Paranoid Detective

駄伝 平 

1章 依頼

この仕事をしてから、気づいたことがオゼキにはあった。

 それは、浮気調査で相手が浮気していた時の場合は泣き出すのは男が多いうことだ。

 今回の依頼人のヨコタ・マイ氏の旦那であるヨコタ・タツヤ氏の浮気調査だった。

 ヨコタ・マイはトロ・イ・モアのTシャツと下はスカートとアディダスのスーパースターのスニーカーを履いていた。

 最近ではコロナパンデミック以降、ZOOM、Skype、などで浮気をする連中が多い。それはアフターコロナに突入した数年経った今でもだ。彼ら彼女らはツイッターやファイスブックやSNS、出会い系アプリなどで知り合い、ZOOMやSkypeを使い金銭的に余裕がある者は5G回線や6G回線を使ったVRを使う。「リモート浮気」や「VR浮気」をする者が多く探偵としては物的証拠を掴むのが難しくなった。これには良い面と悪い面がある。良い面は「リモート浮気」の場合は物理的にお互いが接触するまでに時間がかかる所だ。時間が長引けば長引くほどお金が、こちらに入ってくることだ。悪い面は、時間がかかりすぎて依頼者がクレーマーになり、契約を打ち切られて他社の探偵事務所に駆け込む事だ。最近の探偵業界でもフランチャイズ化が進み、「浮気調査パックプラン」と称した料金で浮気の証拠を掴むまで何日かかろうと値段が変わらないプランの事だ。大手のフラチャイズ探偵事務所ならまだしも、オゼキのような個人で経営をする探偵事務所にとっては多いな脅威だ。

 なので、オゼキの探偵事務所では少し他社と比べて割増の料金になってしまっている。そうしないと生活出来ないのと、オゼキが少しケチな事もあるが。それに、オゼキが一人で調査するのには限界がある。なのでシングルマザーのナカノと若い青年カトウを雇っている。

 ナカノは33歳だが、メイク次第で若くも老けても見えた。青年のカトウと恋人のフリをして対象者がラブホテルに入る所の写真や映像を撮る時にカップルに見せかけるのが一番怪しまれない。もちろんオゼキとナカノがペアで証拠を掴む事もあったが、オゼキの場合最近は特に老けて見えるのでナカノとカトウのカップルに任せ、彼らの服やバックにGoProの最新機種を取り付けてラブホやビジネスホテルに入る所を近くで映像に収め、オゼキは車から望遠レンズで対象者の証拠を掴むことが多い。今回の依頼ケースもそうだった。

 ヨコタ・マイが最初に旦那であるタツヤが怪しいと思ったのは、家族で共用で使っているSurfaceの旦那のZOOMのアカウントの履歴に見知らぬアカウントで頻繁に連絡しているのを発見したのが始まりだった。マイはタツヤを問い詰めたがしらを切るばかりだった。タツヤは某有名IT会社の営業職をしていた。最初は自分の考え過ぎでは?と思ったそうだが、マイの感が働いたのか2ヶ月前にSurfaceを持ってオゼキ探偵事務所に現れて浮気調査を依頼してきた。

 元、ITエンジニアをしていたナカノがSurfaceを調べ、そのアカウントを調べるとTwitterやフェイスブックに連携していて相手の身元がわかった。相手は横浜に住む事務職のサカイ・キャサリン26歳。キャサリンのツイッターとフェイスブックを見ると、タツヤとツイッター上でリプライを頻繁にしている時期とZOOMをしていた時期が重なっていた。勿論これだけでは証拠にならない。なので、キャサリンにはナカノが張り付き、タツヤにはカトウが張り付いた。オゼキは日替わりでキャサリンとタツヤに張り付いた。

 オゼキの経験上、「オンライン浮気」の証拠を掴むのは時間と場所が重要だった。特に、場所だ。相手が、北海道や沖縄と遠い場所の場合は浮気相手に実際に会う可能性が低く両者とも途中で飽きる可能性もある。しかし、今回はタツヤは世田谷区に住み相手のキャサリンは横浜に住んでいる。出会うチャンスはいくらでもある。

 今回の依頼は考えていたた以上に難航した。1ヶ月以内に証拠が掴めそうな案件だと予測していたが、警戒心が強いのか又は仕事が忙しかったのか全く動きがなかった。

 オゼキとしては運が良いと思ったが依頼人の機嫌を損ねるのは嫌だった。最近は「食べログ」の様な探偵事務所の評価をするサイトが登場し、オゼキ探偵事務所は5段階中2.5という不名誉な点数を付けられていたからだ。最初は気にしていなかったが、点数が多ければ多いほど客入りが多い。オゼキが若者達の言葉を使って言うのであれば「ファックでシバマラののクソ野郎ども」と言いたくなった。昔はもっとシンプルだった。とオゼキは刑事時代の時や、探偵事務所をしていた時の事を思い出しては「あの頃は良かった」と思うようになっていた。ネット上のホシ取りやイイネに左右されない時代を羨んだ。そして、昔は良かったなどと思うようになっている自分に気づき年をとってしまったと少し悲しくなった。

 話を戻そう。対象者二人が実際に会ったのは依頼が来てから2ヶ月目の第3土曜日の昼の11時だった。前日にタツヤが妻のマイに会社の取引先とゴルフをすると言うのだ。それを聞いたマイはスグにオゼキに連絡した。早朝、キャサリンをナカノが、タツヤをカトウがそしてオゼキが車に乗り待機した。

 11時、タツヤと浮気相手のキャサリンは新宿のアルタまで合流、そして喫茶店で1時間ほどお喋りをしていた。オゼキの感では実際に会ったのは初めてには見えなかった。それから、伊勢丹でウィンドウショッピングをした後に二人はラブホテルに向かった。カトウとナカノは手をつなぎ服とバックに仕込んだGoProで対象者を撮影と会話を録音した。二人がラブホテルに入る瞬間をカトウとナカノが映像で、オゼキは遠くからそれを望遠レンズの付いたCANONのデジタル一眼レフで映像と写真で証拠を掴んだ。


「やっぱり、タツヤは浮気していたのですね」と依頼人のマイは毅然とした態度で言った。何か吹っ切れた様にオゼキには見えた。

「離婚弁護士を紹介することも出来ますが、どうしますか?」とナカノが言った。こうゆう話題はオッサンのオゼキが言うより同性のナカノが言う方が効果的だ。別に浮気していたからと言って離婚させようとオゼキは思っているわけではないが、サノという弁護士を紹介すると、紹介料がもらえる。サノもまた弁護で調査に困った時に調査をオゼキに頼んでいる。まあ、悪くいえば癒着みたいなものだ。

「わかりました。その弁護士を紹介してください」

 オゼキは紹介料も入って運がいいと思った。それに、ヨコタ・タツヤは大企業に勤めている事もあり、しかも実家が金持ちの家計な為に相当な慰謝料を請求出来るのでウィンウィンだ。オゼキは金持ちが嫌いだった。特に、実家が金持ちでエリートサラリーマンの尾ひれが付くヤツは特に嫌いだった。

 すると、事務所のバックヤード。パソコンやカメラや変装道具を入れている部屋から扉が開き。マイの長男カイ君4歳が飛び出してきた。

「カイくん、お兄さんと一緒にカーズの続きを観ようね」とカトウは慌てた様子でカイ少年に言った。

「カーズはもう何回も見たからいい。お腹空いたよママ」とカイ少年はマイに抱きついた。

 依頼人が、特に小さい子供を連れて来た時は事務所のバックヤードで新人のカトウがディズニーやピクサーのアニメや、Wiiで一緒にゲームをするのが習慣だった。時々、カトウと遊びに飽きて事務所に入ってくる事があった。そうすると、両親の浮気の話など出来るはずもない。

 オゼキはカトウを睨みつけた。カトウはオドオドした。カトウは入社半年目の新人だ。黒縁のメガネをかけて背は170センチ。タイラー・ザ・クリエイターのTシャツを着て下はブラックジーンズにアディダスのキャンパスのスニーカーを履いていた。ドコにでもいそうな顔立ちをしている。気が弱い一面もあったが仕事も普通にこなす奴だ。だが、子供の扱い方に関してはまだまだらしい。

「カイ、まだオジサンたちとお話してるから我慢して。約束してくれたら後で一緒にカイが大好きなケンタッキーに連れて行ってあげる」

「本当に!やったー!」とカイ少年は喜びカトウと共に事務所のバックヤードへと行った。今の子供もケンタッキーが好きなのかとオゼキは思った。自分の子供たちも小さい時はケンタッキーに目がなかった。子供たちに会う度、もっと良い高い店に連れて行ってあげようとしたが、子供たちはケンタッキーかマクドナルドやバーガーキング好んでいた事を思い出した。

 マイに証拠の映像のデーターが入ったブルーレイとDVDと写真と映像が入ったUSBメモリーと弁護士のサノの名刺を渡し、調査料をマイからクレジットカードで支払ってもらい仕事が終わった。

 オゼキ、ナカノ、カトウがお辞儀して、マイとカイが外に出るのを見送った。

カイ少年は「バイバイ!またね」と無邪気に手を振ってくれた。オゼキは仕事とはいえ、カイ少年はこれから父親と会うことを制限される事を考えると少し複雑な気持ちになった。

「すみませんでした。カイくんが突然外に出たもので」とカトウがオゼキに謝ってきた。

「おい、ちゃんと見てろよ。そんな事も出来ないのか。お前は」とイライラしていたこともあってカトウに八つ当たりした。

 3人が事務所に戻り、オゼキがスーツのポケットからマルボロの箱からタバコを取り出し咥え火をつけようとした時。

「ここは禁煙ですよ」とナカノは言った。そう、この事務所は禁煙だった。依頼人がタバコを吸う時以外はだが。それ以外でタバコを吸うと依頼人の印象を悪くするとナカノが決めたのだ。ナカノの言うことはごもっともだ。最近は喫煙者に対する風当たりが特に厳しい。臭いが付くと、それだけで依頼人の信用を失いかねないというのが彼女の言い分だった。

「ああ、そうだったな」といいながら、ナカノに聞こえる様に舌打ちをしてオゼキは「お前だってタバコ吸うくせに」と小声で愚痴りながら外に出て階段で1階へ行き4階建ての建物の裏に在る喫煙スペースへ行った。

 この建物は、オゼキが刑事時代に解決した殺人事件の被害者の遺族が持っている4階建ての建物だった。刑事を退職した際に、就職を考えたが当時も今と変わらず大不況だった。個人で探偵をする事にした。その際に、急にあの事件を思い出した。その事件というのは世田谷区と杉並区と渋谷区の土地を幾つか所有している個人の不動産屋の社長が殺された事件だった。犯人は従業員の若い男で、犯行理由はその従業員の男が同僚であり恋人の女性と社長が不倫関係になったのが理由だった。社長の死後、妻であるイケダ・ミヨコが会社を引き継いだ。

 オゼキは探偵事務所開きたいので良い場所がないかとイケダ婦人に相談した。下北沢駅から歩いて5分の、この場所に探偵事務所を構える事になった。しかも、特別料金でだ。小田急線と京王線沿線をカバー出来るので商売も繁盛するだろうと思ったが結果からして可もなく不可もなくだった。かといって山手線沿線で事務所を借りれば家賃だけでクソを漏らす程の搾取されるので結果的にはこの場所で良かったと思っている。

 1階はこの12年間で色んな店が入っては消えていった。美容室にラーメン屋に古着屋。今はケバブと韓国式チーズホットドックを同時にやっている店だ。いつも中東系やインド系の若者と東アジア系の若者が二人一組でオペレーションしている。なかなか美味い店だ。ケバブも韓国式チーズホットドックも。2階は接骨院で、オゼキが探偵事務所を開く前から存在していた。仙人の様な風貌をしたジイさんで年齢不詳だ。オゼキも何度か行ったこともあるが痛すぎて、しかも効果の程が分からなかったので行かなくなった。最近はすれ違う際に挨拶する程度だ。3階はオゼキ探偵事務所。4階がオゼキの住居だ。元々事務所として設計されていたのでトイレしか付いていなかったが、大家の計らいで簡易のシャワーブースまで付けてくれた。いい仕事をするといい結果で返ってくるというのはこの事だ。あの頃はひたすら熱心に仕事をしていたからだ。今はと言うと、惰性に近い形で仕事をしている。舞い込んでくる仕事と言えば、1番多いのは浮気調査だ。これは探偵の普遍的な仕事として良しとしよう。

 2番目に多いのは会社が営業職に就いている者が営業中にサボってパチンコや風俗や映画館に行っていたいないかを調査したりとツマラン仕事だ。仕事を依頼されといて何だがなんてケツの穴の小さい会社だと思っている。

 3番目に多いのはストーカー被害者。これは結構な金になるので助かる。だが用心しないと、ストーカー側がストーカー相手を調べようとするヤツが、たまにいるので気をつけなければならない。その時は規約違反でお金を取った上で警察に突き出すが。

 4番目に多いのが親族からの失踪者の捜索だ。コロナパンデミック以降もアフターコロナでも続いている。あの時の日本政府の政治家と官僚達の立ち回りの悪さのおかげで経済ダメージは大きく、多くの会社が倒産に追い込まれるか大量のリストラになった。多くの若者は失業保険が切れると生活保護を申請したが、中には窓口で突き返されて、そのままアパートやマンションを追い出され自殺する者、ホームレスになる者が多かった。ホームレスの場合は探すのはそう難しくなかった。大体は炊き出しか自治体のシェルターに身を潜んでいるからだ。経験上、大体の若者の男女問わず世の中に絶望している場合が多かった。無理もない最後のセイフティーネットである生活保護を断られたのだから。なので、依頼者と対象者とNPO団体と連携をとってその区役所に行き生活保護を受給出来るようにし解決する。或いは実家に同居するかだ。

 5番目に多いのは結婚相手や企業の人事の採用者の身辺調査だ。特に相手の血筋だ。最近この手の依頼が急速に増えている。部落の出身か外国籍特に韓国朝鮮人、中国人、モンゴル、フィリピン、ベトナム、国内で言えばアイヌや琉球の血筋が入っていないか調べるのだ。今さらなんでそんな事を気にするのかオゼキには理解できなかった。中には婚約者の血筋に韓国朝鮮人がいると聞くと泣き出す奴までいた。コロナパンデミック以降特に増えている。会社も例外ではなかった。社員の採用の際に相手の血筋を調べ韓国朝鮮人や中国の血筋だと不採用。ただし、白人の血筋はOK。と狂ったナショナリズムに蝕まれている国になってしまったと仕事をしていて感じていた。この国は大丈夫だろうかと。

 二本目のタバコに火を付けた。空を見るともう日が落ちていた。7月に突入し昼間は暑い。これからどうしよう。とオゼキは考えた。珍しく次の仕事の依頼が無いからだ。いつもは平行して2つ、多い時には4つの依頼をしていたが、不況のせいか又はあの忌まわしき探偵事務所評価サイトの点数の低さのせいか、それとも他社のフランチャイズ探偵事務所に仕事を奪われているのかわからないが、全く仕事依頼はない。これまで、12年間で初めての事だ。自分の生活費にナカノとカトウの給料、そして家賃。いくら安いとはいえバカに出来ない額だ。それに特別安くしてもらっている分、余計に家賃の延滞など頼めやしない。先が思いやられる。

 オゼキは気づくと4本目のタバコに火を付けていた。時計を見ると20時半だ。これを吸ったらお腹も空いたことだし1階のケバブ屋でケバブを買って事務所に戻ってナカノとカトウには帰ってもらうと思った。特にもうすることも無いし明日は休みだからだ。

 タバコを吸い終わり、1階にあるケバブ兼韓国式ホットドック屋に寄った。店の前に3Dホログラムの看板が紫色の光を放ちながらケバブや韓国式チーズホットドックの映像が繰り返し流されていた。オーナーの趣味だろう美味しそうには見えなかったが、3Dホログラムが映し出す不味そうなケバブに反比例するかのように味は美味しかった。

「オゼキさん、元気?いつもの?」とサーディグは言った。クロカワ・サーディグは日本人とイランのハーフだ。サーディグはお喋りでいつもオゼキに話しかけてくる。

「元気じゃないよ。いつもケバブ買ってやっているだから、そっちも俺の所に仕事を回せよ。いつものヤツ。サービスして。そっちはどうなの?」

「探偵を雇うような事件に巻き込まれたらオゼキさんに頼みますよ。それに、いつだってサービスしてるでしょ。僕は相変わらず、お金に困ってるよ」と笑いながらサーディグ。彼は11歳の頃父親が事故で亡くなっている。あの、幻に終わった東京オリンピック会場の工事中にだ。オリンピック会場の工事で事故死した者は沢山いるが遺族に対しての補償は未だに出ていない。

 彼の母は2000年代に少子化問題の解決策として大量に受け入れた移民の第一世代の中のイラン人だった。あの頃、ベトナム、タイ、フィリピン、モンゴル、インドネシア、ミャンマー、ネパール、ブラジル、アルゼンチン、チリ、パキスタン、インド、ロシア、韓国、中国などから大量の移民を受け入れた。しかし、移民達は日本で冷遇され、殆どの者が最低賃金で働かされていた。一種の奴隷制度だ。311東日本大震災以降の不景気も重なり特に酷く、集団リンチなどが各地で同時多発的に起こった。スケープゴートにされた。ソレもあってか、2世の移民は自国に帰るか比較的差別の少ないカナダやオーストラリアやニュージーランドや北欧へと移住する者が多かった。

 サーディグの母は日本語に難があるのでサーディグが被害者の会と一緒に国を相手取り訴訟をしているらしい。彼は現在、複数の仕事を掛け持ちしながら通信大学でコンピュータープログラミング学科に通っているとか。ゆくゆくは母を連れてカナダかニュージーランドに移住したいらしい。最近の日本の若者もカナダかニュージーランドを目指す者が多い。普通の日本人の若者ですら住みにくい国になってしまったのだから、サーディグの様にハーフの若者が海外を目指すのも無理もないとオゼキは思った。

 店内の奥にいる韓国式ホットドックを担当する女子大生風の女性は華僑のフィリピン人らしい。彼女は無口でいつも英語の小説を読んでいる。何度か彼女に注文をした事があるがそっけない態度で接してくる。オゼキは特に気にはしなかったが、カトウは「僕、彼女に嫌われてるんですかね?」と聞かれた事があったので、「俺にはいつも世間を話してくれるよ」と意地悪な回答をしたことがあった。それを聞いてカトウは少し寂しそうな表情をした。彼女の事を気になっていたのかもしれない。と思い少し悪い事をしたかと少し反省した。今、彼女はフォークナーの小説を読んでいるようだ。タイトルまでは分からなかった。

「はい、チキンケバブのLサイズ。辛口。チキン多めにしておいたよ」とサーディグはオゼキに渡した。

「サンキュウ」と言ってケバブを受け取り3階にある事務所に入るとソファーに2人の老夫婦が座っていた。

「社長、お客さんです」とカトウが言った。

「社長、何してたんですか?何度も電話したんですよ」とナカノが言った。オゼキはiPhoneを取り出すと電源が切れていた。調査報告と捜査で相手から話を聞く際には電話の電源を切ることにしていたので電源をいれるのを忘れていた。


 2


「どうも、すみません。遅れてしまいまして。オゼキ探偵事務所の社長のオゼキという者です」と言うと名刺を2人に渡した。女の方はパーカーにTシャツに下はジーンズに茶色いブーツを履いていた。「私は、タマキという者ですよろしくおねがいします」名刺交換に慣れているようでスグに名刺を受け取った。

男の方は、青のYシャツに赤いネクタイ。下はブラックジーンズにニューバランスのスニーカーを履いていた。名刺交換に慣れていない様子だったので、元工場勤務か職人ではないかと推理した。「私は、キリタニ・ケンイチと言う物です」

 夫婦じゃないのか?それとも元夫婦か?とオゼキは色々と考えた。

「ところで、飲み物の方はどうしますか?コーヒーがいいですか?緑茶がいいですか?紅茶はいかがですか?コーラとオレンジジュースがありますが」

「いえ、先程コーヒーを頂いたので結構です」タマキが答えて。マズイな。コーヒー一杯を飲み終わるまで客人を待たせてしまった。ここで印象を悪くしてしまうと依頼を断られるかもしれない。

「あの、じゃあコーラを私にくれますか?」とキリタニが言った。

「はい、コーラですね」とオゼキが言ってカトウに目で合図して、カトウにコーラを持ってこさせた。

「あの、すみません。やっぱり私にも飲み物ください。コーヒーが欲しいです」とタマキが言うので「わかりました」とオゼキが答えるとカトウがコーヒーをカップに入れて持ってきた。

「あの、タバコを吸ってもいいですか?」と女性が言うのでオゼキは「どうぞ」と言うと、タマキ夫人はショートピースのフィルター無しのタバコに火を付けた。最近ではフィルター無しのタバコを吸う人間は珍しい。煙が部屋中に漂うと空気清浄機のセンサーが感知して動き始めた。

「ところで、依頼内容はなんでしょうか?」といつも以上に低姿勢で依頼人達に聞いた。夫婦では無さそうな2人の老人が依頼する内容などオゼキには想像もつかなかった。元夫婦だとすると、息子か娘の捜索かもしれない。だが、この2人元夫婦にも思えなかった。恐らく年金暮らしの男女が依頼しくる内容といえばなんだろうと頭の中で色々と考えていると、タバコを吸い終わったタマキが口を開いた。

「実は、私の娘と孫達をパズメという宗教団体から奪還して欲しいです」


 それは5年前にさかのぼる。事の始まりは依頼人の息子夫婦。タマキ・リカの旦那であるタマキ・ソウタが交通事故で亡くなった事から始まった。

 タマキ・ソウタは某有名商社で働くサラリーマンで高学歴で仕事も出来て収入も高く出世街道を歩んでいた。彼は32歳の時、当時24歳のリカと結婚し双子の子供を出産した。姉であるサクラ、そしてその2分後に生まれた弟のリクだ。夫婦は仲がよく、ソウタも子煩悩で育休を取り双子を可愛がったという。依頼人のタマキもキリタニもその姿を見て安心したという。しかし、7年前、タマキ家族が住んでいたマンションの横を走る国道をタマキ・ソウタが渡り家路につこうと青信号になって、歩道を渡ろうとした時に大手運送会社トラックの運転手がブレーキとアクセルを間違えて踏み込みソウタを跳ねた。ソウタの身体は衝撃で5メートル先にあるブロック塀に衝突。しかも運が悪いことに現場を妻のリカと双子のサクラとリクはマンションのベランダから目撃してまったそうだ。それから、ソウタの保険金が多額の保険金が入って、運送会社からも多額の慰謝料と、会社から帰宅中だった為に労災認定されて金銭的には余裕が出来たが、目の前で夫が死んだ目撃してショックから妻であるリカは酷い鬱病になり入院した。その間タマキ・ヨウコが孫の面倒をみた。リカはの鬱が良くなり退院して、リカは病院の事務で契約社員として働いて双子と普通に暮らし始めた。それから数年後。今から1年前の事、ヨウコがリカに連絡をとっても折り返しの連絡が来ないのを心配して、住んでいるマンションに行くと応答がない。急いでリカの父親であるキリタニに電話すると、彼もリカと連絡が取れなくて困っているとの事だった。職場にも連絡したら退職届を出して2ヶ月経つらしい。キリタニとヨウコはマンションの管理人に頼み中に入ると家具や洋服はそのままだった。キリタニとヨウコはサクラとリクの学校に連絡すると「2人は引越した」と急に連絡が入り転校先も告げずに居なくなったので心配していたとの事だった。

 キリタニとヨウコは何かの事件に巻き込まれたのではないかと疑い警察に失踪者届けを出した。それから2週間後、キリタニとヨウコの元にリカから手紙が届いた。内容は、現在ある宗教団体のコミューンでサクラとリクと共に共同生活をしている。との事だった。なので失踪者届けを取り下げて欲しいとの事。余計に心配になったキリタニとヨウコは警察に事情を話し、リカとサクラとリクを取り戻して欲しいと頼んだが警察は「胡散臭い宗教だが宗教は本人の自由だし、それに宗教団体として認定されているので違法性がなく無理だ」と言われる始末だったそうだ。


「そこで、お願いです。娘と孫の双子をどうにかして脱退させて欲しい」とキリタニは急に土下座した。「お願いしますもう、あなた達しかいないのです」

「どうか、土下座なんてやめてください」困ったことになった。宗教が絡むと厄介だ。オゼキは瞬時に思いついた解決方法は3つ。1つ目は母親であるリカの心身喪失を証拠を掴み、親権をヨウコかキリタニに移す事。2つ目は宗教団体の違法な証拠を掴み宗教団体を解体させる事。2つ目は難しい。3、宗教団体に忍び込み母親のリカと双子のサクラとリクを奪還する事。3つは更に難しい時間もかかるからだ。だが、1つ目のリカの心神喪失を証拠を掴むのが一番いいが、話を聞く限りその宗教団体はコミューン。つまり共同生活をしている事になる。まず、その宗教に潜入しなくては行けない。時間もかかるし相当動力を使う。それにココしかないとはどうゆうことだ。

「それにどう云う意味ですか?ここしかないって」とオゼキは聞いた。

「実は、もう4つの探偵事務所に断られた」とヨウコは答えた。

 ヨウコの話では4つの探偵事務所に依頼したが1ヶ月すると、調査を断念して、しかも調査料まで戻ってきたとか。それを聞いてオゼキは引っかかりを感じた。というのも、探偵事務所は例え結果が出なくても調査料は絶対に取るからだ。それを返すとはどうゆうことだ?

「しかし、話を聞く限りその宗教団体に潜入する必要があります。それに長期戦になります。失礼ですが、相当な調査料になりますが」

「構いません。私には埼玉に山を持っています。それを売る覚悟です。それに、マキタさんは株と旦那さんの残した遺産が残っています。国内外の大量の有名企業の株です。今スグに最低でも2000万円を用意出来ます。孫だけでもいいので、どうか、お願いします」とキリタニは土下座しながら言った。すると、ヨウコが土下座しハンドバックから写真を取り出しオゼキに手渡した。「どうか、この3人を救ってください。少なくても孫だけでもいいのでお願いします」

「分かりました。この依頼引き受けましょう」とオゼキは言ってしまった。

「本当ですか?」とキリタニ。

「ところで、リカさんとサクラさんとリクくんの体の特徴は?」

「そうですね。リカは5フィートくらい。サクラとリクは最後に会った時は4.5フィートくらい。いや、すみません。昔の人間な者で。メートルに治すと」

「いいんです。リカさんは155センチくらい、サクラさんとリクさんは1年前、140センチぐらいですね」とオゼキはメモ帳で軽く計算した。日本がメートル法に変わったのはオゼキが10歳の頃だった。なので、自分より上の世代の人間と話すとフィートで言われるので困る事がよくあった。


  3


 キリタニとヨウコが帰ったのは夜の22時半の事だった。

「なんで、引き受けたんですか?宗教がらみは面倒くさいて言ってたじゃないですか」とナカノが面倒臭そうに言った。

「仕方ないだろう。他に仕事がないし、それに解決しなくても調査料は貰うと契約書にサインもしてもらった」とオゼキは言った。これは本心だ。背に腹はかえられない。スグにでも最低でも2000万円を支払える用意があるのであれば、いくらでも金が入ってくる。本当の話であればだが。

「誰が潜入するんですか?私嫌ですよ。息子が居るんですから」とナカノが言った。最初に潜入させようとオゼキが考えたのはナカノだったが、確かに彼女には息子が居る実家で父と母と一緒に住んでいるが、今回は長期戦になる。これを理由に辞められては困る。優秀な人材だからだ。だが、もう一度頼んでみることにした。

「なあ、頼むよ。女の方が宗教にハマりやすい傾向にあるんだからさ」

「それは、性差別ですよ。社長」とナカノが言った。最近はこの言葉ばかり聞くようになった。確かに彼女たちの言うことは正しいが。これは仕事だ。だが、実家ぐらしで、そこそこ金を持っている。いつだって彼女はこの職場を辞められる。今彼女に辞めてもらっては困る。

 オゼキはカトウと目が合った。黒縁メガネの歪んだレンズ越しに見える瞳が不安気だった。

「カトウ君。君にこの任務を頼む」といつもより優しい声色で笑みを浮かべながら言った。

「え、マジですか社長?まだ、入社して半年ですよ。数ヶ月も宗教団体に入ったら僕の方が狂っちゃうかもしれませんよ」確かにカトウの言い分にも一理ある。入社半年目でいきなり宗教団体に潜入しろなんて酷だ。だが、他に居ない。

「頼むよ。ちゃんと潜入期間中、24時間分の時給と追加のボーナスあげるからさ。よく考えてみろ。コミューンで寝ている間にもお金が発生するんだぞ。こんないい仕事ないぞ」とカトウにけしかけた。

すると、カトウは、しばらく考えた。彼なりに頭の中で電卓を叩いているいるのだろう。

「わかりました。ヤリます。でも、条件があります」

「なんだ?」

「今後の月額の給料を2割あげてください。それと、今回の成功報酬の4割ください」

「分かった。月額2割上げてやる。成功報酬の2割ならどうだ?」

「いや、4割がいいです」

「じゃあ、2.5割は?」

 カトウはしばらく考え、「わかりました潜入します」と言った。

 気づくと23時になっていた。今週は土日が休みにしているので月曜日に改めて作戦を練る事にした。


 オゼキは、キリタニとマキタ夫人からもらった写真を改めて見た。1年前に撮られたマキタ・リカ、サクラ、リクのスリーショット写真だ。3人共よく似ている。リカはボブカットで茶色いチョコレート色のしていた。特に双子のサクラとリクは性別が違うが、かなり似ている。サクラはボブカットをしていて、リクは両側を刈り上げて耳にかかる程長さの髪を左に流してしている。二人共、目の間が少し離れているがパッチリとした二重でシュッとした鼻と大きすぎず小さすぎない口元。美少女と美少年と言っても差し支えない。

 オゼキがベットに入ると深夜1時だった。眠れそうにない。難しい仕事を無理に引き受けてしまったせいかもしれない。気を紛らす為にテレビを点けた。もうボロボロの32インチのソニーの8kテレビだ。最近では40インチ12Kテレビが3万円で買える時代だ。それに16kテレビまで出てきた。技術が倍々に進化していって自分はついて行けてないと思うことがある。無理もない。もう49歳だ。戦後スグだったら今頃老後に備える年齢だ。

 テレビでは来年に行われる第一陣のアメリカと中国とロシアとインドが合同で行う火星に有人探査を特集していた。第二陣の火星有人探査ではEU、オーストラリア、カナダ、韓国、台湾、日本が参加するらしい。もう、SFの世界にしか思えない。

 食べ忘れていたチキンケバブの事を急に思い出した。電子レンジで温めて食べてから、医者から処方された睡眠薬を飲むことにした。このまま起きていようかとも考えたが、寝ることにした。睡眠薬を使うのはあまり好きではなかった。偏頭痛を伴うからだ。だが、寝たほうが少し落ち着く。ウィスキーで睡眠薬を胃に流し込んだ。寝落ちるまでの10分間。なんで、あの仕事を引き受けてしまったのだろうと後悔した。確かにいい金にはなるが依頼人とオゼキにとってどうせ良い結果にはならないからだ。下手をすると、潜入がバレて宗教団体から訴えられて負ければこっちは廃業だ。廃業になったらどうしよう。まあいいか。どうせ、俺には何も残っていない。とオゼキは消えゆく意識の中で考えたがクスリとアルコールが勝った。完璧に寝落ちした。

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