第17話 ぼっち、事務所に所属する

 私が勇気を出してパラレルスター事務所に電話をすると、すぐに予定を合わせてくれた。

 週末、私はさっそく事務所に向かう。

 駅前で待ち合わせをしてくれたのは切音さんだ。


「今日は、す、すみません」

「構わない。この日を予知して日程を合わせていたからな」

「予知!?」


 と、とにかく私達は事務所に向かった。

 今更だけど緊張してきた。

 切音さんの紹介という形だけど、まだ所属できると決まったわけじゃない。

 断れる場合だってある。例えばこうだ。


「君じゃ一過性で終わるよ。今は珍しがられているだけで消えていくのがオチだね。顔もブスだし、切音もよくこんなのを紹介してくれたな」

「すみません。後で切り捨てて処分しておきます」


 ひぴぎゃあーーー!

 怖い怖い! いやいや! さすがにないない!

 切音さんは優しい、切り捨てるとか――え?

 なんで刀のつばを鳴らしてるのかな?


「そういえば君に助けられてから、気を引き締めて一から鍛錬をやり直してな。とにかく斬りたくてしょうがない」

「そ、そーですか……」


 例えば一過性で終わりそうな配信者じゃないよね?

 オドオドしながら街中を歩いて辿りついた事務所の外観には大きな星の看板が取り付けられていた。

 ここがパラレルスターの事務所だ。

 中に通されて受付で挨拶を済ませた後、所長室へ案内される。


「怒栖川(どすがわ)所長、ぼっちちゃんを連れてきました」

「うむ、ご苦労極まりない。よくきたな、ぼっちちゃん」


 くるりと曲がった黒ひげが特徴的な強面おじさん所長が握手を求めてきた。

 立ち上がると熊みたいに大きい。だ、ダンディーというやつかな?


「私がパラレルスター事務所の所長、怒栖川 サメゴロウだ」

「は、はは、じめまして……も、藻野ツクリ、です……」


 もう名前がすごい。

 筋骨隆々な体型だし、この人がダンジョンに潜ったほうがいいんじゃないかな。

 出されたジュースをちゅーちゅー飲みながら、話を聞くことにした。

 パラレルスターの概要、理念。事務所に所属する利点。

 そしてカクテイシンコクという悪魔のこと。これが意外だった。


「確定申告というのは年に一度だけやってくる災厄のようなものだ。これをしくじると、とんでもない目にあう。もし所属してもらえるなら事務所側が引き受けよう」

「と、とんでもない目って……?」

「最悪の場合、逮捕される」

「たたたた、逮捕ぉ~~~!」


 それからもツイチョウカゼイの悪魔とか、色々と教えてもらった。

 聞いているだけで怖い。

 説明が終わるとサメゴロウが差し出してきたのは契約書だった。

 あれ? すでに保護者のところにサインされている?


「実は君の両親のところに予め郵送しておいた。後は君がサインすれば契約完了だ」

「い、いつの間に……わ、わかりました」


 私が契約書にサインして契約完了した。

 これでいいのかな? いいよね、たぶん。


「改めてパラレルスターにようこそ。といっても説明した通り、君はまだ収益化が通っていないから今はアカデミー生という待遇だ」

「は、はい、よろしくお願いします……」

「では君のマネージャーを紹介しよう。こちらが新見ナル君だ」


 ぺこりと私に頭を下げたのは若い女性だった。

 黒いビジネススーツを着て、いかにもできる女の人みたい。

 こんな機会がなかったら一生、関わることがなさそう。


「初めまして。これから藻野さんのマネージャーを務めさせていただきます」

「マ、マネージャー、ですか……」

「あなたがより上にいけるようにサポートしたり、藻野さん宛ての手紙や贈り物を管理します。詳しいことはこれから知っていただけると思います」

「あ、あ、ありがとうございます」


 キッチリとしたエリートな女性って感じだなぁ。

 私みたいな陰キャの相手なんてさせられて、どう思ってるんだろう?


「現段階ではファンクラブの見当をしていますが、どうしますか?」

「え? い、いえ、そんな私にいきなりファンなんて」

「実はすでにお話をいただいているのですよ。こちら、【ぼっちちゃんを見守る会 会員数4万人突破】ですね」

「先回りぃーーーー!?」


 魔王先生、何してるの!?

 しかもついこの前まで2万人だったよね!

 しかもまだリアルタイムで少しずつ増えてるぅ!


「率直に言って、この速度でここまで知名度を上げた配信者は例を見ません。切音さんでさえ、ここまでのペースではなかったと記憶しています」

「切音さんが……」

「怒栖川所長や事務所スタッフ一同、藻野さんに所属していただけて安心しております。なぜならこれはあなただけの問題ではないからです」

「ど、どーゆう、こと、ですか……」

「あなたの魔道具製作技術は現代のそれを大きく凌駕しています。このまま知名度が上がれば、多くの企業やギルドが放っておかないでしょう。そうなった時に事務所という後ろ盾てで守ってあげられるのです」


 ナルさんが言うには、私のところにギルドや企業からの勧誘が多く飛び込んでくるかもしれないみたい。

 その中には詐欺同然のものもある上に、強引な手を使って引き抜こうとするところがある可能性がある。

 そこで事務所所属という社会的地位があればある程度の牽制になるし、いざという時に顧問弁護士を通して守ってもらえると説明してくれた。


「な、なんか、あり、ありがと、ございます……」

「ど、どうして泣くんですか!?」

「今まで、こんな風にしてもらったこと、なくて……。ずっと一人だったから……」

「そうですか……。でもあなたは自分が思っているより素晴らしい人間ですよ。私がこれからそれを証明してみせます。任せてください」

「はいっ……!」


 ナルさんの言葉の後、切音さんが拍手をした。

 私、がんばれるかな。こんなに期待されたことないからまだ戸惑うけど、これからもがんばろう。

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