5章 Superstition

 1


「はい、儀式は終わりです。皆さんよく頑張りました」と監視官が言った。その時、カトウは8回目の書き写し、緑ノ書の半分を書き終える少し前の事だった。回りの人は10人から5人にへと減っていた。あの、鼻血を出して医務室に運ばれ1時間寝た後に3人が途中で辞退した。泣き崩れながら辞退した男、怒鳴りながら辞退した女、無表情で辞退した男。

「皆さん、お疲れでしょう。これから隣りの部屋の医務室に行きゆっくりと休んでください。気が済むまで寝て大丈夫ですよ」と監視官の女は言った。

 部屋から隣の部屋に移る時、外は朝だった。部屋に移る数十秒の間に見えた景色は、遠くの畑で農作物の手入れをしている信者たちだった。

 隣の医務室に自分を含めて5人が移ると、ドクターがいた。3LDKの右側の部屋に二段ベッドが二台。カトウ含め男2人。この男は自分より一回り上の年齢の背の低い男だった。左側の部屋に女性が3人。20代、30代、50代の女性だ。

 ドクターと言われている男が、皆に点滴を付けてクスリを渡して飲ませた。ドクターがカトウの所にやって来て腕に点滴を付けた。

「よく頑張りましたね。おめでとう。これで君も仲間だ」とカトウにクスリを渡した。

「これは、何のクスリですか?」と聞くと「睡眠薬だよ。寝るのが健康に一番」と言って4錠の黄色と白のカプセルをもらった。

「大丈夫。普通の睡眠薬だから」とドクターが言った。

 カトウは言われるがままにクスリを口に入れ水で流し込んだ。薄れゆく意識の中で、やっぱり時間の問題だったのだと気づいた。それにしても何時間あそこで書き写しをしていたのだろうか?それに、あの監視官の女はずっと監視していた。いったいあの女何者だろうか?交代制ならまだしも。それに、これからいったいどうなるのだろうか。

 

 カトウが再び目を覚ますと部屋に日が差し込み明るかった。数時間しか眠れなかったのかと思うとカトウに気づいたのかドクターがやって来た。

「若いね。27時間寝てたよ。タナカさん」

「27時間ですか?今、何時ですか?」

「13時だよ。こんなに寝てたのはあの中では君だけだよ。一応大丈夫だと思うけど身体検査をするからTシャツを脱いでくれないか?」

 カトウは言われるがままにTシャツを脱いだ。ドクターは聴診器を胸に当て、口を開いてカトウの口のライトで確認した。

「大丈夫みたいだね。健康そのもの。ただ、下の左奥から2番目の歯が虫歯みたいだ。これから、歯医者に行くように」と言うと紙を渡した。そこにはコミューンの地図と棟番号と部屋番号が書かれていて、病状の所に虫歯と書かれていた。

「大丈夫だ。お金はかからない」

 このコミューンには歯医者まで在るのかとカトウは感心した。

「これから歯医者に行ってから治療したらどうするんですか?」

「そうだね。今日は歯医者が終わったら、事務所に向かいなさい」とドクターが言うと事務所への地図をくれた。

「そこで手続きをして、君の部屋へ案内される。それで今日は終わりだ。明日明後日は休みだから、コミューンから出て外に遊びに行けるよ。勿論、申請書を提出する必要があるけど。詳しい事は、事務所の人に聞いて。それと、この封筒を渡して」と封筒を渡された。

「分かりました。ところで今日は何曜日ですか?」

「今日は金曜日さ」

 月曜日の10時に書き起こしをして、ここで27時間寝た。ということは72時間、赤ノ書、青ノ書、緑ノ書を書き起こし続けていたのか。酷いことをするものだ。ドクターにお礼をしてから、歯医者の有る隣の棟の2階にある部屋に入ると普通の団地の部屋が歯科に改装されていた。そこでレントゲンを撮るとドクターが言った通りに虫歯があった。小さな虫歯だったので麻酔を使い20分ほどで治療が終了した。

 それから、カトウは事務所に向かった。歯医者の入った棟の1階にあった。事務員の皆が上から下まで白ずくめだった。他の部屋より広いのでおそらく3部屋の壁をぶち抜いたのだろう。学校の教務員室に似たような印象を受けた。そこの受付と思われる入り口のテーブルに40代の女性がパソコンで何か事務仕事をしていた。カトウはその女性に封筒を渡すと「ソファーにおかけになって少しお待ち下さい」と言われて女性は奥へと向かった。カトウは事務所の中央に有るソファーに腰掛けた。しばらくすると、あの監視員の女性があらわれた。

「どうも、お久しぶりです。自己紹介を忘れていましたね。わたくしスギモトといいます。よろしくおねがいします」

「こちらこそ、よろしくおねがいします」

「随分寝ていたようで、目が覚めないじゃないかと心配しました」

「すみません」非難しているのか、それともバカにしているのか。カトウには分からなかった。スギモトはずっと微笑んでいたからだ。

「いえいえ、中には3日間眠り続けた人もいるのでお気にせずに」とスギモトが言うと、カトウが入信前に持っていたiPhoneを取り出した。iPhoneの方は画面が割れておらず新しいモノになっていた。

「真に勝手ながらiPhoneの方は勝手に画面のガラスを交換しておきました。勝手な真似をして申し訳ありません。勿論費用は頂きません」

「いえいえい、画面がバリバリに割れていたので助かります」なんでそこまでしてくれるのかカトウには分からなかった。

「あと、このiPhoneにはアプリを入れておきました。これで、いつでも緊急事態の時に我々の教団に連絡が出来ます。それと、VRコミュニティーにアクセス可能です」

「ありがとうございます」これが例のアプリかとカトウは思った。本当に証言者の言った通りだった。しかし、どうやってiPhoneのロックを解除したのだろう。暗証番号は教えていないし。それとも寝ている間に顔認証でロックを解除したのだろうか。「タナカさんには、これから2つのコースがあります。このままコミューンで共同生活するか、外に出て普通の生活をしながら信仰するかです。確かタナカさんはコミューンでの共同生活がご希望でしたね。それでよろしいですか?」

「はい、共同生活でお願いします」

「分かりました」

 スギモトは、書類を出した。雇用契約書と入信の申請用紙だ。

「給料は出ますので安心してください」とスギモトが言った。カトウが雇用契約書を軽く読むと最低時給だった。一応、法に準じているようだ。

「あの、僕はどんな仕事をするんですか?」

「それに関してなんですが適正テストがあります。最初は皆がスードラとヴァイシャ。スードラは農作物のや食品を作る係で、ヴァイシャは家具を作る係です。どちらかご希望はありますか?」

「いや、どちらでも構いません」

「では、後は適正テストの結果で決めることにしましょう」

「適正テストはいつやるんですか?」

「来週の月曜日です。それと土日は休みなので申請書を出せば外に自由にいけます。それと、親戚の友人の不幸や、親戚や友人と遊びたい時も申請書を出せば外に出れます。」カトウは意外と自由な宗教だと思ったが、もしかするとこれも何かのテストではないかと疑った。

「それで、今日は僕は何をすればいいんですか?」

「そうですね。今日はタナカさんは、特にすることはありません。書類に名前を書いて、ワタシが施設の案内をしましょう」

 カトウが書類に一式に名前を書くと、スギモトが団地を案内してくれた。事務所と歯医者と本格的な医務室が有る一番南側の棟が「1号棟」、書き写しの入信儀式をした棟を「2号棟」と言っていた。「3号棟」には1階は図書館と2階が子供用の教室が有るらしい。「4号棟」の1階はスーパーで嗜好品ジュースやお菓子が買え2階は食堂で工程ごとに時間が決められているらしい。3階は作物の加工、ジャムを作る工場と4階が家具を作る工場が有るらしい。「5号棟」「6号棟」「7号棟」「8号棟」は家族、或いはカップル用の棟らしい。中央はに体育館程の集会所が有り、毎朝そこに8時に集まり儀式をするらしい。9時から仕事を始め12時から13時が昼休み。18時に仕事が終わり19時に1時間集会をして後は自由時間で本を読んだりテレビを見たり自由に過ごせるらしい。団地の周囲は畑があり、北側にある豪邸に教祖様が住んでいると説明を受けた。

「タナカさんの住居は、3号棟の三階の305号室です。これから向かいますね」と言うとスギモトが電話をした。すると、10分としない内に30代の背の高いふくよかかな体型をした男が現れた。

「どうも、305室のサカシタといいます。よろしくおねがいします」と低姿勢で挨拶してきた。

「じゃあ、後はサカシタさんに任せるわ。よろしくおねがいします」

 サカシタは3号棟の305号室へ案内してもらった。その間、サカシタはカトウに気を使っているのか、もともとなのか終始笑顔で低姿勢だった。3階までエレベーターで行き、5つ目のドアの前でサカシタが止まった表札を見ると305号室だった。

 部屋は正整頓が整っていて、3LDKの部屋にリビングに家族用の大きな冷蔵庫と40インチのパナソニックのテレビと端っこに東芝のノートパソコンと20インチの外部モニターがついていた。奥の2部屋に2段ベットが6台ありベットにカーテンがついていた。

「これが、君のプライベートスペースだよ」

 カトウは脱退者の言っていた事が通りだとと思った。

「タナカさんはこの1段目のベットね。もしかして2段目の方がいいですか?」

「いえいえ、お気にせずに」とカトウは言ったが個人的には上の方が良かったがここでごねても仕方ない。それに、これも何かのテストかも知れないし室長を敵にはしたくない。

「別に、これは階級とか関係ないので気にせずに。空いていたのがこのベットだっただけで」

「前にいた人はどうしたんですか?」

「いや、入信者と恋愛関係になって8号棟の方へ引越したんですよ。いや、羨ましい。ワタシなんて10年いるのに、まだ恋愛関係になれなくて寂しいもんです」と笑いながらサカシタは言った。どう返していいか分からなかったカトウはとりあえず自分のベットのカーテンを開いた。そこにはベットのフレームにクリップ式のライトと、タコ足配線のコンセント2つとUSB用充電端子が2つついていた。

「どうですか?おきにめしましたか?」

「はい、満足です」

「それは良かったです。この部屋のルールを説明します。まず、ベット内での食事は控えるように。不衛生ですからね。ご飯はリビングでお願いします。それと、タバコはベランダで。ところでタバコ吸いますか?」

「はい、あれば吸います」

「そうですか。寝タバコだけは絶対にやめてくださいね」

「はい、分かりました」

「それと、音楽を聞く時や映像を見る時はイヤホンでお願いします。あと、パソコンはお持ちですか?」

「いえ、持ってません。パソコンは禁止なんですか?」

「個人でパソコンを持つことは禁止ではありません。パソコンを持っている人は沢山いますよ。中にはベットの中にテレビを取り付けてプレステをやっている者もいますから。ただ、申請が必要です。申請が通らない事はまずないのでご心配無く」

 おそらく、またアプリケーションを入れられ監視されるのだろうとカトウは考えた。

「あと、土日を除いて掃除は毎日行います。当番制で二人一組でやります。あと、お風呂ですが一人15分まで朝と夜で好きな方でお願いします。それと、冷蔵庫ですが、マジックで自分の名前を書いて入れてください。間違えると喧嘩の元ですから。なにか分からないことはありますか?」

「今は、特にないです」

「分かりました。また、分からない事や困ったことがあったらワタシに相談してください」とサカシタ室長は微笑みながら言った。物腰の柔らかい良さそうな人だ。こうゆう人が搾取されていると思うと少し悲しい気持ちにカトウはなった。

「そうだ、これから、19時に集会あるので向かいに来ます。それまで時間があるので、テレビかパソコンで適当に時間を潰してください。テレビはケーブルテレビとNetflixとAmazonPrimeとDisnyプラスが見れますよ。あとここだけの話ですが、この共有のパソコンでポルノは見ないでくださいね。ポルノが観たい時は個人のパソコンかタブレットかスマフォでおねがいします」

「はい」

「あと、このホワイトボードにかかれているのがWifiのパスワードです。好きに使ってください」

「ありがとうございます。これからもよろしくおねがいします」

「いえいえ、こちらこそよろしくおねがいします。それと、冷蔵庫に麦茶が、棚にインスタントコーヒーと紅茶があるので、それは自由に飲めるので好きに飲んでください」

 そう言うと、仕事が残っているのでと言ってサカシタ室長は仕事に戻っていた。

 カトウは自分のベットに行き、メガネを外しツルの部分のカバーを外しUSBケーブルをメガネに挿して充電した。その間、何も見えないのでどうしたものかと考えた。この部屋が監視されている可能性もある。勿論、このベットのプライベートスペースもだ。明日、やっと外に出れる。本当に約束場所にナカノがいるだろうか。不安でならない。急に眠たくなった。27時間寝たというのに。カトウは昼寝することにした。果たしていつ終わるかわからないミッションを無事に終えることが出来るのだろうかと不安でならない。


  2


 ナカノは、コミューンから隠れ家のアパートで半分寝落ちかかっていた。オゼキは、プライベートな事情で5時間ほど出かけると言って出ていった。プライベートな事情だとか。社長になるとプライベートな時間も簡単に自分勝手に出来るからナカノはムカついた。PCモニターの右端には相変わらずNOSIGNALと表示されている。水曜日の事、オゼキはナカノに教団でドクターと言われている人物イシイについて調べて欲しいと言われた。どうやら、遺伝子学の研究をしていた人物だったらしい。ナカノの知り合いに遺伝子学の研究をしている人物など知らなかった。なので、この前に会った言語学者のスズキに聞いてみることにした。すると、遺伝子学教授に知り合いがいるので紹介してもらうことにした。遺伝子学の教授であるイガワだ。彼に連絡を取ると、来週に2時間ほどのアポイントメントが取れた。イシイは遺伝子学では知る人ぞ知る有名人らしい。そして、直接的な面識もあるとか。

 ナカノが軽くイシイの事を軽く調べるとなかなか変な人物だとわかった。彼はアメリカ国立の遺伝学研究所の研究員で、そこを退職後に帰国。製薬会社で1年働いた後に退職。それから1年後にパズメ教会に入信している。彼が帰国して製薬会社を退職からパズメ教団に入信するまでの1年間、2冊の本を出版していた。1冊目「子供でも分かる遺伝子学」、2冊目は「遺伝子から紐解く、我々はドコから来てドコへ向かうのか?」だった。2冊とも絶版だった。しかも、アマゾンや楽天にも中古市場に無かった。なので国会図書館まで行って読んだ。1冊目は、子供向けである事もあり漫画キャラの挿絵が沢山入っていて、遺伝子とは何かと言う内容の100ページからなる小学校の図書室にありそうなA4サイズほどの絵本のようだった。子供向けの入門書と言ったところだろう。とても分かりやすく遺伝子の事が書いてあって息子のレンにも読ませてあげようかと思うくらいだった。問題は2冊目だ。ナカノからするとオカルト雑誌を読んでいるようだっだ。何故アメーバーの様なモノが、人間の様が印刷、火薬、羅針盤、コンピューターや文化を形成し作れるほどの生物に進化したのかを遺伝子学によって説明していたが、どれもニワカには信じがたい事が書かれていた。全て、神のような存在によって遺伝子がプログラムされていたと書かれていた。ナカノは奇文を読みすぎて疲れていたせいもあって、途中何度も声を出して笑いそうになるのを堪えながら200ページの本を読んだ。最後の章に、人類が遺伝子を解析修正することにより神の様な力を持った時に新しい人類が生まれ世界が一新してより良い世界が待っている。と書かれていた。まるでAKIRAやXメンの様だが、それと違うのは、それを本気で遺伝学の権威を持った者が書いてある点だった。きっと、途中で精神的に病んでしまったのだろうとナカノは考えた。どんなに、頭がよくても陰謀論や精神を病む者は沢山いる。おそらく、その病んでいる時期にアカギと再会してパズメ教団に入信したのだろう。この本に書いてある事が本心であれば、入信者を実験台に遺伝子をイジっているのかと思うと少し怖くなった。しかし、たかが宗教団体が遺伝子をイジれるほどの機材を買えるかは疑問だ。

 他にイシイについてわかった事は、彼の実家は神社だった事。隣の東京都と神奈川県の境目にある場所だった。おイヌ様というオオカミを信仰している神社だったらしいが、今はその神社はなくなり跡地がアウトレットモールになっている。この、オオカミ信仰はこの川崎から、東京の多摩地区にかけて昔から伝わるモノらしい。今では忘れ去られた信仰だとか。

 そう言えば、パズメ教のシンボルである顔が、この気持ち悪い生き物。サタン教会の広報の青年が言っていたパズズという古代メソポタミアの悪霊が元ネタではないかと言われているシンボル。顔がオオカミで鷲の翼が生えて尻尾は蛇。イシイがオオカミのデザインに変えたのも彼の生い立ちを軽く調べる限りは不自然ではない。というのもこのシンボルマークはイシイが入信してから出来上がったモノらしい。ナカノが調べて入手した10年前のパズメ教団の前身であるフレア教会のパンフレットにはこの様なマークはついてなかったからだ。12年前にフレア教会に入信していた者に聞き取り調査した際にも、このシンボルマークは知らないと言っていた。おそらくイシイがパズメ教会では教祖のアカギの次かアカギと同じ位の権力を持っているに違いないとナカノは推測している。おそらく、このカトウくんが書かされた謎の言語もシンボルマークもイシイが関係している。

 ナカノはトイレに行きたくなり用を足し終わり、席に付くと今まで真っ黒だったPCモニターに映像が映っていた。びっくりした。もう、5日近く映像が届かなかったからだ。彼女は映像を確認する。右と中央と左の画面に注目した。中央と右はメガネのフレームの両端についたカメラの映像だ。カトウがベットで寝ている映像が映し出されている。左はカトウのSwatchの腕時計に仕込んだカメラの映像だ。画面には天井だろうか?恐らく2段ベットの裏側、木と金属のフレームが映し出されていた。

 ナカノは安心た。少なくてもカトウは無事にだった事。てっきり、パズメ教会に飲み込まれて狂ってしまい本気で宗教に取り込まてしまったのかと心配していたからだ。しかし、映像は彼が寝ている姿しか映し出されていない。5日近くあの書き写しの修行をしていたということなのだろうか?そう思うと可愛そうでならない。とりあえず、オゼキに電話をかけたが出なかった。いったいあのオッサンは何をしているのだろうか?ただ、カトウが寝ているだけの映像とはいえ久しぶりの映像なのに。5回電話をしても出ないので、映像の画面キャプチャをメールに添付してオゼキに送った。

 明日、約束の場所に無事にカトウは来れるだろうか?もしかして頭がおかしくなって来れないのではないかとナカノは心配した。


  3


 サクラとリクは集会場の前の席にいた。二人とも同じことを感じ取っていた。

 彼がいると。他の10人の子供たちに感づかれていないか内心ヒヤヒヤしていた。

 集会は教祖であるアカギはいつも通り、日本書紀や神道や仏教や聖書や旧約聖書の言葉を継ぎ接ぎにして、それっぽく編集した言葉をありがたい言葉の様に言っていた。サクラとリクにはそれが滑稽でならなかった。勿論、アカギの言う言葉に救われている人がいるのは事実で、その人達の事を考えると笑ってもいいものか迷った。アカギごときの薄っぺらい言葉が生きる糧になるほどの壮絶な人生を送ってきたと思うと可愛そうでならなかった。それは自分たちの母親にも当てはまる事だったので複雑な気持ちになった。自分たちがあんな事をしなければ。まだ、あの時、あんな事にならなければ。


 アカギのアホ面でバカな演説は必ず「我々、大和民族は神に選ばし民族です」で終わる。すると信者がThe Weekndのライブでも見ているように盛り上がり終わるのが恒例だった。双子は毎回アホらしいと思っていた。

 集会が終わると母親と一緒に8棟の707号室へ戻った。

「今日は、ロールキャベツよ」と母は楽しいそうに言った。母が料理を始めるとサクラとリクは複雑な気持ちになった。この狂った教団に入ってから母の調子はとてもいい。サクラとリクはこの教団が大嫌いだった。早く外の世界に出て普通に暮らしたかったが母そうでは無いらしい。土日に申請書を出せば簡単に外に出れるのにそれすら許してくれない。

 茶の間に有るテレビを付けた。Netflixにつないで「リック・アンド・モーティー」を再生した。いつもより大きな音量で。そして、リクは口を開いた。

「ねえ、無事に彼は入信できたね。もしかして今度こそ成功するかも知れないよ」

「うん、よかった。でも、ちゃんと彼にちかづけるかな?」

「それなら、俺が芝居を打つから大丈夫だよ」

「でも、成功するかな?」

「大丈夫だ。俺の演技は天下一品さ。マハーシャル・アリばりにやってみせるよ」

 リクは「ブレイド」を観て以来マハーシャル・アリに夢中だ。彼はマハーシャルの様に身体な肉体になるために鍛え始めたが1週間でやめてしまった。リク曰く、彼の肉体ではなく知的な雰囲気を醸し出す様に頑張るとの事だった。サクラは呆れた。

「ねえ、他の10人に気づかれたかな?」とリクは心配そうにサクラに聞いた。

「たぶん、大丈夫よ。本当は私達の方が力は上なんだから」と言っていたもの、サクラは内心不安だった。彼が醸し出す気の様なモノと、彼から出るデジタル電波を必死に隠していたが、気を抜いてしまうこともあったからだ。それは恐らくリクも同じだろう。

「それに、侵入者は彼以外にも居るわよ。彼が疑われるよりそっちの侵入者の方が先に捕まるかもしれない」

「確かに、アノ人はそろそろ限界ぽいね。大丈夫かな?」

「さあ、わからない。でも、少し蝕まれてはいないけどそろそろバレそうなのは確かね」

 その、別の侵入者はもう半年近く居る。だが、サクラとリクを含めた12人子供たちの奪還が目的では無さそうだ。何を目的として、この教団に入信したのか分からないでいた。それに、他の10人の子供達は彼に気づいているのだろうか?そこまでは分からなかった。

「ねえ、もし、成功したらママどうなると思う?」

「わからない。でも、このままココにいるよりはマシよ」

 2人とも来ると感が働いたので話すのをやめた。母が部屋に入ってきた。

「こら、そのアニメは見ちゃいけないって何度も言っているでしょう」

「だって、とても科学的な事を描いたアニメだよ。ドクターだって宗教と科学、両方が大事だって言っていたし」とリクは言った。

「でも、そのアニメは神を冒涜しているでしょ?だからダメよ。それに、夕飯の時はご飯どうするてルールだっけ?」

「テレビを消して食べる」とサクラとリクが同時に答えた。

 リビングにリクとサクラが席についた。テーブルにはトマトベースのスープで煮込んだロールキャベツとフランスパンがあった。母はおかずが洋食の時はフランスパンを、和食や中華や韓国料理の時はお米と決めていた。

 母とリクとサクラの3人で手を繋いで呪文を唱えた。いただきますの変わりだ。まるで、アメリカ映画を見る時に、食事のシーンで聖書の一節を唱えるように。

「クティキャメ、ンジャンディ、トロク、メヒオ・ザレム、エンピュ、テケリ、ザザクド」

 サクラもリクもこの言葉が嫌いだった。赤ノ書、青ノ書、緑ノ書からの引用だった。ご飯を食べる時の感謝の言葉だった。薄気味悪いだけではなく、異常なモノだからだ。だが、双子にはこの言葉がアカギが言っていた適当な言葉と違い本物だと感じていた。深い所までは分からないが。とにかく薄気味悪い。

「さて、いただきます」と母は言ってフランスパンを千切ってトマトソースに漬けて食べた。

 サクラとリクも同じ様にして食べた。このトマトソースのトマトはこのコミューンで栽培された物だ。双子は外の世界をあまり知らないせいもあってか、ココの食事だけは美味しいと思っていた。母がこの教会で共同生活を始める前より格段に料理の腕が上がっている。もしかすると、コミューンの外にはもっと美味しいものが在るのかもしれないが、ココに来る前の記憶が二人ともあやふやで思い出せない。ほんの1年前の事なのに。今は耐えて、母の作ったロールキャベツを食べることに集中するしかない。母が作るロールキャベツには中にチーズが入っていてトマトソースと愛称がよくとても美味しかった。双子は母の作るロールキャベツが大好きだった。しかし、今日はコンソメが薄いとサクラは感じた。リクも同じ事を感じているようだ。母は気にしていないのか気づいていないのかとても美味しそうに食べていた。


  4


 土曜日、カトウは申請書に書き込んだ通りに朝の9時からコミューンの団地を出て翌日の日曜の夜の21時に帰る予定で外に出た。コミューンを出る時は服装は自由なのでケンドリック・ラマーのTシャツとブラックジーンズを着て外に出た。オゼキ以外に尾行してくる者はいないようだ。土日にコミューンを出て外に行く者は多いらしい。室長のサカシタも土日は外に出るとか。彼はクリケットの試合を観に行くらしい。一緒に来ないか?と誘われたが、友達と用事があるのでと言って断った。コミューンを出ると丘を下った。改めてこの稲戸区は田舎だと思い知らされた。丘の斜面に住宅と畑しかない。

 駅に着く、新宿へ向かった。改めて車両に誰がいるか確認した。パズメ教の信者は乗っていない様だ。土曜の朝と言うこともあって席もまばらだ。乗っているのは10人程度。オゼキはカトウから一番遠い端の席に座りKindleで本だか新聞を読んでいるようだった。

 カトウは新宿駅に着いたのは30分後の事だった。念の為に周りを見張りがいないかぶらぶらと有るきながら確認したがついて来るのはオゼキだけだった。

 約束の時間10時になると、新宿の小田急百貨店の2階のベンチへ行った。そこにはナカノと彼女の息子が座っていた。ナカノの息子を見るのは初めてだった。鼻筋と目元が彼女にとても似ていた。

 カトウはナカノの隣に座りiPhoneを息子に悟られないように彼女のハンドバッグに入れた。iPhoneに入っているパズメ教団のアプリで位置情報で居場所を特定されると困るからだ。ナカノ親子には、その間タナカ名義のiPhoneを持って映画館やショッピングをしてもら事になっている。それから、夜にオゼキにiPhoneを渡し彼が飲み屋や街をぶらついてもらい日曜の19時にカトウにiPhoneを渡す予定だ。

 ナカノ親子が席を立つとオゼキが隣に座ってきた。

「大丈夫なようだな」

「そうですか。安心しました」

「お前、何が食べたい?」

「焼き肉が食べたいです。とても、美味しくて大量に食べたいです」

 2人は適度に距離を空けて山手線に乗り、渋谷に向かった。

 カトウは渋谷に着くと渋谷駅とヒカリエを繋ぐロープウェイが完成していたのを見て驚いた。2020東京オリンピックの際の再開発でロープウェイひばり号が取り壊されて、新しいロープウェイを造ると言われていたがコロナパンデミックの影響で計画自体が中止になったと思いこんでいたからだ。

「ロープウェイ新しく作り直したですね」

「何だ、お前知らなかったのか」とオゼキ。

「渋谷のハチ公前口には来ないもので」

「新聞くらい読めよ」とオゼキが厭味ったらしく言った。カトウはイラッとして言い換えそうとしたが、イラつかせて焼肉が食べられなくなるのではないかと思い何も言わなかった。

「この焼肉屋は美味いぞ。美味しいし安いし」とオゼキは言っていたが本当なのかは怪しい。ただ安いからココを選んだだけかも知れないとカトウは思った。

 焼肉屋の個室に付くと、カトウは牛タンとカルビとロースを、オゼキはホルモンを注文した。

「どうだ?あの宗教?」

「最悪ですよ。社長もあの映像見たでしょ?3日間書き写しさせられたんですよ。赤ノ書、青ノ書、緑ノ書の書き写し。気が狂いそうになりましたよ」

「それは、あの映像を観ていた俺たちも同じさ。ところであの文字なんて読むんだ?」

「それなんですが、もっと身分が高くないと読み方と意味を教えてくれないらしいんですよ」

「スードラとヴァイシャ以上の身分のクシャトリヤとブラフミンか?」

「室長の話によるとクシャトリヤとブラフミン以上の身分が有るらしいです。その上の身分でないと読み方を教えてくれないし、口に出しても行けないらしいんです」

「そうか、一応言語学者に調べてもらったがあんな言語見たことが無いらしい。恐らく適当にシュメール語やサンスクリット語や古代エジプト語を組み合わせた言語ではないかと言う見解だ」

 言語学者に依頼したのか。そこまでやる必要があるだろうか。その言語学者に払う金をこっちに回して欲しいものカトウは思った。おそらくナカノも同じ事を考えているのでは。

「それで、居心地はどうだ?」

「悪くは無いですよ。皆優しいし。ただ、やはり気持ち悪いですよ。みんな同じ色の服を着て終始微笑んでいるんですから」

「まあ、そうだな。他にわかった事は?サクラちゃんとリクくんには会えたか?」

「まだ目撃していません。ただ集会の時、最前列に子供たちが50人ほどいました。室長の話によると、集会の時は子供が前の方で聞くのが習慣らしいです。あのアカギていう奴の説教というかなんというか、とても薄っぺらいモノで聞いていて眠くなる効果はあるようです」とカトウは笑いながら言った。

「なあ、回りの様子はどうなんだ?」

「あの映像観たでしょ?教祖様のアカギはまるでトラビス・スコット並の人気ですよ」

 オゼキはトラビス・スコットの事がわからないらしい。オゼキの年代だとビートルズか?いや、もっと新しいか。マイケル・ジャクソンかプリンスかマドンナかニルヴァーナ並と言ったほうが伝わったかも知れないとカトウは思った。

「そうか、何か違法性のある行為はありそうか?」

「いえ、特には。ちゃんと、最低時給ですが賃金は出るみたいですし。まあ、あの教団のホームページで売っていいる農作物は結構ぼったくている気もしますが。普通の企業並の搾取と変わりないかと」

「どうだ、コミューンの食堂の飯は?美味いか?」

「普通ですよ。美味しくも不味くもないです。その割には結構徹底していて、ベジタリアン用とビーガン用のメニューまでありますよ」

「そうか、まあ今日は好きなだけ食べろ。全部経費で落ちるから」

 この男はケチな奴だとカトウは思った。どんな気持ちで依頼者達が娘と孫を救って欲しいと思っているのか考えたことがあるのだろうかと神経を疑ったが、だが目の前の肉に抗う事は出来なかった。カトウは牛タンを網に乗せオゼキはホルモンを乗せた。

「ところで、教会内にドクターと言われている男はいないか?」

 ドクターと聞いて、書き写しの時に鼻血を止めてくれた白衣を着た男の事を思い出した。

「はい、いましたよ」

「それって、コイツのことか?」とオゼキはナカノに彼の著書の作者紹介の所に載っていたイシイの顔写真のコピーをカトウに見せた。

「はい、この人です。もっと年を取ってますけど。確かにこの人です」

「この男は教会内ではどんな位置にいるんだ?」

「多分、医者です。僕が書き写しの時に鼻血を出したんですがその時に医務室で処置してくれたし、3日間の修行の後に、医務室で点滴を打ってもらって好きなだけ寝かしてくれたし。まあ、普通の医者て感じでしたよ」

 オゼキの話によると、イシイことドクターは重要人物らしい。遺伝学界では知る人ぞ知る人物らしい。それがなぜ関係しているのかはカトウには謎だったが、コミューン内での彼の行動をチェックするように言われた。

「そういえば、お前さっきからホルモンに手を出してないが嫌いなのか?」

「俺、ホルモン苦手で」

「そうか」少し、悲しげな表情をオゼキはした。それを感じ取ったカトウは、ホルモンにトラウマでもあるのか。トラウマがあるのであればそもそも注文しないだろう。それとも疲れているだけなのかも知れない。

「そういえば、お前のお母さんから連絡があったぞ。心配しているから早く連絡するなり実家に帰るなりしろ」

 カトウは母には1週間ほど連絡が取れないと言っておいたはずなのに。

「すみません。ちゃんと母にはちゃんと説明したんですが」

「別に気にするな。そうだ、お前のiPhoneと家の鍵を渡しておく。ちゃんと充電してあるから安心しろ」と言ってオゼキはカバンからカトウの使っているiPhoneを渡した。

「ありがとうございます」

「お前、日曜日までどうするつもりだ?」

「家に帰って、ゲームしたり映画を観たりして過ごしますよ。そうだ、事務所にパソコン余ってなかったですか?」

「あるけど、何に使うんだ?」

「一応、パソコン持っていても良いみたいなんで。それに、仕事と集会以外は暇なんで、YouTubeでも見ようかと」

「わかった」

「データは消しておいてください。古いのででお願いします。中古で買ったと言うことにしておくので」


 カトウは焼肉屋を出た頃にはまだ、14時だった。久しぶりに気持ち悪くなるまで焼肉を食べたので吐きそうになった。どこかに気分転換に出かけようかと考えたが行きたい場所も無かった。そのまま、電車に乗って家に帰る事にした。家に付くと母が出迎えてくれた。

「連絡出来ないていったじゃないか。なんで連絡してきたの?」

「だって、心配だったのよ」と母は言った。

「何かあったら、社長が連絡してくるから安心して」

「だけど、あの社長、大丈夫なの?ネットの評価だと、ヒカルの勤めている探偵事務所は評判悪いし、電話口で話した感じ胡散臭いし」

 母は自分より探偵に向いているのではないかと思った。確かにオゼキは胡散臭いからだ。おそらく、探偵じゃなくてもあのオッサンは胡散臭い感じはするだろう。

「大丈夫だよ。胡散臭く見えるけど、やり手の探偵だから」と思っても見ないことをカトウは言った。それから、自分の部屋に戻りゲームをしようと思ったが眠くなり昼寝をした。起きると19時だった。

 カトウは1階にあるリビングへ行くと、テーブルにホットプレートが置いてあった。

「今日はヒカルが好きな焼肉よ」と母が嬉しそうに言った。

「ありがとう」また焼肉かと思ったが、コミューンで焼肉なんて多分食べられないのを考えると今のうちに沢山焼肉を食べたほうがいいのではないかと思った。

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