空母“瑞鳳”

……………………


 ──空母“瑞鳳”



 俺たちを乗せたハミングバードは太平洋を進み、母艦に戻った。


「空母だ」


 国連人類防護軍太平洋艦隊所属艦にして日本海軍の正規空母“瑞鳳”が随伴艦に護衛されて航行していた。その飛行甲板にハミングバードが着艦する。


『ペリカン・ゼロ・ツー、着艦した』


 ハミングバードは着艦すると4発の強力なエンジンを緩やかに停止させ、飛行甲板の上で後部ランプを降ろした。


「やあやあ。これで一段落だね」


「全くだ。後は沖縄にデルタを連れて行くだけ」


 ラルが笑い、俺もようやく明るい展開がやって来たのに満足してサムズアップ。


「お前。風呂に入りたい」


「空母なら風呂もあるぞ。臭いからちゃんと体洗えよ、デルタ」


「臭くない!」


 デルタがまた腹を立てている。


「天竜湊准尉」


 そこで戦闘服に日本海軍中将の階級章を付けた初老の男性将官が、2名の高級士官を伴って俺たちの前に現れた。


「乗艦の許可をいただき感謝します、閣下」


「ああ。断れるはずもない。君に国連人類防護軍特別権限ウルトラオメガを使われたのでは。私は利根蒼日本海軍中将にして国連人類防護軍太平洋艦隊隷下タスクフォース-192司令官だ」


「閣下。沖縄に運ぶべき荷物があります。重要なものだそうです。俺にこれを託したアメリカ海軍中将の言葉では人類の希望だとか」


 利根海軍中将に俺はそう伝える。


「国連人類防護軍上層部が関わっているな。私たちには知らされていない。君が運ぶ荷物について一切の情報がないんだ。教えてくれないか? 権限が許すなら」


「それが俺にも詳しいことは分からないです。名前はデルタ-999と言い、京都陥落の際に要人の脱出用の輸送機に乗っていたということぐらいしか」


「ふうむ。となると、どうしたものだろうな。沖縄に向かうとすれば定められた紹介スケジュールを変更する必要がある。その価値がその荷物にあるのか」


 俺の情報提供に利根海軍中将がそう考えながら言う。


「あると思います。もしかすると、この地獄が終わるかもしれません」


「確かか?」


「俺の目で見ました。驚異的な力を有しています」


「ふむ」


 利根海軍中将が唸る。


「よろしい。では、本艦は沖縄に向かう。ただし、この空母であっても無事に沖縄に到着できるという保証はない」


「戦況はそこまで厳しいので?」


「ああ。国連人類防護軍太平洋艦隊の被害は甚大だ。当初存在していた戦力の4割を喪失した。今、艦隊の再建のために艦船の量産が始まってはいるが」


「艦はあっても乗組員が足りない。ということろですかね?」


「その通りだ。人手不足だ。SER-95の銃口が引ければ上等の陸軍と違って海軍の将兵にはそれなりの専門性が必要になる。そして、そのような人材は一朝一夕では養成できるものではない」


 現代の兵器を見たらナポレオン時代の軍人たちは俺たちが宇宙船を見るような顔をすることだろう。艦砲ひとつとっても著しいハイテク化が進み、軍人はそれに応じなければならない。


 ネルソン提督はヴィクトリー号にフランス・スペイン艦隊に突っ込めと命じれば勝てたが、今の艦隊司令官は無人艦載機の戦術リンクとレーダーで空を確認し、ハンターキラー潜水艦と自律型無人潜水機AUVのソナーで海中を……・。


 とまあ、戦争というものをやるのは面倒になったってことだ。


 銃を撃って敵に突撃すれば馬鹿でもそれなりに使える陸軍や海兵隊と違って、海軍と空軍はハイテク装備の対応に必死。僅かな技術の差ですら敗因となってしまうのだから手は抜けない。


 そして、今は最悪の人材不足。専門家のリソースは枯渇する一方。このご時世の軍隊の頼みの綱だった民間軍事会社PMSCも既に徴集対象となって当てにできない。


「戦争がこのまま続けば、人類は海を失うだろう。そうなれば日本のような島国は終わりだ。その前に戦争を終わらせなければ」


 利根海軍中将がそう言って中将付きの海軍大佐の端末にデータを送った。


「どうだ、大佐? 艦隊司令部から許可は?」


「得られました。あらゆる任務に優先して沖縄に向かえとのことです」


「よろしい。これよりタスクフォース-192は沖縄に向かう」


 利根海軍中将が海軍大佐の言葉に頷く。


「准尉。君たちを沖縄に運ぼう。だが、絶対に無事に辿り着けるという保証はない」


「ええ。理解しておりますが、この任務は何としても達成する必要があります」


「全力を尽くそう」


 そして、空母“瑞鳳”を旗艦とするタスクフォース-192が沖縄に舵を取った。


「天竜准尉。君に“瑞鳳”における乗員権限を与えた。到着までゆっくりするといい」


「ありがとうございます、大佐」


 艦長の大佐から権限を貰えば、空母の風呂に入れるし、食堂で飯も食える。


「ラル、デルタ。風呂入ってこいよ。次はいつ風呂に入れるか分からんぞ」


「お前は一緒に入らないのか?」


「馬鹿言うな。ラルに入れてもらえ」


「お前、臭くなるぞ」


「うるせえ、クソガキ。さっさと風呂入ってきやがれ」


 デルタがにやにやするのにうんざり。


「デルタ。お風呂行くよ。おいで」


「うん」


 マジでラルの言うことは素直に聞きやがるの。


「ODIN。空母の食堂は開いてるか? 飯が食いたい」


『空母“瑞鳳”の食堂は営業中です』


「オーケー。お勧めのメニューは?」


『辛口担々麺と海鮮炒飯のセットがもっとも注文されています』


「美味そう。食いに行こう」


 俺は空母内の食堂を目指す。


 24時間営業の空母じゃあ、食堂も24時間営業らしい。俺は海軍の下士官だったが特別陸戦隊所属で艦艇勤務の経験はほとんどない。母艦にしていた強襲揚陸艦の飯は美味かった。戦場だと冷えたレトルトばっかだし。


「おお。凄いぞ。統合特殊作戦コマンドの兵士だ」


「本物か?」


 俺が強化外骨格エグゾとヘルメットを装備したまま食堂に姿を見せると、空母の乗員たちがざわめく。


 統合特殊作戦コマンドってのはその名前に反して規模が小さい。いや、正確に表現するなら規模はデカかったが、相次ぐ過酷な作戦に無思慮に投入されて小さくなったというべきだろうな。


 俺の戦友も大勢いたが、ほとんどがくたばった。クソみたいに死んでいった。


「よう。ちょっと飯食っていいか? 権限は貰ってる」


「どうぞ、准尉。今日は辛口担々麺と海鮮炒飯のセットがお勧めですよ」


「そいつを頼む。ここ数週間、クソ不味いレトルトしか食ってないんだ」


 給仕をしているのは海軍の飯炊き係だ。陸軍と違って海軍の飯は未だに専門の兵士が配属されている。うんざりする海上任務で飯ぐらい美味くなけりゃ反乱が起きちまう。


「おお。美味そうだな」


 盛り付けられた飯は実に美味そうだ。


 辛口担々麺のスープは食欲をそそる赤でそぼろ肉がたっぷり。麺もボリュームがある。海鮮炒飯はほどよい焦げ加減でこれもまだ具沢山なのが嬉しい。


「腹が減ってたまらんぜ。ODIN、このクソメットを外す準備をしてくれ」


『了解』


 ヘルメットはODINと俺の脳みそに叩き込んだナノマシンと連動しているので外すのは一苦労だ。本当に面倒くさいんだよな、これ。


「オーケー。外れたぞ」


 俺がヘルメットを外したと同時に警報が鳴り響いた。


 周りにいた水兵たちがぎょっとして自分の端末を見ている。


 何が起きた?


「動くな!」


 突然食堂に武装した兵士たちが乗り込んできて俺に銃口を向けて来た。


「おい。待てよ。何かの間違いだ」


「動かないでください、准尉。あなたから悪魔の反応が見られます。クソ、俺のODINもイカれちまった! どうなってる!?」


 あーあ。忘れてた。今の俺は面倒な立場にあるんだった。


「俺を逮捕しても構わないが、飯を食ってからにしてくれ。いいか?」


「どういうことなのか説明してください」


「人類のための犠牲を背負ったってところだ。飯食っていいか? 暴れやしない」


「クソ。分かりました。その食事が済んだら我々に同行してください。おい、周りの乗員は離れろ! 巻き込まれるぞ!」


 武装した兵士たちが俺を取り囲み、SER-95の銃口を向けたまま待機する。


 俺は今はしっかり食事を楽しむことにした。確かに軍隊においてはどんな美味い飯だろうとさっさと食い終える必要がある。どんな指揮官だって兵隊は可能な限り臨戦態勢にしておきたいものだ。


 だが、今の俺はこの空母においてなんら役に立たない。つまり、のんびり飯を食っていようが、問題はない。


「伍長。今日のメニューは最高だな」


 辛口担々麺はスパイシーで食欲を刺激しいくらでも食べられる。海鮮炒飯はごろごろと入ったエビやイカがパラパラの炒飯と一緒に口に入り、口の中が幸せだ。


「そろそろよろしいでしょうか、准尉?」


「食事ぐらいゆっくりさせてくれよ。久しぶりの美味い飯なんだから」


 そして、中華風スープを口に運び飲み干す。


「満足だ。美味かった。で、お前たちについていけばいいのか?」


「ええ。同行願います」


 俺は空母“瑞鳳”に乗り込んでいた兵士たちにSER-95の銃口を向けられたまま、俺は彼らに案内されるがままに、空母内を進む。


 通された先は艦艇内で軍法違反を起こした人間が収容される区域に連れていかれた。


「ここでお待ちください、准尉」


「昼寝でもしてていいか?」


「待機してください」


 全く、ようやく飯にありつけたとおもったらこれだぜ。


「クソ。マジで最悪だぜ。俺が悪魔の力を持っていることをどう説明すればいいってんだ? ラルに証言してもらう? そうすりゃ今度はラルが悪魔ってことで大騒ぎだ」


 俺は鉄格子のついた独房の中でそう呟く。


 人類を救うつもりなのに人類の敵と同一視されたらかなわんぜ。


「天竜准尉」


 そこで俺の名が呼ばれた。


「ここにいるぜ」


「君に取り調べを行う。どうして君から悪魔の反応があったかについて。これまで人間から悪魔の反応が見られたのは全てマリオネットによるものだ」


「そうかい。じゃあ、あんたは食堂の列にちゃんと並んで、戦友じゃなくて辛口担々麺と海鮮炒飯を食器を使ってお上品に食うマリオネット見たことがあるのか、少佐?」


 俺を取り調べにやって来たのは憲兵少佐だ。堅物そうなツラをしてる。


 戦況が悪化から壊滅的になり、さらに人類滅亡寸前まで行くに当たって、脱走兵やら規律違反が相次いだ。そのため国連人類防護軍は憲兵を強化し、かつてソ連の政治将校みたいな権限を与えやがった。


「君から悪魔の反応が出たのは事実だ。食事をマナーを守って食べていようともな。国連人類防護軍のデータベースを調べたが、29日間と13時間の間行動を報告していない。この間、何があったのかを報告したまえ」


「さあてね。忘れちまったよ。何分悪魔に追いかけ回されて大騒動だったもんで。あんたと違って安全で快適な軍艦の中で遊んでたわけじゃないんだ」


「いいか、准尉。君は軍人だ。指揮系統に所属している。上官には敬意を払え」


「ほう。じゃあ、あんたは俺が上官に敬意を払える人間だと思ってるんだな? マリオネットのような悪魔ではなく」


 どうにか舌先三寸で切り抜けにゃならん。ああ言えば、こう言うだ。


「我々は未知の軍勢と戦っている。もう何が起きてもおかしくない。人が狂い同じ人を襲うのを私が一度も見たことがないと思っているのか? 悪魔どもは人類を翻弄し続けている。君が悪魔が寄越した罠でないとどう証明する?」


「そいつは難しい。俺自身、自分に何が起きているのか分からないんだ。ただ、俺は人間を襲うつもりはないし、心配なら沖縄に到着するまでここにぶち込んでおいてくれて構わない。飯はちゃんとくれよ?」


「ここに閉じ込めておいて安全だと言うことも証明できないだろう。人間の精神に影響を与えるのが悪魔の恐ろしいところだ。ここにいるだけで、この空母の全ての乗員に影響を与えれば我々は全滅だ」


「クソ。じゃあ、どうしろってんだ? 死ねって言うのか?」


「説明しろ。孤立していたときに何があったかを」


 憲兵少佐がそう問い詰めてくる。


「オーケー。正直に説明する。悪魔に会った。とんでもない悪魔だ。これまで人類が確認したレベルを超えた代物。で、そいつに改造された」


「どういう風に?」


「悪魔を殺すために悪魔の力を与えられた。俺の願いはあくまでクソッタレな悪魔どもをぶち殺して、そして地獄に叩き返すことだ。そいつは信じてほしい」


 俺がそう言って相変わらず期限の悪そうな憲兵少佐を見る。


「信じがたい。そんなことがあり得るのか?」


「目の前にそうなった人間がいるだろ。信じてくれよ」


「だが──」


 憲兵少佐が言い返そうとしたとき、そいつの端末が鳴った。


 憲兵少佐がその端末の通知を見て呻く。


「どうやら随分と大物の知り合いがいるようだな、准尉」


 憲兵少佐が忌々し気に告げる。


「国連人類防護軍極東戦域軍司令部から最高権限で君を釈放し、引き続き任務に当たらせろとの通知が来た。サミュエル・ハーグリーブス教授とは知り合いか?」


「知らん。そんな教授なんていうインテリの知り合いはいない」


「彼に感謝するんだな」


 憲兵少佐は吐き捨てるようにそう言うと部下に俺を自由にしろと命じた。


「サンキュー。じゃあ、風呂にでも入らせてもらうぜ」


「好きにしろ」


 憲兵少佐はほとほと俺にうんざりしたらしく、肩をすくめると軽く手を振って自分の前から俺を追い払った。


「次は風呂だな。ODIN、まだ風呂は営業してるか?」


『空母“瑞鳳”において入浴は可能です』


「じゃあ、行きますか」


 俺は空母内にある風呂を目指す。


 今の大型軍艦は風呂も充実している。時間さえ許せばのんびり入浴を楽しみ、連戦で疲れた体を癒し、そして衛生的にもすっきりできる。


「おい。お前」


「デルタ。ちゃんと風呂入ったか? 耳の後ろを洗うのを忘れてないよな?」


「ちゃんと洗った。臭くないって言え」


「どうだろうな? 臭いかもしれないぞ?」


「臭くないって言え!」


 デルタをおちょくるのは楽しいが、この上ない時間の浪費だ。


「ラル。風呂に入れてくれんだな」


「まあ、私がお姉さんだしね」


「次はデルタに飯を食わせてやってくれ」


 俺はラルにそう頼む。


 憲兵少佐には言わなかったが、俺以上の悪魔がこの空母にはいるんだよな。


「何が美味いんだ?」


「辛口担々麺と海鮮炒飯だ。まあ、お子様には辛口担々麺は難しいかもな」


「食べれるし! 平気だ!」


 すぐ意地になるところがまさにクソガキ。


「俺は風呂に入ったら寝る。問題を起こすなよ。頼むぜ」


「ちゃんと見張っておくよ」


 ラルに任せて俺は空母の風呂を楽しむ。


 海軍ってのはことさら真水の消費を嫌がる軍隊だ。かつては、な。だが、今は高性能の淡水化浄水システムのおかげで真水は使い放題。


「おい。あれが噂の……」


「人間なのに悪魔ってマリオネットじゃないのか?」


「違うらしいぞ」


 同じように風呂に入っている水兵どもがこちらに訝し気な視線を向ける。有名税って奴だな。喜んで払ってやるよ。


 風呂を終えると俺は用意された寝室に突っ込み、そのままベッドで眠りに落ちた。


 本当に疲れた。


……………………

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