第24話 復讐

「何事だ? 騒々しい。今はこの者と話をしているのがわからぬか!」


「――パトリック様がっ!」


 力尽きたように跪くこの二人は、パトリックが最も信頼する直属の部下であり、国外追放となったベルフェルミナを護送した馬車の御者であった。


「なに? パトリックがどうした?」

「ベルフェルミナの手によって、命を落とされました!」


 驚くよりも理解が出来ず、フレデリックは声も出せなかった。エルは軽く瞬きをしただけで表情を変えずにいる。


「もう一度、聞く。ベルフェルミナが、パトリックを殺したと言ったのか?」

「はい」

「ありえん。不意を突かれたとしても無理だ。それに、どうしてそのような状況になるのだ。何故パトリックが国外追放されるベルフェルミナのもとに行かねばならんのだ?」


 ぐしゃぐしゃとフレデリックが頭を掻きむしる。


「エストロニア王国のためにと、パトリック様は密かに護送中のベルフェルミナを処刑しようとして、返り討ちに……」


 護衛騎士は嘘をついた。恩義ある上官の名誉と、保身のためである。本当の理由をフレデリックが知れば、加担した自分たちも間違いなく断罪されるだろう。


「ベルフェルミナを処刑だと? 何故だ…………?」


(そうか。用心深いパトリックのことだ。他国の王子に色仕掛けで取り入ったベルフェルミナが復讐のため、この国に攻めてくることを憂慮したのだろう。ああ、きっとそうだ)


 フレデリックは都合のいいように捉えた。


「私どもも、未だに信じられません。しかし、ベルフェルミナはとても強力な魔法で、パトリック様を……」

「なんだと!? あの女が魔法を? そんなはず――いや。そうか……ベルフェルミナはどこへ向かう予定だったのだ?」


 自分がたてた仮説。ベルフェルミナが聖女だという可能性が強くなってきた。


「はい。東の森を抜けた国境の町ポルタでございます」

「東か。やはり……あの女」


 ピシッとフレデリックの眉間に深い皺が刻まれる。


(ランドールに逃れようが、どんな手を使ってでも、ベルフェルミナを連れ戻さなければならん。あの女には、地下牢で死ぬまで俺の国を守ってもらう)


「――どうした? エル?」


 何の反応も示さず黙って聞いていると思っていたら、ブルブルと小刻みにエルが震えている。兄との仲は決して良かったとはいえない。むしろ、最悪である。

 しかし、閉ざしていた心の奥底では兄を敬愛していた。


「……わ、わかりません……ですが、自分の一部がなくなってしまったような……とても辛くて悲しい気持ちが……どうしようもなく、溢れてくるのです」


 気持ちを口にするにつれ、エルの声が少しずつ力強くなっていく。


「ほーう。お前に、そのような感情があったとはな」

「……ベルフェルミナ。何度か見たことがあります。殿下の婚約者なのに、兄上に色目を使い楽しそうに喋っていました……みんなに愛され、さぞかし気持ちよかったことでしょう……それなのに、あの女は兄上を――――絶っっ対に殺すっ!」


 生まれて初めて怒りを露わにしたエルが、漆黒の剣ドラゴンバスターを握りしめた。その凄まじい殺気に、フレデリックが気圧される。


「ま、待て! やめろ! ――くっ」


 ギロリとフレデリックを睨みつけるその目は、まさに冷徹な兄そのものであった。


「何故っ? ですか?」

「まずは生きたまま捉え、民衆の前で裁きを受けさせるのだ。王国に尽くした我が友であるパトリックの死を、皆で弔ってやりたい。わかってくれ」


 悔しそうにフレデリックが拳を握ってみせた。

 ところが、こんなコミュ障のガキを操ることなど造作も無いと、内心ほくそ笑んでいる。


「…………」

「そもそも、お前はドラゴン以外を殺せないのだろう?」

「殺せますが? ただ、命を失うだけのこと」


 ドラゴンスレイヤーの契りとは、ドラゴン以外の生き物を殺すと死んでしまう呪いなのだ。


「命を失うだけ、だと? 自分の命と引き換えに、兄の仇を討つというのか? フッ。まったく理解し難いな」


 自分以外の命は利用する道具に過ぎない。そんなフレデリックに背を向けて、さっさとエルが立ち去ろうとする。


「どこへ行く気だ? 一人で行くことは許さん。お前には護衛騎士をつけさせてもらうぞ」

「護衛なんて……必要ありません」

「お前を護るのが目的ではない。万が一にもベルフェルミナを殺さないよう、未然に防ぐためだ。いいな?」

「……男は、断固拒否します」

「わかった。では、宮廷魔導師をつけよう。見習いなら、まだ一人か二人くらい生き残りがいるだろう」


 こうして、エルの監視役に見習い宮廷魔導師が呼ばれることになった。

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