第16話 吸収! 激闘! ふたりの魔王!
「ぼくに、話したいことがあるんじゃなかったのかい?」
ミコトを拘束するゴーレムを切り刻みながら、唐突にウロから問われ、アニーリャは面喰らう。
「あったような気もするけど……。いまでなきゃ、だめ?」
「ああすまない。ぼくが変な受け答えをしたから、きみの本意を消してしまったように感じてね」
「あっそ。じゃあ、あとに、して!」
仰向けにされながらも、手足を粉砕されながらもゴーレムは周囲の地面や瓦礫を使って再生を繰り返しながらアニーリャへ抵抗し、徐々に起き上がろうとさえしている。
「あーもう、ほんとにミコトさんの手足ぶっちぎっちゃおっか」
「こらこらこら! 聞こえてるわよ!」
「だったら自分でもなんとかしてよ! さっきの泥人形よりタチ悪いじゃない!」
正直、ゴーレムに取り込まれたのは迂闊だったとミコトも反省している。
アニーリャの成長と、なによりミコトが思うところのラスボス戦までのイベントを進めたい欲が勝ってしまった。
当初の予定ではあのまま旅に出て、そこで実戦経験を積ませる予定だったのに、リッコに取り憑いたアグレもある程度放置して、アニーリャにどうさせるかを判断させるつもりだったのに。
知っているのに放置することができなかった。
もし最悪の事態になったときに、とほんのわずかでも考えてしまった。
──なによ。人間性なんて全部捨てたんじゃなかったの?
苦笑ともつかない感情が去来したことにミコトは驚き、すぐ振り払う。
あの子たちに辛い思いはさせない、と決めたのは確かなのだから。
そしてなにより、いまこんな状況であるにも関わらず、アイデアが溢れてたまらない。せめてメモを取りたいが、拘束されていてはどうにもできない。せめていま置かれている状況と感情を覚えておけば、元の世界に戻ったときに思い出すきっかけにはなると信じて自分の記憶をフル活動させる。
そうして覚えておけば、後に自分の作品に活かすときに、いま生まれているアイデアとはズレているだろうけれども、なにかしらのアイデアは生まれるとミコトは知っているから。
「え、ちょ、ミコトさんどんどん飲み込まれてるんだけど!」
ついに立ち上がってしまったゴーレムをよく見れば、ゴーレムから露出している箇所は腹部から上、両腕も肩口まで取り込まれている。
「あー、そうみたいね。もう贅沢言わないから、さっさと掘り出して」
「そんなこと、言われても!」
リッコを犠牲にするよりも、自分がダルマになったほうがよほど成長に繋がるとミコトは判断しての言動だが、アニーリャからすればそんなもの背負わせないで欲しいと強く思っている。
迷いながらの、考えながらの行動は当然精彩を欠き、アニーリャは瞬く間にまだ残っていた神殿の外壁にまで追い詰められていた。
「ほら、あたしは命が助かれば魔法でどうとでもできるんだから。いまあんたがどうにかなったら、だれが魔王倒すのよ」
「そうだけど、そうかも知れないけど!」
アニーリャがなにを迷っているのか、ミコトには判別がつかないでいる。
アニーリャをこんな境遇に追い込んだのは、はっきり言えば自分だ。
「百年前にあんたの家に因縁付けて、あんたの家にに貧乏暮らしとかの辛い思いさせたのはあたしよ。その恨み晴らすと思えば、楽に、できるでしょ!」
「でも!」
魔王討伐に関する情報は与えたが、こちらに情が湧くような接し方はしてきていない。少なくともミコトはそう接してきた。
「あんたさっき自分でそう言ってたじゃないの!」
「あんなの冗談に決まって!」
「もー! あんた魔王でしょ! しっかりしなさい!」
叱責する間にもミコトのからだはゴーレムに沈み込み、気がつけば、とぷん、と音を残して全身がゴーレムの胸部へと取り込まれてしまった。
「ミコトさま!」
「ミコトさん!」
真っ先に動いたのはリッコの方。右往左往している間に状況を観察していた彼女は、ミコトが完全に飲み込まれることを予測。状況を見守りつつその対策を思索していた。
「いま、掘り出しますわ!」
アニーリャの前に飛び出し、両拳に魔力を纏わせ、ゴーレムの巨躯に臆することなく腹部へ拳の乱打を叩き込む。
しかし、様子がおかしい。
ゴーレムの巨躯がどんどん縮んでいっている、と気付いたのはアニーリャが先。それをリッコに伝えようとした直後に、リッコのからだは大きく吹き飛ばされていた。
「リッコ!」
駆け寄ろうとしたアニーリャの左頬を、真っ白い拳が殴りつける。
「くうっ!」
どうにか踏ん張り、拳を頬にめり込ませたままその主を振り返ったアニーリャの目に映ったのは、ミコトだった。
「ふふ、勇者といえどこの程度か」
いや、ミコトではない。そもそもの身長から違う。体躯はひとまわり大きく、髪も散切りで、なぜ似ていると思ってしまったのか謎ですらあった。
「ミコトさんは、生きてるの?」
左頬にめり込む拳を手首ごと掴んでどかしつつ、アニーリャは真っ白い女を睨みながら言う。
「ん? ああ、先に取り込んだ勇者の名か。生きている、と言えば生きておるのかの。そのうち我に完全に取り込まれてしまうがの」
そんな、と悲鳴をあげたのはリッコ。吹き飛ばされた衝撃もそのダメージも直後に展開した魔法により緩和、回復し、完全に動けるまでに戻している。
「あの人がそうなったのは自業自得だからいいけどさ」
ふわ、と頬に触れて拳の跡を消す。
「あんたは、何者なの。ミコトさんは魔王って言ってたけど、違うよね。魔王はあたしなんだから」
「問われて答えぬほど野暮ではない。よかろう。教えてやる。我は邪王ネファリウス。この世界に呪いと破壊をもたらすものじゃ」
あっそう、と返してアニーリャは、
「あんただけに名乗らすのもアレだから、こっちも名乗るわ。あたしは魔王。魔王インフェルノよ」
あれだけ渋っていたのに、ミコトの危機がそうさせたのか、自分でも驚くほどあっさりと魔王を名乗れた。
ふむ、と顎に手を当ててアニーリャを観察するネファリウス。もっと問答無用で攻撃してくるかと思ったが、そこまで乱暴者ではなないようだ。
「アグレを取り込んだか。尖兵ではあったが強者を内に封じるならば、そちも王の名を持つにふさわしいということ。こちらも全力で参るぞ!」
野獣のように吠え、構える。いまのところ徒手空拳だが、いずれアニーリャのように魔力で武器を生成する可能性もある。握ったままの魔力の剣を構えなおし、飛び出してきたネファリウスの右拳を剣で受ける。
重い。
後ずさりしつつ受けきって、その隙を縫うようにリッコがほんの一瞬アニーリャの背中を蹴って上を取ったリッコが、
「たああああっ!」
掲げた両手の間に魔力で生み出した無数の槍をネファリウスへ乱射出する。
「ぐううっ!」
頭から、豪雨のような槍の乱撃にネファリウスもたまらずうめく。おかげで剣にのしかかっていた圧力が緩み、半歩下がることができた。
「せえっ!」
そのまま一瞬腰溜めにした剣を横に薙ぐ。ミコトのからだがいまどうなっているかは考えない。取りあえずネファリウスを討伐すればどうにかなるだろう、むしろミコトなら現在もどうにかしている最中だろうと、不思議な信頼があった。
そもそも先ほどまであんなにも渋っていたのは、ミコトを案じてではない。
この三ヶ月の間にミコトが話した百年前の冒険譚。この中にはとても十二才の少女に語るべきでないグロテスクなものもあった。それが過って二の足を踏んでいただけだ。
そういうことに、いまはしておく。
刃を振り抜き、残心をとっていたアニーリャは目を見開く。
「なんで!」
イメージとしては、ネファリウスの胴を両断する軌跡を描かせたはず。にも関わらずネファリウスの腹部は無傷。いや、アニーリャから見て右端が僅かに開いている。と視認した次の瞬間にはその傷口はぴたりと塞がった。
「ふふ。すべてを滅する魔刃か。さすがに堪えた」
腹部をさすりながら、やや苦しげなネファリウスの言葉をもうアニーリャは感じていない。剣を両手で持ち替え、向かって右下から左上へ。速度は半分。逆袈裟に斬り上げる。
速度を半分に落としたのは、再生する状況を詳しく観察するため。全ての感覚器を魔力を使って増幅。ミコトが言う一フレームも見逃すまいと残心をとりつつ見る。
魔力の槍を撃ち終えたリッコもアニーリャの背後に回り、いつでも援護に回れるよう魔力を練る。彼女自身も、あれだけの攻撃をしたのにも関わらず無傷な状況に困惑もしているのだ。
「何度やろうと同じこと。我は、触れるもの全てから命を喰らう」
ふうん、と一応は答えつつも、アニーリャは観察を続ける。
「でもさ、再生してる間はあんた動けないのね」
「なにをやっても無駄だと見せていただけだと、なぜ分からぬ」
またもぴたりと閉じてしまった傷口を、三人はもう意識の外に追いやっている。
最初に動いたのはネファリウス。ため息交じりに右拳をまっすぐ、アニーリャの顔面めがけて放った。
「そっちこそこの剣のこと、忘れてない?」
拳に直交するようにアニーリャは剣を振り下ろす。今度は肉をそぎ落とすように、拳から肘を抜けるように刃を通す。
どさり、と落ちた肉塊のようなそれは、すぐに土へと姿を変え、地面と同化してしまった。
「ふうん。だんだんわかってきたわ。あんたのこと」
「なにがどう分かったと!」
繰り出された左拳をアニーリャは僅かな膂力で弾く。ネファリウスの右腕はまだ完全に再生していない。
やはり予想通り再生と攻撃は同時にはできないのだろう。
そして、触れるものから命を奪う、という発言。いまこいつが外部と触れている場所。
答えは、攻略の糸口は簡単なものだった。
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