第16話 ぼっち、魔王の部屋から生還する

 短い人生だった。

 魔王に目をつけられて生活指導室に呼び出されて、私はここでどんな目にあうんだろう?

 一瞬だけ逃げようかなと考えたんだけど、逃げ切れるわけない。

 とっ捕まって丸裸でダンジョンに放り込まれるんだ。

 なんであんな人が先生なんかやってるんだろ。

 今、私は生活指導室のドアの前にいる。この奥で魔王が待ち構えているんだ。

 

「いるなら入ってきていいのよぉ」

「ひぴぃっ!?」


 ドアの向こうから気配だけ察知された!?

 いや、落ち着いて。すりガラスだから影くらい見えるよね。

 大魔王からは逃げられないって誰かが言ってたし、行くしかない。


「しし、し、失礼、しましゅ……」

「そこに座って。あ、ドアは閉めてね?」


 生活指導室に入ると魔王が席に座っていた。

 壁にはなぜか竹刀が立てかけられている。

 拷問器具かな?

 それでなんでその拷問危惧を壁から取るのかな?


「……あなた、配信活動をやってるのねぇ。動画を見たわ」

「ひゃい……」


 その時、魔王が竹刀をヒュッと振った。

 かすかに当たった風圧だけでも上半身が揺れた。

 揺れちゃった。


「ぼっちの魔道具製作チャンネル、登録者数は21万人。これ、収益化の申請はしているの?」

「ああ、は……」


 待って! これは魔王の罠だよ、ツクリ!

 申請していますなんて答えたらどうなると思う?

 きっとこうなる。


「学生の身で収益を得るなんていい度胸だなぁ? 私が一から根性を叩き直してやるよ」

「ひぴぎゃぁーーー!」


 こうなる! 絶対こうなる!

 だからここは慎重に!


「してない、です……」

「してない? 本当に?」

「は、はひ……」


 魔王の竹刀が床に振り下ろされて床の破片が散った!

 してないって言ったじゃん!

 よく見たらこの生活指導室、壁や床がボロボロだ!

 この部屋だけ廃墟みたいになってる!

 絶対この人のせいでしょ!

 もうダメだ! 殺される! 逃げよう!


「……もったいないわ」

「ごめんななぁい! え?」

「収益化すべきよ、ぼっちちゃん」

「ぼっちちゃん?」


 あれ? 聞き間違いかな?

 魔王の表情が恍惚でうっとりしている気がする。

 どうしたのかな?


「まさかぼっちちゃんがこの学校の生徒だなんてね……。あなたの動画を見て一目でファンになっちゃったの」

「はい?」

「さっきあなたを見た時は心臓が止まるかと思ったわぁ。まさかぼっちちゃんと同じ空間にいるなんて……」

「……真桜先生?」


 私は何を聞かされているんだろう?

 さっきまで魔王みたいになってた人が今は子どもみたいにはしゃいでる。

 そしてジャージのポケットからスマホを取り出して、私の動画を再生し始めた。

 やめたげてよぉ!


「これね、ぼっちちゃんのこのいきまぁーすが癖になってるの。ぼっちちゃん、この前はキラーマシンになったでしょ?」

「先生?」

「ヒヲリさんとのコラボも感動して涙が出ちゃったわぁ。ヒヲリさんがあなたに感謝するシーンなんかもう何十回も再生してるのよぉ」

「先生?」


 すごいキャッキャいってる。魔王、どうしたの?


「特にこのふるふると震える仕草が……はっ!? ごめんなさい、驚かせちゃったわね」

「だ、だいぶ……」

「こんなことで生活指導室に呼び出すのはよくないとわかってるんだけど……。どうしても我慢できなくてねぇ」

「せ、先生は、配信活動とか、す、好きなんですか?」

「浮ついたのは嫌いだけど、ぼっちちゃんは好きよ」


 なんか答えになってないような!?

 私のは浮ついてないのかな?

 スマホを握りしめて、なんだか乙女って感じがする。


「ここってこんな学校でしょ? だから私も生徒達から甘く見られないように、決める時は決めるようにしているの。配信だって本当は好きよ」

「そう、だったんですか……」

「特に昼間の下須君みたいな勘違いしちゃってる子が多いからねぇ。あぁ思い出したらムカついてきたわ、後でもう一発くらい殴ってやろうか」

「先生?」

「あら、私ったら……ぼっちちゃんは好きよ。うふふ」


 なんでそこでフォローするの!?

 と、とにかくこれで私の身の安全は確保されたってことだよね?

 九死に一生を得たことだし、そろそろ帰っていいかな。


「本当の私はすごくおしとやかなのよ。下須君達には強気に接しただけなの」

「はい、はい、わかります……」

「ところでこれを見て。私ね、ぼっちちゃんの支援サイトを作ったの」

「ぼっちちゃんを見守る会……?」


 真桜先生に見せてもらったスマホの画面には【ぼっちちゃんを見守る会 会員数2万人突破】とか赤裸々と書かれている。

 ファンサイトってなに?

 えっと、何の会員数かな?

 ぼっちちゃんっていう人を見守る会員? わかんないなぁ。


「ここだとぼっちちゃんの名シーンを語り合ったり、名仕草投票なんかをしているのよ。法律の関係でグッズの販売はしてないけどね。したいわぁ……」

「あの、これ、カウンターみたいに、な、なってます? 2万1222人、1223人……ふ、増えて、る?」

「そうなのよぉ! これがまた好評なの! この分だと来週には10万人は超えるわね!」

「はんぎゃらぱーーーー!」


 じゅ、十万人が、わ、私のファン?

 登録者数は理解できてもこうやって生々しい数値として見せつけられるとちょっと怖い!

 私なんかのどこがいいの!?


「あ、会員ナンバー2の『切り裂き武士』さんの投稿だわ! ひをりんとぼっちちゃんの熱々シーンについて二万文字の投稿よ!」

「誰かわかりそうな名前ぇー!」

「ところでこのサイトは当たり前だけど非公式なの。そこでぼっちちゃん公認になればグッズとか作れるのよ! お願い! 公式ファンサイトとして認めて!」

「いいい、やや、あの、それだけは!」

「一生のお願いのうちの一つよ!」

「これがお願いの序章!?」


 あの魔王先生が私にすがりついてくる!

 こんな人だったなんて! 配信嫌いって噂は何だったの!

 でもこれは私の意見だけじゃ決められない!


「わ、私、事務所への、お誘いがあるので! きょ、許可とか、あるかも……」

「事務所?」

「パ、パラレルスターに……誘われてます……」

「パラレルスター!? 切音やヒヲリを初めとした数々のかわ……素敵な配信者が所属している大手事務所じゃない!」


 え、ヒヲリさんも? それは初めて聞いた。

 ていうか先生、詳しすぎる。


「わかったわ……。公式サイトの件はひとまず保留ね」

「は、はい、すみません……」

「じゃあ正式に所属が決まったら私から事務所に打診するわ」

「はぎゃわぁーーーー!?」


 まったく諦めてなかった!

 グッズとか作られたら恥ずかしくて死んじゃうんだけど!?


「許可が下りたらぼっちちゃん抱き枕を販売しようと思うの。契約次第だけど、収益の一部はぼっちちゃんに払うから安心してね」

「あわ、あわわわ……」


 魔王先生から解放された後、廊下で待っていたのはヒヲリさんだった。

 なんか親指を立てているけど、どういう意味かな?

 そしてまだタイショウ君がいて、なぜかわなわなと震えていた。


「ご、拷問部屋から無傷で出てきただと……」

「え?」

「えらいことだ、えらいことだぁーーー!」

「ちょっとぉーーー!?」


 後で聞いた話だと、魔王先生に生活指導室に連れていかれて無傷で出てきた人はいないらしい。

 拷問部屋だの処刑部屋とか言われていて、学校関係者でここに近づく人はいない。

 今日は疲れたよ。しこたま疲れた。ひとまず帰ったら事務所の所属への返事をしよう。

 さすがに大手事務所だから公式ファンクラブなんて簡単に認めないよね。信じてる。

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