“FREYJA”

……………………


 ──“FREYJA”



 俺たちは超高度軍用AI“FREYJA”が存在する空母“瑞鳳”の戦闘指揮所CICを目指して進んでいた。


『警告。前方に複数の中脅威悪魔が存在』


「皆殺しだ」


 HAS-40Sに新しいマガジンを装填し、悪魔の群れに飛び込む。


 ディープワンどもが空母の通路に溢れかえっている。生臭い。


 俺は口径40ミリの散弾を連射して悪魔どもに叩き込む。ディープワンはさぼど防御力はない。数で来るから鬱陶しいだけ。大口径散弾を高いレートで叩き込めばミンチに成り果ててお終いだ。


「景気よく行くぜ。殺して、殺して、皆殺しだ」


 今にも空母が沈みそうだってのにのんびりはしてられない。急いで戦闘指揮所CICに飛び込んで“FREYJA”お嬢様を救出して脱出だ。


「クソ。今度はマリオネットかよ」


 セイレーンに精神汚染された空母の乗員がマリオネット化している。その上、陸戦隊を編成していたらしくSER-95で武装してやがる。


「悪いな。もうお前らは敵だ。死んでくれ」


 マリオネットが手に握ったSER-95を使ってでたらめに銃弾を撒き散らす前にHAS-40Sの大口径散弾で制圧する。HAS-40Sは高威力なだけでなく、広域を一瞬で制圧する能力もあるのが嬉しいところだ。


 空母の狭い通路でこいつをぶちかませば進行方向は一瞬で開ける。


「グレネード」


 しかし、弾切れが怖い。HAS-40Sの発射レートは高く、調子に乗ってると一瞬で弾切れだ。適時手榴弾などを使って弾の消費を押さえなきゃならん。


「おい。ODIN、戦闘指揮所CICはそろそろだろ?」


『9メートル先です』


「オーケー。やっとゴールだ」


 マリオネット化した乗員の死体と血の海を踏み越えて進み、ODINのナビに従って戦闘指揮所CICに近づく。


 空母の無人警備システムは“FREYJA”が管制しているのか俺とラル、デルタに向けて攻撃しては来ない。だが、他の悪魔の対応も飽和している様子だった。


「あーあ。戦闘指揮所CICは現在満席ってか」


 戦闘指揮所CICの隔壁を突破しようと無数の悪魔が群がっている。「


「俺はあいにくVIPでね。先に行かせてもらうぜ」


 隔壁に群がっている悪魔どもに手榴弾を纏めて3発お見舞い。


 派手に悪魔どもが吹っ飛び、叫びまくる。


「招かれざる客はさっさと帰りな」


 残った敵をSOEP-45で掃討し、戦闘指揮所CICの隔壁前に立つ。


 隔壁前の監視カメラと生体認証スキャナーは生きており、俺がそいつらに向けてフレンドリーに手を振ってやった。


 そして、隔壁のロックが解除され、素早く開かれる。


「准尉! 急いで入ってくれ! 艦隊司令官閣下がお待ちだ!」


「あいよ」


 SER-95で武装した海軍中佐の招きを受けて戦闘指揮所CIC内に入る。


「来たか、准尉。話は既に“FREYJA”から聞いているな?」


「はい、閣下。どうやら我々は絶体絶命の危機のようですね」


 利根海軍中将が疲れ果てた表情で戦闘指揮所CICに立っていた。レーダーやソナーの類はほぼ死んだのか戦闘指揮所CIC中央の3Dプロジェクターは真っ黒だ。


 艦隊の随伴艦も次々に沈んでいっている。艦隊の損害が表示されている3Dプロジェクターは真っ赤だ。赤は損害箇所を示しており、ミサイル駆逐艦からミサイル巡洋艦まであらゆる艦艇が沈みつつある。


「終わりだ。沖縄には辿り着けない。この艦も間もなく沈む。だが、“FREYJA”は君は生き残ると分析した。私はそれに賭けようと思う」


 利根海軍中将が戦闘指揮所CICに設置されている超大型量子コンピューターを指さし、その手の機械の専門である将校が操作する。


『通知。空母“瑞鳳”の戦闘指揮所CICよりデータが送信されています。受信しますか?』


「受信しろ、ODIN」


 俺のヘッドHマウントMディスプレイDにデータのダウンロード状況が記される。軍用の中でももっとも通信が優先される高速回線で空母“瑞鳳”から俺の端末にデータが送られてきた。


『こんにちは、天竜湊准尉。あなたの任務は私をサミュエル・ハーグリーブス教授がいる沖縄の国連人類防護軍の研究施設タウミエル・コンプレックスへと輸送することです。どうぞよろしく』


「君の任務は彼女が説明した通りだ。“FREYJA”を沖縄に運べ」


 着物姿の“FREYJA”と利根海軍中将が俺に命じる。


「了解。閣下はどうなされますか?」


「今も生きている乗員を見捨てて逃げるわけにはいかない。そして、君を沖縄に送るために最後まで悪魔どもと戦うつもりだ。艦と運命を共にすることになろうとも」


「勇敢なご決断です」


 利根海軍中将に俺は敬礼を送った。


「行け、准尉。“FREYJA”が確保したパワード・リフト輸送機は格納庫から飛行甲板に移動中だ。臨時編成の陸戦隊が防衛している。急いで向かえ。幸運を祈る」


「そちらも幸運を」


 その時、戦闘指揮所CICの電子機器に覆われた壁が破壊された。巨大な蛸のような触手が室内に伸び、戦闘指揮所CICにいた乗員を掴んで握り潰した。レヴィアタンの触手だ。空母の装甲をぶち抜きやがった。


「行け、准尉! 義務を果たせ!」


「了解です!」


 利根海軍中将が所持していた45口径の自動拳銃でレヴィアタンの触手を銃撃し、俺は崩壊しつつある戦闘指揮所CICから脱出。


「ODIN。目的の輸送機までナビしろ。おい、ODIN?」


『ODINは既にあなたの端末には存在しません。十分な演算量を確保するために私がアンインストールしました』


「“FREYJA”。お前、人の端末を勝手に……」


『大丈夫です。これからは私がODINの代わりになります。私はあなたが使用していたODINより896%高性能であることを自負しています』


「そうですかい。あんた、自信家だな」


『自信という概念はコードされていません。純粋な分析による結果です』


「はいはい。どうでもいいから輸送機まで案内してくれ」


『了解』


 それから“FREYJA”のナビで沈みつつある空母内を駆け、輸送機が待機している格納庫をひたすら目指す。邪魔する連中には銃弾をプレゼント。


『総員退艦、総員退艦。本艦は沈みつつある──』


 誰が発令したかもわからない退艦命令がアナウンスされるが、海にはレヴィアタンを含めて悪魔どもでびっしりだ。救命ボートなんて出せば30秒でミンチにされちまう。


「クソ。傾斜が始まってる。浸水しててダメコンももうダメみたいだな。沈むぞ」


『その前に脱出してください』


「分かってるよ」


 “FREYJA”までうざい。


「格納庫に到着だ。輸送機はどこだ?」


ヘッドHマウントMディスプレイDに表示してあります』


「あれか」


 “FREYJA”が準備した艦載輸送機というのは国連人類防護軍のパワード・リフト輸送機のひとつであるワイルドダックだ。ハミングバードよりも航続距離の長い中型戦術輸送機。おまけに自衛用の武装付きだ。


 自衛用の口径20ミリ電磁ガトリングガン、短距離空対空ミサイル、対戦車ミサイル、そして無誘導ロケット弾とドアガンナー用の口径12.7ミリ電磁機関銃。


 だが、その乗って嬉しい、撃って嬉しい輸送機に悪魔どもが群がってやがる。


「おいおい。陸戦隊はどうなったんだよ、クソッタレ」


 俺は滑り込むようにして輸送機に駆け込み、悪魔どもに散弾をぶち込む。


「あんたがこれの乗員か……?」


「そうだ。あんたは生きてるようだが、他の連中はどうなった?」


 明らかに致命傷だろう腹部及び内臓への傷を負っている海軍の下士官がいた。他の連中は死体になってる。


「セイレーンだ。セイレーンにやられた。最初は向精神剤で何とかしていたが、クソ……。敵の数が多過ぎてダメだった。だが、この輸送機は守ったぜ。あんたのためにな」


「ああ。ありがとよ。だが、あんたは助からんぞ」


「もういいよ。こんな地獄で生きていたくない……」


「そうか。じゃあな」


「ああ。あばよ」


 俺がワイルドダックを確保したのを見届けると海軍の下士官は自分の頭を口径9ミリの自動拳銃でぶち抜いて自殺した。


「おい。“FREYJA”。あんた本当に輸送機を飛ばせるんだな?」


『私の飛行する輸送機の乗員満足度は74%です。平均的な国連人類防護軍パイロットより優れています』


「オーケー。頼むぞ」


 エレベーターがワイルドダックを飛行甲板に押し上げていく。


「クソッタレ。予想はしていたが飛行甲板も悪魔だらけだ」


 飛行甲板にもレヴィアタンについて来た悪魔どもが溢れかえっていて、さらにはマリオネット化した乗員たちがかつての戦友を襲っている始末。


「乗り込むからすぐに発艦しろ、“FREYJA”」


『発艦シークエンスには25秒必要です』


「あーあ。分かったよ。その間、守ればいいだろ。ラル! デルタと一緒に乗り込め! この空母から脱出だ!」


 俺はSER-95を連続射撃モードにして向かって来る悪魔どもに銃弾を叩き込む。


「畜生。気分はゾンビアポカリプス。最低のクソ野郎どもが押し寄せてきやがる」


 まさに悪魔どもは物量に物を言わせた波状攻撃を仕掛けてきている。倒しても、倒しても次から次に悪魔が襲来。このままじゃ弾切れだぜ。


「“FREYJA”! まだか!?」


『準備完了。搭乗してください』


「あいよ!」


 俺は手榴弾を数発悪魔どもに放り込むとエンジンを始動したワイルドダックに飛び込んだ。悪魔はそれによって一時的に退けられたがすぐに次が来てワイルドダックの機体にしがみついてくる。


「離れろ、クソども」


 SOEP-45でしがみつく悪魔どもを振り落とし、“FREYJA”が操縦するワイルドダックが急速に発艦を始めた。


『レヴィアタンに狙われています。十分な高度を確保するまでドアガンナー用の兵装を使用して排除してください』


「人使いの荒いAI様だな」


 俺はドアガンナー用の口径12.7ミリ電磁機関砲のグリップを握ると海面から出現した空母より巨大な本体を有し、俺たちの乗ったワイルドダックに向けて触手を伸ばすレヴィアタンに向けて大口径ライフル弾を叩き込んだ。


「急げ、急げ、急げ。流石にレヴィアタンはどうにもならんぞ」


「偉くない人間。助けてやろうか?」


「何かできるならさっさとやれ」


「ちゃんとお願いしろ」


「うるせえ。じゃあ、いいよ。すっこんでろ、クソガキ。この輸送機と一緒に海水浴がしたいならな!」


「ふん。手を貸してやる」


 デルタがそう言うとワイルドダックに伸びていた触手が見えない壁に阻まれた。


「なるほど。アシュラも食ってたのか」


「うん。役に立っただろ?」


「偉い、偉い」


「子供扱いはやめろ! 怒るぞ!」


「子供扱いもクソもガキだろ」


「レディーだ!」


 デルタがうるさい。


「“FREYJA”。高度は確保できたか?」


『安全な高度に達成。ご苦労様でした』


「マジで疲れたぜ」


 ワイルドダックはレヴィアタンの触手の届かない高度に到達した。眼下では巨大な正規空母である“瑞鳳”がレヴィアタンに掴まれ海中へ引きずり込まれている。


「これでようやく沖縄か」


「君はサミュエル・ハーグリーブスに会うんだよね?」


「そうだぜ、ラル。まさか知り合いか?」


「まあ、ちょっとした因縁があるってところかな。あまり彼には好かれていないよ」


 俺が尋ねるとラルが肩をすくめて返す。


「世間は狭いな。で、“FREYJA”。あんたを沖縄を運ばにゃならん理由は何だ?」


『私の所有している悪魔のアルゴリズムについてのデータベースと分析のためにプログラムが必要なのです。サミュエル・ハーグリーブス教授は悪魔がどのようにして組織的に行動しているかに興味を持っていました』


「そりゃどう意味があって、どういう価値があるんだ? 馬鹿な俺にもわかるように説明してくれ、“FREYJA”お嬢様」


『現代の軍隊においてC4ISTARは組織的な軍事行動を取るために不可欠です。逆にそれを阻害すれば組織的な行動を阻止できます。お分かりですね?』


「あまり馬鹿にするなよ。それぐらいは分かる」


『では、悪魔の場合はどうなのでしょうか? 悪魔も組織的に軍事行動を行っていることが確認されています。もっとも現代の軍隊のそれに比較すれば程度の低いものですが。それでも悪魔という脅威が組織されていることは問題です』


「オーケー。つまり、悪魔の持ってるC4ISTARをどうこうしようってわけか?」


『その通りです。私が搭載されていた空母“瑞鳳”が旗艦となっていた太平洋艦隊タスクフォース-192の目的は、そのための情報収集活動でした。私は悪魔についての情報を収集し、分析し続けてきました』


「で、成果はあるんだよな?」


『もちろんです。悪魔たちの通信手段やどのように群れを組織しているのかを私は解析し、結果を得ました。これが人類の勝利に貢献するのは確実です』


 “FREYJA”はどことなくドヤ顔気味にそう言った。


「なら、悪魔を分断して各個撃破ってところか?」


『まだ使用される目的は分かりません。サミュエル・ハーグリーブス教授は私に全てを明かしていないのです。私が悪魔に鹵獲される可能性を危惧してのことです』


「なんだよ、それ。いい加減な話だな。そんなあやふやな学者先生が立てた作戦のために艦隊が壊滅しちまったぞ」


『いいえ。あの攻撃の原因は私ではありません』


「じゃあ、誰のせいだよ?」


『あなたとあなたが連れて来た検体デルタ-999の動きが悪魔の間で伝わっていました。それが原因である可能性が極めて高いです』


「おいおい。俺のせいだってか?」


 勘弁してくれ。俺は必死に戦っただけだぜ。


『あなたの存在は悪魔の間で非常に注目されています。いえ、高い脅威として評価されているようです。そして、検体デルタ-999も悪魔に恐れられています。悪魔が人間を恐れると言うのは初めてのことです』


「理由は? 確かに俺は悪魔を皆殺しにするつもりだけどな」


『あなたと検体デルタ-999に特異性を確認しています。既存の悪魔とは異なるアルゴリズムを検出。そして、あなたの同伴者であるラルヴァンダードとして登録されている存在からも異常性を確認しました』


「他と違うから狙われているってか」


『端的に表現すればその通りです。あなた方の特異性は他の悪魔にとって大きな脅威となっています。イレギュラーの存在は歓迎されないものです。ましてそれが自分たちと敵対しているならば特に』


 “FREYJA”が訳知り顔でそう説明する。


「はあ。嬉しくないファンができちまったな、デルタ?」


「全くだな、偉くない人間。人気者は苦労する」


 デルタはやれやれというように肩をすくめてみせた。


……………………

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