても楽しかった。雑念を取り去り全神経を集中して打ち込む事が出来た。それに、スリルもあり飽きることもなかったし楽しかった。もしかすると、その時の副作用でスリルを求めて探偵をしているのかもしれない。それからも大学に進学しボルダリングサークルに入部して卒業すると、仕事が忙しくなり、息子も生まれ、ボルダリングをする時間が作れなくなった。

「今は何をしてるの?」と奥さんが聞いてきた。

「仕事と育児に追われています」

「え、結婚したの?おめでとう」と旦那さんが言った。

「まあ、離婚しましたが」とナカノがいうと、奥さんが旦那さんを睨みつけたのが分かった。しばらく沈黙が続くいた。

「子供は男の子、女の子?」と奥さんが聞いてきた。

「男の子です。今は5歳でやんちゃで困ります」

「そうなの。私達は最近養子をとったのよ」と奥さんはスマホの画面を見せてきた。5歳位の女の子だった。そう言えば最後に会った時に不妊治療中だと奥さんが言っていたのを思い出した。

「可愛い子ですね。今は幼稚園ですか?」

「そうでしょ?カワイイでしょ?養子だから家の旦那に顔が似なくてよかった」

「おいおい、お前だって自慢できる程美人じゃないぞ」と旦那さんは笑いながら言った。ナカノには夫妻がじゃれ合っている様にしか見えなかった。相変わらず夫婦仲は良さそうで安心した。

「今度、家にナカノちゃんの息子さんも連れてきなよ。バーベキューしようよ」

「それは良いわね。ぜひ、息子さんを連れてきて」と奥さんは言った。

「はい、今の仕事が片付いたら遊びに行きます」と言って会計を済ませて店を出た。もしかしたら、この店には二度と来れないかも知れないとナカノは思った。少なくても息子のレンを連れては来れないだろう。


 アオキがプロテクトの存在を証明し、しかも、パズメ教会が総理大臣とパイプを持っている事がわかった瞬間にナカノは怖くなった。これ以上深入りする事に身の危険を感じた。特にレンがどんな目に遭うか想像しただけでも恐ろしい。だが、双子や子供達の事を放て置く訳には行かない。それはナカノにとって許すことの出来ないモノだ。なので、1週間前にレンをニュージーランドに住む兄夫婦に事件が解決するまで預ける事にした。父と母には「小さい時に短期留学させて見識を広める為に3ヶ月ほどレンをニュージーランドに留学させたい」とだけ言っておいた。父親はいい考えだと賛同したが、母は兄嫁にレンを預けるのに抵抗があるみたいで嫌がったが、最後はレンの好奇心が母の反対意見に勝った。「ニュージーランド行ってみたい。叔父さんと叔母さんとクラリスとジェイに会いたい」と騒いだ。母もレンの言うことには逆らえない。父と母もニュージーランドに連れて行こうかと考えたが、それは事件が大変な方向に向かってカラでいいと思った。いくら親戚がニュージーランド国籍を取りやすいとは言え、老人は難しいと噂で聞いたからだ。

 もし、この案件が国家ぐるみ大事件になり自分が犯罪者として捕まれば、レンはきっとイジメの対象になるに違いない。でも、遠く離れたニュージーランドなら普通に暮らせるかも知れない。それに、兄夫婦なら絶対レンの事を見放したりはしないだろう。レンは木曜日のよる日本を発つ。これで1つ心配事が無くなった。

 もし、兄夫婦がニュージーランドに暮らしていなかったら、この奪還作戦をしようと思っただろうか?と時折頭の中で声がする。天秤にはかけたくないがレンの方が大事だ。でも、自分は運が良かった。やるしかない。もう、引き返せない。ナカノは知ってしまったからだ。あの忌まわしき映像を見て行動を起こさなければアカギやドクターと同類になってしまう。


  7


 今日は台風イーウィニャの直撃の為に午後の労働と集会は中止になった。コミューン内にいる信者が例外なく温室のガラスが風で割れないようにベニア板をで補強した。部屋の雨戸はガタガタと震え、金属の混じった音、風が雨戸の隙間を無理やり通り抜ける音、雨が外の壁や雨戸にスゴイ勢いで衝突する音が響き渡った。それらの騒音を消すかの様にテレビの音量がいつもより大きくしていた。

「今回の台風イーウィニャは大変勢力が強く、約1ヶ月分の降水量が降ることが予想され」と天気予報士が言っていた。

 サクラとリクと母は今日の餃子パーティーの準備をしていた。母は今日は台風が激しいから中止にしようと言ったが、双子は反対した。まるで駄々をこねる幼稚園児のようにだ。

「今回の台風は20年ぶりの威力があるらしいわ。もし、タナカさんが怪我をしたら大変よ」と母は言った。

「でも、タナカさんは3号棟に住んでるんだよ。他の町に住んでいるなら危ないけど同じ団地なら大丈夫だよ」とリク。

「それに、タナカ先生は餃子大好きで凄く楽しみにしていたよ。それに3号棟に住んでるだよ。100メートルも離れていないし大丈夫だよ」

 母はしばらく考えた末、餃子パーティーを開く事にした。


 サクラもリクも餃子作りには慣れたものだった。キレイに餃子の皮に具を詰め込み包んだ。だが、リクは少し雑だった。具の量が多すぎたり少なすぎたりと不安定だった。そうするとバランスがくずれて皮が余るか具が余る。時折サクラはリクに具の量にバラツキがあると、念じると、うるさいバカと返してくる。まあ、いつもの事だが。

 だがこの三人の中で一番餃子をキレイに包むのが母だった。2人とも餃子を包む事に関しては勝てない。三人で餃子を60個包んだ時だった。そろそろあれを入れなければ。

「ねえ、ママ。チーズ餃子作ろうよ」とサクラとリクが同時に言った。

「そうね。忘れていた」

 タマキ家のチーズ餃子は、皮の内側にスライスチーズを引いて中に具を入れて包んで焼く。とても美味しいく、全ての餃子にチーズを餃子入れるべきだと双子は考えていたが、母曰く太るから駄目と言われた。確かに、普通の餃子に比べてボリュームがある。それに食べ過ぎると双子ですら少し飽きるくらいだった。

 チーズ入り餃子は30個作るのが恒例だった。サクラとリクと母親はチーズ餃子を包んだ。リクは昨日、カトウからからもらった小さなプラスチックのケースに入った黄色い睡眠薬の錠剤を母にバレないように具の中に仕込んだ。これで大丈夫だと双子は思った。これで逃げられる。開放される。

 双子は、カトウからもらった時計を見ると18時。カトウが来るまで2時間。そしてここを抜け出すまで3時間。

 母は黙々とチーズ餃子作りに打ち込んでいた。もしかすると、いやそうは考えたくないが、これが母と一緒に食べる最後の夕食なるかも知れないと思った。少なくても、当分は一緒に夕飯を食べることはないかも知れない。そう考えると双子は急に悲しい気分になった。だが、やらなければ。これも自分たち双子の為でもあるし、母の為でもあるし、カトウの為でもある。それにみんなの為でもある。


  8

 

「でもじゃない。これは命令だ。イワモト・クレアを連れてこい」とアカギは苛ついて怒鳴った。

「しかし、彼女を使うのはリスクが高い」と慌てた様子でイシイは答えた。

「いいか、よく聞け。あと、2週間で10周年パーティーだよ。もし、アイツがアレだったらどうするんだ?パーティーを台無しにするために送り込まれた奴だったら。そしたら、ドクターも研究できなくなるだろうが」

「わかりました。でも、絶対にあの能力だけは使わせないでください。お願いします」とドクターいった。

「分かったよ。俺だってアレはあんまりみたくないしな」とアカギ。

 イイジマはアレを使うなとは何の事なのか全く予想がつかなかった。

「おい、イイジマ。イワモト・クレアを連れて来い」

「分かりました」

 イイジマは警備室にあるレインコートをスーツの上に着て、革靴を脱ぎ長靴を履いた。そうだ、イワモトの分も必要だと気付き、もう一着レインコートと長靴を持って、地下室の入り口のトレーラハウスまで出た。トレーラーハウス、風と雨が当たり所々で壁がガタガタ震えていた。

「あれ、お出かけですか?」と警備の男が言った。

「うん、でもスグ帰ってくるから。それにしても、このトレーラーハウス大丈夫か?台風で吹き飛ぶんじゃないか?」

「大丈夫ですよ。去年の台風だって耐えましたからね」

 イイジマが外出ると視界の5メートル先が見えないほど豪雨。レインコート越しでも雨が当たると痛いほどの風だった。足元を見ると、大量の水が斜面を滝の様に下にある団地の方へと流れていった。一応、団地内の下に大きな排水口が在り調整池に繋がていて最終的に多摩川まで流れるらしい聞いたことがあるが大丈夫だろうか。

 イイジマは足元に気をつけながらゆっくりと斜面を下った。しかし風が強すぎて飛ばされそうになりそうだ。慎重に下らなければ。団地まで付くのに、いつもの倍の時間がかかった。アカギ邸に戻る時はおそらくその4倍はかかるだろう。自分だけではなくイワモトまでいるからだ。

 団地を見るとみんなアカギが言ったように雨戸を締め切っていていつもより暗かった。それに地面は豪雨の影響で水位くるぶしまでの高さまで浸水していた。それぞれの棟の入り口には土のうが置かれて水の侵入を防いていた。

 イイジマは7号棟に向かった。しかし、こんな台風で鉄砲風が吹き荒れる豪雨の中で子供を外に出すのには少し抵抗があったが仕方ない。命令なのだから。7号棟のイワモト・クレアの部屋の前に立ちインターフォンをおそうとした時に突然ドアが開いた。Tシャツ姿のイワモト・クレアだった。なんで、インターフォンを鳴らす前にドアを開けたのだろう?確かこの団地のインターフォンにはカメラがついていないはずだ。

「イワモト・クレア様。夜分に、申し訳有りません。教祖様がお呼びです」

「分かりました」とイワモト・クレアはその場でレインコートきてと長靴を履いた。

 イイジマはイワモト・クレアを連れ、団地を出て北の斜面にあるアカギ邸へと向かった。水が大量に容赦なく団地の方角に足元を流れて行き、歩行を困難にした。相変わらず風は強く今まで経験したことが無いほどの風圧だったが、イワモトは難なく普通に斜面を歩いていた。イイジマに比べて身体が小さいから風を受ける面積が小さく飛ばされないのではと思ったがやなり変だ。


 イイジマ率いる警備部とドクターは、先週の月曜日にアカギとの会議が終わってからネズミに対する飴の時間は終わった。ここ12日間躍起になってネズミの正体を探るため尋問。いや、拷問を繰り返した。

 警備部のキクチはネズミの顔認証率93%の大阪在住のイギリス村で古着屋の男の調査をしたがやはり別人だった。店内に入るとキクチにマイケル・ジャクソンのプリントしたTシャツをしきりにススメて来たそうだ。それとその男と親戚縁者も調べたが該当者ナシだった。少なくても国内にネズミと思われる者はいなかった。


 まず最初はフェーズ1とフェイズ2を同時に行った。顔に布をかぶせてヘッドホンで、いつもより大音量のホワイトノイズを流しつつ自白剤を注射した。自白剤を無駄にしただけで効果ナシだ。そしてフェーズ3を1日かけて行った。大量の水を消費するだけで終わった。そして、フェーズ4、電気ショックを5日に渡り、繰り返した。ネズミの髪がチリチリになり天然パーマの様になりコメカミが赤くただれたが、結局ただ電気の無駄遣いに終わった。

 イイジマはもしかすると、痛みを感じない病気ではないかと思った。昔テレビでそんな病気があると見たことがあったからだ。なので、ドクターに聞いてみると「確かに、先天性無痛無汗症の可能性もある」と答えた。ドクター曰く先天性無痛無汗症とは痛みを感じず汗もかかない難病らしい。しかし、ネズミは確実に汗をかいていた。もしかすると、痛みだけ感じない先天性無痛無汗症なのかも知れないとのかとで地下2階にあるドクターの研究所で一日かけて検査を行った。CTスキャンにMRIに注射を使ってあらゆる場所を検査した。ネズミの検査に立ち会ったイイジマは吐きそうになった。脳に小さなドリルで前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉に部分に穴を開けて、細くて長い注射器で脳組織を採取、それにお尻の右側の皮膚組織を3センチ四方切り取り、神経の一部を採取した。まるで人体実験だ。明らかに違法だ。

「コイツの身体に異常は無い。痛みを感じているはずだ。普通の人間だ。いや、もしかすると」

「なんです?もしかするとて?」

「言っても信じない。きっと見ても信じないかも知れない。とりあえず、尋問を続けるように」

 それ以後、ネズミを尋問の際にヘッドギアをつけるようになった。ドクター曰く脳波を図る装置らしい。

 段々と警備部全体が異常な行動に走るようになった。まず、電極を男性器に繋いで電気を流した。その時イイジマは休憩室で寝ていた為、彼の指示ではなかった。アカギの指示だった。しかし、ネズミは笑うばかりだった。

「こうすれば、吐くだろう」と警備部の連中に命令したのだ。イイジマはアカギに「ヤリ過ぎだ」と言った。

「いいか、君は私の部下だ。それを忘れるな。俺が、右と言ったら左でも右になるし、2+2が4でも、俺が2+2は5だと言えば5になる分かったか。身の程をしれ」と叱責された。

 アカギが指揮して、イイジマが警備部が尋問いや拷問はエスカレートしていった。まず、原始的な方法で殴る事にした。バッドであらゆる箇所殴った。それから生爪を両手、両足の全てをペンチで剥がした。血まみれになったが彼は笑うばかりで効果は無かった。

「これが、フェーズ5ですか?」とドクターに聞いた。

「違う、まあ、フェーズ4.5て所かな」とドクターが答えた。4.5てどういう事なんだ?

 警備部の連中も各々おかしくなってきた。最初におかしくなったのはサトウはだった。彼はバッドでネズミを殴りつけるの中止しろとイイジマが命令したにも関わらず止めなかった。ネズミに対して怒鳴りながらサトウは殴り続けた。監視室からアダチとタシロが尋問室でサトウを取り押さえてやっと止めた。サトウには3日間休みをヤルことした。

 それから、1日2時間で警備部の10人でローテションで拷問を行うことになった。慣れとは恐ろしいもので、イイジマの倫理観も気づけばおかしくなっていた。彼の指の爪をペンチを剥いだ段階ではなんとも思わなくなっていた。

 ネズミは体中を殴られ過ぎて、痣だらけで紫色に変色し顔は二倍に膨れ上がっていた。


 そして昨日の木曜日の夕方の事だった。アカギが警備部の監視室にやって来た。とても、イライラした様子だった。ドクターを見ると言った。

「ドクター。フェーズ5に入るぞ」

「でも、マズイですよ」

「いいからやれ」とアカギは怒鳴った。

「分かりました。じゃあ、イイジマさんヤマモト・カナちゃんを連れてきてください」

 イイジマは、ヤマモト・カナの住んでいる部屋へ向かった。フェーズ5とはなんだ?こんな子供に何をさせようとしているのだろうか?占いの事か?占いで何が出来るというのだろうか。アカギとドクターは狂っているのではないかと思った。彼はカナに、こんな恐ろしい場所に連れて来たくなかった。だが仕方ない。連れてくる前に、とりあえず、警備部全員にネズミのいる尋問室を掃除するように様に命令した。床のセラミックのタイルは血まみれで、しかも糞便のニオイまでした。それに、彼に新しい清潔そうな服に着せて、怪我をした場所をした箇所をドクターが包帯を巻くように言った。

 ヤマモト・カナが監視室に来た時、彼女は怯えた様子だった。それはそうだ、こんな映画に出てきそうな尋問室があることすら知らなかったのだろう。宗教の暗部を見て怖がるのも当然だ。普通の大人だって怖いだろう。しかも、尋問室の真ん中には包帯でぐるぐる巻きの男が座っている。ホラーと言ってもいいだろう。

「イイジマさん以外の警備部の方は監視室から出てください」とアカギが言うと、その場に居た警備員の5人は外へと出た。

 イイジマ、アカギ、ドクター、そしてカナだけが監視室に残った。カナは、マジックミラーの先に座っている包帯まみれの男を凝視している。

「なあ、カナちゃん。どうだい?」とアカギが言った。

「すみません。全くわかりません」とカナは答えた。

「もしかして、彼と遠すぎるからかな?あっちの部屋に入って見てみようか。かなちゃん?」とアカギが言った。イイジマは嫌気がした。いくら拘束して、カナの身の危険を保証されているとは言えあの呪われた部屋には入れたくなかった。それに、入れた所で何が分かるというのだ。

「いや、それは」とドクターが言うと、アカギは彼を睨みつけた。

「分かりました。やってみます」とカナが言った。

「カナちゃん君は流石だ。是非やってくれ」とアカギは言った。

「では、私も行きます」とイイジマが言った。いくら拘束されているとは言えネズミは彼女に危害を加える可能性だって100%保証が出来ないからだ。

「いいえ、大丈夫です。それに、一人の方が集中できますから」とカナが言った。

 イイジマはゴムマスクとゴム手袋とゴムエプロンを着けるように言うと、彼女は拒否した。

「いいんだ。彼女は大丈夫」とアカギは言った。

 カナが尋問室に入り、ネズミの拘束されている椅子に近づき彼の包帯まみれの頭に右手を置いた。

「ドクター。ネズミの脳波はどうだ?」とアカギ。

「いえ、、全く反応しません。何時もと通りです。拷問を受けていた時と変わりありません」

 イイジマはカナが何をしているのか検討も出来なかった。占いをしているのか?それに、脳波に異常がないかとはどうゆうことだ。それからカナは右手をネズミの頭に置いたあと10分して監視室へ戻ってきた。

「どうだ?なにか分かったか?」とアカギが興奮気味に言った。

「全く分からない。何も見えない。何者なのか力があるのかすら分からない」と困った表情でカナは答えた。

「そんな訳無いだろう。君、嘘ついてるんじゃないよね?」と威圧的にアカギ。

「だから、全くわからないんです。こんなの初めてで。私だって怖い」とカナの目が潤んでいた。

「まあ、そうゆうこともあるよ。アカギさん。それに、10周年のパーティーがあります。ここで、カナちゃんを困らせたら支障をきたすかもしれません」とドクターは言った。

「ごめんね。カナちゃん。おじさん、つい感情的になっちゃて。もう二度とこんな真似はさせないから」とさっきと打って変わって物腰の柔らかい声色でアカギが言った。

 それからも、マミヤ・コハルを連れてきて彼女も彼の頭に手を当ててカナと同じ事をさせた。カナと違う点は左手にA4サイズのプリント用紙を持っている事だった。イイジマは何で紙なんか持っているのか検討もつかなかった。そして、10分後にコハルもカナと同じ事を言った「全くわからないと」

 そして翌日の金曜日のお昼。ウチダ・ホノカが、次はキムラ・ヤマトとエグチ・リオが同時にカナが行ったようにネズミの頭を右手に置いて10分もすると、「全くわからない」と言うばかりだった。

 イイジマはこれが儀式の全容なのかと思った。これで占いなんてできるのか?彼は占いなど信じないので余計、アカギとドクターが滑稽に見えた。

「なあ、12人の子供達全員でやってみてはどうか?」とアカギがポツリと言った。「いや、それはオススメ出来ません。もしかすると、もっと得体のしれない何かかもしれません。それこそ、相手の罠かもしれない。12人集まった時に何か仕出かすかもしれない」

「だが、アイツが」

「だがじゃ、ありませんよ。いいですか。あと2週間で10周年パーティーですよ。その前に子供達に何かあったらどうするんですか?それこそ無茶苦茶だ」とイシイは怒鳴った。イシイが怒鳴るのを初めてイイジマは見た。それはアカギも同じらしく少し怯えた表情になっていた。イイジマは感情的になっている今がチャンスだと思った。感情的になっていればボロが出る。気になっている事を聞く事にした。

「あの、すみません。昨日から何をやっているんですか?これがフェーズ5ですよね?なにも起きないじゃないですか?」

「うるさい、黙ってみてろ。馬鹿野郎」とイシイはイイジマを怒鳴りつけた。裏目に出てしまった。

「そうだ、あの双子に見てもらえば良いんじゃないか?」とアカギ。

「あの双子はこう言ってはなんだけど、ナチュナルだけど一番能力が低い。使い物にならないでしょう」

「じゃあ、ハヤシくんは?」

「彼は今、スランプ気味です。元々繊細だし。ここで失敗したら引きずってパーティーで失敗するかもしれません」

「じゃあ、クレアちゃんしかいないだろう」

「でも、彼女は」

「イワモト君は最近落ち着いているんだろう?大丈夫だよ」

「でも、もしあの時の様になったら事ですよ」

「だからこそだ。彼女ほど力がある者がいるか?」

「でもじゃない。これは命令だ。イワモト・クレアを連れてこい」


 トレーラーハウスに入ると、警備員が椅子から立ち上がり敬礼した。

「おじさん、久しぶり」とイワモトは警備員に言った。

「あれ、クレアちゃん?随分大きくなったね。もう大人じゃないか。何歳になったんだい?」と警備員。

「もう16です」

「そうか、いいね。羨ましいよ。若いていうのは」

 イイジマは、会話を遮る為にするため咳払いをした。

「ああ、失礼」と警備員が言うと机の下にあるボタンを押して入り口のロックが解除された。

「いいんだよオジサン。元気そうでよかった」

 2人とも知り合いなのか?それに、イワモトはこの地下施設に何度か来たことがあるのか。これまで連れてきた子供達はこの地下一階の存在を知らなかったらしく、トレーラーハウスに地下1階の入り口が在る事を知って驚いた様子だったからだ。

「それでは、行ってらっしゃい」と警備員がイイジマとイワモトに対して敬礼をした。


   9


 オゼキは公園に面する斜面の路肩にバンを停めた。昔、依頼人の水道の配管業者のバンは突風で何度も揺れた。車が吹き飛ばされるのではないかと心配になった。視界は大雨で5メートル先を見るのがやっとだった。ここまで来るのに事故になるのかと心配で仕方なかった。ラジオをつけると、台風は現在、小田原に上陸。雨は1ヶ月分の水量が降る、大雨特別警報でレベル5以上。しかも暴風警報のレベルは5以上の風で歩行困難との事。1時間で稲戸区と東京都に上陸するとナカノはiPhoneの画面を見ながら言った。作戦決行まであと1時間。果して台風の直撃するのに成功できるだろうか。何となく車のドアを開けてみると、小川の様な水位の水が流れていた。

「なあ、成功すると思うか?」

「わかりません。正直ここまで台風が酷いとは思いまえんでしたから」とナカノは珍しく弱々しく声色で言った。


 準備は万全だった。オゼキが考えている限りは。だが、心配でならない。こんな事をするのは初めてだった。警察時代はシンプルだった令状発行してもらってホルスターに銃を入れた数十人刑事と一緒に家宅捜索をしたものだ。しかし、この作戦はもう49歳の初老のオッサンと、もちろんナカノは優秀だが。30代の気の強い小娘だ。カトウはだいぶ探偵事務所で雇ってから大人びて正義感が強くなったがまだまだ半人前だ。人数は3人。しかも、大型台風の最中だ。最初はいい案だと思ったが、ここまで台風の勢力が強いと、そもそもカトウは地下鉄道の入り口まで双子と母親を連れてこれるだろうか。それに、この公園までたどり着いた所で、探偵事務所まで車でたどり着けるか疑問だ。

「多摩川の方はどうだ?橋は封鎖になってないか?」

「多摩川橋は今の所、平気そうですが、多摩川の水位が上がっています。もしかしたら、氾濫するかもしれません」

 多摩川橋が使えなければ違うルートを探るしかない。それに多摩川が氾濫したら、それどころではなくなる。そこまでオゼキは考えていなかった。もし橋が渡れずに、川が氾濫したらどうすればいいのだろう。隠れ家のアパートに逃げるという選択肢もあったが、オゼキの知り合いの北海道の網走在住の農場主マツモト・クリス夫妻に深夜の0時に双子を引き渡す手はずだった。マツモト夫妻は5年前に上京した息子が行方不明になった時に依頼を受けた。息子は家賃を滞納し川崎市のホームレス用のシェルターに居るのを発見し保護した縁で毎月お米やジャガイモやチーズを送ってきてくれた。夫妻に事情を説明すると双子を匿ってもいいと言ってくれた。母親のリカはどうすればよいかだが、あの博士の実験映像を見せてから決めることにした。それは、依頼者のリカの父親にも了承済みだ。あの映像は依頼主にまだ見せていない。親戚でも子供でもないオゼキでさえあの映像を見るのは辛い。それに、奪還が成功する前に見せたら感情的になりパニックを起こし教団に殴り込みに行き作戦が台無しになる可能性があるからだ。それに、あの隠れ家のアパートは現在土砂崩れの恐れがあるというので周囲の住民は避難命令が出ている。もし、土砂崩れに巻き込まれたら元も子もない。

「そろそろ時間ですよ」とナカノが言ってレインコートを着てリュックサックを背負った。

 オゼキはハミルトンの腕時計を見ると20時25分だ。支度をしなければ。

オゼキは後部座席から、黒いレインコートと黒い目指し坊に着替えた。

「この目指し坊、必要ですか?映画の見すぎじゃないですか」

「もちろんだ。身元がバレたら追われるかもしれない」

 オゼキは車のルームミラーで目指し坊姿の自分を見た。なんとも間抜けな格好だった。靴は防水用の滑らないトレッキングシューズにナカノが調達したボルダリング用の滑りにくい手袋をはめた。

「よし、行くぞ」

 オゼキとナカノは車の外に出た。想像していた以上に外は酷く、天気予報と通りに歩行困難だった。目の前は夜の暗さも重なって大量の大粒の雨が体中に突き刺さらんとするくらいの勢いでオゼキとナカノの身体に当たった。どうにか、地下鉄道の入り口たどり着いた時にはオゼキは息切れをしていた。禁煙をスべきだと思った。オゼキとナカノは一緒に鉄の扉の取っ手を引き上げた。懐中電灯で下にある地下鉄道を照らすと、水が貯まっていた。

「おい、浸水してるぞ」

「大丈夫ですよ。たぶん」

 ナカノが最初にハシゴを使い地下鉄道へ降りていった。

「大丈夫です。どうにか歩行できるくらいの浸水です」

 オゼキも地下鉄道へとハシゴを使って降りた。踝ほどの水位で鉄道のレールは泥水で見えなかった。地面がが微かに南の方に傾斜しているのか、南の方へとゆっくり水が流れていった。

「大丈夫ですよ。きっといけます」

 オゼキは心配だった。まさか地下鉄道が浸水しているとは思ってもみなかったからだ。地下鉄道の壁や天井を見ると至る所から水が染み出ししていた。しかも結構な水位だ。踝2つ分くらいだろう南の方へと水がゆっくりと流れていた。あと、30分もしたらもしかしたらどこかが決壊して鉄砲水で流されるかも知れないと悪い事が脳裏にちらついた。

「さあ、行きましょう」とナカノが北の方角へ歩いていった。

 2人は合流地点の500メートル先にあるコミューンへの入り口へ向かった。この足元の悪い中で時間と通りに合流地点に行けるだろうかと心配になった。


  10


 イイジマが、クレアを監視室へ連れていくとマジックミラーの先のネズミを5分ほど凝視した。

「どうだ、クレア君。何かわかったかな?」

「ここからは、わかりません。全く何者か検討が付きません」

「そうか、アイツに直接触れたら分かるかな?」

「でも、それは」とドクター。

「ドクター、大丈夫です。私はあの時とは違います。二度とあんな事にはなりません」

「そうだよドクター。クレアちゃんはもう大人だ。彼女に任せよう」

「分かりました」とドクターは言った。

 イイジマは何の事を言っているのか分からなかったが、どうやら子供達を使って相手の素性を探ろうとしている事はわかった。そんな事が可能なのだろうか。彼には信じられなかった。占いならいくらでも言いようがある。それは彼がSP時代に警護対象者に占いにハマっている大臣の横で盗み聞きしていたからだ。基本的には占いは悩みがあるから占い師の元に来るからだ。そこで、相手の悩みを聞いて相手の喜びそうな事や怖がらせることを言って誤魔化す。当たればラッキー、当たらなければ「アナタの行いが悪い」と言えばいいだけの話だ。だが、ネズミは一切話さない。占いなんて通用しない。それに相手の頭に触れて心が読み取れるのであれば、超能力だろう。そんな事ありえるだろうか。

「ドアを開けてください」とクレアが言うので、イイジマはボタンを押すと電子ブザーが鳴りドアのロックが解除された。

「これは、イヤホンです。こちらから指示するのでつけてください」とイイジマはイヤホンをクレアに渡した。

「いいね。無理しなくていいから。途中で辛くなったら、いつでも中止するんだ」とドクターが言った。

「大丈夫です。気にしなくて」と言うとクレアは尋問室へ入っていった。

 クレアが部屋に入り、ネズミの頭に右手を頭を当てた。10分間そのままだった。他の子供達と変わらない。

「彼女でも無理か」とアカギが言ったその時だった。

 イイジマはあることに気づいた。ネズミが鼻血を出していた。おそらく拷問の際の傷口が開いたのだろうと思った。

「もう無理だ。クレアくんには今日は帰ってもらおう」とドグターが言った。

 イイジマがイヤホン用のマイクのボタンを押そうとした時だった。急に、ネズミがブルブルと震え始めた。クレア君が危ないと思った。いくら椅子に腕と足に結束バンドで固定しているからと言っても100%クレアが安全とは言えないからだ。何か危害が及ぶ可能性もある。彼はドアの解除用のロックボタンを押そうとした時だ。

「待て、イイジマ。始まったぞ」とアカギが言った。

「でも、ヤバイですよ。ネズミの脳波が異常だ」とドクター。イイジマはドクターが持ち込んだiMacの画面を見ると、何時もと波形が違っていた。普段フラットな直線だったが、ボールペンでノートに雑に試し書きするように無茶苦茶な線を書いたようにかなり乱れた線が表示されていた。

「コイツは、かなりスゴイ能力者だ」とドクターは言った。

 iMacに表示された脳波波形が通常のフラットな直線に戻った。

「さあ、話しなよ」とクレアが言った。

「クレア君、相当強いね。僕が思っていたよりはるかに強い」とネズミが拷問部屋に来て初めて会話らしい事を喋った。

「いったい、何者だアイツは?」とアカギが独り言の様に言った。

「誰だって?それは。ここではドクターて言われてるイシイがよく知っているはずだよ」とネズミは唯一包帯で隠れていない方の左目をドクターを睨みつ言った。イイジマは有る事にに気づいた。マイクのボタンを誰も押していない。ボタンを押さなければ絶対に尋問室に音は届かない。それに、中は防音だ。相手からは絶対聞こえない。そんな事はどうだっていい。ネズミはイシイと知り合いだと言うのか。

「おい、ドクターどうゆうことだ?ネズミと知り合いだったのか?」とアカギはドクターを見て言った。

「知りません。初めて会う人間です」

「おい、お前嘘付いてるんじゃないよな?」

「違いますよ。本当に知らないんです」

 イイジマはドクターを見た。ドクターも驚いた表情をしていた。嘘をついている様には見えなかった。

「ドクター。僕を思い出せないみたいだね。あんなに仲良くしてくれたのに」とネズミが言った

「おい、説明しろ。ドクター、アイツは誰だ?」

「いや、きっとアイツは嘘をついているんですよ。きっと、混乱させようとしている。あんなヤツ見たことがない」とドクターが言った。

「ねえ、ドクター、いや、プロフェッサー」

「まさか、お前は」とドクターが声が震えながら言った。

「そうだよ。ロバート。ロバート・シバタだよ」とネズミは言った。

「おい、ロバート・シバタとは誰だ?ドクター、説明しろ」とアカギ。

「でも、彼は死んだはずだ」とドクターが言った。


 11


 20時の15分前、コミューンで買った黒いレインコートに身を包み305号室をでた。室長のサカシタは「こんな夜に外に出るのは危ないよ」と言われた。カトウは「大丈夫です。8号棟に行くだけですから」と答えた。サカシタとも話すのも最後かと思うと少し寂しい気もした。とても良くしてもらったからだ。狂った信仰を信じていてもいい人は沢山居るのだと社会勉強になった。

 カトウが3号棟を出ると、地面は踝が浸かるほど水が溢れていた。アディダスのスタンスミスがあっという間に水没してヌルヌルして気持ち悪かった。長靴を買うのを忘れていたから仕方ない。風が信じられないほど強くて時折身体ごと飛ばされるのでは無いかと心配になった。大きな雨粒が顔に雨が当たって痛かった。メガネのレンズに水滴がついてしかも曇って視界は最悪だった。本当にこんな台風の中で作戦が成功するのか疑問に感じた。8号棟までたどり着けるかも怪しいものだ。

 8号棟に着くと入り口に土のうが膝の高さまで積んであった。腕時計を見ると10分前。普通なら3分程度で付く。この作戦が成功するかには思っていた以上時間がかかりそうだ。エレベーターを使って8階に行き角部屋の707号室の前に立った。時計を見ると5分前。急にタバコが吸いたくなって、カトウはポケットからマルボロの箱を出した。箱は雨に濡れていたが中身のタバコは大丈夫そうだ。一本タバコを取り、口に咥えて吸った。よし、ヤルしか無い。タバコの火を消して、自分のズボンのポケットに入れた。インターフォンを押した。ドアが開くとサクラちゃんは空きかを持っていてとリクくんはタオルを持っていた。

「タバコ吸ったでしょ?」とリク言った。

「ごめん。つい、緊張して」

「いいよ。ここに吸殻を入れて」とサクラは空き缶をカトウに差し出した。ポケットから消したタバコを空き缶の中に入れた。

「ママ、タナカさん来たよ」とサクラが言った。

「入ってもらいなさい」と部屋の奥からリカの声が聞こえた。

「お邪魔します」と言って玄関でスタンスミスと靴下を脱いで部屋へ入った。テーブルには、ホットプレートがあり横に3皿。1皿に付き20個ほど、それに1皿だけ赤い皿に餃子がもられていた。

「タナカさん、そと大丈夫でしたか?」

「結構スゴイことになってましたよ。天気予報通りでした」

「そうなの。無理して来なくても良かったのに」

「いえいえ、奥さんの料理が週一回の楽しみですから。それに、一駅離れた場所ならまだしも同じ団地ですし」

「そうですか。良かった。サクラとリクも私もタナカさんと御飯食べるのが楽しみなんですよ。サクラとリクが餃子好きだっていうんで今日は餃子パーティーですよ」とリカは嬉しそうに言った。

「とても、嬉しいです。僕は餃子が大好きで」

「じゃあ、沢山食べてくださいね」とリカは言った。

 ホットプレートにゴマ油をひいて餃子をプレートに置くのを手伝った。20個の餃子を並べた。蓋をして5分すると、美味しそうな焼き餃子が出来上がった。

「さあ、お祈りをしましょう」と言って皆で手を繋ぎ輪を作り、リカとサクラとリクは一斉に言った。それに続いてカトウも言った。

「クティキャメ、ンジャンディ、トロク、メヒオ・ザレム、エンピュ、テケリ、ザザクド」

「さあ、いただきます」とリカが言ったのでカトウは餃子を自分の取皿に5ついれた。タレは、ポン酢とラー油と胡椒だった。一口食べるととても美味しかった。

「奥さん。この餃子とても美味しいですね。こんな美味しい餃子食べたの初めてです」

「そんな、普通の餃子ですよ。それに餃子は焼き立てが一番美味しいですから」とリカが喜んだ表情をしていた。

「いや、今まで自分の母親が作る餃子が一番だと思っていたんですが。この餃子は、母のを超えましたよ」とカトウは言った。本当の事だった。家の母親が作る餃子はとても美味しかった。どこの、お店で出る餃子より。だが、リカの餃子はそれを超えていた。

「褒めても何も出ませんよ。ところで、タナカさんのお母さんは今何をしているんですか?」とリカが聞いてきた。

 カトウは本当のタナカの母親はどうしていたのか、急に思えだせ無くなった。

「ママ、タナカさんのお母さんは」と悲しげな声でリクは言った。そうだった。本当のタナカの母はお亡くなりになったのだ。確か、タナカ本人は確か母子家庭で18歳の頃交通事故で。

「すみません。私ったら。すみません」とリカ。

「いえいえ、お気になさらずに。随分前の話ですから。それより、せっかく美味しい餃子が有るんですから餃子を食べましょう」

 カトウは久しぶりに餃子を20個食べた。もう、お腹一杯だった。だが、まだ皿には沢山焼いていない餃子があった。

「ねえ、ママ。そろそろ、アレ焼いてよ」とリクが言った。

「アレて何?」

「チーズ餃子のことだよ」とリクが言った。

「そうね。焼きましょう」とリカが言うと赤い皿に20個ほどの黄色い皮の餃子をホットプレートに並べた。

「なんです?チーズ餃子って?」

「餃子の皮の内側にチーズを入れて包んだ餃子ですよ。とても美味しいですよ」とリカが言った。始まりの合図だ

 5分ほどして蓋を開くと、ニンニクとニラとチーズのニオイがした。チーズ餃子が焼き上がった。

「ねえ、私が取り分ける」とサクラはヘラで母親の取皿にチーズ餃子を置いた。

「あら、ありがとう。さあ、タナカ先生も食べてください。美味しいですよ」

「はい、とても美味しそうですね。いただきます」と言ってチーズ餃子を口に入れた。確かに美味しかった。ただ、お腹が一杯なので少し濃すぎる気もしたが。

「どうです先生?美味しいですか?」とリカ。

「奥さん。これは美味しいですね。奥さんが考えたんですか?」

「いや、ネットでレシピを見つけただけですよ。もしよかったら、お土産にどうです?同じ部屋の人にも是非」

「いいんですか?ではいただきます」

 それから、10分しない内にリカの目が虚ろになった。明らかに眠そうだ。

「奥さん。どうなさりましたか?どうやら、眠そうですが?」

「なんだか、急に眠くなって」

「そうですか。少し横になった方がいいですよ」

「でも、先生に申し訳ない」

「そうだよ。ママ眠そうなのが分かる」とリク。

「ママ、ソファーで横になりなよ。あとは私達と先生で餃子食べるから」サクラ。

「そうです。奥さんお気にせずに」

 リカはソファーに向かって横になった。

「じゃあ、先生、私少し寝るので、あとはよろしくお願いします。

「はい、任せてください」

 リカはそのまま寝てしまった。

 カトウは時計を見ると決行時間まであと30分。

「先生。餃子食べよう」とサクラ。

「これから、沢山エネルギー使わなくちゃいけないしね」とリク。

「でも、食べ過ぎると吐いちゃうかも」と笑いながらカトウが言うと、サクラちゃんとリク君が同時に「キモイ」と言った。

 もしかすると今日が双子と母の最後の食卓になるかも知れないと思うとカトウは少し悲しくなった。だが、サクラちゃんとリクくんをこんな教団にこのまま置いてはおけない。


  12


 ドクターは語り始めた。アメリカのフィラデルフィアの研究所に在籍していた時の事だ。アメリカ政府は「エージェント・ウルトラ・プロジェクト」を秘密裏に行っていた。その計画とは、戦前、戦中にナチス・ドイツのホロコーストや旧日本軍の731部隊に稲戸研究所が人体実験で得た情報や研究者からなる物だった。目的はサイキック部隊を作る事だった。能力を持っていると思われる者からDNAを採取し解析して超能力を使える兵士を作る計画だった。

 だが、そう上手くは行かなかった。まだ、10畳ほどの大きさのコンピューターが、今のノートパソコンの1/10程の性能しか無かった事を考えると無理もない。それから合衆国政府がプロジェクトを中止仕掛けた時の事だった。急に転機が訪れた。911以降、軍事費の調達出来て資金が潤沢になった事、スーパーコンピューターの能力が上がった事、元ソ連や元東ドイツや中国のサイキック部隊計画に参加していた研究者がアメリカに大量に亡命した事、2003年にヒトゲノムが解読された事、それらにより飛躍的に研究が進んだ。まず、能力を持たないあらゆる人種や性別年齢の普通の者に薬物を投与したが、効果は1%以下の人間にしか効果がなかった。しかも、全員が子供だった。だが殆どが占いまがいの予知能力程度の事しか出来なかったし、ボールペンを動かすくらいの力のサイコキネシスしか出来なかったそうだ。当時、プロジェクトの副責任者だったイシイは思いついた。元々能力を持った者にクスリを投与したら効果が倍増するのではないかと。そして、アメリカ中から能力者と思われう子供達が20人がフィラデルフィア郊外に有る軍の地下研究施設に集められた。その中のひとりがロバート・シバタ。彼は日系3世の少年だった。彼の家族は60年代に日本からアメリカのサンフランシスコに移住した。彼は小さな時から、物を動かす能力。サイコキネシスが使えた。ナチュラルだった。親はロバートにその力を使わないようにと注意した。なぜなら、彼の父親も能力者だったからで、エージェント・ウルトラの実験で身体をいじくり回されたからだ。ロバートはそれを隠していたが、ある日友達にマジックとしてコーラの缶を宙に浮かせたのを見せた事でバレてしまった。以前、能力者のサンプリングした者たちの親族を監視していたからだ。それからというもの突然、ロバートは誘拐された。両親は警察届をだしたが組織はデータベースからロバートを削除した。他の20人の子供達もだ。

 イシイの予測は当たった。このクスリは能力者に投与すると格段と能力を上げた。中には複数の強力な能力が同時に覚醒した子供達が現れた。その中の一人がロバート・シバタだ。


 イイジマはドクターが言っていることが信じられなかった。まるでSF映画の筋書きを聞いているみたいだった。

「だが、死んだはずだと言ったよな?どうゆうことだ?」とアカギは言った。

「はい、確かに死んだはずです」とイシイ。

「すみません。何を言っているのかわかりません。イシイさん。何で死んだ人間がここに居るんですか?」とイイジマは勇気を出して聞いた。

「だって、彼らを地下施設事爆破したからだ」

 ドクターが言うには、20人の子供達は能力が強すぎてコントロール出来なくなったそうだ。それに、20人の子供達の殆どが誘拐という形で連れてこられた事もあり、不満が溜まり子供達は脱走計画を立てた。能力を使い研究者や職員や常駐していた特殊部隊の面々を虐殺し始めた。その頃イシイはワシントンDCで会議に出席していた為に難を逃れたが、地上のコントロール室の映像で見た。映像は悲惨な物だったらしい。そして軍首脳部はこの計画が明るみに出る事と暴走した子供達が外に出て虐殺を繰り返すのではないかと恐れ、地下に数百トンのTNT爆弾を落として地下施設を破壊したというのだ。

「なんで、全員死んだと分かったんだ?」とアカギは聞いた。

「なぜなら、地上の基地まで吹っ飛んだからですよ。当時、ニュースにもなった。軍事施設の倉庫のTNT爆弾が事故で爆発したって報道されました。それに、地下施設は地下50メートルの所に存在したんですよ。地上の基地は瓦礫の山になってしまいました。それに、そんな威力の爆弾を喰らえば死体なんて確認しようが無いくらい肉体がミンチになる。確認しようがありません。それに理論上、行きてる可能性なんて0%ですよ」

「あの時は、痛かったよドクター。ジェイデンもアレンもキャサリンも友達が皆がミンチになったよ」とロバート。

「でも、あの時は仕方なかった。君たちは完璧に暴走していたじゃないか」

「確かに、暴走していたよ。モーガンていう黒人の6歳の少年を覚えてるだろ?奴ら彼をM16で撃ち殺したからだ。頭が吹き飛んだよ。それにみんなが誘拐されて来た。怒って当然だろドクター?でも、ただみんな家に帰りたかっただけだった。外で人を虐殺するつもりは無かった」

「本当に申し訳ないと思っている」とドクターは目が潤んでいた。

「じゃあ、君はドクターを復讐するためにやって来たのか?」とアカギは言った。

「いや、違う。復讐なんて無意味だ。それにドクターは最後まで地下施設の爆破に反対していたからね」とロバートは言った。

「じゃあ、目的はなんだ?」とイイジマは言った。復讐でないとすると何をしたいいんだ。

「世界を救いに来た。この、クレアも子供達も、そこのアカギもドクターもイイジマも」

「何を言っているんだ」とイシイ。

「ドクター。あんたは俺たちを殺した事に関与した事にだいぶ自責の念に囚われているんだろう?それで、あの先祖伝来の書物に希望を見出したのだろ?言っておくがアレはそんな良いものじゃない」

「どうゆうことだ?」とイイジマが言った。あの書物とはおそらく入信の際に書き起こす赤ノ書、青ノ書、緑ノ書の事だろう。

「アレは、マジでヤバイぞ。ここに居る俺とイイジマ以外はアレに取り憑かれている。それに儀式。あの儀式は」とロバートは重苦し雰囲気で言った。

 すると、急にロバートがまた震え出した。iMacの画面の脳波表示も異常なグラフを表示している。

「まずい、どちらかが暴走し始めている」とドクターは言った。暴走てどうゆうことだとイイジマは思った。

「今スグそこから出るんだ。クレア君」とドクターが叫んだ。

「やっぱり、君は強いな」とロバートが言うと、部屋の電気が消え真っ暗になり。そして、大きな破裂音とガラスが割れる音がした。

 イイジマはiPhoneのライトを付けた。マジックミラーはクモの巣状にヒビが入っていて真っ赤に染まり尋問室の中は見えない。

「おい、マズイぞ。イイジマ銃を持ってるか?」とアカギは言った。

「いいえ、監視室には銃の持ち込みを禁止してますから持っていません」

「どうでもいいから、早くドアを開けろ」とアカギは怒鳴った。

「無理だ。ここの施設はドアは電気制御されてる。おそらく、停電だ。開けられない」とドクターは言った。

「おい、このマジックミラーを割れ」とアカギは言った。

「無理です。例えヒビが入っても叩き割れません。戦車用のロケットランチャーを撃ったて耐えるくらい丈夫なんですよ」

 すると、アカギが座っていたパイプ椅子でマジックミラーを叩いた。何度も叩いてパイプ椅子が壊れただけだった。「クソ!」とアカギが叫んだ。

 やはり、前任者のクマカワが言うと通り相当な丈夫な防弾ガラスだ。クモの巣状にヒビ割れているのにも関わらずビクともしない。

 イイジマは何が起こっているのか分からなかった。それに、停電だとしてもスグに自家発電に切り替わるはずだ。もう1分近く電気が付く気配は無い。そうだ、外部と連絡しなければとiPhoneで電話しようとしたが、ここは携帯電話の電波が届かないように設計されていた。そうだ無線が在る。電源を入れたら使えた。無線で警備部に連絡した。警備部の連中も警備室に停電の影響で閉じ込められているそうだ。次にITセキュリティーのオオキに無線連絡した。何が起こっているのかわからない様子で、今自家発電機をエンジニアが治していると最中との事だった。

「おい、どうするんだ?クレア君は無事なのか?」とアカギはパニクっていた。

「しっかりしてください。きっとクレア君は大丈夫です」とドクター。

 イイジマはどう見ても大丈夫には思えなかった。もし、本当に、博士が言うようにロバートが超能力者であれば、クレアを殺したかも知れない。いや、もしかしたら体内に爆弾が仕込まれていいたのかも知れない。そしたら、2人とも助からないだろう。それに、もし本当にロバートが超能力者だったら、あのドアを開けたら皆殺しにされるかも知れない。警備部に無線で連絡した。電気が復旧し、ドアのロックが解除されたら武器庫に行きアサルトライフルとショットガンと自分の銃、それに防弾用の盾を持って監視室へ来いと。

「アメリカの研究所でもこんな事が起こったのか?」とアカギ。

「もっと酷かった」とドクターは答えた。

 すると、部屋の照明がついて電気が復旧した。時計を見ると停電から1時間以上は経っていた。監視カメラが壊れているらしく中の様子はわからない。それに照明も壊れているらしい尋問室からは光が来なかった。

「おい、開けろ」とアカギが言った。

「それは出来ません」

「何でだ?命令だ」とアカギが強い口調で言った。

「いいですか。もし、これがロバートの仕業だとしたら、このコミューン全体が破壊される可能性があります。今、警備部に武器庫に向かって銃を用意してもらっています。それまで待ってください」

「たしかに、一理あるな」とドクターは言った。

 後ろからブザーが鳴った。イイジマが振り向くとIWIタボールブルパップ式アサルトライフルを持ったサトウとアダチとイマムラ。ベネリショットガンを持ったナカジマが防弾用の透明の盾を背負って監視室に入ってきた。

「ナカジマ、盾をくれ。サトウ、GLOCKを」とイイジマが言うとナカジマは盾を、サトウはライト付きのGLOCK17渡した。

「アカギさん、イシイさん。安全が確認できるまでこの部屋を出てください」とイイジマが言うと、二人は監視室を出ていった。

「いいか、俺にも何が起こっているかわからない。だが、中に子供が生存している可能性がある。だから、無闇に発砲するなよ。わかったな?」と言うと警備部の隊員達はうなずいた。

 イイジマが尋問室のロック解除のボタンを押した。ブザーが鳴ってロックが解除された。イイジマ左手に透明な盾と右手にGLOCK17ピストルを持って扉を開けた。中は真っ暗だったのでGLOCK17ピストルに付いているライトをつけた。部屋中が真っ赤だった。そして中央に人間が立っていた。クレアなのかロバートなのか血まみれで分からなかった。真っ赤な者にライト当てる。

「お前は誰だ?」とイイジマは叫んだが相手は反応しない。少しずつ近づいた。相手は抵抗する様子はなかった。相手に1メートル近づいた所で、クレアだと分かった。

「クレア様。大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」と虚ろな目をしてクレアは答えた。

 無線でドクターを呼んだ。隊員達が全員入った。彼らが持っている銃に取り付けてあるライトで真っ暗な部屋がどんな常態か分かった。部屋の壁、天井、地面のセラミックのタイルまでひび割れ肉片が散らばっていた。左の壁には右足だと思われる物が骨を露わにし突き刺さっていて右側の壁面には顔の皮膚だった物がへばりついていた。ナカジマが耐えきれずに吐いた。イイジマも吐きそうになった部隊員たちを見ると表情は様々だった。無表情の者、口を開きっぱなしで天井に突きへばり付いた腕の肉片を見る者。

「クレア様。ここを早く出よう」と我に返ってイイジマは言った。イイジマもここを出たくて仕方なかった。

「はい、出ましょう」

 イイジマがGLOCK17ピストルをホルスターに入れてクレア君の腕を掴み外に出ようとした時、何か硬い物を踏んだ。気になって、自分の足を退けて見てみると、銀色に光ったナニカだった。爆弾の破片かも知れないと思い、身体をかがみ、ソレを触ってみた。セラミックのタイルに食い込んでいた。引っ張るとスグに取れた。ソレは歯だった。銀歯の被せものをした歯だった。おそらく奥歯だろう。いったい何が起こったの言うのか。頭が変になりそうになった。

「双子が」とポツリ、クレアが言った。

「双子ってなんですか?」とイイジマ。

 

  13


 部屋中の電気が急に消えた。

 カトウが時計を見ると21時の12分前だった。早すぎる。だが、仕方ない。懐中電灯を付け、リュックサックを背負ったサクラとリクが一緒にに付けた。

「始まったね」とサクラちゃんとリク君が一緒に言った。

「うん、行くよ」とカトウが言うと、ソファーで寝ているレインコートを着せたリカを背負った。凄く軽いのに驚いた。明らかに軽すぎる。だが、今はそんな事を気にしている暇はない。早く地下鉄道の入り口まで行かなければ。懐中電灯を持ったサクラちゃんとリク君を先頭に707号室を出た。外は相変わらず豪雨と強風だ。

「早く。見つかるよ」とリクが急かす。

「急かさないで。カトウさんがパニックになったら失敗する」とサクラ。

 カトウはリカを背負って階段の踊り場へ走って気づいた。停電しているのだからエレベーターが使えない。そうだ階段を下らなければ。なんでそんな重要な事を忘れていいたのかと我ながら呆れた。いくら、リカが軽いとはいえ、成人女性を背負いながら階段を下るのは大変だった。しかも、階段は雨で濡れていて滑るかも知れない。少しずつ慎重に焦らずゆっくりと一歩一歩階段を下った。サクラちゃんとリク君もゆっくりと、カトウを焦らせないようにだろうか歩調を合わせてくれた。探偵の自分より13歳の子供の方が冷静な事が恥ずかしくなった。

 8号棟の1階に着いたのはおそらく階段を下るのに10分かかった。団地を見渡すと、人が出てきたりはしていない様だ。警備員もいない。遠くで光った物が見えた。おそらくこの団地以外は電気が通っているのだろう。地下鉄道の入り口まで100メートルない。入り口の土のうを踏み越えて気づいた。水位が上がっている。さっきは踝ほどだったが、膝の下くらいまで水位になっていた。本当にあそこまで誰にも見つからずにたどり着けるか不安になった。

「カトウさん。落ち着いて。きっと大丈夫だよ」とサクラ。

「そうだよ。きっとうまくいく」とリク。

 カトウは勇気を出して、イチゴ農園の方角。地下鉄道の入り口へ向かった。だが、そう簡単では無かった。飴玉大の雨粒と強風で何度も転けそうになった。メガネは常に水滴が付き曇って視界が悪かった。だが、サクラとリクがカトウのレインコートを引っ張り導いてくれた。

「大丈夫。あともう少しだよ。諦めないで」とサクラ。

 本当に見透かされている。とカトウは思った。いくら気温が暑いとは言えレインコートが約にたたないくらい雨が身体の表面に侵入してきて寒くなっていた。低体温症かもしれない。と投げ出したくなった。こんなに苦しんでいるサクラちゃんとリク君の事を投げ出したくなった事に対しても自己嫌悪を抱いた。だが、双子は決して諦めていない。自分を信頼してくれている。頑張らなければ。

「ねえ、着いたよ」とリクが言って懐中電灯の光を向けた。メガネが曇っているからわからないが微かに見えた。地下鉄道の入り口だ。

「よし、サクラちゃん、リクちゃん。あの扉を開けるんだ」とカトウは叫んだ。

 サクラとリクが地面から飛び出た地下鉄道の入り口に登り鉄の扉を二人で取っ手を掴み持ち上げた。

「誰か、下に居るかい?」とカトウ。

「誰もいないよ」とサクラが言った。

 カトウはスウォッチの腕時計を見た。マズイ。十分遅れた。もしかすると、来ないので引き返したのかもしれないと不安になった。オゼキならあり得るが、ナカノは絶対に来るはずだ。いや、もしかすると、この計画がバレていたのかもしれない。2人とも教会の警備に捕まったのかもしれないと不安になった。

「光が見えた」とリクが言った。

「女の人と男の人がいる」とサクラ。

 オゼキとナカノだ。アイツラ遅刻しやがった。とカトウは少しイラッっとしたが、自分たちも遅刻した事を思い出して怒りも収まった。

 ナカノが地下鉄道の入り口から出てきた。

「君たちが、サクラちゃんとリク君ね。よろしく」

「よろしく。ナカノさん」と双子が言った。

「よ、よろしくね」と少しビックリして言っていた。メガネが曇って表情は見えなかったが、ナカノはなぜ双子が自分の名前を知っているのか疑問に思ったに違いない。実際カトウはナカノの名前を教えていない。やはり能力者だ。

「まず二人に、この手袋を付けてもらうわ。とても滑りにくいから大丈夫。だけど気をつけてね。ハシゴは滑りやすいから。さあ、下に居るオッサンの所に行って。嫌な感じのオッサンだけど悪い人じゃないから」とナカノはサクラとリクに手袋を渡した。

「ママをよろしく」と言って、まずサクラが地下鉄道の入り口に入ってハシゴをくだった。それからリクが続いた。

 カトウにナカノが近づいてきた。

「ご苦労さま。よく頑張ったわね。リカさんにハーネスをつけるのを手伝って」とベルトのようなものをカトウに渡した。

「ハーネスてなんです?」

「安全ベルトよ」

 カトウはリカを地下鉄道の入り口の縁に座らすと、ナカノと一緒にハーネスをリカに取り付けた。ナカノはロープをハーネスに取り付け、近くに生えてる木にロープを一周してロープを先端を地下鉄道の入り口に放り込んだ。

「さあ、カトウくん下に降りて。下でロープをオゼキと一緒に掴んで」とナカノは叫んだ。

 カトウは地下鉄道の入り口に入ってハシゴを下った。ナカノからもらった手袋は確かにホールド性があって、滑りにくかったが足元がスニーカーだった為何度も滑り落ちそうになった。やっと地下鉄道の地面に付くと膝上程の数位の水が南の方へゆっくりと流れていた。

「おい、カトウ。やったな。あとはリカさんを下ろすだけだ」とオゼキは言ってロープの端をカトウに渡した。

「私達も手伝う」とサクラとリクは言った。上の方からナカノが叫んだ。

「準備はいいわよ。始めるわよ」

 カトウ、オゼキ、リク、サクラはロープををゆるめていった。

「少しずつね。焦らないで」とナカノが上から指示を出す。カトウ達は少しずつロープを緩めていった。すると少しずつゆっくりと宙吊りになったリカが現れた。ここは慎重にならなければいけない。下手をすれば大怪我だ。

「あともう少し」とナカノが言ったのが聞こえた。彼女は地面から2メートルの位置で宙吊りになっていた。あともう少しだ。そして1メートルの位置になった時、「これからリカさんを抱きかかえるからロープを離すぞ。みんな頑張るんだ」とオゼキがロープを放してリカを抱きかかえた。

 成功した。腕時計を見ると予定より20分遅れているマズイ。見つかるかもしれない。と不安になった。上にいたナカノは余ったロープを地下鉄道に投げ入れて、扉を閉めると、信じられないほどの速さでハシゴを降りた。よくあんなに早く滑ることなく降りられるなと感心した。

「どっちの方向へ行けばいいんです?」とナカノとオゼキに聞いた。

「こっち」と双子は南の方向を指差した。

「そうだ、こっちだ」とオゼキ。実際に双子の力を目の当たりにして驚いたのだろう。とても不思議そうな表情をしていた。


 それから、リカさんはオゼキに背負ってもらうことにした。膝上まで水が浸水していたにも関わらず、南の方向に水は流れていたせいもあってかアドレナリンが出ていたせいもあってかあっという間に車がある出口用のハシゴに着いた。途中に、古びた駅のホームをが見れた。アレが噂の人体実験用に作られた駅かと思ったがそんな事どうでもよかった。

 あとは同じだ逆のことをすればいいのだ。ナカノが先に地下鉄道の入口まで行き扉を開き、双子はハシゴに登らせカトウも続いた。ロープを近くにある木引っ掛けて滑車のように引張リカを地上に出した。相変わらず、外は大量の雨が降っていて風が強かった。オゼキが地上に出てきた。

「あの車だ。アレに乗るんだ」とオゼキが指差した先にあの水道屋のバンがあった。あんなバンでこの強風と大雨に耐えられるのかは疑問だったが歩いて下北沢まで行くよりましだ。

「カトウさん、iPhone。追跡されちゃうよ」とサクラが言った。

 そうだ、すっかり忘れていた。カトウはiPhoneを近くの草むらに捨てた。


 カトウ、リク、サクラ、ナカノ、リカ、オゼキは路肩に停めてあったバンに乗り、オゼキはアクセルを踏んだ。

オゼキは運転席に助手席にナカノ。後部座席にサクラとリク。その後ろに眠っているリカとカトウ。

「多摩川橋はどうだ?通れそうか?」とオゼキ。

「まだ大丈夫そうです」とナカノはiPhoneを見ながら言った。

 カトウはこれで終わった。成功したと安堵感と達成感に満たされていた。自分にこんな大胆な事ができるとは今まで思ってもみなかったからだ。前に座るサクラちゃんとリクくんを見る。双子ははタオルで顔と髪を拭いていた。

「やったね。サクラちゃん。リク君。君たちは自由だ」

「いや、まだだよ」とリクが言うとリュックサックからカッターナイフを出した。

「おい、何をしてるんだ」とカトウは驚いた。するとリクはサクラの右肩上部に刃を当てた。何を考えているんだ。もしかしてリクは狂っているのかと思った。

「大丈夫だよカトウさん。ヤラなくちゃいけないの」とサクラちゃんが言った。

「おい、そんな馬鹿な真似は止めなさい」とカトウが止めようとすると、リクがサクラの肩にカッターナイフで深く刺して、リクが更に指を突っ込んだ。

「何やってるんだ。止めなさい」とカトウがリクの腕を掴んだ。

「カトウさん邪魔しないで」とサクラが言った。いったいどうなってるんだと思っているとリクはサクラの傷口から指を出した。

「これだよ」とリクが手のひらにカプセルくらいの大きさの鈍い銀色の物を見せてくれた。

「なんだ、それは?」

「発信機さ」リクの話によると12人の子供達全員にこの発振器が埋め込まれているらしい。

「サクラちゃん大丈夫かい?」とカトウは聞くと大丈夫と答えた。

「ねえ、カトウさん。ごめん。思っていたより痛かった。だからリクのを取り出してくれる?」


  14


 オゼキが後ろの席が騒がしかったので車内のルームミラー後部座席を見ると、カトウがリクの右肩にカッターナイフで切りつけた時には驚いた。カトウが気でも狂ったのかと思い、スグに止めさせようと怒鳴ると、リクが「これはしなくちゃいけないことだ」と言った。カトウがリクの傷口に指を突っ込むのを見て車を停めた。

「カトウ。やめるんだ」

 カトウが傷口から指を抜くと手のひらに銀色のカプセルがあった。

「発信機がうめこまれていたそうです」とカトウも嫌そうにオゼキに言った。

 多摩川橋は通行止めにはなっていなかった。こんなに強風でしかも多摩川の水位がいつもの倍はあり、茶色く濁った水が東京湾の方向へ猛スピードで流れていた。

「ここで、車を停めて」とサクラが言った。

「発信機を捨てなくちゃ」とリク。

 カトウが、2つの小さな発信機を多摩川に投げ込んだ。これで追跡は逃れるだろう。台風の影響で車はまばらで道は空いていたが、車ごと持っていかれそうな突風が時折、車を襲った。たどり着けないかも知れないとなんどか思ったが、事務所に無事に着いた。地下鉄道の入り口がある公園から出発して30分後の事だった。


 事務所に一行がが入ると、オゼキは背負ったリカをソファーに寝かせ、ナカノが奥の事務所のバックヤードにに行き救急箱を持ってきて、サクラとリクの傷口を消毒液で洗い流した。双子はとても痛そうだった。

「社長さん。瞬間接着剤はありますか?」とナカノ。

「何に使うんだ?」

「応急処置です。私も、ボルダリングをしていた時に何度か使いました。アレは使える」

 ナカノに言われたように瞬間接着剤を探した。ドコに、閉まったか覚えていないし、この部屋に有るかすら分からなかった。

「バックヤードのパソコンが置いてあるデスクの二番目の引き出しに入ってるよ」とサクラは言った。なんで、知っているんだ。とオゼキは思った。この事務所に双子は来た事も無いし、来たことがあったとしても接着剤の場所なんていちいち覚えていないだろう。カトウがバックヤードに飛び込んで行って、戻ってくると彼の手に瞬間接着剤があった。

「さすが、サクラちゃん」とカトウが言った。

 オゼキは信じられなかった。確かに、カトウのお父さんの死体を見つけたのはこの双子だ。でも、あの場所は不法投棄で有名な場所で偶然言い当てた可能性だってあると思っていたから。やはり、この双子は能力者なのかもしれない。

 ナカノがサクラとリクの傷口を瞬間接着剤で塞いだ。そして、包帯を巻こうとした時。

「ねえ、シャワー浴びたい」とサクラ。

「そうだよ。僕たちくさいよ。それに風邪を引きたくない」とリク。

 確かにそうだった。あの地下鉄道の濁った水はまるで汚水のようだった。カトウを見ると、白い服が真っ黒になっていた。

「でも、傷口が」とナカノ。

「もう大丈夫。シャワーを浴びたい。上の階に在るんでしょ?」と双子は同時に言った。

 なんで、そこまで分かるのか検討もつかなかった。実際に双子の能力を目の当たりするとやはり、双子は能力者だと思ってしまった。

 ナカノに双子を4階に在るオゼキの自宅まで付き添ってもらうことにした。着替えは適当にサイズが合いそうな物を探して着替えさせるようにと指示した。

「見たでしょ?あの双子本物ですよ」とカトウが自慢げに言った。

「確かに、そうとしか思えない」

 オゼキは信じられきれないでいた。何が起こっているのか。本当に能力者だったのか。だが、ドコかでまだ信じたくないと言う気持ちもあった。すると、iPhoneが着信音がなった。農場主のマツモト・クリスからかと思い画面を見ると、例の電気屋からのショートメッセージだった。時間を見ると1時間前、作戦実行時だ。地下鉄道では電波が入らなかったのだろう。内容よ「団地の変圧器の破壊に失敗。至急作戦中止」と書かれていた。どうゆうことだ?と電気屋にメーセージを送ると、30秒もしない内に返信が返ってきた。「強風の為、足を滑らせ右手を骨折」と書かれていた。どうゆうことだろうか?確かに団地内は停電だったはずだ。その時、オゼキは地下鉄道に居たから外の様子は分からなかったが。もしかすると、停電していないのに作戦を決行したのか。

「おい、カトウ。作戦決行時に確かに停電したよな?」

「はい、部屋中の電気が消えましたからね」

 どうゆうことだ。たまたま台風の影響で停電しただけだろうか?

 ドアが開く音が聞こえて、双子が入ってきた。サクラはクラッシュのTシャツを、リクはパブリック・エネミーのTシャツを着ていた。2人ともサイズがあってない。無理もない。この双子は150センチあるかないか。170センチのオゼキの着ている服がブカブカだった。ズボンは、2人ともオゼキのジーンズを。ベルトで調整していたが裾はめくっていた。

「ナカノさんは?」とカトウが聞くと。

「ナカノさんもシャワーを浴びてる」とサクラ。

「じゃあ、ナカノさんがシャワー浴び終わったら僕もいいですか?社長?」とカトウが言うので、オゼキは頷いた。

「ママ、まだ起きないね」とサクラ。

「うん、睡眠薬入れすぎたからね」リク。

 オゼキはソファーで寝ているリカを見た。胎児のように身体を丸めて眠っている。彼女にあの映像を見せた時にどんな反応を示すだろうか。できればあの映像を見せたくは無かったが仕方ない。それでもなお神の啓示など言うようであれば精神病院に入れてしばらく治療して洗脳を解くしかない。双子を母親の元からしばらく引き離すのは少し抵抗があったが仕方ない。

 ナカノが部屋に入ってきた。ニルバーナのTシャツとジーンズ姿だった。

「社長。あの部屋汚すぎますよ。掃除したほうがいいですよ」とナカノは言った。

「うるさい、最近忙しかったから仕方ないだろう」

「じゃあ、僕もシャワー浴びてきますね」と言ってカトウは上の階へ行った。

 オゼキはiPhoneを取り出した。まだ、農場主のマツモト・クリス夫妻からの連絡がない。この台風で来るのに苦労しているのだろうか?だが、まだ約束の時間まで1時間ある。連絡がなくてもおかしくない。そうだ、サクラとリクに今後の事を説明するのを忘れていた。ちゃんと、説明しなくてわ。

 オゼキは冷蔵庫からコーラを出して2つのコップに注いで双子が座る椅子の前にあるテーブルに置いた。

「サクラちゃん。リクくん。ちゃんと自己紹介していなかったね。私の名前はオゼキ・セイジ。探偵をしています。カトウくんから多少は聞いてると思うけど、これからの計画について簡単に言うよ。君たちにはこれから1時間か2時間後に、マツモト夫妻が来る。夫妻が農場を持っている。君たちはそこで長くて3ヶ月は隠れてもらう」

「うん、分かった」とリク。

「そこで、なんだけど。しばらく、お母さんと離れる事になるだけど大丈夫かな?」

「分かってる。洗脳、いや、アレを解くには3ヶ月かそれ以上必要かも」とサクラが言った。アレとはなんの事かとオゼキは引っかかったが、説明を続ける事にした。「君たちが、掴んだ証拠は大スクープだ。それに、相手は君たちが思っている以上に権力を持っている。だから、もしかすると裁判に負ける可能性もある」

「カナダに逃げるって事?」

「うん、そうだ」そんな事まで見透かすのかとオゼキは思った。これはオゼキが依頼主に提案した事だった。リカの洗脳が解けない場合はカナダに養子縁組に出す計画だった。もちろん、リカも洗脳が解けて裁判に負けてもカナダに移住させるように依頼主に提案した。2人からも了解した。

「カナダか寒そうだね」とリク。

「私はいいよ。暑いより寒ほうがいいから」とサクラは言った。

「だから、これから忙しくなると思うけど頑張って」とオゼキは言った。こんな事くらいしか言えないのかと自分が恥ずかしくなった。きっと、裁判になった時、いや示談になる可能性もあるが。どちらにしろ、双子は母親と離れ離れになる可能性がるというのに。

「別に気にしなくていいよ。オゼキさん」とリク。

「どうにも出来ないことは沢山あるよ」とサクラ。

「なあ、聞いてもいいかな?」とオゼキは言った。本当にサクラとリクに人の心を読める能力や予知能力のような物があるのか気になったのだ。

「能力の事?」とリク。

「ごめんなさい。オゼキさんを戸惑わせるつもりは無かった。それに、人の心を読むのは嫌い。でも、見えちゃうの。ごめんなさい」とサクラが言った。

「やっぱり、あるんだね」

「疑うのも当然だよ。自分だってこんな能力欲しくなかった。みんなからキモいと思われるから」とリク。

「いや、そんな事は無いよ。みんな、何かしら能力を持っているものだよ。マイケル・ジャクソンとか、ロナルドとか、アインシュタインとか。それと同じだよ。君たちは。それに、俺なんて何の能力が無いから君たちが羨ましいよ」とリクとサクラを励ました。だが、心を読む能力があるなら励ました事すら筒抜けになり逆に傷つける事になるのではないかと考えた。

「ありがとう。オゼキさん優しいんだね」とサクラとリクは同時に言った。双子はシンクロして同じことを言うことがあると言うが本当だったのかと感心した。

「それに、タイミングよく逃げ出せて良かった」とサクラ。

「うん、これで2週間後の儀式に出なくて済む。これで、世界は安泰だ」とリク。

「どうゆう事だい?世界が安泰とは?」

 サクラが言うには、2週間後にニュー帝都ホテルでVIP呼んで行われるパズメ教会10周年記念のパーティーがあるそうだ。そのパーティーで12の子供達が行う儀式により世の中が大変な事になると言うのだ。

「オゼキさん信じてないでしょ?」とリク。

「うん、ごめん信じられない」とオゼキは正直に言った。どうせ嘘をついてもバレるからだ。

「オゼキさん。あの赤ノ書、青ノ書、緑ノ書の事知ってるよね?」とサクラ。

「ああ、あの気持ち悪い文字ね。知ってるよ。カトウが映像送ってきたからね」

「言っても信じてもらえないかも知れないけど、アレは本当にマズイ事が書いてあるの。なんと言うか、人それぞれだけど、人を狂わせたりするんだ」とリク。

「それで、パーティーで儀式でその言葉を君たち能力を持った12人の子供達が唱えると、何が起きるんだい?災害かい?それとも世界の終わりが?」

「災害じゃない。そこまで私達も詳しくわ無いけど、どちらかと言うと人災が起きる」とサクラ。

 確かに情報屋のニシカワも言っていた事を思い出した。確かに、あの言葉には色々と呪われた逸話がある。60年代に気の狂ったライターのシバタ。成仏師に。言語学者の助手のタダノ。もしかして本当にそんな物が存在するのかも知れない。

「それは、宗教的な意味の悪魔とか幽霊とかの事なのかな?」

「うん、それに近いけど違う。人によってはそれを神だと思う人がいるけど悪魔に近い。もしかすると、違う世界から来たナニカだと思ってる。だけど、余り深入りしたくないから調べないことにしたんだ」とサクラが言った。

「そうか。まあどちらにしろ、2人ともあのコミューンを抜け出せて良かった。これからは自由に暮らしてくれ」

「姉ちゃん。それは言わないほうがいいかも」とリクはサクラを見ていった。

「でも、彼は苦しんでいる」

「なんだい?」

「ケンジ君の事。ケンジ君の事は誰のせいでもない。彼の友達や家族のせいでもない。オゼキさんのせいでも」

 オゼキは驚いた。頭の中が真っ白になった。

「彼は、随分前から何も感じなくなっていたの喜怒哀楽とか。感情を無くした。表面上は元気そうに演技していたけど、精神的な病気の知識が無いからどんな病気かわからないけど。でも、ケンジくんはただ、終わらせたかった。このまま、何も感じずに生きているのが無意味に感じたのよ。だから、自殺を選んだの。ケンジくんのせいでもないし、誰のせいでもないよ。もちろんオゼキさんのせいでも。だから、悲しまないで」

「もしかして、ケンジはあの世にいるのか?居たとしたらケンジと意思疎通できるのか?」

「ううん、あの世なんて無いの。幽霊はいないよ。死んだらそこで終わり。来世とかいうでしょ?あんなの無いよ」とサクラは気まずそうに言った。

 なんで、ケンジの事を知っているんだ。ここの事務所の連中には一言も言っていないのに。やっぱり、能力を持っているに違いないと確信した。

 外から雨や風が建物に当たる音が消えた。おそらく、台風の目に入ったのだろう。しばらく沈黙が続いた。双子見ると気まずそうな顔をしていた。どうにか、しなくては可哀想だ。

「なあ、サクラちゃんとリク君。コーラのおかわりいるかい?」

 双子は同時にうなずいた。オゼキは冷蔵庫に向かった。ナカノは会話を聞いていたらしく、いつものオゼキに対して小馬鹿にした目ではなく哀れみを感じる様な目でオゼキを見ていた。冷蔵庫の扉を開いた。ペプシ・コーラのペットボトルを手にとった時。

「来る」と双子が同時に叫んだ。オゼキは振り返った。

「どうしたの?」とナカノが双子に聞いた。

「奴らだ。気配を消してるのに何で?」とリクは言った。

「もしかすると、クレアかもしれない」とサクラ。

 何を言っているんだかオゼキには分からなかった。

「今スグに、出なくちゃ」とリク。

「いや、もう無理よ。もう、階段を登って来ている」

 オゼキは事務所の窓から外を見た。濡れた道路の路肩に4台のベンツが停まっていた。

「やばい、なんでだ」オゼキは驚いた。だが、偶然ベンツが4台停まっている可能性だってある。

 インターフォンがなった。ナカノは扉に近づき鍵を3つロックした。

「社長。バッド。金属バッドがあります。それとスタンガン」とナカノ。

「そうだ、ナカノ。金属バッドとスタンガンで武装して双子を連れてバックヤードに隠れろ」というと、ナカノは双子を連れてバックヤードへ行った。オゼキは棚の上に置いてあったゴルフのアイアンを思い出した。棚の上に手をやり手探りで探すとホコリまみれのゴルフクラブを見つけた。

 そうだ、警察に連絡しよう。不法侵入でどうにかその場しのぎができる。ポケットからiPhoneを出し110を押した。だがつながらない。電波を確認すると電波はちゃんとついている。どうゆうことだ。すると、ドアの鍵が3つのつまみが一斉に回ってロックが解除された。ドアが開くとそこには160センチくらいの少女が立っていた。

「君はだれだ?」とオゼキがいうと少女は何も言わずに部屋に入ってきた。少女の後ろから黒いスーツを着た男が5人。その後にアカギとドクターも続いた。少女がオゼキの1メートル先で止まった。2人のスーツの男はドアの横で立っていた。3人のスーツの男達はに触れずにオゼキを取り囲んだ。オゼキは、ゴルフクラブでスーツの男たちを殴ろうとしたが身体が動かなかった。何かに取り押さえられているようだ。

 アカギが事務所を舐め回すように見渡し、少年の頭に触れるとオゼキは腕の力が抜けてゴルフクラブを床に落とした。

「アナタが、オゼキさんですか。はじめまして。私、アカギという者です」と名刺を出してきた。

 オゼキは受け取るつもりは無かったが、身体が自然と彼の名刺を受け取った。まるで何かにコントロールされているみたいに。

「オゼキさん。アナタは私達から大切な双子を奪いましたね。是非返してほしいのです」

「断る。それに、ここには居ない」とオゼキは言った。

「バックヤード。あの扉の向こうに」と少女が言った。

 オゼキを囲んでいた3人のスーツの男達が部屋の奥のドアを開けた。施錠してあるはずなのに普通にドアノブを回して入っていたった。奥の部屋からはナカノが抵抗したのだろう金属バットで玉打つような高い音が聞こえたが、急に静かになった。バックヤードから、2人のスーツの男がサクラとリクを抱きかかえて出てきた。それから、ナカノも出て来た。とてもおとなしい。よく見ると後ろにスーツの男が頭から血を流していたが銃を彼女の後頭部に銃口を突きつけていた。オゼキはそれがGLOCK17だと分かった。最初はエアガンかモデルガンかと思ったが、スライドの部分の縁の所が少し剥げていて銀色をしていた鉄だ。本物のGLOCK17かも知れない。ナカノの表情を見ると、とても緊張した面持ちだった。

「君、銃をしまいなさい。これからビジネスの話をするんだ。相手に失礼するだろうが」とアカギがいうと銃をスーツの内側のショルダーホルスターに入れた。

「本当に失礼しました、こんな夜分遅くに。それではビジネスの話をしましょう」とアカギが言った。

「ビジネスとはなんだ?」

「サクラちゃんとリクくんとリカさんを返してください。私は穏便に済ませたいんです。きっと、サクラちゃんとリク君の祖父母の依頼で奪還したんですよね?依頼料は2000万円でしょう?」

 オゼキは何で知っているんだと思った。そうか、他の探偵事務所もこの手で口を封じたのだと。

「でも、貴方達はすごいですね。実際に12人の子供達の中から奪還したのは、初めてです。感心しました。普通は2倍払いますが、今回は3倍払います」とアカギはまるで商談をするかのようにニコヤカな表情を浮かべながら喋った。

「断る。こっちには、証拠がある。おまえたちのやっている怪しい儀式の映像。総理大臣が裸のやつと、そこのイシイのやっている子供に対する人体実験の映像もある。もし、俺たちを殺したらクラウド上にアップしている映像を世界中にばら撒かれることに事になっている」

ハッタリだった。クラウド上にはアップしていない。SDカードのコピーが隠れ家に2つと事務所に1つあるだけだ。

「困りましたね。だけど、そんな映像、何の意味もありません。そんなのアップロードされた時点で簡単に削除できるシステムを持っています。それに、プロテクトの事をオゼキさんはご存知のようだ。だよね。クレア君」とアカギがいうと、クレアはうなずいた。

 すると急に事務所のドアが開いた。カトウだった。彼は何事かと事務所舐め回すように見て状況が掴めないらしい。呆然としていた。すると、ドアの端にに立っていたスーツの男がカトウの腕を掴んで羽交い締めにした。

「おいなんだよ。なにするんだよ」とカトウが暴れまわった。アカギは振り向いてカトウを見た。

「君か、ネズミは。しかし、任務を成功させた。素晴らしい。彼を放して上げなさい」というとスーツの男はカトウを放した。彼もオゼキと同じようで身体のコントロールが出来ないようで直立不動で立っていた。

「ねえ、オゼキさん。私は出来るだけ穏便に事を済ませたいんですよ。アナタだって探偵でしょ?探偵だって立派なビジネスマンです。依頼人の依頼費を肩代わりしてしかも依頼料の3倍払うって言ってるんですよ。それに、双子はあのコミューンが嫌でも、母親のリカさんはそうは思っていない。親権はリカさんに有る。双子を母親から引き離すつもりですか?」

「彼女は洗脳されてる。それに、あの映像を見たら気が変わるかも知れない。それに、これは金の問題じゃない」

「いや、実に素晴らしい。信念で仕事をする男。うちの警備部にほしいくらいです。とても素晴らしい考え方です」とアカギは後ろにいるカトウに振り返った。

「イイジマくん。彼の名前は?」というと先程カトウを羽交い締めした男が「タナカです」と言った。

「そうか、タナカくんか。確か家庭教師だったね。クレア君。彼の本名は?」

「カトウ・ヒカル」

 なんでこの少女はカトウの本名を知っているんだ。この少女もやはり能力者か。

「そうか、いい名前だ。それに、とてもいい腕をしているね君は」とアカギがいうと、クレアを見た。すると、カトウの右手が曲がり骨が皮膚を裂き突き出し血が吹き出た。カトウは叫んで、その場に倒れた。床が血まみれになった。オゼキは何が起こっているのか分からなかった。明らかに銃声もしていないし、銃を使った形跡もない。

「オゼキさん。腕一本、100万てところですかね」

「おまえ、何をした?」とオゼキは目の前で何が起きているのか分からなかった。

「僕じゃありませんよ。クレアくんですよ。本当はクレアくんにこんな事をさせたくありません。ドクターだってクレアくんにこんな真似をさせたくない。アナタだって、カトウ君が傷つく所を見たくないでしょ?さあ、双子を渡してください」

「駄目です。絶対に双子を渡してはいけません」とカトウは叫んだ。

「おお、すごいな君は。とても偉い。こんなに仕事熱心なのは素晴らしい事です。だけど、あんまり働きすぎると、また怪我をしますよ」とアカギがクレアを見た。

 今度は、カトウの左の太ももが曲がり骨が突き出た。カトウは床で暴れまわった。「更に100万ですかね。リハビリ代を入れたら合計500万くらい必要かな」とアカギは言った。

「どうします?これ以上、部下が苦しむ姿を見たくないでしょう?私だって同じです。若者が骨を突き出して骨折する姿を見たくない。それに、クレア君にこんな事させたくないんですよ。どうですか?6000万円に治療費として更に500万円で手を打ちましょう」

 床に転がるカトウを見て、どうしたらいいか分からなくなった。オゼキは双子とナカノを見た。3人とも目の前で起こっていることが信じられない様子だった。だが、再び双子をあの宗教団体に戻すわけにはいかない。

「アナタは頑固な人だ。典型的な仕事人間のようだ。だけど、働きすぎると過労死する可能性がある。それだけは避けたい」というとアカギはクレアを見た。

「やめろ」と双子が一緒に叫ぶと事務所の窓ガラスが全て外側に割れた。

 オゼキが振り返ると、ナカノがポケットに隠し持っていたスタンガンで、後ろにいるスーツ男を感電させて男は倒れた。

「2人とも、逃げて」とナカノは倒れた男からGLOCK17ピストルをホルスターから引き抜くと構えた。部屋中のスーツの男が銃を抜いてナカノに照準を合わせた。その内の一人の男が引き金を引いた。大きな銃声が部屋中に響き渡った。ナカノが撃たれたかと思った。違った。その男は手から血を流していた。オゼキがその男を見ると床にバラバラに壊れたGLOCK17ピストルの破片が落ちていた。

「アマノ、大丈夫か?」とイイジマがアマノに近づいた。オゼキが周りを見渡すと、男たちが構えていたGLOCK17ピストルの銃口とスライドの先端が溶けた様に下や上の方向へと曲がっていた。

「もしかして、君たちはそんなに能力を持っていたのか?」とドクターが驚いた顔をしていった。

 クレアもアカギもおどろいた様子だった。

「わかった。もう、逃げない。母と一緒にコミューンに戻る」とサクラ。

「しかたない。クレアさん。僕ら君と戦うつもりもないし、これ以上、抵抗するもりを無いよ」とリクは言った。

「そうか、君たちは素晴らしい。こんな能力をもっていたなんて」とアカギは声を震わせながら言った。

「オゼキさん。ナカノさん。カトウさん。ごめん。これ以上みんなに迷惑はかけられない」とサクラ。

「よし、サクラちゃん、リク君。一緒に帰ろう」とアカギが言った。

 サクラは銃を構えているナカノに近づいた。

「銃を置いて。ここで発砲したら、みんな死んじゃうよ」と言って、GLOCK17ピストルをナカノから取り上げて、イイジマの元に向かい彼に手渡した。

「アカギさん、少し待ってくれる?」とリク。

「カトウさんの治療をしなくちゃ」とサクラ

 するとサクラとリクは床に転がって悶絶しているカトウの、右腕をサクラが、左足をリクが掴んだ。双子が手を離すと突き出た骨が元に戻っていた。

「カトウさん。ごめんね。さっき力を使い過ぎてここまでしか治せなかった。早く病院に行って。皮膚は縫ってもらって」とサクラ。

「カトウさん。今までありがとう。また、いつか会えたら遊ぼうね」とリク。

「ダメだ。戻っちゃ」とカトウはか細い声で言った。

 先にスーツを着た男がソファーで寝ているリカを抱きかかえて出ていった。それから、リクとサクラ、そして全員出ていった。

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