第11話 魔王! 妖精! あんたいったいなんなの?!

「だぁいじょうぶよぉ。そんなに恐いことなんかしないから」


 手の平でアグレを仰ぐように何度も上下させながら、ミコトは軽い口調で言う。


「ぜ、全然信用できないんだけど」


 疑念の色たっぷりに睨まれてもミコトは表情を崩さない。


「痛かったら痛いって言ってね。できるだけ聞くから」


 引きずり回されて全身痛いんだけど、とつぶやいたが、魔法で地面を盛り上げて椅

子を作っていたミコトの耳には届かなかった。


「んじゃ、まずは質問ね」


 土で作った椅子にどかりと、足を組んで座ってミコトはやや横柄に言う。


「あんた、何者なの?」


 まずはそこからだ。

 百年前もそうだったが、ゴブリンやオーガのような土着のモンスター以外は魔王が産生している。百年前の戦いで数多のモンスターを狩ってきたミコトだが、こんな半人半鳥のモンスターはいなかった。


「ウロも邪王なんて存在は知らないって言ってるし、この世界は大体百年ごとに魔王が支配したり討伐されたりしてるの」


「だから、なに」

「あんたはその邪王ってのから作られてるのはいいし、そのうちぶっとばすからいいとしてさ」


 じろり、と鋭く睨み付けるミコト。


「魔王はどこにいるの」


     *     *     *



「あれ、ミコトさんいない?」


 互いの傷を治し、ひと息つきましょうか、とリッコが提案してようやく、アニーリャはミコトたちがいなくなっていることに気付いた。


「アグレとやらもいませんわね。あれだけ雁字搦めにしておきましたから逃げ出したとは考えにくいですが」


 意味はないと知りつつ周囲に視線をやるが、見慣れた石壁やそこから覗き見える木々ぐらいしかめぼしいものはない。


「ミコトから伝言だよ」


 そこへ急に、アニーリャの右肩に現れたウロが言うものだから、ふたりは心底驚いた。


「だから急に出てこないでよ! ほんとにびっくりしたじゃない!」

「え、なんで、蜘蛛がしゃべって? え?」


 そういえばリッコは初めてウロを見るな、と彼女の混乱ぶりに落ち着きを取り戻したアニーリャは、肩口に左の手の平を寄せる。アニーリャの意図を察してぴょん、と飛び乗るウロ。


「あたしの我写「アクヤク」についてる妖精のウロよ。ほら、挨拶」

「やあ。初めましてだね。ぼくはウロ。よろしく頼むよ」


 右の前肢を器用に挙げて気さくに挨拶するウロに、リッコは一層困惑した表情を浮かべる。


「我写の、妖精……? アニーリャさん、なにを、おっしゃっているのです? そんなものは、いないですよ?」


 リッコがこんなことで冗談を言ったりからかったりするような性格でないことぐらい、この二日でよくわかる。

 だからこそ、彼女がなにを言っているのかが理解できなかった。


「え?」

「え?」

「ん?」


 ウロでさえ、困惑していた。


「だ、だって我写引いてもどんなスキルか分からないでしょ。妖精がアドバイスして、くれない、と……」


 怪訝な顔、というのはきっとこういう表情を指すのだろうとアニーリャは実感した。

 そしていままで燻っていたウロへの疑念が再燃する。


「あんた本当になんなの」

「ぼくに言われても困るよ。ぼくだって五十年前に我写箱に「アクヤク」のスキルと一緒に入れられて、それからずっとアニーリャが引くのを待っていたんだから」

「その割に魔王とかのことよく知ってたみたいだけど」

「ぼくが知ってるのはきみが魔王の血族ってことだけだよ。魔王そのものについてはよく知らないさ」


 またしても驚きの声をあげたのはリッコ。


「魔王? いま魔王の血族とおっしゃいましたか?」

「あ、うん。ウチはそうらしいよ。だから魔力だけはめちゃくちゃあるのあたし」


 えへへ、とはにかむアニーリャに、リッコの表情が曇る。


「あ、もしかして魔王とか嫌いだった? そりゃそうだよね。百年ごとに迷惑かけまくってるのが先祖なんて、」

「違います! わたくしがアニーリャさんを嫌うはずがありません!」


 急に大声で反論されてアニーリャはたじろぐ。

 驚かせてしまったことに慌てふためくリッコに、苦笑しつつ促すアニーリャ。


「ま、魔王とは、魔力でできた存在、と聞きます。一説には人々の悪感情が百年かけて寄せ集まった存在とも。そんな魔王が人の子を成せるとは……」


 あーそっちね、とアニーリャは頷き、


「ミコトさんが言うにはね」


 そう語り出したのは次のような内容だった。

 魔王とは人々の悪感情が百年をかけて寄り集まって生まれ、人々を苦しめ、人々の願いから生まれた勇者によって討伐される存在。

 その円環の果ての果て、魔王に自我が生まれ、自身がどういう存在なのかを理解した。

 苦悩した。

 生まれた自我は善性であり、苦しむ人々を助けたいとすら願った。

 しかし伝える術がなかった。

 苦悩を抱えたまま再び円環に閉じ込められた魔王だったが、諦めることはなかった。

 そこからまた幾星霜の時が流れる、かと思われた魔王へひとりの魔法使いが言う。


『わたしでは直接あなたを救えないが、方法は提示できる』


 その魔法使いはミコトたちの世界に赴き、魔王の願いを叶えてくれる純粋な魂の持ち主を選抜し、召喚した。

 それが先代の勇者ミコト。

 まだまだ幼さが勝つミコトはそれでも魔王を討伐するために旅をし、やがて対峙した魔王から願いを託される。

 この世界とは異なる世界の知識と智恵を膨大に持っていたミコトは、魔王から前性を抜き出し、残骸を討伐した。


「えっ、ではもう魔王は現れないのではないですか?」


 そこまで聞いて、リッコは驚いたように問いかけてきた。


「なんかね、勇者が魔王を退治するだけじゃ、結局また魔王が現れるんだって。だから魔王が魔王を倒すことで円環の仕組みを壊さないといけないから、前の魔王から引っこ抜いたのをウチのご先祖に移して、あたしが魔王としてもうすぐ出てくる魔王を倒さないといけないんだってさ」


 魔王、ときょう何度聞いたか分からないが、どちらにせよアニーリャが苦難の道を歩むことに変わりはないのだと思い知ると、リッコはうなだれてしまう。


「リッコがショック受けなくてもいいよ。これは、我が家の問題だからさ」


 微笑むアニーリャが哀しくて愛おしくて。

 気がつけばリッコはアニーリャを抱きしめていた。


「な、なになにもう。あんたが悪いわけじゃないから。落ちついて」

「なんで、そんなにも達観なさっているのです」

「だってはやく終わらせたいでしょ、こんなこと。それに、だいじょうぶだよ」


 そしてそっとささやいた言葉に、リッコは思わず苦笑する。


「はい。なにかあればいつでもお申し付けください。我が家の総力をあげて対応致ししますから」


 ありがと、と返されるのを待って、リッコはようやくアニーリャを離す。


「ウロ、さん」

「なんだい?」

「我写の妖精、という存在をわたくしは知りません。おそらく神殿長も含めた大人たちも知らないと思います」

「ぼくもぼく自身の出自はよくわかっていないよ。我写箱に入れられる以前どこにいたのかとかも含めて」


 はい、と頷き、


「ですが、あなたはテイラム家の家紋である蜘蛛。そしてアニーリャさんのスキルに付随しているというのなら、なにかしらの縁があるのでしょう。なので、わたくしもアニーリャさんに害を為さないのであれば、あなたを敵視することはしません」


 リッコの宣言に面喰らったような間を置いて、ウロは柔らかく言う。


「うん。ぼくとしてもアニーリャを助けてくれるひとがいるのは心強いんだ。よろしく頼むよ。リッコ」


 ええ、と微笑み、そっと指でウロを撫でる。

 そんなふたりの和解に心をよくしながらアニーリャはウロに問いかける。


「あ、そうだウロ、伝言ってなに」

「あ、ああ。他愛ないことだよ。『あたしとアグレのことは気にしなくていい。あんたたちは夕方まで自主練してご飯食べてお風呂入って寝なさい』。以上だよ」

「ん。じゃあそうしよっか」


 はい、と頷くリッコだが、どうしても胸中に残った疑問を消せないでいる。

 魔王が人の悪感情を集めて出来た存在だとしたら、それを討伐したときにこの世界はどうなってしまうのか、と。

 その思いは、彼女の左頬にわずかに残った傷を、本人も気付かないほどにうずかせるものだった。

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