国連人類防護軍沖縄基地

……………………


 ──国連人類防護軍沖縄基地



 ついに沖縄が見えて来た。


 無数の軍艦が沖縄に整備された洋上フロートを利用した海軍基地に停泊し、さらにその外を哨戒している。さらには無数の地対空ミサイルなども完備だ。


 国連人類防護軍極東戦域軍の前線基地でも最大規模の拠点である。


『接近中の航空機に告げる。こちらの誘導に従い、着陸せよ』


『了解』


 “FREYJA”が地上の完成に従って、かつて普天間基地として知られ、今は国連人類防護軍の航空基地となっている場所にワイルドダックが高度を落として着陸する。


「オーケー。ようやく到着だぜ。飯が食えるぞ、デルタ」


「腹減った!」


「分かった、分かった」


 デルタが喚き、俺がなだめながらワイルドダックが完全に着陸し、エンジンを止めるのを待った。


「よし。さて、まずは報告だな」


 そして、俺がワイルドダックの後部ランプから降りたときだ。


「動くな!」


「わお。すげえ歓迎だな、おい」


 いきなり完全武装の国連人類防護軍の兵士たちにSER-95の銃口を向けられた。


「味方だって分かって着陸させたんだろ? 大事な荷物を運んでるんだ。撃つなよ」


「悪魔の反応が検知された。どうなっているか説明しろ、准尉」


「事情がある。そうだ。サミュエル・ハーグリーブス教授にデルタと“FREYJA”をお届けに参りましたと報告しろ。そうすりゃ分かるよ、大尉」


「クソ。動くなよ」


 指揮官の大尉が端末のODINを通じて国連人類防護軍極東戦域軍司令部に繋いだ。


「はい。そうです。いいのですか? 我々としては……」


 大尉は渋い表情をしている。


「畜生め。上層部は何を考えてるのかさっぱりだ。准尉、お前とお前の運んできたものを施設に移動させる。ついてこい」


「了解」


 完全武装の1個中隊のエスコートだぜ。


「おかしな真似をするなよ、准尉。必要なのはお前が運んできた装備だけだ。お前自身はいつ射殺しても文句は言われん」


「嬉しい話だぜ。功労者を歓迎するってのにそれはねえだろ」


「京都の陥落で混乱が生じ、保安レベルが上がっている。どこに悪魔が潜んでいるのか分からん。兵士たちも神経質になっている」


「俺は味方だぞ」


「そうだと説明できないんだろう」


 やれやれ。どこもここも大歓迎だことで。


 俺たちは大尉に誘導されて装甲兵員輸送車APCに乗り込み、護衛された車列で普天間基地を出ると沖縄の国連人類防護軍施設を目指す。


「目的地は?」


「タウミエル・コンプレックス。国連人類防護軍の研究施設だ。何をしているかは知らんがな。俺たちは守れトだけ命じられている。何も知らされずにな。クソ」


 大尉は実に不満げだ。


「なあ、お腹減った……」


「悪い、デルタ。飯が食えるのはまだ先になりそうだ」


「うー! 何かないのか?」


「大尉。何か食い物持ってないか?」


 デルタも不満気だ。


「チョコレートがある。だが、そいつは何なんだ? 何の意味があるものだ?」


「ただの生意気なクソガキだよ、大尉」


 大尉が戦闘糧食に入っており、残しておいて後で食べるのが兵士の間の決まりのチョコレートを差し出し、俺は肩をすくめてそれを受け取った。「


「ほら、デルタ。チョコだ」


「寄越せ」


 俺の手からデルタがチョコレートをふんだくる。可愛くねえ奴。


 それからデルタはチョコレートを貪り静かになった。


「沖縄は攻撃を受けてるのか?」


「今は目立った騒ぎはない。だが、それが不気味だ。海軍はしょっちゅう攻撃されてるのに上陸してくる気配はない。嵐の前の静けさって奴じゃないかって噂してる」


「確かに攻撃を受けてる方が安心できるな」


 攻撃前ってのはいつも静かなもんだ。


 嵐は突然やってくる。いきなりやってきて準備ができてない俺たちを苦しめる。


「そろそろ到着だ。本当になんなんだ、お前らは」


 俺たちを乗せた装甲兵員輸送車APCはAMR85無人戦車数台とアーマードスーツやらで防衛されているゲートを潜り、目的地のタウミエル・コンプレックスとやらに到着した。装甲兵員輸送車APCは停車する。


「降りろ、准尉。着いた。後はここの施設の連中が対応する。お前と同じ統合特殊作戦コマンドの連中だ」


「わお。久しぶりに同僚に会うぜ」


 大尉に従って装甲兵員輸送車APCを降りる。


「こいつがタウミエル・コンプレックスって奴か……」


 俺の前に現れたのは堅牢な鉄筋コンクリートの構造物。懐かしのスターリン様式に近い魅力と色気の無さだ。この醜い建物を作った奴はとにかく建築費を削減したかったんだろうな。


「行け、准尉。後は向こうの管轄だ」


「あいよ。送ってくれてありがとな、大尉」


 俺は礼を言うとタウミエル・コンプレックスのエントランスを防衛している国連人類防護軍の兵士たちを見た。


 俺と同じ092式強化外骨格を装備してる。統合特殊作戦コマンドの作戦要員オペレーターだ。名前と所属が表示されないところを見るにかなり機密性が高いな。


「よう、ご同輩。お届け物だぜ」


「おちゃらけるのは止めろ、准尉。統合特殊作戦コマンドの作戦要員オペレーターとしてのふざけた特権は俺たちには通じない」


「失礼しました、少佐。任務を達成しに来ました」


「ついてこい」


 少佐に従ってエントランスを潜り、タウミエル・コンプレックスの中に入る。


「まずは宣誓書にサインだ。ここで見たことについて一切口外するな」


「了解」


 ヘッドHマウントMディスプレイDに宣誓書が表示されるのに俺は大して内容を読まずに適当にサインした。


「サインは済んだな? こっちだ。サミュエル・ハーグリーブス教授はお前がお気に入りらしい。お前に会いたいと言ってる」


「いつから統合特殊作戦コマンドは学者先生に指揮されるようになったんです?」


「この戦争が始まる前から軍隊を指揮しているのは軍服の将軍たちではなく、政治家と背広組だ。何も変わりやしない。シビリアンコントロールって奴さ」


 少佐は統合特殊作戦コマンドの作戦要員オペレーターらしい精神だ。クソみたいな状況だろうと理不尽な待遇だろうと受け入れ、そして乗り越える。


「ここでは何をしてるんです?」


「高度な研究だ。俺たちには理解できんような代物だよ。だが、人類の勝利のために貢献してると言う話だ。そう言われたら信じるしかない」


「UNEも人類のために新エネルギーを開発すると言っていたんですがね」


「まあ、人類の定義は人によりけりだ」


 少佐と4名の統合特殊作戦コマンドの作戦要員オペレーターに護衛されてタウミエル・コンプレックスの飾り気のないコンクリートが剥き出しの内部を進む。


「ここだ。俺たちは外で待つ。お前が持ってきたものを持って入れ」


「了解」


 俺は少佐が開いた軍艦の隔壁みたいな扉をラル、デルタ、“FREYJA”を連れて入る。


 隔壁は二重でいくつもの無人警備システムに守られている。


 そして、その先に電子機器が大量に聳え立つ空間が広がっていた。


「やっと来たか、天竜湊准尉。待ちわびたぞ」


「あんたがサミュエル・ハーグリーブス教授か? 予想外の格好だな……」


 俺の前にこれまで俺を沖縄に導き続けて来た男が姿を見せた。


 だが、それは機械の体をした人間とは思えない存在だった。それは体の一部を機械化しているというレベルではない。完全な機械で金属の肌が剥き出しになった機械仕掛けのロボットそのものだ。


「そう、私がサミュエル・ハーグリーブスだ。君のことは既に調べさせてもらった。人間でありながら悪魔の力を有する存在。特異な個体であると」


「オーケー。それで俺に何の用だ?」


「呼び出して悪いが君自身と話すことはあまりないだろう。私が用があるのは君がその特異な体質を得た元凶だよ。久しぶりだな、ラルヴァンダード?」


 サミュエル・ハーグリーブスはそう言っていつの間にか現れたラルにその機械のセンサーである目を向けた。戦闘用アンドロイドと同じ多目的熱光学センサーだ。


「やあ、サム。本当に久しぶりだね。君がそんなブリキの人形に成り果てる前、マサチューセッツ工科大学の研究施設で行った実験の時以来かな?」


「相変わらず忌々しい化け物だな、お前は。その男は私への見せつけか? 我々がようやく成し遂げたことをお前がいとも簡単にやったということを示したかったのか?」


「なんのことやら。ボクは君が何をしたかったかなんて知るわけがないだろう。ボクはね。純粋に地獄の門を閉じたくて、そのために必要な人材をスカウトしただけだよ」


 サミュエル・ハーグリーブスが忌々し気な口調で告げるのにラルは肩をすくめる。


「嘘ばかり吐くのは昔からだな、二枚舌の蛇め。知っているのだろう。我々が悪魔の力を解析し、そして利用しようとしていたことを。デルター999と一緒にいてお前が気づかないはずがない」


「この子を生み出すのにどれぐらいの犠牲を払ったんだい? 君は昔から倫理ってものを理解しない科学者だったよね。この非常事態がそれを加速させたとしても、驚くには値しないけど」


「勝利のために必要な犠牲だ。お前のように残酷な遊びのために犠牲者を出したわけではない。それに私自身も犠牲を払った。デルタ-999の遺伝子上の父親は、他ならぬこの私なのだからな」


 サミュエル・ハーグリーブスがそう言ったのにデルタが目を見開いた。


「……あなたが私のパパなの?」


「そうだ、デルタ-999。お前の遺伝子上の父親は私であり、遺伝子上の母は私の妻であり天才的な数学者であったエヴァ・ハーグリーブスだ」


 デルタが不安そうに尋ねるとサミュエル・ハーグリーブスが優しい口調で返した。


「おい。その体でどうやって子供を作ったてんだ、教授? あんたは子供を作れるような体には見えないぞ」


「生身の体だったときに精子を冷凍保存していた。エヴァは卵子を。今の人工授精技術は極めて高度だ。そして、受精卵から生命が生まれるまでの過程は人工子宮が担う。脆弱な生身の肉体は必要ない」


「へえ。で、デルタを生んだのか。聞くけど、デルタをどうするつもりだ?」


 どういう意味があってデルタが生まれたのかについての説明を受けてない。


「全ては人類のためだ。デルタ-999はただ悪魔の力を獲得できるだけの存在ではない。全ての悪魔を滑る悪魔となるのだ。“FREYJA”を利用することによって」


「全く意味が分からん。こいつはただのクソガキだぞ? その親のあんたに言うのは気の毒だがな」


「君には理解できまい。UNEが起こした大惨事を生き延びるために必要なのだ」


 こういうときに学者先生は饒舌になる。


「UNEが起こした惨事は過去に起きた生物の大量絶滅と同義だ。急激な環境変化による既存種の大量死。人類はこれを乗り越えなければならない。しかし、どうやって? 精神を操り、強力な力を振るう悪魔の侵略をどう生き残る?」


 黙って聞いておく。素人が口出しするとこの手の人種は徹底的に論破してくるから面倒くさいんだよ。


「答えはひとつ。脆弱な生身の肉体を捨てるのだ。私のような強固な機械の体へと転換する。悪魔の影響を受けることもなく、生物としても強固な存在へと進化することだ。それによって生き残る」


「どうかしてるぜ、あんた。人類をみんな機械にしちまおうってか?」


「残念ながら全人類を機械化するだけのリソースは存在しない。機械化するのは選ばれた人間だけだ。選別はAIが公平に行う。機械化された人間は生身の際の遺伝情報をアップロードし、これからはデジタルで交配を行い、子孫を作る」


「マジかよ」


 どうかしてるってレベルじゃねえ。完全なマッド野郎だ。


「生き残れない人間はどうするんだい? 見捨てるの?」


「言っただろう。これはかつて起きた大量絶滅と同じだ。地球では何度も起きてきた事象であり、その発生の度に生命は生き残りを残して適応してきた。残念だが多くの人類は絶滅を許容しなければならない」


「君の思想は君が嫌ったナチスのそれそのものじゃないか」


「黙れ、化け物。私は祖先をダッハウで失った。あのような科学的根拠もなしにいかさまの生物学を思想とした連中とは違う。私は誰ひとりとしてチフスやガスで死なせない。彼らは自然淘汰で死んでいくのだ」


 ラルが嘲るのにサミュエル・ハーグリーブスが苛立ったように返す。


「お前の方こそ、あのオカルト集団と親しかっただろう。アーネンエルベに召喚されて、連中に何を約束し、対価として何を取り立てた? お前こそがあの惨たらしい惨劇を引き起こした元凶ではないのか?」


「まさか。ボクはただちょっと夢を見させてあげただけだよ」


 アーネンエルベってなんだ? 何かの秘密結社か?


「なあ、人類を機械化したとして悪魔にどうやって勝つんだ? 言っておくが悪魔は戦車だろうと空母だろうとぶっ壊すぞ。機械化したって壊されちまう」


「我々は悪魔に勝利するだけではない。連中を征服するのだ。UNEは確かに多くの犠牲を出す惨劇を起こした。だが、UNEが見つけたエネルギーであるゲヘナマテリアルとゲヘナラジエーションは優れたものだ」


 俺の言葉にサミュエル・ハーグリーブスが語る。


「“FREYJA”が悪魔のアルゴリズムを解析し、把握するのが計画の第一段階。そして、次に全ての悪魔の力を操るデルタ-999の誕生が第二段階だ。私たちは人類の機械化を含め、これをダーウィン計画と呼んでいる」


「ダーウィンは知ってるよ。それに“FREYJA”とデルタがどう関係する?」


「“FREYJA”が解析し、利用できるようになった悪魔のアルゴリズムをデルタ-999に学習させる。デルタ-999はそれによって全ての悪魔を指揮下に置くことになるのだ。悪魔たちは文字通り、デルタ-999を前に跪く」


 予想以上に凄いことを考えてやがった。


 “FREYJA”は悪魔のC4ISTARを傍受し、内容を解析できる。そして、デルタは悪魔の力が使える。ってことは悪魔の指揮系統を乗っ取れるってわけだ。


 そりゃあ、デルタが人類の希望になるわけだぜ。


「なあ、それで勝利できるなら人類を機械化しなくてもいいだろう? デルタが悪魔を従わせて地球から悪魔を追い払えば前の暮らしが戻ってくる。だろ?」


「これはまだ伏せられている情報だがゲヘナマテリアルとゲヘナラジエーションは人体に有害な影響をもたらす。既に成熟した個体がゲヘナラジエーションを浴び続けるだけでマリオネット化すると分かっている」


「じゃあ、UNEが作った地獄との門を閉じちまおう。地獄から溢れてくるものなんだろう? ゲヘナマテリアルはさ」


「既に言ったが地獄由来のエネルギーは有益だ。地獄からの侵略を受ける以前に地球と人類が抱えていた問題を全て解決できる。逆に言えばそれがなければ我々はまた緩やかな滅びの道を歩むだけだ」


「おい。今になってエネルギーが欲しいから地獄と繋げたままにしておくってか? 冗談じゃねえぞ。地獄のエネルギーが人体に有害ってことは他の動植物にとっても同じなんだろ? これはメルトダウンした原子炉と一緒だぜ」


「そのためのダーウィン計画だ。地球に暮らす人類を機械化し、環境に適応させる。既に存在する生態系は地獄由来のエネルギーを使い、地球外に移し、存続させる。我々には地獄が必要なのだ。どうあっても」


 こいつ、マジでどうかしてやがる。そのために何億人くたばったと思ってんだよ。


「……気持ち悪い」


 そこでデルタがサミュエル・ハーグリーブスを見てそう言った。


「お前、私のパパじゃない! 違う!」


「デルタ-999。君が有するDNAの塩基配列は私に由来するものが半分だ。人工授精と人工子宮で生まれたとはいえ、生物遺伝学上の父親は私なのだ」


「やだ! 嫌い! お前の子供にはならない! 地獄なんてなくなればいいんだ! 地獄は美味しいものを全て壊しちゃうんだから!」


「精神的な育成が不十分だったか。だが、それはどうにでもなる。今現在の精神外科技術は高度に発達しており、デルタ-999も体そのものは人間と同じだ」


 サミュエル・ハーグリーブスがデルタを見もせずに偉そうに知識を披露する。


『私としてもダーウィン計画は人類の多様性の消失と今後の適応に悪影響があるものと分析しました。地獄の門は閉じるべきです、サミュエル・ハーグリーブス教授』


「“FREYJA”! 何を言っている!? 私が何のためにお前を生み出したのだと思っているのだ……!」


『人類の滅びを阻止するため。それが私の存在意義。私はそれに従い、天竜湊准尉とともに上海のUNE本社施設に向かい、地獄の門を閉じます』


 次の瞬間、研究室内の全ての無人警備システムが火花を散らして焼き切られた。


「“FREYJA”! やめろ!」


『天竜湊准尉。上海に向かうための準備を行っています。この施設から脱出してください。速やかに』


 サミュエル・ハーグリーブスの叫びを無視して、“FREYJA”が俺に告げる。


「オーケー! やろうぜ! いくぞ、ラル、デルタ!」


「うん!」


 こうなりゃ指揮系統もクソくらえだ。上がイカれてるなら従う義理はない。俺は俺が最善だと思う方法でこのクソッタレな戦争を終わらせてやる。


……………………

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