人間性が何の役に立つ?
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──人間性が何の役に立つ?
俺たちはワン大尉の指揮している機械化歩兵中隊の残存戦力とともに救出作戦を開始した。装軌式
第9001機械化歩兵師団の装備しているTYPE301装甲兵員輸送車は戦時量産の代物だ。装甲は小銃弾や砲撃の破片ならば防げるが、一般的な悪魔の攻撃を前には紙も同然。
装備されている兵装は口径25ミリ電磁機関砲1門のみ。降車戦闘する歩兵の支援どころか自衛すら危うい兵装だ。
当てになるのは駆動系だけだ。こいつの足は民生用重機を作っている会社が設計して製造しており、かなりの高スペックである。整備性もよく、頑丈で、コストも民生用の生産ラインが流用できて低いので量産するのに向いている。
「准尉。聞きたいことがあるんだが」
「何だ?」
「あなたたち統合特殊作戦コマンドの
「そうだよ。で、エリア51にはエイリアンのUFOがあるし、いつも食ってるハンバーガーはミミズ肉で出来てる」
「冗談で尋ねてるわけじゃないんだ」
「軍機だ。教えられん」
俺がそういうとワン大尉は首を横に振った。
「統合特殊作戦コマンドの
「どうだろうな。ただ俺のような人間はあんたらの想像している地獄を数十倍に濃縮したような肥溜めに放り込まれるのが前提だ」
「それに相応しい装備を、というわけか。それと同時に聞いているのは脳の外科手術で人間性が失われるという話だが」
ワン大尉が俺の方を化け物を見るような目で見てくる。
「俺たちの仕事は殺すことだ。悪魔を殺す。発狂した連中を殺す。乗っ取られた同胞を殺す。人間って生き物はこと殺しにおいて何世代にもわたって技術を発展させてきた。効率のいい大量殺戮の手段って奴をな」
俺はお決まりの説明を始める。
「そこに人間性はあるか? 同じ人類を核で焼き殺すことや、化学兵器で窒息させることに人間性はあるか? 殺しの手段の発展というのは人類の歴史だ。シェイクスピアのリア王とVXガスはどちらも人間が生んだ」
「人間が生んだものだから人間性があると?」
「違う。人間性なんて意味がないってことだ。曖昧過ぎるんだよ、その単語は。人間性なんて文化と歴史が違えば変わる。昔、同性愛者を精神病院に叩き込むのは人間性ゆえにだった。だが、今はどうだ?」
「確かに人間性をその時代の人類の平均的な価値観とするならば、それは変化し続けているし、あくまで平均値であって普遍的なものではない。だが、変わらない価値観というものもあるだろう。人を殺すな、とか」
「軍人は昔から人殺しが栄誉だったぞ。それこそマンモスを狩っていたような時代からな。そんな石器時代にだって人殺しの武器はあった。人殺しは人類のいつもやらなきゃならない業務のひとつだ。人殺しが忌諱されるのは一部の価値観だ」
「それは反論にならないよ、准尉。原始的な生物的本能と人間性は違う。人間性は人間を人間とするものだろう。人間が本能を律し、社会を運営する上で構築した価値観だ。宗教も、法律も、殺人を禁止している」
ワン大尉は大学で何を学んでいたのかは知らないがよく口が回った。
「生物として快楽を求めるが、人間はそれを律する。性的暴行は法律で禁止されているし、価値観として忌諱されている。アルコールや違法薬物だってそうだ。これこそ人間性というのではないかな」
「生物としての本能を完全に人間から切り離せるとでも? 人間は生物として生存しようとする。そのために医療が生まれ、医師という職業が生まれ、病院という組織が生まれ、医療保険やら何やらが生まれ、社会を作った」
「確かに人間が生物である以上、完全に本能は切り離せない。それでも社会にとっての利益というものを人間は考え、そのために本能を抑制する。だから、このような高度な社会が生まれたんじゃないか」
「その高度な社会があんたらを悪魔の餌にしたんだぞ。昔から社会って奴は人道みたいなご立派な価値観を無視してきた。核兵器はは残酷だと言ったが核を使い、侵略戦争は止めるべきだと言って侵略戦争を起こした」
俺はそう言って肩をすくめる。
「結局のところ、人間性なんてものに意味はない。最初からそんなものはないんだ。だから、それを失うこともない。存在しないものをどう失うって言うんだ?」
「そういうところが人間性の欠如のように思えるよ。だが、あなたは今一番人類にとって必要な人種だ。私のような人間よりずっと」
この大学生上がりの即席士官も時代が違えば高い学費を払って大学で学んできた知識や技術によって価値はあったんだろうがな。
今の世の中は最悪にクソッタレだ。
「そろそろだ。全員、降車用意!」
「戦闘用アンドロイドを外周に配置だ! 建物の上層を押さえて配置するように! アーマードスーツもゴーストモードで起動するんだ! 急げ、急げ!」
本当に緊急徴集兵ってのは頼りない。国連人類防護軍が根こそぎ動員で掻き集めた代物で、SER-95の引き金が引けるだけで合格、狙いが定められれば熟練ってレベルなのだから当てになるはずもない。
「俺は行くぞ、大尉。ここでちゃんと待っててくれよ。あんたらの足を当てにしてるからな。俺ひとりじゃ何人も救助者の面倒は見れん」
「分かっている。幸運を、准尉!」
ワン大尉に一時の別れを告げ、俺は要救助者がいる墜落地点を目指す。
「君って意外に文化的な会話ができるんだね?」
「ラルヴァンダード。お前、どこにいたんだ?」
「んー。君がボクについて説明するのは面倒くさそうだから隠れてた。けど、ボクはいつだって君の傍にいるからね。一緒だよ!」
「そいつは嬉しいね」
「それからいちいちラルヴァンダードって呼ぶの面倒でしょ? ラルでいいよ。それがボクの仇名だから」
「じゃあ、ラル。お使いに行くぞ」
俺はラルを連れて墜落地点を目指す。
随分と大雑把な救出作戦になりそうだ。
『警告。前方に複数の高脅威悪魔を探知』
「どうやら先客がいる。墜落してどれくらい経ってるのか知らんが、死体しか残ってない可能性もあるな」
『戦術オプションを提示。近くに迂回可能な地下道があります』
「トンネルラットか。それでいこう」
廃墟になった市街地の道路。そこに航空爆弾で出来たクレーターがあり、地下の下水道が一部剥き出しになっていた。そこから地下に潜り込む。
『警告。複数の高脅威悪魔に接近中』
「オーケー。奇襲をやりたい。ODIN、熱光学迷彩を起動」
『熱光学迷彩起動』
常に熱光学迷彩を使っていたいってのは、この手の便利な装備を手に入れた
普段はこの092式強化外骨格内臓の生体発電装置と太陽光発電でバッテリーにエネルギーを蓄えている。こいつが便利なものでナノマシンが摂取した有機物をバイオマス燃料として加工し、発電している。つまり飯食ってりゃ発電だ。
それによって繰り返し使えるものの、持続時間が長くて1時間、短くて15分。バッテリーとポンコツ
俺はSER-95を構えながら目的地近くの下水道の出口を這い上がる。マンホールを優しく開き、すぐさま周囲を見渡す。
「ほうほう。いるな。ゴリアテが4体。ユニコーンが2体。グレムリンが16体。それからトレーダーか」
ゴリアテはデカい斧を持っている。ユニコーンは醜悪な馬としか表現できない化け物で人間を見ると突っ込んで来る。グレムリンは小学生のような体格に鋭い牙を持っており、人間から奪った武器を使うぐらいの知恵があるが臆病。
で、トレーダーだがこいつらは腕力は大したものじゃない。だが、精神汚染の影響が激しく、人間からマリオネットを生み出したり、生き物を発狂させたりする。
こいつが何故トレーダーと呼ばれているかは簡単だ。こいつは人間を奴隷にして悪魔どもに売っている。悪魔がどういう通貨を使っているかは知らんが、物々交換だったり、悪魔を傭兵として雇ったりしてるのを確認した。
つまり、こいつがいるってことは要救助者は奴隷になってるか、あるいは小腹が減った悪魔のおやつになっているかだ。先行きが怪しくなってきたな。
「ODIN。民間人について常に
『了解』
俺は下水道から這い上がり、慎重に悪魔どもに近づく。
ゴリアテが退屈そうにうろついているのを迂回して、ユニコーンに気づかれないように廃墟を抜け、トレーダーに近づく。トレーダーは肥満の大男って感じの外見で腐った豚みたいな顔をしてる。
「人間どもを運べ。女は大事に扱え。大勢に需要がある。特に若いのはな。男は最近は需要がないが、食いたい連中はいないわけじゃない。年寄りはもう食っていいぞ。年寄りは売れない」
トレーダーが濁った声でそう下っ端のグレムリンたちに言っていた。俺はその背後にゆっくりと近づき、サプレッサーを装着したSOEP-45を抜いて後頭部に向けると引き金を引いて大口径炸裂弾を叩き込んだ。
派手にトレーダーの頭が吹っ飛ぶ。さながらパーティーの始まりを告げる楽しいクラッカーってところだな。
「何だっ!?」
阿呆なツラを晒していたゴリアテが異変に気づいた。
「パーティーだぜ、クソ野郎ども。エンジョイ!」
俺がトレーダーにサプライズをお見舞いしたのは別にこいつがうざいからじゃない。こいつがいるのが丁度、悪魔どもの陣地の中心で警備が甘く、その上うってつけの遮蔽物があるからだ。
それにトレーダーを殺しておけば要救助者を人質や肉の盾にされずに済む。
「人間!? いや、あれは悪魔だ! 悪魔が同胞を殺しているぞ!」
「おぞましい化け物め! 殺せ!」
ゴリアテたちが迫り、ユニコーンが猪突猛進。
「俺は競馬は趣味じゃないんだ。悪いな」
ユニコーンは低能なのがいいところ。爆発物の類を投げつけられても気づきやしない。手榴弾が放り込まれたのに気づかず進み、纏めてドカン。
「殺せ! ミンチにしてやれ! そいつの肉で腹を満たすぞ!」
ゴリアテが怒り狂って進んでいく。
だが、連中の防御力は高いが速度は遅い。その隙に俺はグレムリンどもを片づけてしまうことにした。
「テキ! テキだ! ニンゲンだ!」
「コイツ、悪魔ノ臭いモする! 気持チ悪イ!」
甲高い声でグレムリンたちが騒ぎ、そして人間から奪った銃を俺に向けてくる。グレムリンが扱えるのは警察などが装備していたカービン銃で、092式強化外骨格はその手の銃弾を余裕で弾く。
「歓迎会はとっくに終わりだぜ? 今は大量殺戮というパーティーだ。さあ、パーティーの本番を祝してワインをかかげよう。ワインはお前たちの血だ」
俺がSER-95の銃口をグレムリンたちに向け、連続射撃モードでグレムリンの頭を吹き飛ばしていく。ゴリアテやブルと違って、グレムリンの防御力はないようなもの。
「人間ヲ殺セ!」
グレムリンが警察から奪った小火器で銃で銃撃すれど俺には掠りもしない。
「銃の撃ち方を教育してやるよ、小鬼ども」
緊急徴集兵レベルの下手くそな射撃を繰り返す、グレムリンたちに銃の使いかって奴を教育してやろうじゃない。教育費はお前らの命だ。
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