空中戦

……………………


 ──空中戦



 “FREYJA”が操縦するパワード・リフト輸送機ワイルドダックは沖縄を目指して飛行を続けた。ここまで来ればもう沖縄に到着したも同然だろ。


「クソ。腹が減ってきた。輸送機に何か載せてないか?」


『不時着時の非常糧食があります』


「オーケー。そいつをいだたこう」


 俺は“FREYJA”が表示したヘッドHマウントMディスプレイDのマーカーで不時着時に乗員が生存するための非常糧食を取り出した。


 昔から変わらない代物だ。クソ不味いカロリーと栄養だけを考えた食い物の形をしているだけの代物。それから不時着した際に乗員を励ますガンバレメッセージ。


「おい。私もお腹が減った。それを寄越せ」


「何だよ。ちゃんと空母で飯食ったか?」


「成長期なんだ!」


「うるせえな。やるよ。好きにしろ」


 デルタにとられた。畜生。


「これ美味しくない……」


 だが、流石のデルタも糧食のクソ不味さにがっかりだ。


「空母にいる時にしっかり食っておかないからだ。沖縄につけば美味いものが食えるぞ。あそこにはいろいろある」


「何があるんだ?」


「ハンバーガーとかピザとか。それからラーメン、蕎麦、かつ丼。美味いものが食べ放題だ。何せ補給拠点だからな。食い物には困ってないはずだ」


「うう。お前が美味しそうな料理の話したから余計にお腹減った……」


「なんだそりゃ」


 デルタが飢えてる。


「ねえ。デルタがどうして沖縄に必要なんだと思う?」


「さあてね。上の考えることはよく分からん。この危機的な状況のせいでみんな狂い始めてる。冷戦時代にメガデスやらの概念を考えたシンクタンクの連中みたいだよ。勝利と高率さを求めるあまり兵隊を人間だと思ってない」


 ラルが尋ねるのに俺はそう返す。


「悪魔の能力を次々に獲得するデルタ。彼女を生み出したのも恐らくサミュエル・ハーグリーブスだよ。君が言う通り、冷戦時代のシンクタンクの人間と同じ人種。狂った状況で狂ったアイディアを出す」


「そいつと知り合いなんだろ? 俺が上海に行くのを手伝ってくれそうか?」


「どうだろうね。所詮は学者だから。軍事作戦はとんと分かってないと思うよ」


「あーあ。いざとなったら輸送機盗んで勝手に行くか」


「もう指揮系統に従う気はないの?」


「従ってたら上海に特攻させちゃくれないだろ」


「それもそうだ」


 上海はもう完全に悪魔の支配地域だ。そこに兵隊を突っ込ませるってのは肉挽き器に手を突っ込むようなもの。


 今の国連人類防護軍は戦死の可能性の高い危険な作戦は平気でやるし、即席士官と徴集兵の寄せ集めである4桁師団なら使い捨てにもする。


 だが、俺のような統合特殊作戦コマンドの作戦要員オペレーターを無駄死にさせるのには拒否の姿勢を見せるだろう。


 それをどうにかせにゃならん。


「デルタと“FREYJA”を届けてご褒美がもらえりゃいいんだがね」


 俺がそう愚痴った時、“FREYJA”がヘッドHマウントMディスプレイDにアバターを表示してきた。


『飛行型の悪魔が接近しています。反応からしてペガサスとワイバーンです。振り切るには機体の速度が足りません。迎撃し、凌ぐ必要があります』


「マジかよ。また俺とデルタのせいで?」


『恐らくは。悪魔たちが空母“瑞鳳”の沈没後に通信をしています。あなたと検体デルタ-999を悪魔たちは追っているということを考えれば、空母を沈めても仕留めきれなかったことを掴んだのでしょう』


「沖縄からの航空戦力の派遣は?」


『要請済みです。既に国連人類防護軍が沖縄に配備してる無人戦闘機が向かっています。ですが、間に合いません。少なくとも10分、こちらで持ちこたえる必要があります』


「あーあ。もううんざりだよ」


 “FREYJA”が報告するのに深々とため息が出る。


「で、俺は何をすればいいわけ?」


『この機体そのものは私が制御し、交戦します。あなたがドアガンや個人携行兵装を使用して悪魔を迎撃してください。残り3分後に交戦開始です』


「あいよ。やってやりましょう。海水浴はごめんだからな」


 “FREYJA”の指示に俺はドアガンである重機関銃を握る。


「“FREYJA”。そっちのレーダーの情報をこっちにもくれ」


『了解。情報を共有します』


 ヘッドHマウントMディスプレイDに“FREYJA”が操縦するワイルドダックのレーダーが捕らえた反応が表示される。


「近いな。空対空ミサイルをぶっぱなっていいんじゃないか?」


『揺れます。注意してください。戦闘機動を行うため快適性が192%低下します』


「そう言われると嫌になるから具体的な数字を出すな」


 急速にワイルドダックが旋回し、荒々しい“FREYJA”の操縦に機内が揺れまくる。


『FOX1、FOX1』


 “FREYJA”が警告を出し、ワイルドダックの翼のハードポイントに下げられていた短距離空対空ミサイルが発射される。


 放たれた空対空ミサイルが悪魔に直進。


 迫ってくる悪魔どもがペガサスとワイバーン。


 ペガサスはクソ醜い馬の出来損ないみたいな代物に翼が生えてる。あれが飛んでるのは空力的におかしい気もするぐらいだ。


 ワイバーンも酷いツラだ。グロテスクとすら言える地球のものではない生き物が辛うじてトカゲのように見え、そして飛んでいる。だから、ワイバーンだとさ。


 どちらも攻撃手段は突撃して体当たりするだけだ。だが、それだけの連中に国連人類防護軍の航空戦力が大損害を出したのも事実。何せ既存の航空戦力と違って戦車みたいに頑丈だから空対空ミサイルがまともに通じない。


 もちろん、人類も対抗策を準備した。今の空対空ミサイルなら連中を落とせる。


『ミサイル命中。悪魔、なおも接近中』


「使えるものは全部使えよ。友軍が来ればエスコートしてくれる」


『分かっています。全ての兵装を使用。あなたはドアガンを可能な限り使ってください。悪魔の数は多数であり、本機が想定された敵の数を超えています』


「はいはい」


 ドアガンが機体側面に装着されており、照準は俺のヘッドHマウントMディスプレイDと連動している。ODINはいなくなったが、“FREYJA”が代わりの役割を果たしてくれている。


「来たぞ。ぶちかませ」


 “FREYJA”も口径20ミリ電磁機関砲で悪魔を掃射し、それでも突撃してくる悪魔が機体の四方から突撃してきやがる。


「撃て、撃て、撃て。叩き落とせ」


 ドアガンの重機関銃から口径12.7ミリの大口径ライフル弾をとにかく悪魔のクソみたいなツラに叩き込む。効いているかどうかなど気にしなくていい。叩き込み続けないと肉薄されて、落とされ、海水浴になっちまう。


「うおっ! クソ、突っ込んできやがる」


 ワイバーンが大口径ライフルの弾幕を突き抜けて機体に突撃してきた。


「手伝ってやる」


 デルタがこの混戦状況でベルトを外して立ち上がった。


「わっ!」


 だが、当然ながら“FREYJA”が荒々しく戦闘機動を行っている機内でベルトを外せばそのまま振り回される。


「おい。掴まってろ、デルタ。落ちるぞ」


「う、うん。掴まっておく」


 俺が慌ててデルタを掴み、デルタを引き寄せる。


「頼むぜ、デルタ。あのアシュラの障壁を展開してくれ」


「任せろ」


 突っ込んできたワイバーンがデルタの展開した障壁に阻まれ、勢いよく衝突すると自らの出していた速度によって打撃を受けてくたばった。


「いいぞ、いいぞ。このまま友軍到着まで耐えるだけだ」


 俺もドアガンでひたすら銃弾を悪魔どもにごちそうし続ける。アシュラの障壁の凄い点は一方通行だってことだ。相手の攻撃は防ぐが、こっちから叩き込む分には一切邪魔にならない。最強の遮蔽物だ。


『こちら国連人類防護軍第119戦術飛行隊所属機ナイト・ゼロ・ワン。国連人類防護軍特別権限ウルトラ・オメガでの救援要請を受けて急行中。応答せよ』


『ナイト・ゼロ・ワン。こちら国連人類防護軍超高度軍用AI“FREYJA”です。我々は沖縄の国連人類防護軍施設に運ぶべき高価値目標を輸送中。エスコートをお願いします。現在本機は複数の飛行型悪魔と交戦中です』


『了解、“FREYJA”。間もなく到着する』


 ここで国連人類防護軍の無人戦闘機部隊が接近してきた。


「騎兵隊が来るぞ。どうにかなりそうだ」


「馬は空を飛ばないぞ。馬鹿だな、偉くない人間」


「騎兵隊ってのありがたい援軍のことを指すんだよ、クソガキ」


 デルタの能力はありがたいが性格がうざい。


「クソ。弾がなくなるぞ。おい、“FREYJA”。予備弾薬は積んでないのか?」


『ありません。携行している装備を使用してください』


「あーあ。そうですかい」


 クソ。電磁兵器は発射レートが高すぎてすぐ弾切れだ。


「おら。ぶちかますぞ。くたばれ、悪魔ども」


 SER-95を遠距離狙撃モードで使用し、悪魔を1体ずつ撃ち落す。戦果はやらないよりマシって程度でしかない。


 そこで急に悪魔どもが叩き落とされた。空対空ミサイルだ。


『ナイト・ゼロ・ワン。そちらを視認した援護する』


 ようやく友軍到着だ。


 国連人類防護軍の無人戦闘機4機が戦闘空域に突入。


 1機が悪魔どもを引き付け、集まった悪魔を他の無人戦闘機が始末する。こちらに寄ってきた悪魔どもを無人戦闘機が引き付けてくれ、こちらの負担が少なくなる。


「いいぞ。やっちまえ。片付けろ」


 国連人類防護軍も悪魔との空戦について研究を重ね、今では辛うじて勝利できるようになっている。戦略的な勝利は遠いが、戦術的な勝利なら積み重ねている。


『悪魔を排除完了。ですが、既に増援が向かっています。急いで離脱を』


『ナイト・ゼロ・ワン。沖縄までエスコートする』


 怖い送り狼が来る前にさっさと退散だ。悪魔は畑でとれるレベルで湧くから全て相手にするなんてのは不毛だぜ。


「よーし。やっと沖縄に行けるぞ」


「美味いもの食べたい!」


「おうおう。腹いっぱい食え」


 流石にもう大丈夫だろう。悪いことは続くって言うが限度ってもんがあるよな?


 “FREYJA”が操縦し、俺たちが乗るワイルドダックは無人戦闘機にエスコートされ、沖縄に向けて飛行する。沖縄では旧在日米軍基地が国連人類防護軍の拠点になっている。そして、それが上海のUNE本社にもっとも近い拠点でもあった。


『沖縄の国連人類防護軍航空基地への到着予定時刻ETAは1921です』


「あいよ、“FREYJA”。あんたに任せるよ」


 俺たちはのんびり空の旅。


「海ばっかりだ。退屈した」


「文句ばっかりいうな、このクソガキは。後10分ぐらいで着くからじっとしてろ」


 デルタはドアガンナーの席にいる俺にしがみついて機体の外の様子を眺めていた。そして、文句を言っている。


「さてさて。君は自分のことをどう説明するつもり? 君からは悪魔の反応が検出されるはずだよ。空母に乗ったときみたいに疑われるかも」


「さあな。知らねえ。サミュエル・ハーグリーブスって学者先生は庇ってくれたから、また庇ってもらおうかね。それにさ。俺がデルタと“FREYJA”って重要なブツを運んできたのに疑う馬鹿がいるわけ?」


「ボクからすればこの世は思ったより馬鹿が多いよ」


「言えてる」


 そもそもことの始まりはUNEの馬鹿どもせいだ。


「まだ着かないのか? 退屈した!」


「待ってろ。向かってるから。軍隊の仕事は急げ、急げ、急げ、そして待てだぞ」


「私は兵隊じゃない」


「今は軍の指揮下にある」


 デルタがうるさい。


「そもそもお前は沖縄行ったことあるの? 京都から脱出したって話だが、京都以外の場所に行ったことあるのか?」


「ない。ずっと研究所にいた。凄く退屈な場所でうんざりだ」


「絵本でも読んでもらってたのか?」


「うん。私はいろいろな話を知ってるぞ、偉くない人間。教えてやろうか?」


「興味ない」


「お前、嫌な奴だ!」


「うるせえ」


 デルタが文句を言うのにうんざりしながらも俺たちを乗せたワイルドダックは沖縄への飛行を続けた。


……………………

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