8章 イーウィニャが来る


 月曜から金曜日の毎朝恒例の11時の会議が始まった。会議室はアカギ邸の1階に在り、一番東側の20畳ほど大きさで立派な長机。ここで信者達が作った机で椅子も同じくだった。

 上座にアカギは立派な装飾をした椅子に座って格工程の進捗情報を聞いていた。イイジマは最初あまりに立派な椅子に座っているので笑いそうになったが最近は慣れて笑いを隠す苦労をしなくて済むようになった。椅子の順番は上手がアカギ、次にイシイ、イイジマ、ITセキュリティの担当者のオオキ、それから監視官のスギモト、それと、ブラフミン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、スードラと階級順に代表者が報告するのだ。まずは、スードラ代表者、作物の出荷量。土日が休みだったので金曜の午後の出荷量と今日収穫出来るであろう予想を発表。ヴァイシャの代表者も同じくだ。どれだけ今日一日で家具を作れるか予想を発表。これは、毎回思う事なのだが、ブラフミンとクシャトリアの代表者はこの会議に必要なのかとの事だ。それぞれ身分が上とはいえ、それぞれ行っている工程は違うのだ。農業に準じているブラフミンもいればクシャトリアをして教師をしている者もいる。監視もクソもない。彼らは「異常なし」という他に無かった。一度始まった慣例はなかなか止めることの出来ない。例えそれがどんなに意味の無いものでもだ。アカギもそれに気づいているようで「ご苦労」と一言答えるだけだった。そして、監視官のスギモトが土日に外に出た者人数。コミューンの外出届の申請して帰って来る予定時間に遅れたもの3人の名前と、今週の入信希望者の数、外に居る信者のお布施や商品の売上などを発表した。

「皆さんご苦労。ここからは秘密会議なのでITセキュリティーと警備部以外の方々は退出おねがいします」と言うと、スギモト以下5名は会議室を後にした。

「それで、ツバサちゃん、報告は?」とアカギはITセキュリティ部門の代表者オオキ・ツバサに聞いた。イイジマはアカギが「ツバサちゃん」と言う度に虫唾が走った。まるで、ホステスに聞くように言うからだ。もしかすると自分もアカギのように年をとると孫ほど年の離れた女に同じ様な口調で話すのでは無いかと思うと嫌な気分になった。

 オオキ・ツバサはこのコミューンの第一世代。一番最初の入信者だ。彼女が17歳の時に家族でここに引越してきた。父はその当時仕事をリストラされて血迷ったのだろう。父親に母親、そしてツバサと共に入信した。父と母はブラフミンの身分だった。特別な事や寄付をしなくても労働時間で身分が上がる。もちろん不審な点がなければだが。彼女はコンピューターに詳しく独学でプログラミングを勉強してiPhoneとAndroidの目覚まし時計アプリケーションを作った程だった。そのアプリは面白く、目覚ましのアラームがなると画面に9コマのパズルが表示され、パズルが完成するまでアラームが鳴り続ける仕組みの物だった。そこに目を付けたアカギは、高校を退学させて17歳で高卒認定試験を受けさせ合格。それから南カルフォルニア大学のプログラミング科に入学させた。もちろん、教団の金だ。話を聞く限り良い話に聞こえるような気もするが、恩を売って返してもらうつもりなのはイイジマの目にも明らかだった。それに、カルフォルニアに居ても父と母がコミューンで人質に取られているような状態だと思えば、どんなに怪しい宗教だろうと学費も払ってもらっているし、抵抗も出来ないだろう。そう思うとオオキが可哀想に見えてきた。オオキとはあまり話さない。イイジマを嫌っているのか怖がっているのか分からないが、おそらく自分でも分かるくらい威圧的な態度が問題なのだろう。

 オオキは金曜から月曜の朝までの、パズメ教会のホームページやSNSアカウントの閲覧数と、イタズラやネガティブな書き込みの件数などを述べた。特に不審な様子は無いようだ。通常の数字だ。

「それで、怪電波の特定は出来たの?」

「それがなんですが、相変わらず減りません。コミューン内から20の謎の電波が出ています」

「ツバサちゃん、なんでわからないかな?君をアメリカの大学にまで入学させてあげたのに」

「すみません。ですが、全て複雑に暗号化されていて。しかも、ドコから出ているのかわかりません」とオオキは毅然な態度で言った。

「すみませんじゃないよ。もし、日本のマスコミならどうにか出来るけど、海外のマスコミだったらどうするの?」とオオキの毅然とした態度が気に入らなかったのだろうか、少し語気を強めてオオキに言った。

「すみません。本当にわかりません」と少しオオキの目が泳いでいた。

 イイジマは今月に入って、初めてオオキの目が泳いでいるのを見た。それまでいつも、彼女がITセキュリティの責任者になってから4年。そんな表情は見たことが無かったからだ。いつもアカギは猫なで声でオオキに話すのだが今月は違っていた。おそらく、来月のパズメ教会10週年記念パーティーの事でイライラしているのだろう。会場は幻に終わった2020東京オリンピックの為に京橋区に建設された「ニュー帝都ホテル」を借り切って、首相、大臣達、政治家達、官僚達、最高裁判所判事達、警察官僚達、資本家、大企業の社長や役員、マスコミ関係者、ワイドショーの司会者からコメンテーターから芸能人まで3千人を招待してパーティーをするのだ。これはトップシークレット扱いでこの事を知っているのは招待された者達と教団内ではアカギとイシイと監視官のスギモトとイイジマ率いる警備部の者達とオオキ率いるITセキュリティ部門の者達、それと、12人の子供達だけだ。

「そうか、わかった。もういい。じゃあ、ツバサちゃん退席して。後はイイジマさんと話があるから」とアカギが言うと、MacBookProを持ってオオキはお辞儀をしてから会議室を後にした。今度は、自分が攻撃される番だと思った。攻撃されるのはあまり好きではない。まあ、アカギに攻撃されて喜ぶような変態が居るのであればそれは、あのネズミくらいだろう。

「イイジマさん。ネズミについて分かったことは?」

「すみません。何もわかりません」

「今日の会議はどうなっているんだ?ツバサちゃんもイイジマくんも成果なしか?たるんでるんじゃないか?イイジマくん?」

「大変申し訳ありません。本当にわからないです」

「そうか、フェーズ4が終わってからネズミに変化はあったか?」

「いいえ。ただ、受け答えはするようになりました。ただし、ハイとイイエとしか答えません」


 それは金曜の夜の事だった。しびれを切らしたアカギがフェーズ4。コメカミの両方に電極を繋いで。自称イクシマ、ネズミに電流を流した。舌を噛まないように布で包んだ丈夫な木の棒を口に咥えさ。、ドクターイシイの指示の下、死なない様にだが、相当な激痛が走るくらいの電流だった。これで懲りただろうと。1分間に渡る電流を使った拷問を終えた後、彼は笑っていた。ドクターもイイジマも信じられなかった。モニター室まで焦げた臭いが漂ってきた。イイジマはアカギに、効果なしと伝えると、ワザワザ拷問室のモニタールームに来て、もう一回やれと命令をだした。ドクターは「流石にそれは」と言ったが、アカギはヒステリーを起こしたので、もう一回やることにした。

 2回目はさっきより長く5分電流を流した。体中の汗が蒸発したのだろう。マジックミラーが曇って見えなくなるほどだった。イイジマもドクターも怖くなって早く止めるようにとアカギに言ったが、彼は止めなかった。キクチにボタンを押し続けるように命令した。

「このままだとネズミが死ぬ。もし、海外のマスコミ関係者だったらどう報じられるかわからない。それに、ここで殺してしまったら子供達に感づかれる。そしたら怖がって協力してくれない子が出てくるかも知れない」とイシイが怒鳴った。すると、アカギの頭の中の電卓が正常に戻ったのだろう。彼はキクチに命令し彼女はボタンから手を放した。

急いでドクターがゴムマスクを付けて聴取室に入った。マジックミラーの曇りが晴れた時、そこにネズミが笑いながらこちらを見ているのを見てゾッとした。イイジマは、このネズミが気が狂っていたか、狂ってしまったかのどちらかだと思った。それに、イシイが言った言葉も引っ掛かる。子供達に感づかれて協力してくれない子が出てくるとはどういう意味だ?アカギを見ると彼もネズミを怖がっている様子だった。「なあ、イイジマ君。フェーズ4で口を割らなかった奴はいるか?」と聞かれたので「私が担当者になってからはフェーズ4はしたこと無いのでわかりません」と答えた。アカギはしばらくして思い出すかのように言った「前の担当者の時、何度か、フェーズ4までヤッた。でも、大体の奴が20秒もしない内にギブアップするか、意識が飛ぶかだった」と小声で言った。


「それで、顔写真の照合は?マイナンバーと運転免許証とパスポートと入管記録と失踪者届けの方は?それと歯型は?」とアカギ。

「顔認証で4名93%の確率でヒットしました。しかし、オオキさんがSNS上で探し当てた人と同じでした。念の為そのうち3人は東京に居たので調査しましたが、普通の人で他人の空似でしょう。一応、血縁者の可能性もあるので調べましたが失踪者届けが出ている者はいませんでした。それと残り1人は大阪在住なので警備部のキクチに出張調査させています。歯型の方も同じです。90%でヒットした者がいましたが性別の違う女性でした。しかも60代の女性です」

 この仕事して気づいた事がある。それは、他人の空似は結構がある事だった。最近では秘密裏に、マイナンバーカードの顔写真のデータベースが区役所や市役所の連中に少し高いが金を渡すとスグに調べてくれた。顔認証システムソフトで検索をかけると直ぐに素性が分かる。もちろん、マイナンバーカードに顔写真を登録していなければ別だが。それと、警察時代の友人にネズミの写真を渡して、運転免許証と失踪者届けで検索をかけてもらった。もしかすると外国人の可能性もあるので入国管理局のデータベースで検索をかけた。そして浮かび上がったのはその4人だった。いくら、顔認証システムの精度が上がったとは言え結果が100%なることは無かった。中には写真写りの問題で、明らかに違うし、しかも性別が違う者がヒットする可能性も有った。

 93%と高い数字で一致した、おそらくネズミと同年代の男の住所に行きイイジマが直接確認したが雰囲気は似ていたが全然違う人物だった。都内でジムトレーナーをしている35歳の男だった。もしかして、血縁者かも知れないと調べたが、一人っ子で従兄弟は3人居たが全員女だった。今、キクチに大阪まで行ってい確認している男もきっとソックリさんだろう。大阪の古着屋が建ち並ぶ通称イギリス村で古着屋の亭主の男で27歳。特に問題はなさそうだ。毎日の様に、古着屋のブログを更新して自分が売りたい古着を着ては自撮りしていた。

 ITセキュリティのオオキがSNS上で顔認証をした際に、日本国外だと90%を超えた者は100人以上居るらしい。中国に60人、韓国に10人、フィリピンに5人、マレーシアに5人、アメリカに10人、カナダに10人、イギリスに5人、と5大陸に渡りネズミに似ている人間が居るようで、今のところその100人近くの人間が日本に来た記録もないし、普通にSNSを楽しんでやっているようだ。ITセキュリティ部門はシラミ潰しに調べたが特にパズメ教会や軍関係者や諜報機関に関わっている者はいないようだ。

「そうか。いったいアイツは何者なんだ」とアカギも困惑しながら愚痴った。

「すみません。ドクター。アイツが整形している可能性はありませんか?」とイイジマは聞いた。

「いや、無いね。もちろん100%無いとは言い切れないけど。もし、整形していたらなんだかの痕跡があるはずだ。ネズミにはそれがない」

「そうですか」イイジマはネズミが整形したので検索に引っかからなかったのかも知れないという説を考えていたがそれもないのか。

「もし、整形しても多少は痕跡は残るはずさ。例えば僕がだよ、ブルース・リーみたいな顔に整形するとする。だけど、何処かに僕の形跡が残る。それは骨格とか歯並びとかの関係でね。だけど、顔認証だと90%は絶対にヒットするはずさ」とドクターは言った。

「ドクター。アイツの身体で変な所は無いですか?」

「全く無い。異常なのは奥歯が少し他人より外側に生えてるくらいだろう。それに、何度も歯医者で治療した形跡もある。歯型の方は調べたんだよな?」

「はい、日本歯科会の知り合いに調べてもらいましたから」

「そうか、ますます不思議だ」とドクターは言った。

「彼が、海外から来た可能性はありますか?」とアカギが聞いた。

「言葉のイントネーションは訛りもない普通の言葉だし。ここ10年は日本でも歯の被せ物に3Dプリンターの普及で特殊セラミックを使うからな。彼の奥歯は銀歯だらけだ。銀歯を使っている国なんて、ここ10年無いよ。少なくても、10年以上前から日本に居るね」とドクターは言った。

「おい、今ネズミはどんな状態にしている?」とアカギが聞いてきた。

「今は、飴の時間です。鞭が駄目だったので、飴を与えています」とイイジマは言った。これはドクターと相談して決めたことだった。10日近く拷問したのだ。もしかすると飴を与えたら心を開いてくれるかも知れないと思ったからだ。まず、食事だ。ステーキ、ラザニア、カレー、トンカツ、スシ、ピザ。それにノートパソコンを与えた。もちろんメールやメッセージのやり取りが意図的に出来るものに物にしている。何かの突破口になるかもしれないからだ。24時間彼のノートパソコンを監視しているが、彼はNetflixやhuluでいろんな映画やドラマやアニメを見るだけだった。

「そうか。飴も効果なしか。フェイズ5をするしかないかもしれない」とアカギは困り果てた表情で言った。

「いや、それはちょっと。いくら最近安定してきたからといって、そんな事したら不安定になるかもしれない」とドクターが焦ったのか、早口でまくし立てた。

「なんです?フェーズ5て?」とイイジマは言った。前任者のクマカワからもフェーズ5が存在するとは聞いた覚えは無かった。

「そうだな、イイジマくんも長いし、そろそろ教えた方が」とアカギが言おうとした時、ドクターが遮った。

「いや、口で説明しても実際に見なければ理解してもらえない。見ても理解できないかもしれない。それに、私はフェーズ5をオススメしません。もしかすると暴走するかもしれません。それにもうすぐ10周年記念パーティーですよ。ここで、暴走したらすべて水の泡です」

「だが、もし、相手が10周年パーティーの邪魔をする為に送り込まれたネズミだったとしたらどうする?」とアカギが言った。そうとう10周年パーティーにこだわっているらしい。

「アナタだって、前フェーズ5した時の事を覚えているでしょ?もしかしたら」

「確かにな。でも、今は安定してるんだろ?もし、ネズミがCNNやBBCとか海外のメディアの人間だったらどうする?10周年記念パーティが無事に終わっても、後に海外に報道されたらプロテクトにも限界になるぞ」

「確かに安定していますよ。でも、もう一度繰り返したら再び暴走する可能性が充分あります。分かりました。あと12日間待ってもらえませんか?1から4までフェーズと違う方法を使って何者かを突き止めます。なのでその間フェーズ5だけはどうにか」とドクターはアカギに祈るようにしてせがんだ。

「そうだな、確かに。ドクターの言うことにも一理有るな。じゃあ、12日間したらフェーズ5をする事にしよう」

 イイジマは2人の会話の意味が分からなかった。フェーズ5とは何のことだろう。歯を抜いたり、爪を剥いだり、指を切断したり、耳を削いだりすることだろうか?

それに、安定しているとはどうゆうことなのだろうか。

「そうだ、イイジマくん。ニュー帝都ホテルの警備プランの話にをしよう」

「はい、分かりました」と言ってイイジマはSurfaceProを起動してパワーポイントを使ってアカギとドクターにプレゼンを始めた。席順から内装の設計図を見せて民間の警備員と、教会の警備員をドコに配置し、ホテルの従業員に怪しいものがいないかのレポートを読み上げた。アカギは眠そうでアクビをしていた。来月で10年か。よくこんな胡散臭い宗教が長生きして信じられないほどの権力を持った事に改めて驚いた。世の中は一体全体どうなっているのか。


  2


 19時の集会が終わった。今日の説教の内容は、大和民族とはだった。「我々大和民族は危機にひんしている。移民が流入し大和民族の血が汚れ、日本の文化文明が危機に瀕している」とアカギは熱弁していた。カトウはバカらしいとしか思わなかった。最近は、日本は不景気過ぎて移民達は日本ではなく台湾や韓国を目指していた。そちらの方が景気が良いし待遇がいいからだ。それに人間のルーツはアフリカだ。ヨーロッパに移動したのが白人で、アジアに移動したのが黄色人種だ。ただそれだけの事だ。

「いいですか、今日本は危機に瀕しています。韓国、北朝鮮、中国。近隣国が日本を狙っています」

 バカらしい。北朝鮮はまだしも、中国はアメリカの国債の世界一買っていいるので同盟国でもあり米軍基地のある日本に攻め込んでくるなんてネット上の妄想だ。多少は領土問題で小競合いが起こるかもしれないが。今、中国だって戦争してまでこの国を攻め込んで来るほど暇じゃないだろう。相変わらず香港もウイグルも台湾も解決していないのだから。それに、韓国なんて同盟国じゃないか。全く意味がわからない。同じアジア人なのに。脅威と言えばアメリカの方だろう。アメリカは中国やロシアを牽制する目的で基地を日本の領土に置いている癖に大金を払っているのだから。仮に、近隣国と戦争になっても米軍は後方支援くらいしかしてくれない。しかし、回りの見渡すと集会にいる信者はアカギのネット上で流れているような妄言をありがたく聞いている。皆が悪い人間では無いと知ってしまった分余計にカトウは怖くなった。純粋さ故なのだろうか。なんともやり切れない思いになった。彼らの洗脳が解ける時がくるのだろうか。その時、彼ら彼女らが正気を保っていられっるだろうか。


 カトウが腕時計を見ると20時10分だった。3号棟の305室の自分のベッドに置いてあるSwatchと書かれた紙袋をとると、サクラとリクの住居の8号棟の7070号室へ向かった。今回のSwatchの腕時計はカトウの持っているモノと違って特別使用だった。リューズと言う時計の時間を合わせるネジの部分を2回押すとカメラが作動する仕組みになっていた。サクラとリクが教えてくれたのだが、電波送信式の映像だとアカギ邸に電波妨害装置があるらしい。

 日曜日にコミューン戻った際に監視官のスギモトからその時計はなんですか?と聞かれたので、双子にプレゼントするつもりです。と答えると、スギモトは、きっと双子もよろこびますとと言った。特に疑っている様子は無かった。

 夕食に招待され予定時間20時30分だった。今日はカトウはサクラとリクの家庭教師は午後はお休みだった。儀式の日らしい。英語の教科書をで「儀式では何をするのか?」と聞いたら、双子は「実際に映像で見せたほうが早い」と答えた。早く時計を2人に渡そうとしたが、暗号で「母親に見せた方が信頼される。それに、今週の木曜日に、また儀式がある。そっちの方がスゴイのが撮れる」と双子はカトウに英語の教科書の例文を使い教えてくれた。

 カトウは午後暇になったのでアカギ邸を遠目で監視した。北のアカギ邸の奥に車が国道と繋がっている大きな門があった。14時にステラ社のハイエンドモデルの車はその門を通るのを目撃した。メガネ越しではナンバープレートまで確認出来なかったがメガネのフレームに付いている8K解像度のカメラならプレートの数字が分かるかもしれない。


 土曜日にカトウは、この腕時計をオゼキから受け取った時に彼はボロボロに見えた。潜入している自分よりもだ。あまりにボロボロに見えたので、本当は脂っ濃い物が食べたかったカトウが遠慮して回転寿司へ行くことになった。

「なにか、わかった事がありますか?」

「いや、まず、パズメ教会の前身となる宗教団体はイシイの実家の表向きは神社だが赤青緑会という戦前の秘密結社らしい」

「なんです?赤青緑会て?」

「戦前でしかも秘密結社だから資料が無い。すまん」

「別に謝らないでください。どうせ眉唾ものでしょ」

「それとだ。プロテクトて知ってるか?」

 オゼキが言うには政権批判や政府に近い大企業の不祥事の際にインターネット上での政治的言動を自然と半分は本人のSNSアカウントからは表示されるが、回りからは見えないシステムの事らしい。パズメ教会に対しても同じでパズメの場合は誹謗中傷にネガティブな書き込みをすると非表示になると言っていた。

 カトウは言葉を失った。この疲れている感じからしてオゼキが気が狂ったのかと思った。

 それ以上その会話は広がらなかった。それと緯度経度の情報についてはオゼキの刑事時代の後輩に頼み現在調査中とのことだった。

「なあ、アノ緯度経度だけど、誰の死体があるんだ?」

「サクラちゃんとリク君の話によると、その、僕の父親の死体あるらしいです」

「何だって、それは本当か?」

「わかりません。だから調べてもらうです。それに、サクラちゃんとリクくんの事をまだ信じている訳じゃありませんよ。でも、僕の本名を当てましたからね。オゼキさん?これってなんかのマインドトリックか、罠ですかね?」

「調べれば調べるほどわからん。宗教、政府の陰謀、オカルトそれにサイキックときた。みんな疲れすぎて狂って来たのかもしれないな。だから、他の4社の探偵事務所も投げ出したのかもな」

「オゼキさん。大丈夫ですか?随分疲れて見えますよ。寝ていますか?」

「ああ、どうにかな。刑事時代に比べたら朝飯前さ」とオゼキは笑ってみせた。

「そうですか」

「それより、お前の方は大丈夫なのか?精神的に追い詰められてないか?」

「僕は、大丈夫です。サクラちゃんとリクくんに勉強を教えるのは結構楽しいです。教師になればよかったと思うくらいです」

「そうか。とりあえず安心したよ」まるでオゼキは自分の子供を見る様な目で言った。オゼキにこんな一面があるとは思っても見なかったので、少しカトウは驚いた。相当弱っているのだろう。普段心の中でオゼキの事を汚く罵っていたが、このときばかりは、そんなふうにオゼキの事をバカにしていた自分が恥ずかしくなった。


 カトウが8号棟の707号室のドアの前に着いた時約束の10分前だった。早く来すぎた。せめて5分前がいいだろうと踵を返し一回下まで降りてから出直そうとするとドアが開いた。サクラとリクだった。

「タナカさん。早いね」

「ごめん。先生早く来すぎちゃった」

「いいよ。ママ、タナカさん来たよ」とサクラが言うと、部屋の奥からリカが「あら、もう来たの」と言って玄関までやってきた。

「どうも、まだご飯できてないので食卓でお待ち下さい」とにこやかな表情でリカは言った。

「では、お邪魔します」とカトウは玄関でスタンスミスを脱ぎ、部屋の食卓の椅子に座った。

「すみません。もっと早くタナカさんを夕食に誘うべきでした。サクラとリクに言われるまで気づきませんでした」とリカはキッチンでパスタを茹でていて、オーブンでグラタンを焼いていた。

「いえいえ、おかまえなく奥様」とカトウは言った。

 それから10分後、ボンゴレのトマトベースのパスタとポテトグラタンとフランスパンテーブルにならんだ。こんな美味しそうな食べ物がこのコミューンでも食べられるとは思ってもみなかった。

 サクラとリクは向かいの席に座ってカトウを見ていた。

「じゃあ、夕飯のお祈りをしましょう」とリカは言った。

 お祈りとは何だ?とカトウは思った。昔、アメリカ人の家で夕飯を食べる時に聖書の一節を唱えた事があったのを思い出した。パズメ教会にもそれがあると言うことか。

「ねえ、タナカ先生は入信したばかりだから多分わからないよ」とサクラ。

「そうだよ。普通にいただきますでいいじゃないかな?」とリクは言った。

「そうね。でも、そのうちタナカ先生も階級が上がるからその時の為に、早めに教えておいた方がいいんじゃない?」

「ああ、確かに」とサクラとリクは不安げに答えた。なぜ、そんなに不安気な表情で言うのかカトウにはよく分からなかった。

「タナカ先生。これからみんなで手を繋ぎ、私が言うことをそのまま口に出してくださいね」

「はい」とカトウは答えた。

 リカとカトウとサクラとリクは手を繋ぎ輪を作り、リカとサクラとリクは一斉に言った。

「クティキャメ、ンジャンディ、トロク、メヒオ・ザレム、エンピュ、テケリ、ザザクド」

 カトウも後に続いて言った。この言葉、あの入信の儀式に書かされた赤ノ書、青ノ書、緑ノ書に書かれた言葉の引用なのだろうか。しかし、気持ち悪い言葉だ。少し悪寒がする。全く聞き慣れない。どの言語にも似ていない。原始的な言葉のようにも聞こえたが、まるで言葉を逆再生したようにも聞こえた。

「では、いただきます」とリカが言ったので、サクラとリクとカトウは続いた。

「先生、お酒は?白ワインが合うですよ」とリカが言った。

「では、いただきます」とカトウは言った。本当は赤ワインの方が好きだが、相手に任せることにした。リカが、カトウのワイングラスに白ワインを注ぐいだ。

 カトウは目の前にあるボンゴレトマトパスタを食べた。少し甘い気もしたが店に出せるレベルの本格的なモノだった。

「奥さん。美味しいです。普通にお店開けるじゃありませんか?」

「ありがとうございます。コミューンでイタリアンレストランでも開こうかしら」とリカは喜んでいる様子だった。

「ポテトグラタンも食べてみてください」

 カトウはポテトグラタンを食べた。久しぶりのグラタンだった。最後に食べたのは1年くらい前だろうかその時のグラタンより美味しかった。

「いや、美味しいですね。毎日食べたいですよ」

「気に入ってくれてうれしいわ」

 カトウはサクラとリクを見た。彼らは母の手料理に慣れているのだろう。普通の表情をして食べていた。

「どうです?このコミューンの生活は?」とリカは言った。

「とてもいいですよ。実は私はここに来る前にホームレスをしてまして。まあ、ホームレス生活と比較するのもなんですが、ホームレス生活の前の学生時代の時より充実した生活を送れています。これもパズメ教会のコミューンのおかげです」とカトウは答えた。

「そうですか、それは良かったです。サクラとリクの方はどうですか?ちゃんと先生の言うこと聞いてますか?」

「はい、言うことは聞くし、物覚えも早いし、きっとこのままだと16歳になったらスグにでも高卒認定試験は合格出来ますよ」

「それは良かった。サクラとリクには大学に行って沢山勉強して教会の為になるようにするのが、私の夢なんです」とリカは喜んで言った。カトウは少し悲しい気持ちになった。仮にココを脱走できなければ死ぬまでこの教団に支配されるのかと思うとどう反応していいか分からなかったが、カトウはとりあえず笑ってごまかした。「そうだ、2人にプレゼントがあったんだ」とカトウは紙袋から透明のプラスチックのケースをサクラとリクに渡した。Swatchの短針青で長針が赤で秒針が黄色の黒いプラスチックとベルトが黒の時計を渡した。

「本当にくれるんだ。先生、ありがとう」とサクラ。

「本当に、プレゼントしてくれたんだ。ありがとう」とリク。

「Swatchじゃないですか。そんな高いの頂けません」とリカが少し困った様子だった。

「いえいえ、二人とも勉強を頑張ってるし、それに、時計屋の知り合いから安くしてもらったですよ。最近はスマートウォッチの方が支流ですから在庫が余っているみたいで」

「そうなんですか、でも」

「いえいえ、2人のおかげでコミューンで僕は家庭教師の職につけました。それに、農作業が嫌いなわけじゃありませんが。外が暑すぎて僕には向いてない。涼しい部屋で家庭教師が出来て満足しています。それにヴァイシャの称号まで頂き、とても感謝しています。ほんの些細なプレゼントです。それに、奥さんヴァイシャに推薦して頂きありがとうございます。別に階級にこだわっている訳ではありませんよ。でも、とても誇らしいです」

「そうですか。じゃあ、ありがたくいただきます。二人とも大事に使うのよ」

「はい」と双子は同時に答えた。

「そういえば、奥様にも時計をプレゼントすれば良かった。すみません、そこまで頭が回らずに」

「いえいえ、私は幾つか腕時計を持っているのでお気にせずに」とニコッとして答えた。

「そうだ、週に1回、タナカ先生を夕食に招待しようよ。それとお昼ごはんも」とサクラが言った。

「そうだよ。食堂のご飯美味しくないし」とリクが言った。

「こら、食堂の悪口を言うんじゃありません。信者さん達が一生懸命作ってるんだから。それに、食堂の方は沢山の料理を作らなくちゃイケナイだから味が劣るのは仕方ない事なのよ」と褒めているんだか貶しているのか分からない事をリカが言ってカトウはジョークなのかと思い笑いそうになったが、リカは真剣な目で言っていたので笑うのを堪えた。

「でも、確かにいい案ね。どうですか先生?毎週お昼ごはんと週に一度、家に夕食を食べに来ませんか?」

「はい、喜んで」

 それから、ワインも入っていたせいもあってか会話がはずんだ。気づくと21時半になっていた。

「もう、こんな時間ですね。そろそろ、自分の部屋に帰ります。今日はとても美味しい夕食をありがとうございました」とカトウ。

「今日は久しぶりに楽しい夕食になりました」とリカはワインのちからもあってか陽気に答えた。

「先生、またね」とサクラとリクは同時に言った。


 部屋を出ると室内とは違い蒸し暑かった。自分の部屋の3号棟まで歩く道すがら、売店でタバコを買った。売店の外にある喫煙所でタバコを吸いながら、タマキ親子の事を考えた。サクラとリクはこのコミューンを出たがっているのは間違えない。しかし、母親であるリカはどうだろうか。ほんの1時間程しか話していないが、会話の節々にかなりの狂信者で有ることがにじみ出ていた。パズメの神の教えがどうとか、選ばれし12人の子供達がどうとか。日本はパズメ様のおかげで復活するとか。見た目は正常でも言っている事は異常にしか思えなかった。しかたない。眼の前で旦那が死ぬ所を目撃したのだ。それは想像を越えるような苦痛だっただろう。そんな人の弱みにつけ込み利用するこの宗教団体が許せなかった。同時に奪還した際にリカは正常でいられるだろうか。これは、奪還した際に心神喪失の線で行くしか無いのか。そうすると、リカはサクラとリクと離れ離れになるしか無い。そう思うと不憫でならない。どうにか、リカの洗脳を解かなければ。しかし、どうやって?オゼキが紹介してくれた精神科医のクボによると、まず信頼関係を築くのが重要だと言った。今後、毎日お昼ごはんを共にし毎週1回は夕食に招待されて信頼関係を築く事は出来るだろう。だが、サクラとリクの話が本当であればアノ部屋には盗聴器が仕掛けてある。そうしたらどうやてリカを説得しろというのだ。

 カトウは2本目のタバコに火をつけた。

「すみません。ライター貸してくれますか?」と後ろから野太い声が聞こえた。カトウが振り向くと背の高くガタイのいい体格のスーツを着た男が立っていた。見慣れない顔だったが、入信の儀式でギブアップした者を連れて行った男達とソックリなスーツの格好だった。

「はい」と言ってライターを渡した。男はライターでタバコに火をつけた。

「ありがとうございます」とその男は敬語で言ったがどこか威圧的な雰囲気を醸し出している。もしかして、この男に監視されているのではとカトウは思った。考えすぎだろうか?スグにでもタバコを灰皿に入れてその場を立ち去りたかったが、逆に怪しまれると思い、最後まで吸うことにした。特に会話もなく気まずい雰囲気が喫煙所に漂っていた。カトウは相手に気づかれずに早めにタバコを吸い終わると灰皿に入れてその場を立ち去ろうと3号棟の方角に歩いた時の事だった。

「アナタ、ちょっと待ってください」とその黒スーツの男が言った。緊張感が走った。いったいなんだ?タマキ親子と食事をしたことがヤバかったのか、それても素性がバレたのか。

「何でしょうか?」と振り向いて男を見た。男は先程カトウが渡したライターを手に持っていた。

「ライター。ありがとうございました」と言ってカトウに手渡してお辞儀した。

「いえいえ、お気にせずに」と言って普通に歩いて3号棟へ向かった。意識して普通に歩こうとすると、なんだか逆に怪しまれそうで怖かった。それにしても、あのライターを貸した男は何者だろうか?朝と夜の集会の時、黒スーツの男がアカギが壇上に立つ際に横に2人いるが、見慣れない顔だ。といっても何時も黒スーツの着た奴らはサングラスをしているので顔までは分からなかったが。その内の1人かもしれない。それにこんなに蒸し暑いのにスーツを着ているとは、相当な体力があるに違いない。一応305号室に付くまでに何度か後ろを見て尾行されたないか確認したがされてはいないようだ。

 305室に戻るとシャワーを浴びてから、自分のベッドで横になった。果してアノ双子の言うことは本当だろうか。父親の死体が本当にそこに在るのだろうか。もし、死体があった時にどう思うのだろう。全く検討がつかない。5年も音信不通なのだ。多少は覚悟していたし死んだのであれば終止符が打たれ、このモヤモヤとした感情ともオサラバして気分が楽になるかもしれない。しかし、どこかで生きていて適当に生活している方がカトウにとっては良かった。実は愛人がいてよろしくヤッていたほうが。それに、母はどうなるだろう?自分と同じ考えなのだろうか。父の死が本当だと知ったら悲しむだろうか。それとも、自分と同じで覚悟しているのだろうか。そもそもだが、アノ双子の妄想の可能性がある。それに、自分がオゼキの様に狂っている可能性もある。双子は普通に分からない事を聞いているのに自分が都合の良い様に解釈している可能性も捨てきれない。


  3


 オゼキは心療内科へ行った。待合室は相変わらず満員だった。数年か前の政府の決定で医療福祉の支援費を削ったせいだ。コロナパンデミックを経験して10年も経たない内に医療福祉の予算を削るとはどうゆうことだ。しかも、消費税を医療福祉に当てるという名目だったのに。軒並み心療内科や町医者は潰れていった。医療崩壊直前だ。そのため生き残った病院に人が押しかける現象が起きた。

「ちゃんと、眠れてますか?」と医者は聞いてきた。この医者は20代後半くらいだろう。最近入った医者だ。前任者は今は過労と持病の心臓病で入院中らしい。若くしかも少年ぽい顔つきなので頼りなさそうに見えたが、とても親身になって話を聞いてくれる姿勢にオゼキは好感を持っていた。

「いえ、仕事が忙しいのと、それに厄介な依頼なもので寝付きが悪いです」

「それは、いけませんね。睡眠薬と抗うつ剤を変えましょう」

「よろしくおねがいします。それと、頭がハッキリするクスリを出来れば処方してほしいです」

「はい、わかりました。なにか気分が落ち込んだり暗い気持ちになったりするのですか?」

「いえ、変な偶然が重なりましてね。その歪な点を歪な線で結ぼうとしてしまっているようで。なんというか、陰謀論めいた事を考えがちで。自分が狂ってしまったのではないかと思うことがありまして」

「そうですか。まあ、変な偶然が重なる事はありますよ。それを歪な線で結ぼうとしていると自覚しているだけ冷静だとも言えます。なのであまり考えすぎないようにしてください」と先生は言うと何やらパソコンに向かってキーボードを打った。

 会計になり処方箋を貰い、薬局に行きクスリを貰って探偵事務所に向かった。

 久しぶりにサーディグが1階のケバブ屋で仕事をしていた。

「オゼキさん、お久しぶりだね。どうしたの?夜逃げしたのかと思ったよ」

「忙し過ぎて夜逃げしたい気分さ。いつものお願い。2つね」

「オーケー。2つも注文するなんて珍しいね。サービスしておくよ」とサーディグはケバブ用の肉の塊をナイフで削いだ。

「なあ、俺達が留守中に誰か来たか?事務所に?」

「いや、分からない。来ても2階の整体屋のおっさんのところだと思うよ」

「そうか」オゼキは今の依頼を断りたくなっていた。こんな、意味の分からない陰謀めいたオカルトめいた依頼を受けるべきでは無かったと後悔していた。もう少しシンプルな案件がいい。浮気調査や素性調査が恋しくて堪らなかった。

「なんか、元気ないね?どうしたの?オゼキさん」

「いや、仕事が忙しいだけさ」そう言えばサーディグは通信大学でプログラミングの授業を受けているのを思い出した。

「なあ、サーディグ。プロテクトて知ってるか?」

「知ってるよ。噂で聞いたことはあるよ。通信大学の同期生が言ってたよ。本当かどうかは知らないけど」

「そうだよな」と言うとオゼキは、この前にナカノがプロテクトがある証拠だとパズメ教会にネガティブな書き込みをSNS上アカウントで書いて違うSNSのアカウントでそれを見た時に閲覧出来なかった事を見せてもらった。ニワカには信じられなかった。本当にたかがカルト団体がいくら大物政治家とお友達だとしても、そんな力があるのかと疑問だった。

「それ面白そうな仕事だね。ハッキングしようか?」

「おまえ、そんな事できるのか?」

「うーん、ヤッたこと無いけど出来る奴を紹介できるよ」と笑いながらサーディグは言った。

「そうか、その時は頼むよ」たぶんいつものサーディグのフザケた冗談だろうと思い適当に流した。店の奥を見ると韓国式ホットドック専門のフィリピン人の少女が英語の本を読んでいた。ウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」を読んでいた。彼女がSF小説を読んでいるのは初めて見た。


 オゼキはチキンケバブのLの辛口ソースを2つサーディグから受け取り久しぶりに事務所に入った。今日は情報屋のニシカワに13時にこの事務所で会う予定だ。時計を見ると後、20分ある。多少狂っているが、ニシカワの言っていた事は調べれば調べるほどオゼキとナカノとカトウとフジオカが調べた事と同じだった。なので、ニシカワにもっと深掘りしてもらうことにした。こうなったら、オカルトでも都市伝説でもすがりたい気分だ。それに、カトウが送ってきた映像のリカは狂信的だったが、親権を剥奪出来るほどのモノでは無かった。もっと違う角度から攻めるべきだ。するとインターホンが鳴った。ドアを開けるとニシカワだった。

「あれ、もうこんな時間か?」と時計を見ると5分前だった。

「すみません。少し早すぎましたか?出直しましょうか?」

「いいよ。さあ、ソファーに腰掛けて。コーヒーと紅茶とコーラどっちがいい?」

「じゃあ、コーラで」と言うとニシカワはソファーに座った。

 オゼキは冷蔵庫からコーラを出すとコップに注いでニシカワに渡した。それとチキンケバブも。

「ありがとうございます。ちょうどお腹空いていたんですよ」

 オゼキはコーヒーをマグカップに入れた。

「それで、何かわかったか?赤青緑会の事」

「なにせ、戦前の事ですからね。戦時中に空襲で資料少なくて困りますよ。戦前のタブロイドしに赤青緑会に少し触れられている程度です。国会図書館で調べられるのは。だけど、国会図書館では紛失した雑誌を見つけました。64年のオカルト雑誌で赤青緑会に潜入記事が掲載されていたんです」

 ナカノが国会図書館で見つけた戦前の秘密結社の赤青緑会の資料と同じだった。1964年のオカルト雑誌の方は初めて聞く話だった。

「それで、そのオカルト雑誌は?」

「実は、回収騒ぎになった号で。欠番と言えばいいんですかね。見つけるのに苦労しました。まあ、これは知り合いが所有していた12号のコピーですけどね」

「なんで、回収騒ぎになったんだ?赤青緑会絡みか?」

「どうやら、表向きは天皇制や日本書紀に対して批判的な或いはオカルト的な解釈をした事を掲載して右翼団体が圧力をかけたとか。でも、おかしいですよ。その雑誌、その欠番の第12号の以前も後も連載記事ですが、天皇制に対して批判的だったりオカルトめいた事を乗せていたのにも関わらず12号だけ回収しているんですよ。しかも、その12号に書かれている天皇や日本書紀の掲載記事なんて他の号に比べたらたいしたものじゃないんですよ」

「天皇について、どんな事が書かれていたんだ?」

「日本人のルーツがユダヤ人と関連してしていているとか、そんな記事です。他の記事はもっと天皇に批判的だったり、トンデモな説。宇宙から来た説とかもあったのに」

 よく、聞く都市伝説だ。都市伝説興味が無いオゼキですら聞いた事のあるヨタ話ばかりだ。60年代にすでにそんな都市伝説が存在ていた事に驚いた。ニシカワの話によるとこの雑誌は1969年で廃刊したようだ。

「それで、赤青緑会の潜入記事にはなんて書いてあったんだ?」

「それが、面白いですよ。これです」

 ニシカワはその記事のコピー用紙をオゼキに渡した。記事には大きくページの上部に「秘密結社、赤青緑会潜入記!第1部」と書かれていた。内容によると、入信の際に3日間部屋に閉じ込められ、赤ノ書、青ノ書、緑ノ書を書き起こしの作業を繰り返し行う。しかも、その書物に書かれている文字は、まるで象形文字のようだったと描写されていた。赤青緑会の集会はイニシャルで神社の名前が書かれていて、神社の地下で行われたと書いてあった。儀式を行う祭壇の中央では犬神様と呼ばれる像ががあり、顔は狼だが、背中に羽が生えた彫刻だったという。中には、お犬神様をパズメ様と言う物もいたとか。それに集会に来ている者たちは大物政治家や有名人がイニシャルで書かれていた。そして、「次号、赤青緑会の儀式の全容が明らかに!」と記事は、そこで終わっていた。

 オゼキは、カトウが入信の儀式同じだと思った。パズメ教会の前身は赤青緑会であると確信した。

「それで、この続きは?」

「続きの13号には載っていないです。しかも、まるで最初からそんな連載記事など無かったかの様に。お断りや謝罪文もナシに1969年まで雑誌は続いたんですよ」

「締切に間に合わなかったじゃないか?」とオゼキは言った。

「実は、この記事を書いた。シバタ・サブロウというんですが。彼は昔から潜入取材記事を書くライターで、それまでも当時の政治団体や共産主義団体や左翼団体や右翼団体や宗教団体に潜入していたんですが、赤青緑会の記事を境に気が変になったみたいで、この記事が出た後に半年して実家に帰って療養していたみたいです」

「何だ、精神的におかしくなることくらいよくあることだ」

「彼、お盆に帰省の際に親戚一同を日本刀と猟銃で皆殺しにしているんですよ。総勢15人。下は3歳から上は80歳まで」と言うとニシカワは当時の新聞のコピーを渡した。

 新聞記事によると1964年のお盆時期。フリーライターのシバタ・サブロウが東京都立川区の外れにある実家で親戚一同を、一家に先祖代々伝わる日本刀と父の所有する猟で使うポンプアクション式ショットガンで皆殺しにしたという。遅れてきた兄家族が車で実家に帰郷の際に、シバタが兄家族の車に向かい銃を発砲、何とか逃げ切る事に成功した兄家族が警察に通報。その後、来た警官に発砲して来た為に警察と銃撃戦に発展して、警官のが携帯していたコルトガバメント45口径オートマチックピストルでシバタ・サブロウの頭を撃たれて死亡。警官がシバタ・サブロウの実家に入ると両親は2ヶ月前に死亡。シバタにより日本刀で殺害。それからお盆休みに来た三男家族5人と姉家族6人死亡を日本刀と散弾銃で殺害。それから警官を銃撃戦で5人殺害。計16人だった。

「この事件は当時、話題になったのか?」とオゼキはこの事件の事を知らなかった。ゾッとした。というのも、タダノや成仏師にも似た様な事だったからだ。こんな事件があれば間接的にも噂話くらい聞きそうなもんだが。

「センセーショナルに報じられたみたいですよ。でも、その後、64年の東京オリンピックがあったでしょ?それ以来、世間の関心はオリンピックに移ったみたいです」

「赤青緑会の影響だと思うか?」

「さあ、可能性はありますね。シバタの記事が掲載してから半年の事らしいです」

「彼の事件の、記事とかノンフィクション本とか無いのか?」

「シバタに対しての記事はありましたよ。すべて彼が頭がおかしくなってキレたと書いてある物ばかりでした。そこが不思議なことなんですが、こんなセンセーショナルな事件だとノンフィクション本が出てもおかしくないでしょ?不思議な事にドコの出版社からでていないんですよ」

「その、話を前に戻そう。その、オカルト雑誌の連載記事の続きの原稿が手に入らないか?出版社にまだある可能性は?」

「いや、無理ですね。出版社そのモノが倒産しましたからね。それに、当時の出版社の担当者まではわからないです。それに、生きていたとしても話を聞けるか」それはそうだ。もう60年以上前の話だ。生きていても80歳から90歳くらいだろう。

「もしかしたら、当時の出版社の関係者が生きているかもしれない。調べて見てくれるか?」

「いいですけど。どうせ、みんな老人ホーム行きかロクに喋れるか怪しい年でしょうね。まあ、探してもいいですけど、たいした情報は取れないでしょう」

 そんな事は分かっている。その儀式ていうのが何なのか気になっただけだった。

「それで、更にイシイとアカギについて分かった事はあるか?」

「いいや、特に新しい情報はありませんね。アカギとイシイについてはそこまででです」

 それ以上、ニシカワは情報を持っていないようだ。仕方ない。アカギもイシイも海外に居るほうが長い。情報が入りにくいのも仕方ない。ニシカワと1時間程話した後、彼は本業の方で問題が起きたらしく事務所を去った。


 オゼキは4杯目のコーヒーを飲み終わったら隠れ家のアパートに戻ろうと考えていた時だった。iPhoneが鳴った。誰からかと画面を見るとフジオカからだった。電話に出た。

「先輩、あの、経度と緯度の場所で死体が発見されました」オゼキはビックリした。あの双子が言っていた通りだ。しかし、オゼキがネットで調べた時に、その場所は不法投棄上として有名な場所だそうだ。もしかして、双子がネットで事前に調べている適当な事を言って偶然当たった可能性もありえる。

「それで、死体の状態は?」

「さあ、なにせ、管轄外の神奈川県警ですからね。捜査してもらうのに苦労したんですよ。今の所情報はナシです。それに、身元不明です」

「そうか」もし、双子の言う通りならカトウの親父だ。本当に合っていればの話だ。「それと、先輩。元ソーシャルワーカーのセキグチについてですが。死亡していました」

「ほんとうか?どこでいつ?」

「6年前、多摩川の二子玉川の河川敷で水死体として発見。発見当時死後10日間経過していたようです」

「何か変わった事はあったか?」

「そうですね。右腕と左腕が複雑骨折していました。恐らく、橋から飛び降りたのでしょう。自殺で処理されましたよ。ところで、どこでこれらの情報を手に入れたんですか?オゼキさん」

 オゼキは言おうか迷ったが余計信頼を失う可能性があると思い適当に誤魔化した。もし本当にカトウの父親の死体だったらどうしようと思った。連絡するべきだ。まず、どう彼とコンタクトを取れば良いものか。

 それに、セキグチの死因の資料も取り寄せる事にした。何か、事件解決の糸口になるかもしれない。

「セキグチの捜査報告書のコピーは手に入るか?」

「たぶん、そう言うと思ってコピーを取ってきましたよ。そのうち見せに行きますよ」

「それと、例のステラ車の所有者の身元はわかったか?」

「陸運局に問い合わせた結果、ステラの車の持ち主はクボタ・カツノリ」

「クボタて、あのクボタか?」

「そうです。あのクボタです」

 クボタとは、元有名IT企業の社長で国会議員にまでなったが、会社経営で脱税をして捕まり、その後従業員がセクハラやパワハラで彼を訴えられ国会議員を退職。その後はワイドショーでコメンテーターをしたり、経済本を何十冊もだして活動している人物だった。オゼキから見ると、ただの芸能人クズれだったが、今でも権力を持っているらしく少なくても金には困っていないようだ。

 やはり、あの宗教団体は大勢の権力者と繋がりがある。オゼキはだとすると、トンデモナイ案件に足を突っ込んだ事になる。案件を断ればよかったと後悔した。それと、ニシカワの言っていたシバタについて思い出した。

「なあ、フジオカ。もう一つ調べて欲しい事件がある」

「またですか。なんですか?」

「1964年の8月、立川区で起こった殺人事件。犯人はシバタ・サブロウの資料が欲しい」


  4


 木曜日13時。サクラとリクはアカギ邸の2階の待合室で準備していた。

「今日のお客さんは、前に打ち合わせしたようにやるんだよ。くれぐれも粗相のないように」とアカギが会議室で言うと、12人の子供達の中で一番年下のキムラ・ヤマトが「粗相てなに?」と無邪気に聞いた。

「そうだな。失礼な事を言わない様にて言えば分かるかな?」

「うん、分かった」とキムラ少年が答えた。

 その後、2階の待機室で30分ほど12人の子供達は待った。大きな朱色した円卓に周囲を囲むように椅子があり座っていた。特に、会話は無かった。ドクターは「能力がお互いに奪われバランスが取れなくなる」と言っていたがサクラとリクはそれが嘘だと分かっていた。本心は、12人の子供達が仲良くなると、ここから脱走したり、暴走したりするのではないかと心配しているだけだと思っているようだった。なので、双子のサクラとリク以外はできるだけ遠ざけるように仕向けられていた。日常会話の禁止されていたので特に話す事も無かった。それは、コミューン内で偶然に遭遇してもだ。お互い無視するように言われている。儀式の時以外は。

 サクラとリクは回りをみた。みんな椅子に座り退屈そうにしている。待合室ではスマフォも携帯ゲーム機も本も漫画も持ち込み禁止だからだ。

 12人の子供達はそれぞれ違う能力を持っていた。

 一番年下のキムラ・ヤマト、8歳。彼はこのコミューンで生まれた。将来はEスポーツの選手になりたいそうだ。彼は短期的1週間先の予知能力を持っていた。ただ、精度はまだ安定していない。12人がいる時に他の子供達がそれを、まとめて修正するのだ。未来予知の糸口を探す様な役割を持っていた。

 9歳のウチダ・ホノカ。彼女は5歳の頃家族でこのコミューンに引越してきた。相手の残留思念、過去に何をしたかを当てることが出来た。しかし、相手に触れないと意味がない。なので、アカギは占い相手にあえて触れさせ彼女は相手の弱みを探り利用する道具にしていた。アイスクリームが大好きで、特にハーゲンダッツのパイントで毎日食べている様子で双子は勝手に彼女の身体の事を心配していた。

 ナカムラ・リュウイチ、9歳。8年前にこのコミューンに住む夫妻に養子として引き取られて引っ越してきた。彼の能力はサイコキネシスだ。と言っても缶ジュースを程の物を自在に中に浮かす程の能力しかない。時々アカギが政治家や権力者に子供達に能力がある証拠に利用される道具として使われていた。サイコキネシスを使うと偏頭痛を伴うため彼はあまりヤリたがらなかった。なぜ、彼が占いに必要なのかは双子には疑問だった。勉強が嫌いで、夫妻の目を盗んではVRやプレステ6でゲームをしていた。

 マミヤ・コハル、9歳。ジャニーズに夢中だ。彼女もナカムラと同じく孤児で、8年前にコミューンに住むマミヤ夫妻に引き取られた。彼女の能力は念写と予知だ。それは最近では使われなくなったカメラ用のフィルムでも出来るし、普通のメモ用紙にも占い対象者の将来のヴィジョンを映し出す事が出来る。特に、対象者が政治家や芸能人だった場合はスキャンダル記事を念写する事が出来る。精度は高く、眉唾物だと無視した対象者は後に同じスキャンダル記事が週刊誌に載ることがよくあった。彼女はこの能力を使うとかなりの体力を使いお腹が空くらしく、占いの後アカギ底の専属コックが焼いた5人分の神戸牛のステーキを平らげるほどだった。

 エグチ・リオ、10歳。KーPOPに夢中だ。彼女は4年前に家族と共にコミューンに入植して来た。背は低めで9歳に見えた。彼女の能力は予知能力だ。キムラより能力が少し上だが、彼と違うのは能力を使うまでに時間がかかる点だった。マイペースな性格がそうさせたのかもしれない。なので、キムラ君が糸口を探り、それを引っ張り出す役割と言ったほうがいいだろうか。

 シミズ・ハルト、11歳。マーベルとDCの映画に夢中だ。彼は7年前にこのコミューンの夫妻に養子として引き取られた。年齢の割に背が高く堀の深い顔をしていた。彼の能力は予知とサイコキネシスだった。予知の方は不安定で4割の確率で外した。そしてサイコキネシスの方はナカムラに比べると弱かった。ボールペン1つ動かすのがやっとだった。少し、雑な性格なせいなのかそれとも反骨精神が強いせいなのか、この儀式の事を嫌っていた。もちろん、この儀式を良く思っている子供達はいない。

 カワシマ・アスカ、12歳。7年前にコミューンの夫妻に養子として引き取られた。サッカーが好きで、このコミューンの女子サッカーチームに所属している。彼女の能力はヒーラー。つまり治癒だ。簡単な擦り傷から、癌まで治せる。だが癌の方は末期癌の方はなかなか難しいらしく4割の確率で失敗した。ヒーラーの能力は相当力を使うらしく、終わると4日は寝る必要があるらしい。彼女は反抗期でアカギとドクターに対して暴言を吐くことがよくあった。

 ヤマモト・カナ、14歳。彼女は3年前に家族でコミューンに引っ越してきた。彼女の能力は人の心を読むことだ。相手が何を考えているのかを見ただけで判断できる。双子達はカナを警戒していた。彼女に心を読まれないように力を使うため彼女が近づくと相当な能力を使わなくてはならなかった。彼女自体は温厚な性格で音楽の才能があった。ギターもピアノもバイオリンもドラムも出来たしラップもうまかった。双子は彼女が何を考えているのか検討もつかなかったが、何故かサクラに敵対心を持っているようだ。なぜ敵対心を持っているのかサクラにもリクにも理解できなかった。

 ハヤシ・マコト、15歳。6年前に家族でコミューンに引っ越してきた。彼は、相手に将来のヴィジョン。映像を送ることができた。最近は精度が不安定だった。スランプのようだドクター曰く思春期特有の物だろうと言っていたが、双子は彼はそろそろ限界なのではないかと思っていた。彼は日頃勉強をサボりゲームばかりしていた。高卒認定テストに受かるのかは疑問だった。それにハヤシはカナのことが好きだった。しかし、カナはそれを知っていたがハヤシに対してはなんとも思っていない様子だった。カナは、違う同い年の男の子が好きなのを双子は知っていた。カナがその男の子と恋仲になったらハヤシはどうなってしまうのか心配だった。

 この9人はあの恐ろしい儀式を何処まで理解しているのか双子にも分からなかった。もちろん、双子にすらあの儀式の全容までは分からなかったが。取り返しのつかない事になることくらい予想はついた。緑ノ書の最後のページの一節を儀式で12人の子供達で言った時。大変な事が起こるとしか分からなかった。

 そして最年長のイワモト・クレア、16歳。髪型はショートカット。中性的な顔立ちで、背は165センチくらい。コミューンの最初の入植者だ。彼女はサクラとリクと同じくナチュラルだった。この、コミューンにいる12人の子供達の内9人がドクターの研究の成果によって手に入れた力だった。このコミューンに入信する子供には、まず最初にドクターがイワモト・クレアの身体を研究して得た細胞の組織から作り上げたクスリが投与される。中には能力に目覚めない子供もいたが、9人の子供達の様に能力が引き出される子供がいた。確率は恐らく1割以下の確率で能力を覚醒するようだ。それが、元々その子供達が能力を持っていて、クスリが引き金となり能力が覚醒したのか、それともクスリがのおかげで能力がない子供が目覚めたのかまでは双子には分からなかった。双子は随分前から自分たちに能力を持っていることを自覚していてた。呪われた能力だと思った双子はそれを使わないようにしていたが、母がパズメ教会に入信する事になってしまいクスリを飲まされた時、相手に能力をバレてしまった。もちろん、手の内をすべて明かした訳ではないが回りの子供達にバレているのではないかと内心ヒヤヒヤしていた。特にイワモト・クレアは何を考えているのかさっぱり心が読み取れなかった。双子が彼について分かっていることは予知と多少のサイコキネシスだ。もちろん、もっと能力を持っている可能性がある。もしかすると、双子の計画を見透かしているかもしれない。それに、イワモトは自分たちと同じ目をしている。しかも彼女はもっと深刻だ。きっと一回だけではないだろう。何回もやっているに違いない。


 執事の男が「そろそろ時間です」と言うので更衣室へ行った。上は16歳から下は8歳までの少年少女が合同の更衣室着替えをした。もう、サクラもリクも慣れっこだ。サクラや女の子たちは巫女の格好をして、リクや男の子達は神社の神主の様な白色の服を着る。だが巫女や神主の服装と違うのは衣服の後ろにパズメ教会のシンボルであるパズメ様のマークがプリントされていることだ。

 サクラとリクはカトウから貰った腕時計を付けっぱなしした。本当は腕時計を外すのがルールだったが、「忘れてました」と言えば済むだろう。

 部屋を出ると、警備の者が11人居た。12人の子供達がアカギ邸の儀式部屋に行くまで横に付いてくるのだ。彼らはピストルを持っている。リクは、ピストルに興味津々だったが、サクラはいい気分はしなかった。今日も女性警備員のキクチという女性が居ない。恐らく、侵入者の尋問に関係しているのだろうとサクラとリクは思った。あの侵入者はまだ素性を明かしていないようだ。いったい何者なのだろうか。双子はもしかして能力者ではないかと思っている。確証は持てないが。それは、アカギも特にドクターもそう思い始めているようだった。彼らから感じるヴィジョンはとても不快なモノだった。このヴィジョンに気づいている子供達は何人いるだろうかと考えた。儀式部屋の前でイワモトを先頭に年齢順に二列に整列した。大げさな趣味の悪い装飾のしてある大きなドア枠。この部屋に入るのは双子は大嫌いだった。恐らく他の子供達もだ。カワシマとシミズはイラついているのが分かった。ハヤシは緊張している。ちゃんと能力が使えるか心配しているのだろう。他の子供達は慣れて諦めている様子が分かった。イワモトは相変わらず何を考えているのか分からなかった。双子は慣れているフリをした。

 警備員のイイジマが扉をノックした。

「入りなさい」と部屋からアカギの声がインターフォン越しに聞こえた。大きな扉が開くとイワモトを先頭に儀式部屋に入りキムラ少年が最後に入って扉は閉まった。

 儀式部屋は40畳ほどで、壁は真っ赤、床は青、天井は緑。そして中央に1畳の畳がしかれていた。裸の初老の男が正座していた。サクラとリクを含めた12人の子供達は円を描く様に初老の男の回りをゆっくり歩いた。

「ン、ケティ、ヌディ、ゲホケサタ、テケリ、グリバ、ズネニ、ヴァネ、ユヴァック、レミネン、サバ、ン、クバ」とイワモトが言うと他の11人の子供達もそれに続き唱え始めた。

 子供たちはゆっくり正座下男の周りを歩き回りゆっくり近づく。そして、男の前2メートルまで近づいた時にイワモトがゆっくりと歩き回りながら衣服を脱いで裸になった。ソレに続いて年齢順に裸になったサクラもリクも例外では無かった。サクラもリクも慣れたとはいえ、この瞬間が嫌で仕方なかった。他の子供達も同じだろう。みんな嫌がっている。ドクター曰くこうしなければならないらしい。なぜなら、赤ノ書、青ノ書、緑ノ書にそう書かれているからだというからだ。ドクターは本気でソレを信じている事は双子には分かっていた。しかし、本当に裸になる必要があるのか双子には疑問だった。赤ノ書、青ノ書、緑ノ書は双子たちには読めなかったし、精神的にも拒絶反応を起こした。ドクターとアカギは、サクラとリクが腕時計をしているのに気づいた様だ。だが、儀式の間に中止する訳には行かない。ソレがルールだからだ。それに、なんどか腕時計やペンダントを間違えて持ってきた者もいるので、さほど気にはしていない様子だった。

 相変わらず呪文を唱えながら畳に正座した男の周辺を反時計に回り歩いてイワモトが突然呪文を唱えるのをやめた。そして、12人の子供達全員がその正座した初老の男の頭に右手を乗せた。サクラとリクは予知と通りだと確信した。その初老の男は現総理大臣ハラグチだった。

「まず、裸のお姉さんが見える。とてもきれいなお姉さん。それとお金と、息子さんが見えます」とキムラ少年が言った。

「まずいです。不倫がバレます。それと、企業の癒着にインサイダー取引、それに、息子さんの裏口入学が同時にバレます」とエグチ・リオ。

「え、でも」と総理大臣が言った。

「バレますよ。どうにかなると思っているかもしれませんが、このままだと退陣に追い込まれます。信じていないでしょ?」とリクとサクラが相手の心を読み取り同時に言った。同時に言うことに寄って相手を追い込む。

「今、見せますよ」と言ってマミヤは言うと、ドクターが真っ白な和紙10枚を彼女の左手に渡した。彼女が十秒程苦しいそうな表情をした。

「できました」と言ってその和紙を見せた。和紙には週刊誌に載った首相のスキャンダル記事が書かれていた。日付は2週間後、首相は信じられないのがサクラとリクには分かった。

「ぼくが2週間後の貴方のヴィジョン見せましょう」とハヤシが言うと、彼の脳に映像を流した。サクラとリクはその映像を見た。首相官邸の中で週刊誌をビリビリに破いて体調を壊し、ストレスから腸炎になりトイレから出れないモノだった。双子は笑いそうになったが、ここで笑うと確実にアカギとドクターに怒られるので笑いを必死に堪えた。

「どうすれば、回避できますか?」と首相は藁をも掴む想いで言った。

「うーん、お金。お金が沢山いる」とキムラが言った。

「そう、お金が解決します。大金だけど、最後はお金が物をいいます。それと、教祖様のアカギさんが力になってくれます」とエグチ・リオといつもの決めゼリフを言った。そう、ハラグチ首相が来た時に既に彼がしでかした事を子供達は見抜いていた。それを、アカギに報告して彼はフリーの金で動くライターにその証拠を掴んでもらいリークするつもりだったのだ。

「本当ですか?アカギさん」とハラグチ首相。

「わかりました。首相の為です。どうにかしましょう。私はこの念写した出版社の社長とは飲み仲間です。詳しいことは私の書斎で話しましょう」と言って首相とアカギは儀式部屋を出ていった。

 子供達は脱いだ服を着た。占いの能力を使って更にタカリをするとはなんと嫌なことだろうとサクラとリクは思った。確かにあの首相はクソ野郎だと思うし、他にはもっと酷くキモい奴が居て、子供達の裸を見たさくる変態もいるくらいだ。考えただけでも背筋がゾッとする。それに、本当に救わなくてわいけない人には金が足りないと言う理由で断っている事も嫌で仕方なかった。

「おい、サクラちゃんとリクくん。駄目じゃないか。儀式中に腕時計を外さなくちゃ」とドクターイシイが言った。

「すみません。忘れてました」とサクラとリクは同時に言った。

「今後、気をつける様に。それて、この後、一緒にラボに来るように」

「はい」全く嫌になる。いくら麻酔をされているからっていい気分はしない。今回はサクラとリクの番だ。もちろん順番的に分かったいたが。


 サクラとリクは、アカギ邸の1階の書庫にある隠しボタンを押すと本棚が横に自動でスライドした。地下2階への直通エレベーターがあった。双子はエレベータに乗るとボタンを押した。地下2階のラボは好きになれなかった。医薬品の臭いが特に嫌いだった。ラボにはイシイと7人の研究者が試験管をいじったりパソコンをいじったり顕微鏡を覗いていた。

「さあ、こっちへ」とイシイは奥の部屋に通された。その部屋には手術室があり、手術室用のベッドが4台あった。

 サクラとリクは裸になり、Swatchの腕時計に仕込んだカメラが2つ、手術用のベッドが映るようにして置いた。

「さあ、二人ともベッドに横になって」

 サクラとリクはベッドに横になった。

「さあ、これを吸って。気分が楽になるから」と笑気ガスを吸わされた。それから双子はうつ伏せになり、背中に表面麻酔を塗られた。

「大丈夫だよ。少し痛いだけだから」とドクターは双子に麻酔注射した。この麻酔注射が一番痛い。表面麻酔をしていてもだ。2ヶ月に1回とは言え最悪な気分だ。薄れゆく意識の中で双子はこれが最後のモルモットタイムだと思うことにした。後は、カメラがバッチリ撮れていればここから出られるだろう。


  5


 金曜日の朝、探偵事務所でナカノはどうやってカトウにこの事を言おうか迷っていた。事務所の留守電にはカトウの母親からメッセージが残されていた。父親の死体が見つかったと抑揚のない声で言っていた。オゼキはソレを伝えるのをナカノに頼んだ。とてもデリケートな問題だからだ。ナカノの方が適任だと言うのが理由だ。確かに、オゼキだと威圧だし、それに彼は今は棒きれの様にボロボロだ。変な事を口走る可能性もあった。それに、オゼキは他に調べることがあるらしい。例の刑事時代の後輩に合う必要があるとか。

 とりあえず、事務所にあるAndroid端末に例の電気やから手に入れたSIMカードを刺して、場所が特定されないように地下鉄と路面電車を乗り継いでで麻布区まで出た。カトウの持っているiPhoneは盗聴されているし、もしかすると電話相手の位置まで特定されるかもしれないからだ。

 麻布駅に着いた時10時だった。どうしよう。ナカノは久しぶりに緊張した。黙っているわけには行かないからだ。

 木曜日の夜、オゼキは刑事から電話を受け取った。死体の身元が判明した。しかも歯型の照合でカトウの父親の死体であることが分かったからだ。オゼキは、ビビっていた。本当にあの双子が能力を持っているに違いないと思ったのだろう。それはナカノも同じだった。そんな力が存在するとは。でも、ここまで変な偶然が続けば信じざる終えない。

 ナカノは覚悟を決めてカトウの電話番号を押した。すると、カトウが出た。

「もしもし、あの、タナカさん?」とナカノは間違ってカトウと言いそうになった。「はい、どちら様でしょうか?」

「私、アサノの妻です。あの、高校時代タナカさんとお友達だった。アサノです。覚えていますか?」

「はい、覚えています。アサノがどうかしたのですか?」

「実は、アサノが亡くなりました」

「え、アサノが?」

「そうです。なので、もしよろしければ通夜と葬儀にと思いましてご連絡しました」「そうですか。ご愁傷様です。なんて言っていいか」

 ナカノもなんて言っていいか分からなかった。ショックを受けているのか、それとも、心の準備が出来ていたのだろうか抑揚のない言葉でカトウで答えた。

「式場は」

「いや、これから会いに行きます。あの場所で待っていてください」

「分かりました」

 すると電話がキレた。あの場所とは新宿駅の事だろう。ナカノは新宿駅へ向かった。


  6


「先生、誰から電話?」とサクラは悲しそうに言った

「いや、ちょっと友達が亡くなってね」とカトウは答えた。

「そうなの。お葬式は?」とリクも悲しそうに言った。

「行くつもりだよ。ごめんね。その間、家庭教師出来なくて」

「いいよ。気にしないで」とサクラとリクは同時に言った。

「辛いだろうけど、行ってきなよ。今スグに事務所に申請を出してきなよ」と言ってリクはカトウに握手した。すると手の中に何か硬い感触の物があるのに気づいた。手のひらを開こうとすると、サクラがクビを横に振った。恐らくSDカードだろう。そのままカトウはSDカードを2つポケットの中に入れた。

「そうだ、タナカ先生。台風が近づいているよ。気おつけて」とリクが言った。

「台風?そんな予報あったけ?」とカトウはそんな事を天気予報で言っていただろうか?毎朝天気はチェックしているのに。

「そのうち分かるよ」とサクラが言った。


 カトウは事務所に向かった。監視員のスギモトに事情を説明した。高校時代の友人が死んで通夜と葬儀に出席すると。すると、記入用紙をもらい記入して、自分の部屋に戻り荷物をまとめてコミューンの外に出て小田急線で新宿駅のベンチに座った。ナカノはしばらくして現れカトウの横に座った。

「ご愁傷様です。なんて言っていいか」

「いいんです。覚悟は出来ていました」

 ナカノはカトウのiPhoneを渡し、カトウはタナカ名義のiPhoneの電源を切ってナカノに渡した。

「通夜は明日、葬儀は日曜日です」

「そうですか。それで、死因は何だったんですか?」

「オゼキの話だと車による事故らしいです。骨の折れ方からそう断定されたらしいです。車に引かれて死体を例の場所に遺棄したそうです」

「そうですか。サクラちゃんとリクくんの言う通りですね。やはりあの双子には能力があるですかね?」

「私にもわからないわ。もしかするとそんな能力があるのかもしれないわね」

「何が、本当か分からなくなってきました。ただ、自分が疲れておかしくなっているだけかも知れないと思えて仕方ありません」

「私も、オゼキも同じよ。それでだけど、証拠は掴めそう?」

「さっき、サクラちゃんとリクくんから証拠になる映像のSDカードをもらいました。まだ、映像は見ていませんが」

「そう、あとは私に任せて。早くお母さんの所に行ってあげて。事務所にもオゼキの所にも電話があったわ」

「すみません。ご迷惑おかけしました」

「謝る必要はないわ。さあ、行きなさい」とナカノは言った。いつもより優しい話し方だった。カトウは彼女にSDカードを渡した。

「明日、通夜に手伝おうと思うけどいい?迷惑じゃない」

「もちろんです。いいですよ。でも、忙しくないんですか?」

「大丈夫よ。それに、本当に証拠になるような映像ならスグに事件が解決するするし。まあ、とりあえずカトウ君はゆっくり休みなさい」

「そんなに疲れているように見えますか?」とカトウは聞いた。彼なりに平静を装っているつもりだったからだ。

「いや、少なくてもオゼキよりは元気そうに見えるは。オゼキなんて棒きれどうぜんよ」というと、ついカトウは笑ってしまった。つられてナカノも笑った。


 カトウが実家に帰ると母は普通だった。恐らく、父が死んだ事を覚悟していたのだろう。

「ごめん。連絡が取れなくて」

「いいのよ。仕事だったんでしょ。仕方ないわよ」

「やっぱり、死んでたのね」と母は普通に言った。

「まだ、実感がわかないよ。死んでる可能性はあると思っていたけど。どこかで愛人と駆け落ちしたのかと思ってたからね」とカトウはいった。

「もし、愛人と駆け落ちしていたとしたら私がパパを殺していたわよ」と母は笑いながら言った。

「葬式には誰を呼ぶの?」

「前の会社の同僚の人、それに友達」

「沢山くるかな?」

「さあね。5年前のことだからね。どうかしら」


  7


 オゼキは下北沢の事務所でフジオカと落ち合った。彼にケバブとコーヒーを振る舞った。フジオカは夢中で、ケバブを食べた。

「このケバブ美味しいですね。どこで買ったんですか?」

「このビルの1階にあるケバブ屋のさ」

「ケバブ屋なんてありましたっけ?」

 そんなん観察力でで刑事をやってられるなとある意味で感心した。

「ところで、例の資料は?」

「まず、立川区の捜査資料から。探すの苦労したんですよ。まだ、警察の捜査資料は電子化するのが遅れていますからね」と資料は用紙にコピーされていた。

 シバタ・サブロウは、お盆の2週間前に家宝の日本刀を使い両親を殺害。父親のクビを切り落とし、ペットの柴犬も殺していたそうだ。それから、お盆で帰省した親戚縁者を日本刀と散弾銃で次々と殺害。最終的に警察銃撃戦になったと書かれていた。

「ぱっと見、当時の新聞記事とあまり変わりないじゃないか」

「ここからが面白いですよ」と次のページをめくると、犯人の部屋の写真載っていた。部屋中に、あのカトウが入信の儀式で書かされた赤ノ書、青ノ書、緑ノ書に書かれていた同じ文字がびっしりと部屋中に書かれていた。備考欄には犯人が自分で指先をカッターナイフで斬り血痕書かれたと記載してあった。

「それに、シバタの奴。警察と銃撃戦の最中に何やら謎の呪文のような事を唱えながら猟銃を乱射していたようです」

「そうか、気持ち悪いな」あの文字には何かヤバイものがあるのかも知れないとオゼキは本気で信じ始めた。

「これはマスコミには出てない情報らしいですけど、犯人は警察が当時使っていた45口径のコルトガバメントの弾丸を20発も撃たれてれても、警察に発砲してきたそうですよ」

「防弾チョッキでも着ていたんじゃないか?」

「いえ、つけていませんでした。頭を撃ち抜いてやっと死んだとか」

 確かに、検死報告書21発も45口径弾で撃たれたと書かれており、死体の写真にも数え切れないほどの銃弾の跡があった。

「こんな事ってあるか?45口径で20発も撃たれて生きていられるモノかね?」

「ぼくは聞いたことないです。防弾チョッキを着ているなら別ですけど。今、警察が使っている9ミリ口径だって、3発も喰らえば相手は死ななくても動けなくなりますよ」

「だよな。何かクスリをヤッていた可能性は?」モルヒネ中毒か、覚醒剤を使いしかも運が良い事にすべて45口径弾が急所を外れた可能性もあるとオゼキと考えたからだ。

「薬物反応は無かったようです」

「そうか、不思議な事件だな」そんな事はあるのか不思議で仕方なかった。オゼキは警察時代に一度も職務中に銃撃戦に巻き込まれた事はないが、同僚がヤクザの抗争に巻き込まれた際に当時、警察が採用していた9ミリ口径のSIG228ピストルで応戦して3発撃って相手が死亡し、過剰防衛だとマスコミに叩かれたのを思い出した。9ミリ口径と45口径あまり威力は変わらないと言われているが45口径の方が威力が高い。それを20発も撃たれてもなお、散弾銃で応戦したとは。

「シバタは死んだ後に、警官が怒りに任せて過剰に彼の死体にガバメントで連射した可能性はないのか?」

「まあ、その可能性もありますね。当時の警察は今以上に身内に優しかったでしょうしね。ただ、鑑識の報告書だと銃弾がシバタの身体を貫通した形跡を見る限りでは、少なくても倒れた後に銃弾は食らっていないみたいです」

 オゼキはどう考えていいか分からなかった。60年以上前の鑑識など、オゼキが刑事時代の比ではないくらい技術が劣っているに違いないし、警察のお友達体質も凄かっただろう。その場に居た警官も興奮して過剰乱射した可能性の方が高いと考えた。

「そういえば、僕のお爺さんも警官だったんですが。当時60年代警察に支給されていたコルトガバメントは殆どが米軍の払い下げ品で、第2次世界大戦前の物だったらしくて、それに弾丸も朝鮮戦争が休戦になった時に大量に余った弾丸だったそうですよ。だから、中には粗悪な弾丸が多くて錆びて不発の弾や上手く作動しない物や威力が弱い物が混じっていたらしいです。だから、もしかすると威力の弱い弾丸が大量に混じっていたかもしれません」

「当時の関係者で話ができそうな人はいるか?兄家族はどうした?」

「探しましたが、いませんでしたよ。なにせ60年以上前の話ですからね。それに生き残った兄家族はあの事件以来、アメリカに移住したらしくて。データに残っていないんです。まあ、当時はもっと社会が閉鎖的でしたからね。被害者とはいえ加害者の家族でもあるから肩身が狭かったのでしょう」

「それで、セキグチの方はどうだ?」

「彼は7年前にソーシャルワーカーを辞めてから、携帯電話を解約、アパートを引き払ったそうです。大家には実家に帰ると言ったそうですが、実家に帰った形跡なしです。多摩川の川岸でホームレスをしていたそうですよ。稲戸区あたりでビニールハウスに住んでいたとか。ソレ以上の情報はありません。すみません。」

「そうか、なにかソーシャルワーカー時代の資料とかないのか?」

「それが、不思議な事に、セキグチのソーシャルワーカー時代のデータが残っていないんですよ。なんだか不気味です」オゼキはもしかして、プロテクトが使用されているのかも知れないと考えた。公文書にもプロテクトが使用されているのかと思うと恐ろしい事だ。

「なあ、人が橋から飛び降りた時、こんな腕や足から骨が飛び出る様な怪我をするもんかね?」

「さあ、水深が浅い所で飛び降りたんじゃないですか?確かに不気味ですけど、検死官の話だとたまにあるみたいですよ」

 オゼキはニシオカを事務所から送り出すと、4階の住居に行き喪服を取り出しクリーニング屋に持ち込んだ。明日までにクリーニングしてくれと頼んだ。

 明日はカトウの父親のお通夜だ。行こうか迷ったが行くことにした。一応自分も関わっていることだし、3人しか居ない会社の社員の父親の通夜ぐらい出なければ。それに、カトウには無理な仕事押し付けてしまった手前、出ないわけにはいかない。

 これから隠れ家のアパートに向かいカトウ、いやサクラとリクが撮影した映像を見なくてはいけない。果してどんな映像が映し出せれているのか。一連の騒動で変な事が重なった事もありとても嫌な予感しかしなかった。


  8


 ナカノはカトウから預かったタナカ名義のiPhoneを新宿駅で父に渡し練馬区辺りをウロウロしてもることにした。

 ナカノは小田急線で稲戸区の隠れ家のアパートに戻った。オゼキはいないようだ。MacBookProにmicroSDカードを差し込み映像を確認した。ナカノは言葉を失った。映像には裸の少年少女が円になり反時計回りに回っていた。中央の畳には裸の老人。頭は禿げ上がっていた。顔を見るとその男はハラグチ総理大臣だった。これは明らかに性的な虐待に相当するに違いないトンデモナイ、スキャンダルになる。それに、占いが当たっているかは別にして吐き気を覚えるほどの怒りが湧いてきた。だが、プロテクトはどうする?突破出来るだろうか。と考えていると、映像は更に続いた。双子は隠し扉の先にあるエレベーターに乗った。エレベータの扉が開くと、中は研究室のようだ。研究員と思われる者達が試験管や顕微鏡をいじっている。部屋はさらに奥に繋がっていてドアがあった。ドアを開くと、双子は時計を台においたらしい。双子は服を脱ぎ施術用のベッドにうつ伏せになり、茶色い液体を双子の背中に塗った。

「少し痛いけど我慢して。麻酔打たないともっと痛くなるから」とドクターが言うと大きな注射を背骨に注射した。サクラとリクの表情が苦痛に歪んだのが映像にバッチリ映っていた。しばらくすると双子は全身麻酔が聞いたのかそのまま動かなくなった。

 ドクターはインターフォンのボタンを押して「入ってこい」と言うと、6人の白衣を着た研究員が施術室に入ってきた。

「これから、サンプル採取を行う」とドクターが言うと、背骨に注射を刺して何やら液体を採取しているようだ。

「双子を、仰向けにしてください」とドクター。研究員が双子を仰向けにして、ベッドのスイッチを押すと、上半身の部分が稼働して起き上がった。彼らはサクラとリクの頭にヘッドギアの様な物を装着した。

「よし、始めるぞ。まず大脳からだ」とドクターが言うと、研究員が細いくて長い針の注射器を渡した。ドクターはサクラの頭を髪をかき分けている。

「探すのが大変だ。いっそのこと子供達全員スキンヘッドにスべきかな」とドクターが言うと、研究員はみんな笑った。

「よし、見つけたぞ」と言うと、ドクターは注射器をサクラの前頭部に刺した。注射器を引き抜くと、研究員に渡した。それからドクターは頭頂部、後頭部、側頭部、小脳に注射を刺してサクラの脳細胞のサンプルを摂った。それはリクも同じだった双子はこの事を知っているのだろうか。映像で見る限り相当長く細い注射針だった。ドクターは注射針を医療用と思われるクーラーボックスに入れた。

「今日は終了。あと、1時間位で目を覚ますだろうから目覚まし用のクスリを投与するように」

「はい。わかりました」

「もうこんな時間か」

「ドクター聞いてもいいですか?」

「なんだね?」

「この双子の脳細胞は正常です。他の子供達とは違います。なのになぜ能力が使えるんでしょうか?」

「さあ、わからない。もしかして、脳以外が原因かもしれない。それか、能力を使っている時だけ細胞が活性化するのかもしれない。それにこの双子はナチュラルだ。ナチュラルなんてそうは居ない。サンプルが少なすぎる」とドクターは言った。

 ナカノはドクターやアカギにパズメ教会に強い嫌悪感を覚えた。今スグにでも、双子や、依頼されていないが子供達を奪還するために警官を呼んで踏み込むべきだと。しかし、今までのパズメ教会の噂が本当なら警察も判事もグルという事になる。それに現に総理大臣が裸で写っている。どうすべきかナカノなりに考えた。ネット上にアップロードするのも手かもしれないが、プロテクトで、スグに消されるのが落ちだ。ナカノには法律の知識はないが明らかに裁判に勝てるレベルの映像だ。さてどうすべきか。すると急にアパートのドア鍵が開く音がした。ナカノはもしかすると尾行されていたのではと思った。近くに武器になりそうな物を探した。柄がアルミ製の掃除用のモップがあったので瞬時に掴んだ。ドアがゆっくりと開くとそこにはオゼキがいた。

「どうした?そんな驚いた顔して」

「いや、その」と言ってモップの柄を手放した。モップが落ち倒れ「コツン」と音をたてた。

「どうだ、映像の方は?証拠に使えそうな物は映っていたか?」

「その、トンデモナイ物が映っていました。たぶん、私が関わった依頼の中で一番危ない物です」

 オゼキは椅子に座りMacBookProで映像を観た。時間にして2時間程度。3倍速で映像を観た。映像を観終わるとオゼキもなんて言っていいか分からないらしく、ただ呆然としていた。

「これ、コピーのバックアップしたか?」とオゼキは無表情で言った。

「はい、SDカードに予備で2つデータを入れました」

「この事を誰かに話したか?」

「いえ、まだ誰にも」

「これは、相当マズイぞ」

「今スグ弁護士に見せるべきですよ」

「なあ、ナカノ。この案件から手を引こうと思っているんだが」

「何言ってるんですか?証拠もあるし、それに子供達が虐待。いや道具として使われているんですよ」とナカノは感情的になった。この男は自分が思っていた以上にクズだと。

「だが、権力者と友達で総理大臣まで映っている。それにプロテクトも在るし。お前にも危険が迫るかもしれない」

 ナカノは怒りに任せてオゼキの頬を引っ叩いた。

「しっかりしなさい。いろんな異常な偶然が重なって疲れているのは分かる。でも、こんな事は許せない」

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