第17話 救助! 討伐!? さいごのお仕事!

 簡単そうなことほど実行するのは難しいものよ。

 三ヶ月の修行中、ミコトは何度も口にした言葉だ。そして彼女はこう続ける。

 特にあんたは正解見つけるまで慎重なくせに、一回正解が見えるとまっすぐそこへ突っ込んでくるんだから、もっと考えて動きなさい。

 だってミコトさんの隙ってつい攻めたくなるんだもん。実戦じゃやらないよ。

 そう口答えはしたが、図星ではあった。

 修練をどれだけ重ねてもこの癖は治らなかったので、もう性分なのだと諦め、しかしそれを活用する方向でアニーリャは次の手を打った。


「てやあっ!」


 触れる者から命を吸う、とネファリウスは言った。なら、地面から切り離してしまえばこの再生能力は止められるはず。

 必殺の一撃を決めるためには、ただその技を振っているだけでは警戒している相手には絶対に当たらない。なのでまず一直線に崩しを仕掛ける。

 剣を視線をネファリウスの上半身に集中させている、と認識させるまでしつこく、けれど慎重に細かく攻撃を続ける。

 腕や胴の一部が細かく剥がれ落ち、次々に土へと還元されていく。


「ふ、どれだけやろうと、同じ事!」


 狙いは相手が焦れて反撃を打つこと。

 そしてここまで戦って分かったことは、ネファリウス自身はそれほど体術の練度が高いわけではないということ。

 同じ相手とばかりやっても経験は積めないから、とミコトは神殿の衛兵たちとも組み手をさせた。その経験からもネファリウスの腕前は訓練を終えたばかりの新兵と遜色ないと判断。持ち前の魔力やフィジカルでどうにか相手ができているとアニーリャは見定めた。


「ぬううん!」


 きた。

 本命の右拳。

 掻い潜り、ヒザを一気に両断。


「リッコ!」

「はい!」


 ぐらりと仰向けに傾いだネファリウスの背中を、リッコが思い切り蹴り上げる。

 魔力もふんだんに込められた蹴りはネファリウスのからだを天高く舞い上がらせた。

 残っていた膝から下の部分が土塊へ変わるのを待って、いちど視線を交わらせてアニーリャはネファリウスを追ってジャンプ。一気に追い越して向かい合わせになるようにからだの向きを合わせる。


「あんたがいま持ってる命はあんたのじゃない! 返せ!」


 まっすぐ縦に。ネファリウスの正中線を剣で斬りつけ、割り裂き、そこへ魔力を込めた右手を突っ込む。


「ほらもう! ミコトさんもいつまでそこにいるの!」


 このとき右手に伝わってきた感触を、アニーリャは生涯忘れないと思う。ネファリウスが苦悶に似た細かい音を漏らしているが気にせず深く、肘まで腕を突っ込んで腹をかき回してミコトを探す。

 肘まで突っ込んでいるのに、背中側に手が突き抜けないのは不思議だったがこの際どうでもいい。


「見つけた! ほら、あたしの手を掴んで!」


 呼びかけに応えるように掴み返してくる感覚を待って、アニーリャは左足をネファリウスの顎に、右足を太ももに乗せて、まるで大根でも引っこ抜くように右手を引き抜く。


「ぐおあああっ!」


 ネファリウスの絶叫には一切耳を貸さず、アニーリャは右手に掴んだそれに視線を向ける。よかった。ミコトだ。見た限り四肢もあるし、鎧もそのままだ。

 安心して声をかけようとするより早くミコトは目を見開いて口を尖らせる。


「おそーい」

「無茶言わないで!」

「ま、がんばったご褒美はあげないと、ね!」


 手を振り解き、両手を掲げ、魔力を一気に練り上げ、叫ぶ。


「ヴォルカネラ!」


 放たれた魔力は火球となり、落下を始めたネファリウスに直撃する。肉と土が焼ける匂いにアニーリャは渋面を作るが、攻撃の意思は変わらない。

 剣を構え直して加速する。


「たああああっ!」


 焼け焦げたネファリウスは、迫り来るアニーリャに震える視線を送りながら弱々しく指先を向けるが、拳を握ることすらできない。


「ごめん。でも、あんたは討伐されるために産まれたの」


 剣を振りかぶり、焼けただれた喉へ振り下ろす。

 迷いのない一閃は、すぱん、とどこか小気味よい音を立てて首と胴を分断した。頭部は瞬く間に土塊へと変貌し、地面に落ちると同時に砕け散った。

 我写を引いて投獄されてから三ヶ月あまり。ようやく終わると思ったのに。


「はーい。んじゃ、さいごのお仕事よ」


 ぬるり、とネファリウスだった肉体の背中側に、ミコトがいた。


「ミコトさん?」

「こいつは邪王。あんたが討伐すべきは魔王なの。だから」


 ネファリウスの背中に手を当て、魔力を流す。


「インヴェルテレ」


 アニーリャが裂いた切り口から、ネファリウスのからだが割り開かれていく。内蔵らしきものがなかったのは先ほど手を突っ込んだ時に感じていたがあんな、星空のような空間が詰まっていたなんて信じられなかった。


「昨日一日いろいろ調べたって言ったよね? んで、邪王ってのはこの世界を生んだ存在の残滓。魔王インフェルヌが形を変えながら百年生きたせいでバグが生まれて、本来生まれるべきだった魔王じゃなくて邪王が生まれた」


 ぐるりと裏返ったネファリウスのからだが大きく広がっていく。


「んで、デバッガーとして業界に入った身としてはさ、バグはちゃんと潰さないとっ

て思うわけよ」


 広がりきったネファリウスのからだはもう、一枚の広大な布と呼べるまでに変貌している。


「さっき、あんたの魔王としての力とあたしの勇者の力を少し入れ替えたのは気付いたわよね?」


 そんな違和感は確かに感じた。

 なんでそんなことをするのだろうとも。


「あんたのチカラ貰うときにあたしの勇者としてのチカラも渡した。データの総量がかわると厄介だろうからね。んで、あんたに不具合出てないってことはチェックサムみたいなのは通ったってのはわかって安心した。馴染むかどうかは賭けだったからね」


 相変わらずなにを言っているのかわからないが、少しは自分を案じてくれたらしいことは伝わった。


「んで、もらった魔王のチカラを接着剤がわりにして邪王に入ったの。そのまま邪王と一緒に倒してくれればそれで終わったんだけどさ、あんたが助けてくれたから、いまこうやってあたしが邪王としてあんたと戦うことになるの」


 え、と漏らした顔は、とても間が抜けていたのだろう。ミコトが薄く微笑むが、悪い気はしなかった。


「ま、理解はしなくてもいいけど、あんたがやるべきことはなにも変わらない」


 広がりきった布を、まるでマントを付けるようにからだに巻き付けるミコト。


「あたしが、助けなきゃよかったって言ってるの?」

「ううん。助けてくれてうれしかった。仕事の邪魔だからって人間性捨てたあたしの弟子が、ちゃんと人間性をもって人を助けた。それは喜ぶべきことだと思うからね」

「でもなんでミコトさんと」

「何回も言ってきてるでしょ。魔王のあんたが魔王の力をもって魔王を倒す。それがこの世界にかけられた呪縛を解く唯一の方法だって。だから、」

「いまでなきゃ、だめなの?」

「うん。このまま放っておくと今度こそあたし、魔王の力に取り込まれて世界を滅ぼしちゃうわよ」


 それは、と口ごもるアニーリャ。


「あんたには、ちゃんと旅させて世界のきれいなところとかも、ちゃんと見せたかったんだけど、はやく帰って仕事したい欲が勝っちゃった。ごめん」


 ぺこりと頭を下げる。

 そういえば旅に出るとか言っていたな、とアグレと戦う前を懐かしくすら思う。


「じゃ、じゃあ、いまからでも、」


 ぶん、と無造作に腕を振るうミコト。手の先から小さな魔力の塊が飛んでいった、と思った次の瞬間にはリッコのすぐ脇の地面が炸裂。魔力の塊が来る、と判断したリッコが咄嗟に飛び退いて問題はなかったが、あれが直撃していたら、と思うとぞっとする。

 だいじょうぶですわ、と微笑むリッコの表情が少し重いのは、ミコトの心情を慮ってのことだろう。


「ほら、もうあたしのからだは、魔王本来の仕事をしようとしてる」

「でも!」

「変な人なあたしひとりの命と、あんたの親類縁者全員。天秤にかけるまでもないのになんでそんなに迷うのよ」

「ミコトさんも縁者だもん!」


 思わぬ言葉に面喰らい、目を丸くするミコト。しかしすぐさま表情を切り替え、


「うれしいこと言ってくれてありがと。でも、こんな変な人を相手にしてたら、あんたの将来がもったいないわ」

「変な人って言ってごめんなさい! ミコトさんをどうにかするなんてやだ!」


 いまにも泣き出しそうなアニーリャに、やれやれ、とため息をつくミコト。


「あのね、あんた相手に本気出すわけないし、あんた程度の攻撃であたしをどうこうしようだなんて百年はやいわよ」


 腕組みをして、ふふん、と微笑む姿はこの三ヶ月で何度も見てきた。


「ほらほらもう早くする! 言われたことひとつも出来ないように育てた覚えはないんだけど!」


 またも無造作に腕を振るう。今度は自分へ飛んでくる魔力の塊は、アニーリャのすぐ脇で爆発し、無防備だった彼女の頬を衣服を浅く裂く。


「あー、そっか。うん。やっと魔力の使い方が分かってきた」


 何度も手を握ったり開いたりしながら、つぶやくようにミコトは言う。


「やっぱ勇者じゃ魔の力と相性よくないのかもね。……覚えておこっと」


 くふふ、と笑うのは、向こうでの仕事のアイデアを閃いたとき。


「あんたから来ないなら、こっちから行くわよ!」


 マントを翻し、たなびかせ、ミコトが迫る。


「ちょ、ちょっと待って!」

「待たない! はやく魔王ミコトを倒せ! 魔王アニーリャ!」

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