第15話 襲来! 拘束! あとでひどいからね!

 アニーリャが最初に違和感に気付いたのは、土人形たちが出現しなくなるよりも前。いつ終わるとも知れない物量で攻め立てられてた頃。

 耳を塞ぎたくなるような轟音まき散らされる中で、それに紛れるようになにかを引きずる音がアニーリャの耳朶を掠めていた。

 気にはなったがいまは土人形を片付けるほうが優先と割り切って、意識の底に張り付かせておくだけに留めておいた。


「ひとつになろうと、しているようですわね」


 自分に聞こえたのだからリッコが聞こえているのは当然。そしてその正体が崩れ落ちた土人形たちがひと所に集まろうとしているものだと、ふたりは突き止めた。

 そして集まってどうなるかぐらいの想像力もふたりにはある。


「もー、こんなんじゃキリがないよミコトさん」


 数自体が減ったことで余裕が出たのか、アニーリャはミコトに愚痴る。


「ラスボス前のボスラッシュよ。がまんして」


 ミコトの説明はいつもこうだ。専門用語なのかスラングなのか判別できない単語を織り交ぜてくるので理解に時間がかかる。

 そう分かっていてもこんな状況でゆっくり咀嚼している時間などない。


「ボスってすごい強いやつのことだっけ? それは前に聞いたことあるけどさ、ボスラッシュてなによ!」

「言葉通りよ。それまで倒した強いやつが次々出てくるの」

「ボスって言われてもあたしなにも倒してないじゃない」

「うんまあそこはそれよ。こなさなきゃいけないイベントすっ飛ばしてるんだから」

「そういうのはミコトさんが作ってるのの話でしょ!」

「だいたい似たようなもんよ。こういうのって」

「もー。そうやってすぐごっちゃにするんだから!」


 話が通じているのかいないのか、こういうやりとりはこの三ヶ月でいやというほど繰り返してきたが、ミコトは改めようとしない。へんに迎合されたりこちらを甘やかさないところは却って信用できるが、いい加減にしてほしいとも思う。

「普段のミコトさまはああいう物言いをなさる方なのですね」

「そ。幻滅していいよ」

「あら。神秘的でいいと思いますわ」


 あっそ、と返し、くすくすと微笑みながらもふたりは土人形の処理を怠らない。

 それから数分と経たずに土人形たちはあらかたか排除され、三人の予想通り巨大な、見上げてもまだ足りないほどの巨大な存在へと変貌した。数は三。鈍重だった土人形たちでも寄り集まったことで知能と呼べるモノが生まれたのか、巧みに連携しながら、神殿の建物を破壊しながらアニーリャたち三人を分断、大声を出してようやく意思の疎通ができる距離にまで三人は話されてしまう。

 動く要塞、と呼んでもなんら違和感のないそれらをミコトはゴーレムと呼称し、分断されたことにも怯むことなく攻撃を続ける。


「せえのっ!」


 相手は生き物じゃない。だから生き物を相手にするように表皮を削ってちまちまとダメージを与え続け、隙を生ませる作戦は通じない。だから一気に破壊する必要がある。

 ゴーレムたちの見た目を裏切る行動速度と反応速度は、むしろ土人形のときよりも上がっているとさえ感じる。

 だが、そんな程度でこの三ヶ月間の特訓が無駄になるわけじゃない。

 地面を叩き付ける巨大な拳も、踏みつける足も、からだの一部を散弾のように飛ばしてくる攻撃もすべて掻い潜り、すり抜け、アニーリャは一体のゴーレムの後頭部へ飛びついた。


「うにゅらぁっ!」


 興奮しすぎてかけ声がおかしくなったが、魔力を込めた蹴りがゴーレムの頭部を粉砕する。粉砕されたゴーレムはそれまでの勢いから数歩進んだ後ぴたりと動きが止まる。

 やはり頭部が弱点か、と三人が思った刹那、首を失ったゴーレムの首元がぼこぼこと泡立ち、ずるり、と頭部が再構築される。

 へぇ、と感心したように口角をあげるミコトに、またろくでもないこと考えてるな、と呆れるアニーリャ。リッコは自分へ向かってくるゴーレムへの対処でそれでころではなかった。


「あああもうしつっこい!」


 ゴーレムのうなじを蹴って高く飛び上がり、中空で両手を高く掲げるアニーリャ。空を飛ぶ方法は以前ミコトに飛ばされたときにやり方を学んだ。そして大きく広げた両手の中心に、巨大な魔力の固まりが一瞬で形成される。


「てえいっ!」


 両手を振り下ろすのと少し遅れるように、魔力の固まりが首を再生成したゴーレムへと落ちていく。魔力の固まりに触れた箇所がぼろぼろと崩れ、風に乗って散っていく。

 固まりの先端が地面に触れると、固まりは地面を転がるようにしてリッコが対峙しているゴーレムへと向かう。


「リッコ避けて!」


 言われるまでもなく、自身のほうへと魔力の固まりが向かってきた瞬間にはもう、自身を襲うゴーレムがそちらへ向かうよう誘導していた。


「さすがリッコ。……うりゃぁっ!」


 ぐいっと腕を大きく振り動かして固まりの勢いを加速。その巨躯がアダとなって回避しきれずにまず右腕が飲み込まれ、そのまま全身が塵と化して消えていった。

 ひとまずはこれでよし。あとは、とミコトの方を見やれば、


「せいっ!」


 拳の一撃でゴーレムの胸部に風穴を開けているミコトの後ろ姿があった。胸部を貫かれたゴーレムは動きを止め、ぶるぶると振るえた、と思った刹那、四肢を飛び散らすように四散。そのまま動きを止めた。


「わは。さすが」


 でしょ、と振り返るミコト。彼女の影に、瞳のような形をした金色の光が一瞬生まれて消えた。それを見れたのは中空のアニーリャだけだったが、あまりにも一瞬であったためにゴーレムによって破壊された神殿の一部が地面に落ち、それが陽光を反射したのだろうと結論づけてしまった。


「でもこれで終わりってことは、ないんだろうな」


 ミコトはボスラッシュと言った。ラッシュというからにはもっと大挙して押し寄せてくるのだとアニーリャは予想したが、それ以上なにも起ころうとしない。

 いい加減警戒を解いて地面に降りようとしたのと、闇色の声が三人の耳朶を打ったのは同時だった。


『そこか、そこにいたのか、勇者!』


 え、と周囲を見回すアニーリャ。リッコも寒気を堪えるように自身の両肩を抱きながら警戒する。

 と、破壊されて四方八方へ飛んだ四肢がミコト目がけて急速に集まってくる。


「お? おお?」


 困惑しているように見えるが、たぶんわざとだ。集まった四肢はミコトを取り込むように再度巨躯を形成していた。

 外に出ているのは腹から上と手首まで。両手は大きく広げられた姿勢でゴーレムの胸部に固定され、へそから下の下半身もゴーレムに埋め込まれている。


「あちゃー。これは参った参った。アニーリャ、なんとかしてよ」


 嘘だ。

 ミコトが本気を出せばあんな拘束がなんの意味も成さないことを、リッコでさえ気付いている。


「そんな拘束ぐらい、ミコトさんならどうにでもできるでしょ。こんなときばっかりあたしを頼らないでよ」

「いやいや、これ結構頑丈でさ。力入れても動かないし、魔力もうまく練れないから魔法に昇華できないのよ」


 嘘か本当かはミコトのみが知るとして、ああいう物言いをしているときにこちらがなにもしなければあの人はずっとあのままの状態で居続ける。それをこの三ヶ月で思い知っているアニーリャはゴーレム二体を消滅させた魔力の固まりに魔力を送り込んで一本の剣へと変質させる。


「おぉ、やるじゃん」


 それに、とアニーリャは魔力の剣を構え、突撃しながら思う。


「てあああっ!」


 ミコトが拘束される直前に聞こえた闇色の声。

 あの闇の声は、勇者を見つけたと言った。

 ミコトは直前に「魔王が来る」と言っていた。

 だったら、あの拘束はなんだ。


「魔王が勇者を見つけたんなら攻撃とかするもんじゃないの?」

「うん。それはぼくも気になっている」


 唐突に右肩にちょこんと現れたウロに驚くことももうなくなった。


「あんた、魔王なのよね」

「残滓さ。能力の大半はきみが受け継いでいる。でももう、そのほとんどは使われないだろうけどね」

「ふうん。あたしには魔眼で手一杯よ」

「きみがそういう性格でほんとうに良かったよ」


 なにそれ、と苦笑する頃にはふたりはミコトを拘束するゴーレムの前にいた。

 アニーリャの目線の高さにはゴーレムの膝。足一本だけでもアニーリャの体躯よりも太く、ただ殴ったり蹴ったりしただけでは表皮を削るぐらいしかできないと直覚できる。


「手足ぐらいあとで掘り出してくっつけるからいいよね!」

「え、あ、ちょっとぉ!」


 まずは横薙ぎ。 

 するり、とほとんど抵抗なく刃はゴーレムの右膝を通り抜け、反撃に転じようとしていたゴーレムはバランスを崩して仰向けに倒れ込む。


「ちょ、恐いって!」

「自分から拘束されたんだから、がまんしてよ」

「もう! 終わったらひどいからね!」


 ふん、と鼻息だけで返し、ジャンプ。切っ先を下にしてミコトの頭部目がけて落下していく。


「や、やめなさい! さすがにそれで切られたら死ぬから!」

「わかってるって!」


 左側面から迫るのはゴーレムの巨岩のような右拳。柄を順手に持ち替え、中空でぐるりと体勢を変えながらゴーレムの右拳を切り裂く。

 肘の辺りまでまっさらな断面で切り広げられた右腕はそのまま落下。

 さすがに顔を青ざめさせるミコト。ここでようやく本当になにも出来ないのだと知ってアニーリャは剣を振り回してゴーレムの右腕を塵芥へ帰す。


「あ、あ、あんた、わざとやってるでしょ!」

「いままでのお返し」


 べー、と舌を出してすぐさま、性懲りも無く迫ってくる左腕へ斬りかかる。


「覚えておきなさいよ!」


 そんなふたりのやりとりを見ながら、リッコはどうにか手伝えないか、右往左往していた。

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