2章 下調べ

 1


 オゼキはミズハラ・ナツキと半年ぶりに一緒に御飯を食べることになった。浮気調査が終わって一段落した事もあり、久しぶりにナツキが好きなイタリアンレストラン「アルジェント」に行くことにした。新宿駅でナツキと落ち合った。ジャネール・モネイのTシャツと黒いジーンズとバンズのオールドスクールのスニーカーを履いていた。

 そのまま駅から歩いて15分の「リパブリックステイトビルディング」に行こうと思ったが暑かったので路面電車に乗った。途中に車窓から大きな人だかりが出来ていた。何かとオゼキとナツキが見ると、外国人移民排斥デモだった。拡声器からは聞くに絶えないヘイトスピーチを怒鳴るように叫んでいた。それのデモの参加者を守る警官隊。「キモイ」とナツキがポツリと言った。オゼキはというと自分より哀れで馬鹿な連中が沢山いることに安心感と同時にナツキの言うようにキモいと思った。

 レストランは「リパブリックステイトビルディング」の3階に在った。このビルの最上階300メートルの屋上は飛行船の駅と係留所を兼ねている。1階のロビーの飛行船の掲示板には札幌、仙台、名古屋、大阪、福岡、沖縄、国外だとソウル、プサン、台北、上海、北京、香港、シンガポール、シドニー、ハワイ、シアトル、ロサンゼルス行きの出発時間が表示されていた。オゼキは前々から飛行船を使う連中の気がしれなかった。国内ならリニアモーターカーで福岡まで2時間で着くし、国外ならジャンボジェット機で東京とロサンゼルスまで10時間で着くのに、いくら飛行船の性能が上がったとはいえロサンゼルスまで3日はかかる。それに、値段だってそう変わらない。元嫁にその事を言った時「あんたはロマンチックさが足りない」と言われたのを思い出した。それに、最近の飛行船はガス袋の部分が全面液晶画面になっていてやたらと広告を垂れ流してた。オゼキはどうも気に食わなかった。


 オゼキとナツキが「アルジェント」レストランに入るとオゼキはペンネアラビアータとナツキはボンゴレのパスタ。他にもラザニアと生ハムとエビが入ったサラダを注文した。


 オゼキが当時16歳の高校1年生の時、元嫁のエミーと出会った。彼女は神戸からの転校生だった。エミーの母方にインド人の血が入っていてた。戦後のGHQのイギリス連邦統治下の大阪で祖父はインド兵で祖母は出会い結婚したらしい。紅茶の貿易会社を親族経営していたらしいが、バブルが弾けて会社は倒産。エミーの父が親戚を頼り東京の会社に就職した事を期に上京して来た。

 とにかくエミーは美人だった。最初にアプローチしたのはオゼキだった。当時のエミーはクラスのトップ5に入るくらいの美少女でオゼキの一目惚れだった。目がシュッとした一重で前髪はパッツンでストレートロングヘアで背が高くクールビューティーといった印象があった。それから何回もアプローチしては玉砕を繰り返しエミーがオゼキとデートしてくれるまで2年はかかった。高校を卒業するとオゼキは高卒で警察官に、エミーはファッションの専門学校に入学した。2人が20歳の頃、エミーが妊娠した。長女のナツキだ。二人共前向きに考えた。当時「できちゃった結婚」などと言われてバカにする風潮があったが、2人ともその頃には結婚を前提に付き合っていたからだ。2人の両親とも特に蟠りもなく無事に結婚した。そして24歳の頃、長男であるケンジが生まれた。夫婦仲は良く、2人の子供に恵まれてオゼキは順風満帆の生活をしていたが、彼は夢である刑事になる事だった。彼は昇進試験に何度も挑戦したかいがあり無事に巡査から第一課に配属になったのはオゼキが27歳の事だった。夢も叶い、これからも順風満帆な生活を送れると信じていたが、そうは行かなかった。

 捜査一課の仕事は想像を絶するほどの激務だった。時間は不規則。エミーと子供たちと会えない日々が続いた。それに加え、上司からの不条理なパワハラ。しかも、自分より仕事の出来ない大学でのエリート達がどんどん出世するか、ゴマすり野郎達が出生していく。中には法のグレーラインを使って点数稼ぎをする者や法律的にどう考えてもアウトな方法で事件を解決し出世していく者まで見てきた。オゼキはソイツラを嫌悪したが気づくと自分も出世には興味が無かったくせに、そのパワーゲームに乗っかていた。完璧に取り憑かれていたと言ってもよい。それが3年続いたある日のこと。エミーから離婚をせまられた。理由は、夫婦間のすれ違いというやつだった。彼もその頃には出世のパワーゲームに忙しく家族に構っている暇は無かった。何度かエミーとは話し合いを設けたが、やはり無理だった。そして、離婚届にハンコを押した。彼が30歳の頃だった。娘のナツキと息子のケンジとは月に1回のペースで会う親子の日、オゼキなりに1ヶ月分の愛情をその1日に注いだつもりだった。オモチャ、洋服、スニーカー、パソコン、スマフォ、ゲームを買い与え。遊園地やサッカーの試合にライブに連れて行った。特にケンジが好きだったのは映画だった。一緒にナツキとケンジと映画を観てから、ケンタッキーやマクドナルドや焼き肉を食べることがルーチンワークになった。

 ナツキは母のエミーの影響だろう。とにかくファッションにこだわりがあった。レディ・ガガやビヨンセや防弾少年団やビリー・アイリッシュやジャネール・モネイ、その時々の彼女のスターのファッションを真似た。将来はファッションデザイナーになるのが夢だった。数学が苦手で何度も追試を受けるほどだったが。

 ケンジはオゼキにもエミーにも性格が似ていなかった。少し内向的な所はあったが、人当たりもよく元気でスポーツも勉強も好きな子だった。サッカーが好きで、SF映画とSF小説が大好きだった。それに天文学に興味があった。その当時は火星に有人探査に行くのが夢だと語っていた。

 離婚から3年後。元妻のエミーがミズハラ・トオルという男と再婚した。どんな相手なのか警察のデータベースを使って調べた事があった。特に問題のない男に見えた。ナツキもケンジも新しい父親を特に悪く言う事もなく、初めてミズハラにオゼキが会った時も特に悪い人間には見えなかった。少し、調子に乗っている印象はあったが調べる限りでは給料も良かった。なので、寂しいがこのミズハラという男にナツキとケンジを託すことにした。といっても、オゼキは毎月学費は半分を支払い月に一回はナツキとケンジと会い近状を報告しあった。特におかしい所は無かった。


 ナツキは今、保険児童ソーシャルワーカーの仕事をしている。

「ねえ、ちゃんと食べてる?」とナツキが心配そうに聞いてきた。

「いや、最近は仕事が終わってね。ただ、新しい仕事が舞い込んできて。これが少し厄介なんだ」

「そうなの。なんだか疲れているみたいだから」

 ナツキはオゼキと再会してから心配そうな表情をずっとしている。

「ただの仕事疲れさ」

「それで、どんな内容の依頼を受けてるの?」

「それは、守秘義務があるから言えない」と言うと、しばらく沈黙が続いた。マズイ、これでは会話が続かないと思いオゼキは口を開いた。

「いや、宗教団体絡みさ。いや、厄介な依頼でさ」

「そうなの。確かに、宗教団体が絡むと厄介よね。ワタシも何度か経験があるわ」

「それは、どんな宗教団体なんだ」

「守秘義務だから言えない」と笑いながらナツキが言うとオゼキも笑ってしまった。と久しぶりに会った食事の会で仕事と宗教団体の話しか出来ないのかと少し悲しい気持ちになった。それと、オゼキの好奇心と会話を広げる為にどんな宗教団体が子供に関わっているのか気になったので聞いてみることにした。今後のパズメ教団の解決の糸口が有るかも知れない。

「なあ、両親が宗教団体に入信して、その宗教団体で共同生活をするとするだろ?その場合て虐待にはあたらないのか?」

 ナツキは険しい表情をした。マズイ、久々に会って仕事の話をしつこく聞くなんて。ナツキの機嫌を損ねたと思った。

「ねえ、その話ってもしかしてパズメ教会の事?」

 オゼキは驚いた。ここで、パズメ教会の話が出てくるとは思ってもみなかった。

「なにか、知っていることがあるのか?」

「私が言ったて言わないでね。先輩の話なんだけど」

 ナツキの話によると、知り合いのソーシャルワーカーが孤児の里親探しの担当をしていたセキグチは有ることに気づいた。それは、里親に出した子供の5人が同じ団地に住んでいた事だった。怪しんだ彼がその団地を調べると、そこがパズメ教会だったそうだ。パズメ教会の子供のいない信者が養子に迎えていた事をしり、パズメ教会について調べ始めて、それまで好青年だったセキグチがノイローゼになりその後退職したという。

「なあ、宗教団体が里親になるのは問題じゃないのか?」

「宗教は、個人の自由だからね。それに、宗教団体が里親になるならまだしも、宗教団体に入っている夫婦が里親になるぶんには問題ない。でも、いい気分はしないけど」

「いま、そのセキグチさんと連絡とれるか?」

「いや、連絡先まではわからないけど、親しかった同僚。セキグチさんの恋人だった人の話しだと、急に連絡先も変えて心配した彼女が彼の借りてるアパートに行ったら引越したみたいで。何ていうか蒸発したみたいで。なんだか薄気味悪い話でしょ?」

「確かに。それで今でも続いているのか?そのパズメ教会のメンバーに里親に出すのは?」

「それは無いみたいだけど。そういえばセキグチさん、妙な事を言っていた。パズメでは子供達を使って、何やら儀式をしているって」

「本当か?警察には言ったのか?その事?」

「セキグチさんは言ったみたいだけど、門前払いされたって言っていたわ」

 確かに、里親が変な宗教にハマって、その儀式が法律に反したモノ。例えば性的な事や虐待をしている証拠を掴んだのであれば話は別だが。ただ、儀式をしているだけであれば警察も動きようがない。

「それに、セキグチさん相当参っていたみたいだし。なんだか取り憑かれているような感じだったよ。幽霊とかそういう意味じゃなくてね」

 それから、パズメ教会の話は終わった。後は適当に世間話をしてあっという間の2時間だった。ナツキはオゼキの食事の後に友達と映画を見る約束が有るらしい。「恋人か?そいつとは結婚を考えてるのか?」と、オゼキがつい聞いてしまった。

「なんで、親戚縁者関係なくオッサンとオバハンは恋人居るのかとか、いつ結婚するの?とか聞いていくるの?そういうのウザいだけど」とナツキ。

「すまん。オッサンの悪い癖だ。悪気があったわけじゃない」これはナカノにも指摘された事だった。ウザいからやめたほういいと言われたばかりだった。

「まあ、久しぶりの会話だから別にいいけど」とあまりナツキは気にしていないようだったが。

 昔は、彼女が中学校3年生くらいの時だった。月1回の親子の日に当時ナツキがビリー・アイリッシュに憧れて髪色を緑にしていた頃、初めて出来た恋人を連れてきた事があった。オゼキは少し恋人を作るのには早すぎはしないかと思ったが何よりナツキは幸せそうだったのでどうしようもなかった。一生恋人が出来ないよりマシかと割り切った。その恋人と話す時は時折、オゼキは微笑んだが目の奥は笑ってなかった。あの時が懐かしい。そんな事で内心ヒヤヒヤしていた自分が。

 

 ナツキと別れた後に一応、オゼキはセキグチ・リョウタの名前をメモ帳に書き込んだ。もしかすると何か事件の糸口になるかも知れない。


   2


 カトウが近所の人に聞き込みをした際には「あの団体とは関わらないようにしている」と皆が口を揃えて答えた。地域社会との交流はないようだ。中には怒鳴りつけてくる人までいた。仕方ない。きっと怖いのだろう。得体の知れないカルト宗教のコミューンが近所にあるのだから。


 入信の申請は意外と簡単ようだ。このパズメ宗教団体はホームページを持っていていた。かなり本格的なホームページで恐らく外注で作らせた予算をかけた奴だろう。VR版のコミニティーまであった。入信出来る条件は1つだけ「大和民族」である事と赤く大きな字で表示されていた。カトウは「僕のお母さんは韓国人だから駄目ですね」と言って最後の抵抗をしたが「そんなもん関係ない。お前は普通の日本人にしか見えないし大丈夫だ」とオゼキに言われた。最近は間違ったナショナルリズムや愛国心を利用した愛国商売をする者が多い。カトウはそんな奴らが大嫌いだった。そんな連中と数ヶ月間一緒に居ないと思うと気が変になりそうだと思った。

 投稿ホームに名前と住所と電話番号とメールアドレスを入れるだけだった。すると自動返信で10秒もしない内にメールがが届き一週間後、二週間後、三週間後、四週間後の中から入信の儀式の中から選ぶのだ。カトウとオゼキとナカノは準備期間の為に三週間後を選んだ。


 パズメ教会のコミューンは神奈川県川崎市稲戸区にあった。人口は20万人。南に川崎市麻生区、東に高津区、西に東京都稲葉区、そして北に多摩川が流れていて、多摩川を越えると東京都狛江区と調布区があった。小田急線で新宿から30分小田原方面に下り最寄り駅の稲戸駅周辺は小さなマクドナルド道の反対側に対抗するかのようにバーガーキングが在った。それと牛丼屋とラーメン屋にコンビニとスーパーとドラッグストアしかなかった。周囲はベッドタウン。絵に描いたような住宅街だ。西と東に大きな丘があり斜面に住宅が建ち並んでいた。西に歩いて15分の30メートルほど高さ丘の上にある8棟からなる団地にあった。この団地は元々、戦後アメリカ、イギリス連邦、中華民国からなるGHQが占領していた時代、近くに海兵隊の米軍基地があり、米軍の関係者の住居として使われていたらしい。その後、GHQによる占領が7年続き撤退後は大手家電メーカーが社宅団地として買い取った。それから80年代に一旦団地を取り壊し8棟からなる1棟につき70部屋、合計560部屋のマンモス団地になった。このコミューンで共同生活している信者の数は、推測だが5000人ちかくいるらしい。その家電メーカーが台湾の企業と合併した際に社宅団地も売りに出され9年前にパズメ教団が買い取ったとか。団地は8棟。団地の中央に小学校程の体育館程の広さの建物があり、そこで集会をするのだ。パズメ教会が入植した際に周囲の150メートルにある民家を何十家か買い取り壊し更地にして畑や最新式のガラス張り温室を建造した。そこで信者達が農作物を作っていた。米軍基地の様に侵入者を阻む為なのか、3メートルほどの背の高い金網のフェンスで囲まれている。入口のゲートは東側西側の2つ。24時間3交代で警備員が常駐している。と北側の小高い斜面に教祖様のアカギの家があった。古いホラー映画に出てきそうなゴシック調の大きな洋館だ。趣味がいいのか悪いのかカトウには判断がつかなかった。


 まず、今回の潜入作戦が法律的に問題ないのか、オゼキ探偵事務所とお友達の弁護士のサノの話によると、問題無いらしい。95年の「ガウス寺院事件」以来、カルト宗教団体に潜入して親族を奪還する事件が多発した。当然カルト宗教団体も訴えたが最高裁で争った際に、探偵側が勝訴した実例があったからだ。あとは母親の心神喪失を手がかりにすればサクラとリクをコミューンから出せると。しかし、周囲が鉄網の壁で囲まれている。調べる限りでは鉄条網に監視カメラが取り付けられていた。力ずくで奪還するのは難しいだろう。カトウには、この弁護士が前から信じられなかった。そもそも、オゼキはサノに話をする際にカトウが身分を偽装して潜入する事を伝えていたのか疑問だ。潜入の際にカトウはタナカ・シンジという名前で潜入する事となった。この、タナカ・シンジというのはホームレスだ。新宿の公園で暮らしていた。年齢は自分と変わらない。マイナンバーカードの写真の部分を切り取ってカトウの物と差し替えた。本物のタナカにも金が入る。これで、彼はホームレスから無事に卒業できそうだ。この、ホームレスのタナカはオゼキが見つけてきた。彼は大学を卒業後に就活失敗。アルバイトをしてしのいだがバイト先も潰れてしまい心が折れた。家賃が払えなくなりホームレスになった。今は、オゼキの知り合いのイケダ夫人が所有する吉祥寺のウィクリーマンションで任務が終わるまで匿う事になっている。3食付きで家具家電テレビにパソコンにルンバまで付いている。潜入が終わった際にも彼にお金が入るので本人のタナカも喜んで協力し、今は社会復帰の為にパソコンでプログラミングの勉強を一日中しているとか。それと、彼が使っていたiPhone14をもらった。画面がひび割れていて使えるのが不思議なくらいだ。とっくに通信会社との契約が切れていたが、新しい通信会社とも契約した。これにはいい面がある。ホームレスがシェルターでこのパズメ教会の事を知る。心機一転するためにコミューン共同生活に入るというストーリーはなかなかロマンチックだ。理由としては悪くない。しかし、身分を偽装して押さえた証拠など意味があるのか?とカトウは思った。


 それとサクラとリクと母親のリカに接近してマインドコントロールを解く方法だ。これが一番平和的な解決方法だ。オゼキの紹介で精神科医のクボという40代の男性がカトウにマインドコントロールの解き方を教えてもらった。まず、何の為に洗脳を受けたのかが重要だらしい。本人が信じている内容と、洗脳の目的が異なるな為だ。大体が献金目当てだから。それを伝える。だがそれには相手を客観視させなくては成らない。「肯定と否定」が大事だとか。「これを信じれば幸せになる」と繰り返した後に「これを信じても幸せにはなれない」と客観視させる技術を教えてもらった。ある種相手を洗脳する技術だ。そう思うと少し気の毒な事をしなくてはイケないのかと思ったが外の世界で暮らすほうがタマキ親子にとって良いはず。それと第三者の説得だ。宗教の暗部を暴き「これでも、まだ続けるつもりですか?」と問いかける。暗部を暴くのはオゼキとナカノの情報に任せることにした。しかし、このクボという精神科医は大丈夫だろうか?とてもいい人だが、いつも酒臭い。しかも、2日しかセミナーを受けていない。これで本当に狂信者かもしれないタマキ・リカを説得できるだろうか。それにタマキ親子に会えたとして気楽に話せる仲になるかは疑問だ。

 

 証拠を押さえる為に装置の調達から始まった。隠撮り用の8K画質の映像と音が撮れる小さなカメラを仕込んだ黒縁のメガネだ。メガネのフレームの両端に1ミリ小さなカメラのレンズが付いていて、しかも、500メートル先まで暗号化した映像映像データを送信出来る。バッテリーは10時間可動し充電にはUSBの小さいケーブルを使った。オゼキ曰くこのメガネはCIAも使っているものらしいが、きっと胡散臭い例の電気屋に騙されたのか冗談で言っているのかは分からなかったが、確かにテストで映像は無事に配信する事が出来るのが分かった。フレームのデザインはウェリントン型の黒縁メガネで、カトウが普段使っているメガネのフレームとあまり変わらなかったが少しデカすぎる気がして違和感を感じた。重さは普通。中にカメラが仕組まれているとは思えないほどだった。メガネの近眼用のレンズは3日で出来上がった。

 それと、事務所にあった隠しカメラとを内蔵したアナログの黒いSwatchをの腕時計。これも電波の関係で500メート先まで映像と音を送信出来る。

 スマフォを使えば簡単に録画も録音も出来たが、事前に調べたところ、スマフォの中にアプリをダウンロードしなくてはいけない規定でそこから電話の録音からメールやネット履歴がパズメ教会に筒抜けになるらしい。この情報はナカノがパズメ教団の脱退者の男性から聞いた話だ。しかし、この男性入信から1ヶ月で自分のスマフォで家族にメールをしパズメ教会の不満をうっかり書いてしまったのがバレて退会に追い込まれたらしい。なのでパズメの深い所までは分からないとのことだった。それとも警戒しているのかあまり役に立つ事を話してくれなかった。

 パズメ教団はには2種類のコースがある。月に一回、入信者が会場向かい儀式をする入信者。それとコミューンで共同生活をする入信者だ。

入信者の子供たちはどうやら地元の小学校、中学校、高校に通っていないらしい。

元信者の話によると、一応コミューン内に小学校がと中学校と高校レベル以上の学力を教える学校があり、中学を卒業する年になると高卒認定試験を受けるのが習わしらしい。

高校はまだしも、小中の義務教育を受けていないのだからそこを付いて裁判をすれば良いのでは?とカトウは思ったが、弁護士のサノ曰くそれでは弱いと言われた。なら、どんな証拠を掴めばいいのか?母親の心神喪失の証拠を掴めばいいと言われたがどうすればいいものか。果たしてそんな場面に遭遇する事ができるのか疑問だ。

 事前に、昔オゼキが水道屋のお金を横領して逃げた元社員の男を依頼で見つけ出した件で縁が出来た水道屋の社長から、仕事用の余っているヒュンダイのバンを借りて道具だらけの後部座席から敷地内が見える色んな場所で車を止め中からバズーカ砲程のデカイ望遠レンズの付いたデジカメで中の様子を伺い写真を撮ってきたが対象者である双子のサクラとリク、それに母のタマキ・リカも見つける事が出来なかった。本当にあの3人はこのコミューンで生活しているのか疑問だ

 それから、600メートル離れた場所にアパートを借りた。貧乏学生が住みそうなワンルームのユニットバス付きの部屋で家賃は3万5千円。本当は電波が届く500メートル以内のアパートを探したが見つからなかったので仕方なくだ。コミューンから300メートル離れた場所にある公園に電波受信用のハブをしかける事によって解決した。部屋にはMacBookProを2台。1つはメインで今年に出たクリアボディーの最新式の16インチのMacBookProで、2つ目の予備は一世代前ののアルミボディーの13インチのMacBook

Air。データをバックアップ用とSSDの50テラの外付けハードディスクが10個以上。それと32インチの外付けのサムスンのPCディスプレイが3つ。常時、ナカノかオゼキが張り付いてモニターを監視する事になっている。


 カトウが3週間で調べた限りでは、この宗教団体は謎が多い。教祖様はアカギ・シンイチという男だ。ニューヨーク大学を主席で卒業後、イギリスのベリングス銀行入社。バリバリのトレーダーだったらしい。しかし1995年銀行は破産して日本に戻ってきた。当時、「ガウス寺院事件」で世間が騒いでいたにも関わらず、なぜ彼が宗教団体を作ったのかカトウには謎だった。あらゆる宗教のハイブリットと言うべきだろうか、仏教から始まり神道にユダヤ教にキリスト教にイスラム教にヒンドゥー教とあらゆる宗教をミックスしている。にも関わらず「大和民族」というカテゴリーにこだわる。全く謎の宗教だ。だが、宗教法人としてちゃんと登録もされている。裁判沙汰は調べた限り何件か起きていたが、急に9年前に名前をパズメ教会に改名してからは特にない。ここも気持ち悪い所だ。だいたい、どんな真っ当な宗教団体でも裁判沙汰くらいは起きるものだ。


 3


「あの宗教団体とは関わらないようにしてるから」とナカノはコミューンの近所の何件かを聞き回った際に毎回言われた。まるでテンプレートの様に。なので、試しに稲戸区周辺にある、神社、寺、ユダヤ礼拝所、モスク、キリスト教会に聞き込みをした。皆が口を揃えて「関わらないほうがいい」と返事しか返ってこなかった。特にモスクの関係者とカトリック教会の神父とプロテスタント教会の牧師は「あの宗教は悪魔崇拝かもしれない」と言っていた。ナカノは試しにネットで悪魔崇拝と検索すると「サタン教会」なるモノが東京48区に3箇所ある事を知った。何かの手がかりになるのではと思い、その内の大森区のサタン教会日本本部に話を聞くことにした。

「また、パズメ教会の話ですか」と広報の青年が笑いながら言った。青年は刈り右だけ大きく刈り上げた左に髪を流し、アシンメトリーの髪型とナイン・インチ・ネイルズのTシャツとナイキのエアジョーダン4のスニーカーを履いていた。話をする限りかなりの好青年だ。

「またと、言いますと?」

「いや、よく来るんですよ。パズメについて聞かれるんですよ。探偵とかタブロド紙が」

 青年が言うには、ここ9年前から「パズメ教会」と「サタン教会」とが繋がっているのではと勘違いした探偵やタブロイド紙の記者が関係性について聞いてきて迷惑しているとの事だった。

「すみません。ご迷惑をおかけして」とナカノは謝った。

「いいですよ。お気にせずに。誤解が解けてよかった。それに、サタン教会はそのパズメ教会と違ってお布施とかお金搾取したりしません。そのパズメ教会てコミューンで信者に労働させて賃金を搾取してるんでしょ?うちの教会とは方針が違います。ハッキリ言って最悪の宗教だと思いますよ」

「そうですか」とナカノは言った。確かにサタン教会のホームページを読む限りは「子供を傷つけてはならない」、「お互いの合意ナシでセックスは禁止」、「儀式で人を罵倒したり傷つけたりしてはいけない」と名前に反してかなり正しい事が書いてあった。どちらかと言うとキリスト教の抑圧的な教えや解釈を正す為のモノに思えた。

「それに、よく聞かれるですけど。ウチはヤギとか鶏を殺して儀式とかしませんから。無駄な殺生はしない事になってますから」と笑いながら広報の青年が言った。

「なにか情報はありませんかね?」とナカノは少しでもいいので情報が欲しかった。「さあ、たぶんですが、あのパズメ教会のホームページを見る限りたぶん、あのシンボルマークですが、パズズが元になってると思います」

 パズズとはバビロニア神話から伝わる魔神らしい。映画「エクソシスト」で主人公の少女に乗り移った悪魔がその魔神だとか。

「それに、あのホームページ見る感じだと、やたら大和民族どうとか書いてあるでしょ?ウチはそんな人種差別的な事は許されません。最低です。それにパズズはバビロニア神話の魔神です。それをシンボルに日本の大和民族がどうとか言ってるんでしょ?気持ち悪いし明らかにインチキ宗教ですよ」と広報の青年が笑いながら言った。


 パズメ教団についての情報は異常に少ない。公式の各種SNSアカウントがあり立派なホームページもあり、VRコミュニティーもあるというのに全く全容が掴めない。もともとITエンジニアをしていたナカノにとってもお手上げだった。少なくてもホームページの出来は相当良い。あらゆるパソコンとタブレットとスマフォのOSに対応している。相当お金がかかるはずだ。それにしかもVRコミュニティーまである。恐らく宗教団体で初めてVRコミュニティーを作った団体だろう。VRコミュニティーに入るには会員にならなくては行けないのでまだ覗いていないが。


 パズメ宗教団体に入るには3通りあるらしい。1つ目は、カトウが行う予定の入信の儀式を終えて、コミューンに入り修行を積むこと。ただし、コミューンで共同生活しなくても良いらしいくフリーターから主婦からサラリーマンから公務員まで様々いるらしい。2つ目は会員の紹介だ。その際にも儀式が行われるそうだ。3つ目はお金だ。その際は修行をせずに多額の寄付をすると高い階級が貰えるらしい。ホームページには1つ目と2つ目の事しか書いていないが、3つ目は1年パズメ教団に居たという20代の女性、クミコさんから聞いた話だ。彼女もナカノが数名会って話した元パズメ教団の脱退者だ。クミコさんは何かに怯えている様子だった。「絶対にメディアとかネット上で書かないでください」と念を押された。みんな、この点には同じだ。あのコミューンの共同生活では主に、作物、トウモロコシやリンゴやキャベツやイチゴやみかんを作るものと中にはカースト制度があるらしく一番最初はスードラ、これは作物を作る係。次はヴァイシャ、主に家具を椅子やタンスを作る係だ。だが、スードラとヴァイシャは階級は同じらしい。手先が器用な物がヴァイシャになり家具を作るとか。そして華々しい成果を上げた者には階級上がるクシャトリヤ、その上がブラフミンだ。インドのカースト制度そのものだった。3ルーム一部屋で性別ごとに分けられ二段ベット6個で12人で暮らすらしい。クミコさんはスードラに属しある日、ヴァイシャの青年と恋愛関係になったらしい。パズメ教では恋愛は自由らしい。恋愛関係になると一部屋で生活する事が許されるらしい。それから数ヶ月してその青年が他の女性とも恋愛関係をもっている事を知って絶望して宗教を退会したらしい。

「パズメ教団は何が目的なんですか?」

「現世と来世の幸福と大和民族の繁栄です。今、考えると馬鹿げた話です。お金で買える来世なんてありえないし、そもそも来世なんてないって気づいたんです。それによく考えたら差別的ですし」

 彼女はコロナパンデミックの際に仕事を失って困っていた際に友達の紹介でパズメ教団に入信しコミューンに移住した。

「その、階級の上のクリシャトリヤとブラフミンはどんな事ができるんですか?」

「実はそれは、本当に分からないです」

 クミコさんの言うには、月曜から金曜日朝と夜にコミューンの団地の中央にある体育館ほどの集会所があるらしい。時折、コミューンの団地の北側にあるアカギの豪邸の駐車場にBMWやベンツやクラウンやフェラーリやポルシェやランボルギーニやテスラの高級車などで満杯になるとか。

「噂では政治家や芸能人もいるらしいですよ。まあ、噂ですけどね」とクミコさんは言った。他に聞き出せた情報によれば、土日は休みで自由らしく届け出さえ出せば外に出られるらしい。それから、子供が60人ほどいるらしい。信仰者カップルや夫妻の子供らしい。

 パズメ教会のホームページを見ると、通信販売でキャベツ、イチゴ、トウモロコシ、キュウリ、リンゴにイチゴジャムとりんごジャム。家具は椅子、ソファー、机ベット、本棚、とイケアの相場の6倍の値段で売られていた。

 しかし、不思議だ。カルト宗教というのはネット上で話題のネタになりやすい。なのに、いくら検索しても全く悪い噂が出てこない。国会図書館で資料を探した際に、前パズメ教団であるフレア教団は主にタブロイド誌だが、宗教団体の創立から10年間はネタにされていたが、9年前にパズメ教団に改名してからを境にどこのタブロイド誌も報道した様子はなかった。不思議でならない。そう言えば昔、ナカノがITエンジニアをしていた時、アオキというプログラマーの青年が「政府はプロテクトを開発している」と言っていた。彼が言うにはこのプロテクトとは、政府にとって不利なネット情報を自動的に削除するシステムの事らしい。その当時、アオキはノイローゼ気味でその1ヶ月後、ノイローゼが悪化して退職した。ナカノはただの陰謀論だと思っていたが、もしかして本当にそんなシステムが日本にもあるのかも知れないと思い始めた。中国にはネット監視システムがあるし、それに東京オリンピックが中止になった際にネット上で批判の声が一気に収まった事や、特にアフターコロナになってから相変わらず不況続きなのに日本政府に対して批判的な書き込みが少ない。カトウがよく言っていた「この国はそろそろ危ない方向へ向かっている」と。最近、確かに危ない方向へ向かっている。ナショナリズムが過ぎる。韓国系の血を引くカトウは当然怖がるのも無理はないが、時々ナカノですらそう思うことがある。

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