6章 kooks

  1


 カトウは適正テストでスードラ、農作物を育てる部所に配属された。適性テストは、まず市販の家具を設計図通りに組み立てるテスト、イチゴジャムを作るテスト、物をカゴに入れるテストの3種類のテスト受けた。スードラに選ばれるのは意外だった。てっきり、自分はヴァイシャに選ばれると思っていたからだ。というのも、昔派遣で家具の組み立て工場で2ヶ月働いた事があった。そのときカトウはとても手際よく棚を組み立てていたからだ。結局その、家具工場も経営が悪化して派遣切りにあったが。テストは半日で終わった。昼休憩が終わって、担当の者を紹介してもらった。ミキタニという中年の男だった。彼は元々農家の出身らしい。彼から命じられた仕事は、敷地内にあるビニールハウスで栽培しているイチゴに虫がついていないかをチェックして、イチゴが熟れてきたら摘み取りジャム用にするか、そのまま出荷するかを見定める仕事だった。意外と大変な仕事だった。ビニールハウスの中は温度設定をしてあるとはいえ、暑く何度も吐きそうになった。それに虫のついているかのチェックも大変だ。何千とあるイチゴに虫にアブラムシやナメクジがついていないか探さなくては行けない。

「本当は農薬使うのが楽なんだけどね。無農薬がうりだからさ」とミキタニは言った。

 それからイチゴジャム用のイチゴの選別も難しかった。パズメ教会のイチゴジャムは砂糖を使わない事を売りにしているらしい。なので、一番熟れた甘い物を選ばなくては行けないのだが、カトウには違いが分からなかった。

「まあ、タナカくんにもそのうち分かるよ」と言ってミキタニはカトウに4号棟の食物加工室のある3階へイチゴを運ぶ掛かりを命じられた。緑のプラスチックの四角い長方形の縦50センチ横30センチの容器は出荷用。赤のプラスチックの容器はジャム用だ。イチゴの選別をしている者は年齢性別様々。10代の少年もいれば70代の老婆もいた。計10人が座って、イチゴが傷んでいないか、出荷用なのか、ジャム用なのかを選別していた。皆が白い帽子をかぶり、ゴム手袋をして、マスクをしていた。衛生管理は徹底しているようだ。作業中みんな和気あいあいと楽しくお喋りをしながら作業をしていた。新しく入ったカトウに皆優しく接してくれた。こんな職場は初めてだった。カトウの経験上だいたい一人くらいヒネクレて意地悪な事をしてくるヤカラが一人くらいはいるものだが、ここには居なかった。

 カトウも素性がバレないように終始微笑みながら仕事をした。最初は演技だったが皆が幸せそうなので気づくと自然と微笑んでいた。思っていたより良いところではないかと考え始めていた。パワハラも無いし、イジメもない。たった半日仕事しただけでそう思えるのだからきっと良い場所だと感じた。

 18時に仕事が終わり、食堂に行った。今日はA定食は焼鮭、B定食は餃子、麺類は豚骨醤油ラーメン、ベジタリアン定食とビーガン定食は興味が無かったので確認しなかった。カトウはA定食を食べた。その後、19時からアカギの説法と言うか説教が始まった。ココがまるでホワイト企業で働いていると勘違いしている事を忘れさせるくらいのツマラン話だった。だが、回りは皆が真剣に聞いていた。信じられないが中には泣き出す者もいた。もしかして自分もいつか、泣き出すくらいアカギの説教がありがたく感じる日が来るのかもしれないと思うと怖くなった。

 集会が終わり305号室に戻り、自分のベットに戻った。オゼキに頼んでいた古いMacBookAirが置いてあった。日曜日に戻ってきた際に事務所に預けていたモノだった。起動すると最新のOSにアップデートされていた。古いMacBookAirのせいか動作が遅い気がしたが動画を見るのには問題無さそうだ。ちゃんとパズメ教会のソフトも入っていた。ソフトを起動しようか迷ったがやめた。今日はいろいろとテストやら、初仕事で疲れたから寝ることにした。一応、カメラに青い表紙のメモ帳が移るようにした。日曜日にオゼキにあった際に決めたことだった。寝る前に青い表紙メモ帳を映した時は異常なし。黄色い表紙メモ帳を映した時はサクラとリクを目撃した時、赤い表紙のメモ帳を映した時は異常あり。危険な状態にある場合は赤いメモ帳を映して、危険とメモに書いて映す事にしている。まあ、本当に危険が迫っていたらオゼキもナカノも、ココに潜入し助け出す程の力があるようには見えないが。警察にくらいは連絡してくれるだろう。明日も朝が早い。寝ることにした。


  2


 オゼキはニシカワの元へ向かった。イシイの情報が入ったというのだ。西荻窪の彼の古本屋で14時に落ち合った。

「面白いですよ。イシイて奴は」

「どう面白いんだ?」

 イシイは稲戸区の隣にある東京都稲城区の神社の長男として生まれた。小中高共に優秀な成績で模試では特に化学と物理学で全国1位を取るほどだったそうだ。そんな事もあり旧文部省の推薦枠に入りニューヨーク大学へ留学したらしい。大学では、遺伝子学と宗教学を勉強して後にアメリカ政府の遺伝子学の研究所に入所した。「それは、もう違うやつから聞いたよ」とオゼキはワザワザ西荻窪まで来て同じことを聞かされるとは思わなかった。

「いや、ココからが面白いですよ。彼の父親がやっていた神社なんですがね。これが何ていうか、悪い噂が付きまとう神社でしてね」

「なんだ、その悪い噂って」

「オオカミ信仰なんですが、信仰と言うより神社は表の顔で裏では秘密結社みたいなモノで、赤青緑会と言われていたそうです。日中戦争から太平洋戦争まで裏で操っていたらしいんですよ」

「その、赤青緑会て秘密結社が戦争を起こしたというのか?」

「実は、ナチスのヒットラーを見出した男がいるです。カール・ハウスホーファーていうんですが。その男が戦前に日本に大使館員として駐在していた。そいつがその赤青緑会に入っていたていうんですよ」

「おい、勘弁してくれ。なんだその雑な都市伝説は」

「いや、マジですって。その秘密結社ていうのが、グループ内で独特の言語を話していたとか。それが、シュメール語より昔の古代の言語だって言うんですよ」

 オゼキは、ついにニシカワは狂ってしまったのだと思った。また、アルコールかドラッグの後遺症なのか分からないが、後遺症で幻覚を見ると聞いたことがあるからだ。

「じゃあ、仮にその都市伝説が本当だとしよう。そいつらの目的はなんだ?第2次世界大戦で旧日本軍もナチスドイツも戦争に負けたじゃないか」

「目的は虐殺です。しかも、大量虐殺です」

「じゃあ、その政治家達や資本家達は戦争したいて事か?」

「たぶん違います。そうゆう奴もいるかも知れないけど。その悪魔は、人の欲やネガティブなエネルギーを吸収して楽しんでるんです。たぶん、信者たちはその欲やネガティブなエネルギーを吸い取られたお蔭で楽しく暮らしているのではないじゃないかと思うんです」

「じゃあ、占いは?」

「政治家や資本家ほど欲深い者達がいますか?占いはただの餌ですよ。魚釣りのルアーや虫と代わりですよ。それで政治家や資本家や警察をコントロールすることによって戦争やら虐殺を起こそうとしているのではないかと」

「おまえ、誰からその話を聞いたんだ?」

「それは言えません。ある、霊能力というか能力者から聞きました」

「お前、飲んでるのか?」

「飲んでませんよ。ちゃんと禁酒してます」

 オゼキはニシカワの話を聞いていて呆れた。コイツはもう情報屋としては使えない。今回は金を出してやるが、今後は彼を使うのをやめようと思った。霊能者や能力者からネタを引っ張ってくるなんて、どうかしているとしか思えない。

 ニシカワはその雑誌をオゼキに見せた。確かにそう書いてある。

「それに、まだまだありますよ。あの地下鉄道は元々、旧日本軍が大森の捕虜収容所から稲戸研究所までつなげるため作ったんですよ」

「捕虜収容所から稲戸研究所まで地下鉄をつないで何をするつもりだったんだ?」

「人体実験ですよ。しかも、遺伝子操作の技術を使って非人道的な実験を繰り返していたようです」

「そこそこ、人口の多い町なんだから別に変な事件が多発しても不思議じゃないだろう」

「確かに。でも、その稲戸研究所の研究員の孫がイシイだったとしたらどうしますか?」

「そのジイさんが秘密結社と関わり稲戸研究所の遺伝子研究員だからといって、イシイが同じ秘密結社とは限らないと思うが」

「まあ、そうですよね。ただ、気持ち悪い一致だったもので」

 ニシカワも自分で言っていて変な事を口走っていることに気づいたのだろう。それか、陰謀論を浴びたオゼキのイラつきが表情に出ているのを感じたのか急にだまり始めた。

 オゼキは急にニシカワが可愛そうになった。久しぶりに情報屋をやっているのだ。そう思うと酷な事をしたと。

「ニシカワ、お前疲れてるんじゃないか?ちゃんと眠れてるか?」

「はい、眠れてますよ。オゼキさん信じてないでしょ?」

「ああ、信じてない」

「無理もないですよ。僕も信じられないんですから」

 すると店の戸が開き、ニシカワの息子が学校から帰ってきた。

「あれ、今日も焼肉?」

「ごめんな。オジサンこれから用事がって焼肉行けないんだ。お父さんと一緒に行ってくれるかな?」

「うん、わかった」

 ニシカワの息子は2階へ行った。

「ニシカワ、なんだか久しぶりに情報屋をやらせてすまなかったな」と言って情報料の入った封筒を渡した。

「何言ってるんですか。多少、点と点が離れて歪な形の線になってますけど本当の話ですよ」

「そうか、まあ確かに世の中そんなシンプルではないからな」といいながら点と点を歪にしているのはお前だと心の中で愚痴った。オゼキは財布から1万円を取り出し渡した。

「これで、子供と奥さんに焼肉でもご馳走しろ」

「本当ですか?ありがとうございます」

 ニシカワの古本屋を出た時、時計を見ると15時半だった。オゼキは稲戸に戻ることにした。もう、どいつもこいつも陰謀論者ばかりで困る。宗教が絡むと仕方ないのかもしれない。何をそんなに急いでいるのか自分でもわからない。これは当初から長期戦になるのを覚悟していたはずなのに。とりあえず、フジオカの情報を頼ることにした。現役の警部の方がもっと確信的な証拠の糸口が見つかるかも知れない。それと、明日はナカノが言語学者の紹介でイシイと面識がある遺伝学者に情報がもらえるはずだ。


 3


 ナカノは御茶ノ水駅の改札でイガワを待ち合わせているが、5分前にイガワからのショートメッセージが着た。内容は人身事故により15分は遅れるとの事だった。コロナパンデミック以降、毎日4回は以上は人身事故があった。最近読んだネットの記事によると今年の人身事故件数は過去最多らしい。無理もな。世は大不況だ。ナカノも何度も転職を考えているが、なかなか良い場所が職場が見つからないでいた。ITエンジニアの求人も一時期より少なくなってきた。しかも、ナカノには子供がいる。そうすると、なかなか雇ってくれない。特に小さい子供がいると面接官に言うと急に顔色が変わるのが彼女にはわかった。金持ちの家庭に育ちな者や頭の良い者は、カナダやニュージーランドやオーストラリアやデンマークに移住するのも無理はない。それに比べ日本はやたらと、学歴やら作法にこだわる。履歴書の字が汚いと言うだけで面接に落とされていく者、面接の時に声が小さいという理由で落とされる者が多かった。それに、受かるものはヤル気が有るという演技が上手い者や口達者な者ばかりだった。酷い面接官だと名前の画数占いで決めていた採用担当者もいたくらいだ。やたらと「夢はなんですか?」などと意味のわからない事を聞くばかりだ。バンドマンやモデルや俳優じゃあるまいし。ITエンジニアに作法など必要だろうか。会社に入るとプログラミング研修よりマナーの研修に力を注ぐ会社など潰れて当然だ。それに、ナカノは言うほどプログラミングに強い訳ではなかった。だが、そんな業界に飽き飽きした。何処の会社も同じかもしれないが、結局の所、仕事そのものが出来る出来ないが問題ではなく、社内でのパワーゲームで根回しをするほうが大事だし出世する。それで出世した奴はだいたいロクに仕事も出来ない。それの繰り返しに見えて働くことに意味を感じなくなった者たちが多いのだろう。

 しばらくすると電話がナカノのiPhoneが鳴った。イガワだった。電話に出ると、今改札にいると言った。振り返ると60代の背は190センチ近くあり前頭部がはげていて透明のプラスチックの四角のフレームのメガネをかけていた。服装はウータンクランのTシャツとリーバイスのブルージンズとティンバーランドのブーツを履いた男だった。

「遅れてすみません。イガワという者です」というと、彼は名刺を出した。

 名刺を受け取ると肩書は大学教授と書いてあった。

 ナカノとイガワは駅前にあるドトールコーヒへ向かった。最初はイガワは気難しい印象を受けたが、おそらく緊張しているのではないかと思った。年や年齢性別関係なく人見知りの人は多い。ましてや探偵に、面識のあるイシイの事を話すのだから。緊張しても無理もない。

「改めて遅れてしまい申し訳ありません。最近は人身事故が多くて。車でくれば良かったですね」

「いえいえ、お気遣いなく。探偵は待つのも仕事の一部なので」とナカノは微笑みながら答えた。

「それでなんですが、スズキさんから聞いたですがイシイ君について聞きたい事があるとか。もしかして、宗教のことですか?」

「はい、そうなんです。彼が所属しているパズメ教会の事を聞きたくて」

「これは、マスコミや警察やには言わないですよね?」

「勿論、守秘義務がありますから」

「まあ、マスコミや警察に目を付けられるほどの話ではないけど。一応、職業柄で自分に変な噂をされるのは、ちょっと」

「充分存じております」

 イガワは話し始めた。彼は大阪の国立大が遺伝学を学び、ニューヨーク大学の大学院に入学したとか。当時、90年代初期はバブルが弾けたと言っても、まだお金には余裕があり。自分の実家もそうだった。それに、兄がマンハッタンに出張で住んでいたので家賃や寮代もかからない。一石二鳥だったと。

 彼がイシイと出会ったのは、その時だった。彼は当時18歳。イガワは23歳の頃だった。同じ学部に日本人はイガワとイシイと数名しか居なかったこともあり、しかも年下ということもあったので弟の様に可愛がったとか。

「自分の兄貴とワタシとイシイ君とで、実家から送ってくるインスタントラーメンを鍋に入れて、レンタルビデオで映画を見るのが毎月の恒例行事でした」

 イガワとイシイとの関係は大学を卒業するまで続いた。イガワはアメリカで大学院を卒業後、日本の製薬会社入社後、数年してから大学の教授になった。

「イシイさんはニューヨークでどんな感じでしたか?」

「アメリカの中では内向的な感じだけど、日本人としては普通かな。それに彼はすごく優秀だった」

 イシイは大学院まで行く予定だったが、途中でアメリカ政府にリクルートされたらしい。

「それは、よくあることなんですか?」

「ありますよ。特にイシイくらい優秀だと政府も企業も欲しがるだろうね」

「彼は、遺伝子学で何を研究していたんですか?」

「ワタシの覚えている限りじゃ、遺伝子の修復といえばいいのかな?癌の治療とか、自己免疫力を高めて、例えばカッターで怪我をして指先を切るとする。ほっとくと自然に治りますよね?その治る時間を早める様に遺伝子をいじる研究と言ったら簡単かな」

「そんな事出来るんですか?」

「荒唐無稽に聞こえるかもしれないけど、今は無理でもそのうち出来るかもしれない。まあ、まだ先の話だと思いますが。我々はその未来のに出来るかもしれない技術の柱、まあ、設計図の一部を書いている様なモノですよ」

「それで、彼はアメリカ政府の研究所で何をしていたんですか?」

「それが、いわいるトップシークレットてヤツで。そういうとSFの世界みたいだけど、よくある事で。例えば政府なり企業が癌のやエイズの特効薬の開発をしているとする。そうすると、どうしても外部に情報が漏れないようにする為に、当然何もしゃべれませんよね?そういうことです。まあ、研究者の中には冗談で遺伝子をいじってスーパー兵士を作っているという者もいますがね」

「なんです?スーパー兵士て?」

 イガワの話によれば、例えば戦場で兵士が銃に撃たれたとすると、自然治癒力の力を使って傷を自然に再生したら最強の兵士になるというものらしい。

「もちろん、自分の聞く限りはそんな事が実際に行われているという話は聞いたことはないですが。でもMKウルトラ計画ていうモノがあったかね」

「なんです?そのMKウルトラ計画て?」

「60年代にアメリカ政府が秘密裏に行っていた計画のことです。まあ主にマインドコントロールにより、自分が実はスパイだと知らずにをソ連に送り込む。しかし、スパイに例えばある詩を聞かせると急に自分がスパイだと気づきミッションを遂行するてやつですよ。LSDや脳に電気ショックを与えて洗脳しようとしていたみたいですよ」

 ナカノは何かのB級映画のあらすじにしか聞こえなかった。

「まあ、噂ではMKウルトラ計画がまだ存続していて、今は遺伝子をいじってそのスーパー兵士なりサイキック部隊を作ってるとか。まあ、これは都市伝説にもあるし、遺伝子学者の飲み会で冗談半分のネタとして話すことはありますけどね」

「その、サイキック部隊とかって将来可能なんですか?」

「まあ、もし出来たとしても、随分先の未来の話しじゃないかな。誰かが発想したら、いつか実現する。例えば、人類が初めて月を見て何千年かかってアポロ11号を飛ばしたワケだしね。来年にはアメリカと中国とインドとロシアが合同で火星に有人探査計画まである。まあ、サイキック部隊は今の技術では無理だと思うけど」

「そういえば、イシイさんは大学で遺伝子学と宗教学を同時に学んでいたそうですね。なんでだかわかりますか?」

「それが、ワタシにもわからない。アイツの学生寮に行くと神棚が飾ってあって、ルームメイトのロシア人の青年は、日本人はエキゾチックだ、と感動していたけど。その神棚がなんか気味の悪いやつだった」

「気味が悪いというと?」

「そうだな普通のモノじゃなかった。見たことのない神棚で色は緑と赤と青で塗られた奴だったよ。そして中央にオオカミ顔して翼の生えて気持ち悪い人形が飾ってあったよ。あまりに気持ち悪いから、アイツとは宗教の話はしなかった。ワタシは宗教を信じないからね。まあ、科学者のなかには結構、神さまを信じる奴がいるんだよ」

 それはパズメ教会のシンボルマークではないかとナカノは思い、iPhoneを取り出しパズメ教会のシンボルマークをイガワに見せた。するとイガワは「そうそう、これだよ。でも、少し違う気もするな」と言った。

「いろんな、化学や物理学には法則があるでしょ?そうすると研究者の中には、それが神様なり誰かが意図的に作ったモノではないかと思う連中が結構多いだよ。それで結構オカルトに走る研究者も意外と多い」

 それに科学者ほど宗教にハマるとは意外に思えた。両者はとても食い合わせの悪いものにナカノには思えたからだ。

「それに、アイツの実家は神社で一人っ子だったからな。親の手前、宗教学を学んでいたんじゃないかな?ワタシは宗教に興味が無いから、その事について全く触れなかったし、向こうも話してこなかったから、そのへんについてはワタシにはわからない」

「そういえば、アカギさんて大学に在籍していた方を覚えていますか?」

「ああ、覚えていますよ。なぜかイシイと仲がよかった。ワタシは彼のことが好かなかったけど。あいつは、完璧なヤッピーだったね。若い人にはわからない言葉かもしれないけど、アッパーミドルの調子に乗ったヤツと言えばわかるかな」

「そうですか。そのアカギさんとイシイさんがなんで仲良くなったんですかね?」

「さあね。わからない。お互い性格が真逆だからこそ仲良くなったのかもしれない」それから、アカギはイギリスの銀行に就職したけど、3ヶ月で会社は倒産して無職になった。

「彼には可哀想だけど、正直な所ざまあみろと思ったよ」

「そんなに、アカギは性格が悪かったんですか?」

「いや、そうでもない。なかなか好青年だったよ。だけど、アイツ実家が金持ちな上に金の猛者て感じがしてたし。高級車で女を連れ回し、ただの自分を良く見せるための道具としか思っていなかった様に思えてね。それに、なんだか権力に執着している様に見えた。あと、学内で優秀な奴にゴマをすっている感じがした。それと、今の法務大臣をしていたオクヤマいるでしょ?アイツも当時同じ大学に在籍していてアカギと親しかったな。あの法務大臣、3世議員でしょ?だから、ゆくゆくは、彼らを利用して会社でも作ろうとしていたんじゃないかな?まあ、あくまで自分の印象でしかないけど」

 法務大臣のオクヤマとパイプを持っていたのか。それは知らなかった。ナカノはメモ帳に法務大臣の名前を書き込んだ。

「それで、アカギさんが帰国して宗教団体を始めたの知ってますか?」

「うん、後に知ったよ。まあ、驚かなかったけど」

「なんでですか?」

「宗教は金になるでしょ?税金が控除されたり。あの時、ちょうど、ガウス寺院事件が連日報道されていて、宗教は金脈だと思ったんじゃないかな。それに、イギリスの銀行に入社してスグに会社が倒産して挫折して血迷ってもおかしくない。それに、金の亡者でもあり権力欲も強い。自分が教祖になれば金も権力も手に入る不思議じゃない。まあ、あくまでその宗教内で権力を持つだけだけど。そうゆう奴ていうのはどんなショボくてもそのコミュニティーで他の者より金や権力を持つ事に快感を覚えるモノなんですよ。ナカノさんもおそらく、そういった人物に何度か会ったことがあるのではないですか?」

 ナカノも昔働いていた会社の社長がそんな感じの人間だった。金や権力に取り憑かれているタイプの人間だ。見栄を張り、興味もないその物にはクセに値段が高いというだけで、高いスーツに身を包み、高い腕時計時計を付けて、高い車を買い、美しい女性を何かの良いオモチャの様に連れ回し、自分が皆より優れているとアピールする事に取り憑かれている者たちだ。探偵の仕事をした時もそういった連中を何度も見てきた。ナカノもそういう人間は好かなかった。勿論本当にその車が好きでたまらなくて買ったのであれば話は別だが。

「そういえば、イシイさんとは帰国後、会いましたか?」

「会いましたよ。彼がアメリカから帰国した時に仕事を紹介したのはワタシですから」

「なぜ、アメリカ政府の仕事を辞めたのか?それと、イガワさんの紹介した仕事辞めたのかを聞いてませんか?」

「アメリカ政府の仕事については、ただ嫌気がさしたとしか言ってなかった。当時は、ミドルエイジクライシス、中年の危機てヤツだと思ったよ。ワタシが紹介した会社を辞めたのは理由はわからない。ただ、彼には退屈過ぎたのかもしれない。普通の製薬会社。主にジェネリック薬品の製造している会社だったからね。新薬の研究にはあまり予算を使ってなかったから退屈したんじゃないかと思う。ただ、給料も良かったし残業も少なかった。いわいるホワイト企業だったのに勿体無いとは思ったけど」

「その後、イシイさんは著書を2冊出版してますよね?読みましたか?」

「読みましたよ。1冊目の子供用の遺伝子学入門はよく書けてる。孫にも読ませたいくらいです。しかし、2冊目の本は。そうだな、言葉を選ばなくちゃいけないけど、イシイは狂ってしまったと思ったよ」

 やはり、ナカノと同じ見解だった。読んでいて頭が痛くなるほどだったからだ。もちろん、遺伝子学を知らない事もあるが。何か危ない人の文章に思えた。

「まあ、でもある意味では彼らしいというか。神社の一人っ子として生まれ、神社を継がずに遺伝学に熱中した事に何か負い目を感じていたのかもしれない。実家の神社はもう潰れて無いらしいし。それで、大学で遺伝子学と宗教学を学んでいて苦しんだ末に、点と点が歪な線で繋がってしまったのだと思いましたよ」イガワは寂しそうな目をしながら言った。おそらくニューヨーク時代に共に異国で一緒に苦労した友人が狂ってしまった事が悲しいのだろう。

「いま、アカギとイシイさんは一緒に宗教団体に入っていますがどう思いますか?」

「パズメ教会のホームページを見る感じだと、いわゆる、愛国商売だろうね。アカギに完璧に利用されている感じはするね。あらゆる宗教と科学のハイブリットて書いてあったけど。まあ、ニューヨーク大学出の科学者がいるだけで箔が付くと感じたのだろう。それに、イシイの方も宗教には色々あるみたいだし。本人たちにとってはウィンウィンなのかもしれないけど、個人的には良い気はしない」

「アカギについて他に知ってることはありますか?」

「いや、さっきも言ったようにアイツとは一線を引いていたからね。ただ、アイツのコミュニケーション能力が異常に高いからあらゆるコネクションを持っていると思うよ」

 やはり、法務大臣とパイプがあるということは権力者と繋がっているという事なのか?ナカノは最初はそんなのヨタ話か都市伝説ぐらいに思えてならなかったがもしかすると本当に裏でアカギが暗躍しているのかも知れないと思い始めた。

「他に、イシイさんについて思い出した事や知っている事はありますか?」

「そうだ、彼の祖父が稲戸研究所で遺伝学をしていたと彼が言っていたな」

「なんです。その稲戸研究所て?」

 稲戸研究所とは旧日本軍の秘密兵器を開発する秘密機関で、殆どは今考えるとくだらない秘密兵器。例えば風船爆弾。風船に爆弾を取り付けアメリカまで飛ばしてアメリカ本土を攻撃する計画や、電子レンジの技術を応用し兵器利用するというSFじみた研究をしていたそうだ。捕虜を人体実験を使い、遺伝子研究をしていた噂があるらしい。太平洋戦争が終わった頃、その研究資料がアメリカに押収され、研究員もアメリカの研究所に呼ばれて実験を繰り返したとか。現在は稲戸研究所跡地はコネチカット大学の日本校舎が建っているらしい。

「そんな事、本当にあったんですか?」

「まあ、遺伝学の事はあくまで噂だけど、よくある話さ。例えばナチスドイツのV2ロケットつまりミサイルの技術者をアメリカに呼んで、NASAの職員として働いてアポロ計画では華々しい結果を残したんだ。稲戸研究所の話は兎も角、アポロ計画の方は本当だよ」

 イガワは時計を見ると、そろそろ講義の時間があるのでと言って解散することになった。ナカノは名刺を渡して「何か思い出したことがありましたら連絡してください」と言った。イガワは「はい、よろこんで。もし、イシイに会うことがあったらワタシに連絡するように説得してください」と言って歩いて大学の校舎の方向へ消えていった。


  4


 7月も今週で最後だ。信じられないほど蒸し暑い。教室にはクーラーがついていたが、教室全体を冷やす程の力はなかった。このコミューンの学校にも外界と同じ様に夏休みが存在していた。申請書を出せば夏休みがもらえた。ある家族は実家に帰省したり、海外旅行に行く者もいた。コミューンに出なくても申請したら自分の部屋でダラダラと過ごすことも出来た。しかし、サクラとリクは例外だった。母はイチゴジャム工場で働いているが申請書を出す気は無さそうだ。それに、リクとサクラと10人の子供たちにとって今が繁忙期だ。急に呼ばれる事もあるから、海外旅行やお爺ちゃんお婆ちゃんの家に遊びに行くなんて夢のまた夢だ。でも他の、10人の子供達は教室ではなくクーラーが効いた自分の部屋でVRやゲームやNetflixを観て楽しんでいた。回りを見渡すと、勉強熱心な子と、高卒試験を来年にひかえる15歳の生徒、と高卒試験に落ちた生徒だけだった。サクラとリクがこの教室では最年少だった。そう、ココは高卒試験の夏休みの特別補修教室だ。

「今のうちに沢山勉強すれば、簡単に高卒試験を受かるでしょ?」というのが母の言い分だった。本気なのか、それとも違う理由があるのかサクラとリクにはよく分からなかった。母の心は他人に心より読みにくい。なぜだか分からないが、たまにそういう人がいる。

 高卒試験が受かれば、優秀な者は大学の学費をパズメ教会が免除或いは一部免除される。なので、パズメ教会の親たちはとても教育熱心だ。中には、それだけを目的にして入信してくる家族もいるくらいだ。

 サクラとリクは良い成績だ。13歳で高校3生レベルの教育を受けていれば当たり前だが。勿論、双子にも苦手教科があった。サクラは体育がと国語の古文が、リクは数学と漢字を書くのが苦手だった。サクラは、体育はスポーツが好きな人がやればいいし、古文なんて日常生活で使わないのだから専門家に任せればいいと考えていたし、リクは数学は専門家に任せればいいし、漢字はスマフォとパソコンがあるのだから読めればいいと考えていた。

 リクとサクラは窓際に座った。普段はクーラーのダクトがある近くを好んで座ったが、今週は違った。外を見なくちゃいけなかったからだ。近ければ近いほど彼を感じる。そう、あの黒縁のメガネをかけた青年。タナカと名乗っているそうだが、おそらく違う名前だろう。本当の名前はもう少し近づかないとわからない。いや、もしかしたら近づいてもわからないかも知れない。彼は今まで来た他の者達と違った。だいたい最初の書き写しの修行で皆が取り込まれるのが普通だが、彼は違った。だが、あまり時間は無い。彼も徐々にだが取り込まれ始めている。早く彼の目を覚まさなければ。今ならまだ間に合う。それに、どんなにサクラとリクが妨害電波を出しても、ITセキュリティー部門の連中に見つかった。しかし、彼は違う。彼には特殊な能力があるのだろうか?と考えた。だが得に能力はなさそうだったから不思議だ。サクラは外を見た。イチゴ農園から荷台でイチゴジャム用のイチゴを慣れない様子でぶきっちょに運んでいるのを見た。時計を見るとだいたい1時間間隔でイチゴを4号棟のジャム工場に運んでいる。次の1時間後が勝負だ。

「では、10分休憩」と講師がいうとサクラとリクは廊下に出て、水を飲むふりをして給水器へ行った。回りに誰も居ないのを確認するとサクラは言った。

「リク、本当に大丈夫かな?」

「うん、俺はやるよ。絶対に成功するよ」

「ドクターを騙せると思う?」

「うん、ドクターには能力が無いからね。それにあのお兄ちゃん、そろそろ限界だよ。取り込まれつつある。今やらないと」

「うん、そうだね。確かに今しかないね」

「がんばって」

「勿論。俺に任せておけ」


  5


 太陽は真上の位置にあった。雲ひとつ無いのに信じられないほど蒸し暑く、何度もタオルで汗を拭いても汗が吹き出してきた。

 カトウは段々この仕事にやり甲斐を感じ始めてきた。ただ、イチゴをジャム工場に運ぶだけの仕事だが、皆優しくカトウに接してくれるし、食堂のご飯も美味しかった。イチゴの仕分け係の人からはご褒美としてイチゴを何個かもらえるし、一度、荷台でイチゴを運ぶ際にローラーに石が挟まり100個以上のイチゴをダメにしたがミキタニは怒ること無く「最初は誰でも何回か経験するから気にするな」と笑いながら励ましてくれた。これが、以前短期でバイトしていたパン工場でやったら怒鳴られ大変な目に遭った経験があってか、この宗教団体はとても良い所なのではないかと思い始めていた。

 今は、荷台をイチゴジャム工場に持っていってイチゴの選別小屋に戻った所だ。まだ、イチゴの選別に時間がかかるのでタバコでも吸って休憩していてくれと言われたので小屋の裏手にある喫煙所でタバコを吸っていた。ベンチに腰掛けタバコを吸って回りを見渡す。遠くに金網が外は相変わらず住宅街が広がっている。それとカトウの丁度10時の方向に10メートルの木とその横に、正方形の四角い1メートル程の高さのコンクリートの構造物があった。前に好奇心から近づいた事があった。それは、茶色く錆びた扉だった。地下に何か施設でもあるのだろうか?

「タナカくん、どうだ仕事の方は?」とミキタニが聞いてきた。彼も口にタバコを咥えて火を付けた。

「楽しいです」とカトウは答えた。

「そうか、それは良かった」

「ミキタニさん、聞いてもいいですか?あの、コンクリートの塊なんですか?」

「あれね。地下鉄道の入り口だよ。点検用の入り口」

「地下鉄なんて走ってるんですか?」

「地下鉄て言っても、貨物用の地下鉄道だよ」

 ミキタニの話しによれば、パズメ教会の敷地内の下に貨物用の地下鉄道が走っているそうだ。立川から始まり、調布区、稲城区、稲戸区を通り最終的には川崎の港まで繋がっているらしい。

「そんなモノがあるなんて知りませんでしたよ」

「あの地下鉄道には、いわく付きでね」

「何かあったんですか?」

「昔、この近くに旧日本軍の秘密研究所があったんだけど、それが捕虜収容所に繋がっていて、この地下鉄道を使って捕虜を運び出して、その研究所で人体実験をしていたそうだよ」

「そんな事があったんですか?」

「噂だけどね。殆どの人体実験の対象者が捕虜のアメリカ人やイギリス人や日本人の障害者や中国人の捕虜やチョンだったらしいよ」

 カトウはチョンと聞いてムカッとした。こんなに優しそうな人なのにそんな言葉を使うとは。ミキタニに対しての印象が悪くなった。だがよくあることだ。差別主義者の中にも良い奴がいる。もちろん、差別主義者ではない奴の中にも嫌なヤツがいるが。時々そのジレンマで気が変になりそうな事が日本に来てから度々起こった。そんな時自分はどうすれば良いのだろうかと。そんな言い方してはいけないと注意すべきだろうが、そんな事を言ってもきっと彼らの差別意識は変わらないのだとカトウは無力感に陥ってしまう。何度もこの事で喧嘩になったが結局は、指摘しても指摘しなくても後味の悪い結果になってしまう。それに、今はタナカを演じなければならない。カトウは苦笑いをしてその場をやり過ごす事にした。

「そうだ、そろそろイチゴの選別が終わるから、工場にイチゴを運んだらお昼休憩でいいよ」

「わかりました」

 カトウはタバコを吸い終わり、イチゴの選別小屋に入るとイチゴが入ったケースが5箱あった。荷台に5箱積み終えると、部屋を出て荷台を押して4号棟へ向かった。途中で有ることに気づいた。それは集会所の回りを囲むように植え込みが在るのだが、そこに白いモノ覆いかぶさっている。遠かったせいもあり、最初は洗濯物の服が風に飛ばされ植え込みに落ちているのだろうと思った。荷台を押してどんどん近づいていると、それがなんだか気づいた。人だ。人が倒れている。

 カトウは荷台の取っ手から手を放し、走ってその人に近づいた。よくよく見ると体格からしておそらく子供だ。うつ伏せに植え込みに倒れている。

 カトウはその少年を触れた。びくともしない。死んでいるのか?身体を仰向けにして耳を身体の胸に当てた。心臓の鼓動が聞こえる。生きている。少年を抱き上げた。急に、医務室が何処だったか思い出せなくなった。どうしよう。とパニックになった。そうだ、修行をした塔の隣の部屋にあった事を思い出した。1号棟だ。

彼は少年を抱えながら1号棟へ走った。階段を駆け上がり医務室をノックするとドクターが居た。

「どうしたんだ?」

「少年が倒れていたんです」とカトウはいうと、ドクターはこっちへと言ってベッドを指さした。カトウは少年をベットに寝かせた。

「大丈夫ですか。この子?」

「わからない。だが、多分、熱中症だ。きみ、冷蔵庫に経口補水液が入っている。とってきてくれ」

 カトウは冷蔵庫を扉を開けた。経口補水液のペットボトルを見つけると2本取り出してドクターと少年の元へ向かった。ドクターは点滴の準備をしている。

「きみ、少年に経口補水液を飲ませんだ。早く」

 カトウは少年の口を無理やり開き経口補水液を流し込んだ。そこで、カトウは気づいた。この少年ドコかで見たことがある。そうだ、リク君だ。写真より大人びているが、間違いない。

 それから、10分しない内に双子の姉のサクラと母親のタマキ・リカが飛んで部屋に入ってきた。

「ドクター、リクは大丈夫ですか?」

「はい、どうにか大丈夫です。もう少ししたら意識も戻るでしょう。しかし、危ないところでした。もう少し発見が遅れていたら亡くなるところでした」

「ホントですか」

「はい、この青年が見つけてくれなければ、どうなるところだったか」とドクターがいうとリカと双子の姉サクラがカトウを見た。母親のリカは1年前の写真と違って髪のチョコレート色の茶色から黒髪になっていてロングヘアを後ろで束ねていて、姉のサクラはボブカットだが、リクにソックリな顔をしていた。髪型を同じにすれば見分けがつかないほど似ている。

「あの、あなたのお名前は?」

「ワタシはスードラのタナカという者です」

「タナカさん。息子を助けて頂きありがとうございます。なんとお礼をしたら良いものか」

「いえいえ、奥さんワタシは当然の事をしただけですよ」

「弟を助けてくれてありがとうございます」とサクラは言った。

 こんな偶然があって良いものかとカトウは思った。それまで一度も会ったこともないのに急にリクが倒れている現場に遭遇するなんて。

 すると、リクが目を覚ました。

「ここはどこ?」とリクは上半身を起こした。

「どうやら、平気みたいですね。まあ、今日は大事を見て一日、ここで様子を見ましょう」

「ねえ、何があったの?」とリクがサクラに聞いた。

「このお兄ちゃんが、倒れていたリクを助けたのよ」

「お兄さん。名前は?」

「スードラのタナカです」

「タナカさん、ありがとう。これからもよろしく」


  6


 ナカノは隠れ家のアパートでオゼキに昨日会った遺伝学者のイガワから聞き出した情報を報告した。PCモニターではカトウがイチゴを運んでいる映像が流れていた。どうせ、たいした事は起きないだろうと音声を切った。

 イガワから見たアカギの印象や、イシイの性格や経歴。それと、実家が神社だということ、それと稲戸研究所の研究員の孫である事。

「また、稲戸研究所かよ」

「社長、知っていたんですか?」

「ああ、情報屋から聞いたよ」

「なんで、報告書に書いてワタシに教えなかったのですか?」

「まあ、胡散臭い情報屋だったし、冷静に考えてみろ。どれもこれも都市伝説レベルの話じゃないか。そんな、裏の取れないモノ報告書に書けるか?爺さんが悪い噂がある稲戸研究所の遺伝学の研究員だからって、孫が同じ様な事をしている証拠は今の所ないからな」

 確かに、オゼキの言うと通り都市伝説レベルの話だ。こんなヨタ話を依頼者や証拠物件として提出したら、こちらの信頼を失いかねない。だが、ナカノは全て繋がている気がした。いや、自分の都合の良いように解釈しているだけなのかも知れないが。

「そのイガワていう遺伝学の教授は信頼出来る奴か?」

「はい、ワタシの見た限り普通でしたよ。経歴も不自然な点もありませんし。ちゃんと論文も書いてました。それにイシイさんの事を心配してましたよ。狂ったんじゃないかって」

「そうか。他には?」

「あと、イシイが留学先の学生寮の自分の部屋に変な神棚を飾っていたようです。赤と緑と青に塗られていて、中央にパズメ教会のシンボルの木彫りの像が会ったそうです」

「そうか。じゃあ、今わかったている事実だけ言おう。アカギがカネ目当てで宗教団体を創設した。経営がうまく行かなくなった。その時に帰国して無職のイシイに再会した。イシイはアカギを利用して実家でやっていたカルト宗教をパズメ教会と改名して復活させたて事か?」

「今の所、そうゆうことになりますね」

「じゃあ、実質、イシイがトップてことか?」

「トップか或いは同じ地位か裏で操っているかですね。それとアカギは現法務大臣のオクヤマと大学が同じで遊び友達だったそうです」

「それは本当か?」

「はい、法務大臣のオクヤマのホームページにニューヨーク大学卒と書いてありました。それにアカギ、イシイ、イガワと同じ時期に大学に在籍していた事は確かです」

「そうか、権力者とのつながりは本当だったのか」

「他に何か隠していることがあるんじゃないですか?」

「そうだな。これはヨタ話だと思うが。ナカノ、お前、元ITエンジニアだろ?プロテクトてシステム知ってるか?」

「噂は聞いたことがあります。でも都市伝説ですよ。」ナカノは急に、前の職場のアオキの事を思い出した。でも、そんな事本当に出来るのだろうか?中国のIT技術は天井知らずだが日本は諸外国に比べて遅れを取っている。できたとしても貧弱なシステムに違いない。スグにハッカーによって突破され白日の元に曝されるだろう。

「そうだよな。そんなのあったら、気づいているはずだしな。それにしても不思議だな。遺伝子をいじっているかどうかは別として、子供たちを何につかっているんだ?」

「もしかして、人体実験でもしているのかも知れませんよ」ナカノは口を滑らせてしまった。こんな陰謀論じみたこと言うもんじゃない。ましてや仕事中に。

「実は、俺もそれを考えた事があるんだ。お前にも報告しただろ?子供を使って占いをしてるって。子供を使って、イシイが秘密裏に遺伝子の研究をしているんじゃないかと。それで、占いの能力を持つようになった。まあ、それが本当なら遺伝子をいじったて事で違法だよな?」

「違法だと思いますよ」

 ナカノはオゼキの目を見た。冗談を言っているようには見えなかった。

「なあ、俺たち疲れてるのかも知れないな」とオゼキは緩んだ表情になった。

「そうですね。たぶん疲れているんですよ。宗教がらみだと面倒くさいて言ったの社長ですよ。責任とってください」と笑いながらナカノが言った。

 しばらく二人とも笑っていると、急にオゼキの表情が固まった。視線の先をナカノが追うとPC画面に、リク君がベットで横たわっている映像だった。

「おい、ボリュームを上げろ」

 ナカノはステレオのミュートの解除するボタンを押した。

 映像が横に移動して、サクラちゃんと母のリカとドクターことイシイが居た。リカとサクラがカトウに感謝の意を伝えていた。いったい何事だ?とナカノは思っていると彼女のiPhoneが鳴った。画面を見ると言語学者のスズキだった。

「おい、誰からだ?」

「言語学者のスズキさんからです」

「ここは俺が見てるから早く電話に出ろ」

 ナカノは部屋から外に出て電話に出た。

「もしもし、スズキさん。どうかなさりましたか?」

「今、テレビつけられますか?」

 この隠れ家にはパソコンしか無い。テレビは持ってきていなかった。

「すみません。テレビが無くて。それで、いったい、どうしたんですか?」

「ワタシの助手を覚えていますか?タダノ君」

「はい、あのメガネをかけた青年ですよね。もちろん覚えてますが」

「実はタダノ。捕まったんです」

「捕まったて警察にですか?何をしたんですか?」

「それが、連続殺人事件で」連続殺人だって?あの青年が?

 実はタダノ、ナカノが言語の調査依頼したあの日以来。どうにか解読しようと取り憑かれたように解読を試みていたようだ。ちょうど、大学も夏休みで部屋にこもっていたとか。

「ワタシは、彼がゲーム感覚で解読しているだけだと思っていたのですが。気が変になったのか」

「あの、すみません。連続殺人事件といいましたね?何人殺したのですか?」

「それが、1週間で3人、そのうち1人は未遂で終わりましたが。通り魔的に殺したそうで」と電話口に抑揚のない声でスズキが言っていた。

 ナカノは言葉を失った。どう答えていいか分からなかった。慰めて良いのやら。

 電話が切れると、部屋に戻りもう一つのMacBookAirでChromeのブラウザを開き事件を記事を検索した。

「おい、どうした?言語学者が何かわかったのか?」

「オゼキさん、偶然かも知れないけど大変な事になりました」

 ナカノはニュース画面をオゼキに見せた。そこには通り魔殺人事件と見出しが書いてあった。

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