第14話 吸収! 急襲! 魔王襲来!?
「確かにきみの無限とも言える魔力の中なら、アグレひとつぐらい飼える。リッコを解放するにはそれしかない」
でも、とウロは口ごもる。
「いまリッコがそうされてるみたいに、アグレを魔力で包んでやれば大丈夫よ。……なんだかんだ言ってあの人、ヒントは置いていってくれてるのよね」
本人にヒントのつもりはないと思うよ、と冗談めかして返すウロに、アニーリャは苦笑するしかない。
「でも、どっちでもいいよ。いまはリッコが優先だから」
ずず、となにかを引きずる音が響く。
それがアグレの肉体から発せられているのだとすぐに場の全員が気付く。
漆黒の粒。そうとしか表現のできないなにかが少しずつアグレの肉体からアニーリャへ向かって流れていく。
「や、やめ、ろ……っ!」
黒い粒が吸い込まれる速度が徐々に上がっていく。背中や両手両足から生えていた翼や鱗がぼろぼろと崩れ、同じく黒い粒に変換されてアニーリャへと流れていく。流れ着く先にあるのは淡く輝く、こぶし大の球体。リッコのからだから流れ出る黒い粒は砂時計に落ちる砂のように球体に吸い込まれ、溜まっていく。
「わああああっ!」
最後のひと押しとばかりにアニーリャは叫ぶ。魔力を込めすぎたのか、視界が赤く染まる。頬を伝う滴を感じる。鼻頭が熱い。たぶん鼻血が出ている。が、いまはそんなことどうでもいい。一刻もはやくリッコを解放することだけを考え、使い方を理解したばかりの魔眼の出力をあげる。
やがて黒い粒は球体の中で親指サイズのアグレへと再形成される。
球体の中でアグレは困惑したように、自らを封じ込める球体を叩いたりなにか叫んだりしているが外側にはまるで影響しない。
「ごめん。しばらくがまんして。……外の様子は、見れるようにするから」
両手で優しく球体を包み、ヘソの下あたりに当てる。そのまますぅっとアニーリャの体内に吸い込まれていった。
ふう、と息を吐いてリッコを見やる。
衣服はぼろぼろ。しかしそこから覗き見える肌はツヤこそ失われているが元通りに。ほっとひと息ついてリッコを抱き寄せる。
「気づけなくてごめん。殴ってごめん。あとでいくらでもお返ししていいから」
「だいじょうぶ……ですわ。従者たるわたくしがアニーリャさんを殴るなんてこと、よっぽどのことがなければしませんもの」
「……ばか」
言ってぎゅっと抱きしめる。
「アニーリャさんこそ、目が充血しすぎて血の涙が零れています。あと、鼻血も」
くす、と笑ったの鼻血だろう。それが急に恥ずかしくなって袖口で乱暴に拭う。本当に赤い筋が付いていた。もういいや、と諦めるとなんだか妙におかしくなってきた。
「あーもう。でもリッコが元通りになってよかったよ」
うふふ、と微笑みながらゆっくりとまぶたを閉じるリッコ。
「うん。ミコトさんにはあたしから話すから、」
「サナティオール」
ミコトの冷淡な声のあと、ふたりを力強い光が包む。
見る間にアニーリャの血痕が消え去り、目の充血も治まる。ぼろぼろだったリッコの衣服も修繕されていく。
「え、ちょっとミコトさん?」
「寝てるひまなんてないわよ」
「なんですの?」
「アニーリャ、さっきのあんたの魔力に引かれて魔王がこっちに来てる。ついでに討伐するわよ」
唐突すぎる言葉にアニーリャはおろかリッコでさえ間の抜けた顔をした。
「魔王が? なんで!」
「知らないわよ。自分より強いのが出てきて焦ったとか、あんたとひとつになってもっと強くなりたいとかじゃない?」
こういう軽い口調をしているときは、むしろ本音を言っているとアニーリャも知っている。が、内容が内容なだけに訝しんでしまう。
「ミコトさんが旅に行くのめんどいから呼び寄せたんじゃないの」
「あたしをなんだと思ってるのよ。そんなことできるわけないでしょ」
そうだけどさ、と頬を膨らせるアニーリャとは逆に、リッコは事態が飲み込めたのか顔を青ざめさせている。
「ま、魔王が来るのですか? いま、ここに」
「ああ。ぼくのほうでも感知した。魔王がここに来る」
話しながらミコトは手近な神殿職員に、いますぐ衛兵を含めた全員を避難させるように指示。どれだけ間に合うかわからないが、やらないよりはマシだからと割り切って。
「さて、次はさすがにあたしも手伝うけど、その前に」
ぽん、とアニーリャの頭に手を置いて、
「ペルムターティオ」
聞いたことのない魔法をうけた、と思った次の瞬間、自分の中の言葉にし辛いなにかが吸い上げられ、別の暖かななにかが入り込んできた。
「? なにしたんです?」
「バフよ。強くしてあげたの」
ぽんぽん、と軽く叩いてリッコを呼び寄せる。
「ほらあんたも。アスケンシオ」
あたしのと違う、と思ったが口にはしなかった。
そんな気配を感じ取ったのか、くるりと振り返って指をぐい、と突きつけて言う。
「あんたとは強化する方向性が違うの」
「どういう風にさ」
「リッコは防御優先。あんたは攻撃優先。あんたが魔王にトドメささないといけないんだから、わかるでしょ」
うん、と頷いてみたものの、どこか釈然としない。
べつにリッコと同じことをしてほしいわけではない。いま、大事な物を奪われ、彼女の大切なものをと与えられたような感じがしてならないのだ。
「ほら、くるわよ!」
そんなアニーリャの思いを吹き飛ばすようにミコトが叫ぶ。
ぼこり、と修練場の地面が盛り上がる。ひとつだけじゃない。そこかしこの地面が盛り上がり、その中から無個性な土人形がわらわらと溢れてくる。サイズは大人ほど。目鼻は付いていないがやや前傾姿勢で周囲を睥睨しているのでどちらが前かはわかる。
そして動作自体は緩慢な動きでミコトたちへと集まってくる。
生まれてくる土人形たちはあっという間に修練場に溢れ、その浸食域は神殿の建物まで伸び始める。
「え、こいつたちが?」
「そんなわけないでしょ。尖兵よ!」
言いながら抜刀し、土人形の群れの中に飛び込んでいくミコト。斬撃の一撃、魔法の一発で簡単に土塊へと戻っているので個々の耐久力はさほどでもないようだとわかる。
「もー、こういうときは壁とかを背にして戦えって言ったのミコトさんなのにぃ」
この三ヶ月で兵法のようなものも学んでいる。が、あくまでもミコトの経験則からくるもので万人に通用するものではない。
「では、わたくしたちはミコトさまの教えに倣うとしましょう」
微笑みながらするりとアニーリャの背後に回る。
「うん。リッコが強いってのは一昨日見て分かってるから、そっちは任せるね」
「はい。お任せあれ!」
言いながら両手の平の上にそれぞれ氷球を産み出し、そこからつぶてのように細かな氷の粒をまき散らす。
氷のつぶてに当たった土人形は次々と弾け、あれよあれよと土塊に戻っていくも、それ以上に押し寄せてくる土人形の数のほうが多い。
「これは、持久戦になりそうですわね。アニーリャさん、くれぐれも突出したりしないでくださいまし」
「うん。ありがと。リッコも、無茶しないでよね」
ええ、と微笑む姿を背中合わせのアニーリャは見ることはできない。でも、背中を預けられる安心感とうれしさに気分はどんどん高揚していく。
「わあああああっ!」
リッコがそうしたように、アニーリャは両手から無数の雷を放出。四方八方から迫っていた土人形たちが炭化しながら崩れ落ちていく様は、壮観ですらあった。
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