お使いできたらお駄賃だ

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 ──お使いできたらお駄賃だ



 廃墟とは言え鉄筋コンクリートのビルすら粉砕するスレッジハンマー。それを振りかざしたブルに向けて、俺はSER-95の銃口を向ける。


 口径25ミリ高性能ライフル弾がブルの分厚い皮を貫き、肉を裂いて、内部で炸裂する。血が撒き散らされ、ブルがさらに雄たけびを上げてスレッジハンマーを振り下ろした。


「ヘイ、のろまな豚さん。もっと頑張らないと当たらねえぞ」


「くたばれ、人間! 己の血を撒き散らすがいい!」


 俺はスライディングでスレッジハンマーを躱しながら、ブルに銃弾を叩き込み続ける。悪魔が厄介なのはクソみたいにしぶといってことだな。人間なら一発であの世行きの代物を何発喰らっても平然と戦闘を継続しやがる。


「悪魔の力でいい気になっているのか、人間風情が! 貴様など捻り潰してくれる! 頭を引きちぎって飾り、首から下は犬の餌にしてやろう!」


 ブルが吠え、スレッジハンマーを再び振りかざして俺を狙う。


 だが、そう何度も攻撃を許すほど俺は親切じゃあない。


「こいつを味わいな」


 タクティカルベストから対悪魔戦用スタングレネードを抜いて投擲。AIによって制御される強力なスタングレネードはブルの感覚器を映像で認識し、もっとも効果を発揮する地点で強烈な閃光と爆音を響かせた。


「ぐおっ……! おのれ、猪口才なあ! 舐めるなよ!」


 効果は覿面だ。こちらへの影響はヘッドHマウントMディスプレイDと一体になったヘルメットが防いでくれる。だが、悪魔には直撃だ。


 羆だって余裕で失明するレベルの閃光を食らったブルがスレッジハンマーをでたらめに振り回し、暴れまわる。だが、こいつは当分視力は回復しない。


「さあ、ダンスパーティーは終わりだ。お前の無様なステップは見飽きたぜ」


 背後からブルの背中を蹴って飛び上がり、ブルのデカい頭にSER-95の銃口を押し付けると連続射撃モードでありったけの大口径弾を叩き込んだ。脳みそ、頭蓋骨、眼球、その他あらゆるものが飛び散り、ブルの頭がミンチとなった。


「フィニッシュ!」


 最後に頭に手榴弾をねじ込んでブルの頭を蹴り飛ばして離脱。電子励起爆薬で構成される高性能手榴弾が炸裂してブルの頭が完全にはじけ飛んだ。


「わお! 汚い花火だね!」


「連中には相応しいだろ?」


「それはもっとも」


 ラルヴァンダードがにやにやと愉快そうに笑いながら、頭が吹き飛んで地面に崩れ落ちながら気化していくブルを見上げていた。


「残りの連中もくたばってるな。友軍に会いに行くか」


「了解!」


 再び俺とラルヴァンダードはA地形T対応車Vに乗り込んで、ODINが探知した国連人類防護軍の部隊の方向に進む。


『通知。国連人類防護軍極東戦域軍第9001機械化歩兵師団所属のワン・ファン大尉より交信の要請が来ています』


「オーケー。繋いでくれ」


『接続します』


 ODINが国連人類防護軍のC4ISTARである統合作戦リンクで友軍と通信を繋ぐ。通信衛星も成層圏プラットフォームも存在しない場所での通信距離は限定的だ。


『こちらワン大尉。第9001機械化歩兵師団第3機械化歩兵大隊A中隊指揮官だ。そちらの所属と名前を明らかにされたし』


「天竜湊准尉。所属は第543特殊空中突撃旅団だ」


『統合特殊作戦コマンドか? そいつはいい。こっちに来てくれ。歓迎するよ』


 相手は明らかに喜んでいる様子だったが、その分こっちががっかりだ。


「どうしたの?」


「特殊作戦部隊の作戦要員オペレーターを何でも屋だと思ってる連中に当たったみたいでな。実際こっちはいきなり徴集された素人と違って戦える。だが、だからと言ってあれこれ押し付けられるのは面倒くさい」


「そういうものか。けど、足がいるんだよね。どうするの?」


「どうにかするさ」


 ラルヴァンダードにそう返して俺は友軍との合流を目指す。


「見えてきた。急ごしらえのようだが陣地がある。装甲兵員輸送車APCにアーマードスーツ、それから戦闘用アンドロイドもいるな」


 ヘッドHマウントMディスプレイDが友軍の陣地をズームして表示する。大量のマリオネットの死体が積み重なる戦場の向こうに各種機械化歩兵師団に相応しい兵器が揃った陣地が見えていた。


「ODIN。友軍の端末にこちらのマーカーを表示し、友軍識別を実行しろ」


『マーカーを送信中。エラー。システムに拒否されました』


「なんだって? ちゃんとやってくれ。頼むぜ、おい」


『自己診断を実行。私の中にエラーが存在します』


「修復しろ」


『できません。ユーザーの肉体的変異によるエラーです。ユーザーは現在システムに悪魔として認識されています』


「マジかよ。畜生め」


 俺は走行中のA地形T対応車Vの背後にちょこんと座っているラルヴァンダードの方を向く。


「俺は悪魔になっちまったのか?」


「まあ、そんなところだよ。でも、別にいいでしょ?」


「友軍に撃たれなきゃな」


 うんざりした気分になりながら俺はA地形T対応車Vを友軍の陣地に進ませた。撃たれなれないこと祈りながら。


 国連人類防護軍公式の軍用サポートAIであるODINはユーザーである将兵の状態を体内循環型ナノマシンと連動して把握している。


 作戦中の負傷や死亡と言った状況を指揮官が把握するためであり、悪魔に乗っ取られてマリオネット化した場合なども探知され、通知される。


 つまり、ODINを使ってる国連人類防護軍の兵士には俺が悪魔だと認識されてる。


「撃つなよ。撃つなよ。頼むぜ。あんたらを助けてやったんだ」


 A地形T対応車Vが進み続け、陣地が近づき、国連人類防護軍の兵士たちが見える。まだSER-95の銃口はこちらに向けていない。


「止まれ! 友軍か!?」


「そうだ。ワン大尉に会いに来た」


 銃口を敵以外のものに向けるなというのは徹底的に教育されているらしく、こちら銃口は向けていない。だが、今にも銃撃戦が始まりそうな緊迫感を漂わせている。


 そういや第9001機械化歩兵師団だったな。あーあ。こいつら新兵の上に緊急徴集兵かよ。勘弁してくれ。


「クソ。あんたが来た途端、俺たちのODINが一斉にバグったぞ。あんた、本当に人間なんだろうな?」


「人間以外の何に見える? それから上官には敬礼ぐらいしろ、新兵」


「ああ、畜生。申し訳ありませんでした、准尉殿。そっちの女の子は民間人ですか?」


「そうだ。ワン大尉に会いたい。どこにいる?」


「中隊本部の位置をあんたのODINに送った。それに従ってください、准尉殿」


「ありがとよ」


 どうやら友軍識別はバグるがC4ISTARに関しては機能するようだ。


「こんなところで彼らは何をしてるの?」


「俺が聞きたいよ。司令官に会って何をしてるか聞いて、上級司令部に連絡する手はずを整える。そうすりゃ上海にレッツゴーだ。お行儀よく振る舞ってくれよ」


「はいはい。畏まりました!」


 ラルヴァンダードが景気よく返し、俺たちは中隊司令部に向かう。


 中隊司令部というのは通信指揮車を中心とする簡素な天幕で構成されていた。


「ワン大尉。天竜准尉、出頭しました」


「ああ。ようこそ、准尉。会えて嬉しい」


 中隊指揮官のワン大尉はその名前の通り中国系の男で酷く若かった。小柄な体に国連人類防護軍の一般将兵に支給される094式戦闘防護服を纏っている。


「大尉。上官に敬意は示すつもりだが、あんた酷く若いな?」


「ああ。私は即席士官だ。元は北京大学にいた。21歳。で、AIの分析する能力テストで将校の適正ありってことで1ヶ月だけハワイで訓練を受けた。それでいきなり大尉に任命されて、部隊を与えられ、戦場に」


「実戦経験は?」


「これが初めてだ。准尉、君も知っていると思うが4桁師団は即席士官と緊急徴集兵で構成されている。率直に言えば素人に武器を持たせただけの寄せ集めだ」


「知ってる。4桁師団は拠点防衛が主任務だと思っていたが?」


「そうだった。そのはずだった。戦況が動いたんだ。昨日、京都が落ちた」


「何だって?」


 京都は日本奪還作戦の拠点だったはずだ。沖縄に継ぐ前線拠点だ。


「京都のど真ん中で馬鹿デカいポータルが出来て、あっという間だった。私たちは拠点防衛部隊として京都周辺にいたが、京都陥落のために遅滞戦闘を命じられて、ここに配置されている」


「クソ。あんたらは捨て駒にされてるって分かってるよな?」


「分かるよ。どうせ4桁師団は正規軍のための肉の壁であり、捨て駒だ。ここに配備された後、一切の支援が途絶えた。極東戦域軍は我々を見捨てたんだ」


 畜生。これじゃ友軍と合流して足とゲットってのは無理そうだ。こいつらの装甲兵員輸送車APCか何かを拝借して、こいつらは置いていくしかない。


「しかし、だ。さっき状況が変わった。京都陥落の影響で京都にいた国連人類防護軍と日本政府の要人が家族とともに空軍の輸送機機で脱出した。だが、そのうち1機が悪魔に撃墜されて、この付近に墜落した」


「ふむ。あんたらは救出を命じられたってところか、大尉?」


「そう。もし、我々がその要人と家族を保護できれば脱出させると司令部は言っている。我々はここにいても皆殺しにされるだけだ」


 ワン大尉が縋るような視線を俺に向けてくる。


「それで俺を歓迎したわけか。あんたの部隊の戦力は?」


「もうズタボロだよ。3割が負傷。4割が発狂。2割がマリオネットになった。戦力は残りの1割だ。それから無人兵器の類が幾分か動かせる」


「銃の引き金が引けるだけの素人が20人ってか。ない方がマシだな」


「そう言ってくれるな、准尉。私たちは脱出したいんだ。このまま悪魔に食われるなんてごめんだ。生きて帰りたい。本当に」


 ワン大尉は力なくそう言ってうなだれた。


「死ぬなら家族と一緒にいたい。こんなところで死にたくない」


「同情する。こっちとしてもここから脱出するための足が欲しい。利害は一致しているな。そっちの任務を手伝おう。しかし、俺に命令しないでくれ。即席士官のせいで全滅した部隊をうんざりするほど見てきた」


「ああ。もちろんだ。命令はしない。准尉、君の経験を尊重する。ところで、この大惨事が起きる前から軍人だったのか?」


「日本海軍特別陸戦隊の作戦要員オペレーターだった。実戦経験もある」


「精鋭だな。頼もしい。我々もできることをするので、導いてほしい」


「オーケー。使い道を考えよう。装備についてのデータをくれ」


「そちらのODINに送信した」


 ふむ。TYPE301装甲兵員輸送車12両と091式強襲重装殻“火竜”6台、TYPE301-SPM自走迫撃砲4両、090式戦闘人形24体。装備はしっかりしてる。まあ、今の人類に足りないのは何より人間だということを考えれば不思議でもない。


「墜落地点の情報は?」


「墜落した後に無線通信が知らせた位置はこの地点だ」


「23キロ先か」


 ワン大尉がヘッドHマウントMディスプレイDに表示されるAR上の地図を指さして墜落地点を知らせる。


「作戦を立てた。俺が墜落地点に向かって救出目標を連れてくる。あんたらは送迎係だ。表立って戦場に立つ必要はない。救出対象を無事に運ぶことに全力を上げろ」


「分かった。具体的な作戦を決めたい。AIを使っても?」


「ああ。下手な素人よりマシな作戦を作ってくれる。俺も助言しよう」


「ありがとう、准尉」


 AIの立てる作戦は可もなく不可もなくという具合だ。犠牲者を出さないようにAIは努力し、作戦目的の達成に堅実な手段を提示する。


 言ってみれば士官学校でひよっこどもが使う教科書通りのそれだ。意外性はないから奇襲には向かないし、危機的な状況においては役に立たない。


 まあ、それでもこの即席士官よりマシだろな。


「この地点まで装甲兵員輸送車APCで進出し、防御を固める。外周に戦闘用アンドロイドを配置して奇襲に警戒し、必ず必要になる装甲兵員輸送車APCはアーマードスーツで防衛する。これでいいだろうか?」


「悪くはない。足りない分はこっちでどうにかするよ、大尉」


 ワン大尉の指揮する部隊は救出目標のいる墜落地点まで11キロの市街地に進出し、市街地の建築物を利用して防御を行う。そこからは俺の仕事だ。


「じゃあ、出発だ。お使いこなして司令部から駄賃を貰おう」


……………………

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