第25話 見習い

「――入れ」


 ノックする音にフレデリックが席を立った。

 場所を会議室ではなく執務室にしたのは、ベルフェルミナの件を誰にも聞かれたくないためである。あと、エルが将軍たちとの面会を拒絶したからだ。


「失礼いたします。フレデリック王太子殿下。宮廷魔導師団長より仰せつかり、参上いたしました」


 見習い用の紺色のローブを纏った少女が、フレデリックの前に恭しく跪いた。

 肩の上で切り揃えた赤い髪に、銀の髪飾りをつけている。

 エルと同じ十六歳だが、小等部を出たてのような幼い顔をしていた。


「貴様、名はなんというのだ?」

「はい、殿下。ミシェル・リッターでございます」


 王宮勤めではあるが人生で初めて王族と言葉を交わし、ミシェルの声が僅かに上ずっている。


「ミシェルよ、そう固くなるでない。顔を上げよ」

「はい。申し訳ありません」


 ギギギと音が聞こえそうな動きで、ミシェルが顔を上げた。


「宮廷魔導師団に入って何年になる?」

「一年目でございます」

「そうか、まだまだこれからだな」

「はい。王国のために精一杯尽力いたします」

「うむ。期待しているぞ」

「はっ」


 王太子に期待され、ミシェルは気持ちを高ぶらせた。


「ところで、家族はいるのか?」

「はい。両親と年の離れた弟がおります」

「ほう。何歳だ?」

「八歳になります」

「ほお、それはずいぶん可愛かろうな?」

「あ、はい。両親も私もついつい甘やかし過ぎてしまい、少々困っております」


 表情を緩ませるミシェルを見れば、愛情たっぷりの家庭で育ったことがわかる。


「そうか。家族は大事にするのだぞ」

「はい。ありがとうございます。王太子殿下」


 跪いたままミシェルは頭を下げた。それを見て、フレデリックが軽く咳払いをする。


「ミシェルよ、貴様を呼び出した件についてなのだが。そこに突っ立っているエルと協力して、ある人物を探し出してもらいたい」


 部屋の隅っこで、困り顔のエルはただじっとミシェルの様子を見つめている。

 ここで初めて、ミシェルはエルの存在に気付いた。


「ある人物? ですか? あの、その方はどのような……」

「詳細は後でエルに聞け。貴様はその人物を見つけ次第、俺に報告しろ。これは極秘任務だ。俺以外の者には喋るなよ。いいな?」

「はい。決して口外いたしません」

「もう一つ、注意しなければならんことがある。エルがその人物を殺そうとするかもしれんが、貴様はそれを阻止しろ。くれぐれも死なせるな」

「えっ?」


 振り向いたミシェルの目に、エルが背負う漆黒の長剣が映る。


「もし、その人物が見つからなかった場合や、死なせた場合、貴様の代わりに家族を処刑する」

「――――っ!?」


 衝撃のあまり、ミシェルは心臓が止まりそうになった。任務に失敗して処罰を逃れるために、行方をくらませても許さないということだ。


「可愛い弟の首が、城門に晒されるのは嫌だろう? できれば、俺だってそのような惨いことはしたくない。だが、それほど失敗の許されない大事な任務なのだ。必ずやり遂げるのだぞ、ミシェル。俺を失望させてくれるなよ」


 冷酷な顔に豹変したフレデリックが、声を低めじわじわと脅迫する。


「うぅっ。お、仰せのままに……」


 絶望に打ちひしがれるミシェルが、なんとか声を絞り出す。

 突然、愛する家族の命が、自分のか細い肩に乗っかってきたのだ。任務の重さに怖気づく見習い宮廷魔導師は、ブルブル震える手を強く握り締めた。

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