GASOLINE 後編

画面外の人:僕の生まれた土地は燃えました

男性:残念だ


 男は目を伏せた。


画面外の人:そして、僕の生まれた土地が燃えたのはある作戦の失敗によるものです

男性:自殺作戦

画面外の人:そうです。これが被害地図です


 画面外からタブレットが差し出され、男がそれを一瞥し、すぐに視線を戻した。


画面外の人:どうしてこうなりましたか?

男性:我々が作戦に失敗したからだ

画面外の人:どうして?

男性:我々がコントロールルーム突入後、すぐにミサイル発射プロセスが実行された。遅かったんだ

画面外の人:貴方の決死の行動も虚しく。敵中に飛び込んで発射を阻止しようとしたが手遅れだったと

男性:そうだ

画面外の人:それは違います。貴方は間に合っていたはずだ


 男が僅かに眉を潜めて首を傾げた。


画面外の人:当時の将校が所有していた書類のデータ、そしてコントロールルームの音声付き映像です


 画面外から伸びた手がタブレットを操作した。


男性:これをどこで?

画面外の人:現地調査を行い

男性:デタラメは止めろ。そんなに簡単に発見されるなら戦後処理で引きずり出されている

画面外の人:モンゴルやネパールにいた残党党員から

男性:なるほど、安いフェイクだ

画面外の人:違う。本物だ。僕は真実を知りたい

男性:そうか

画面外の人:ここで僕をあしらってもずっと同じ事を問い続ける。その人数はもっと増えていく

男性:その前に私は棺の中だ

画面外の人:そこに入る前に話してもらう


 男の瞳にはカメラとその後ろに若い男が映り込んでいた。男が眼球を少し動かし視線を数センチずらす。瞳に映る若い男へ。


画面外の人:ミサイルの発射を止められたんじゃないのか?

男性:そうだ

男性:落ち着け、だが、攻撃目標を一つデリートするだけしか出来なかった。ミサイル一つを発射停止した段階で残り全てが発射された

画面外の人:それを信じろと?

男性:コントロールルームのシステムは独自の物で演習時とは違った。だから全てを止める時間はなかった。全て止められたならやっている

画面外の人:それは真実か?

男性:コントロールルームの演習内容は他の作戦参加者に聞けば私が嘘を言っていないのは証明できる。くだらんのシステムも輸入規制でまともな物を入手出来ない国家が作成した独自OSであるのは少し調べればわかる。そして、演習と全く同じ状況でシステムに対峙できないことは言うまでもない

画面外の人:じゃあ、アメリカにだけミサイルが落ちなかったのは?

男性:私が愛国者だからだ



 映像を止める。こちらを睨むような目つきの壮年のアメリカ人がPC画面に映っている。この映像の続きは自分はアメリカ出身だから、まず第一にそうしたとかいう大して重要ではない事柄だけ話して終わっている。

 このインタビューを行うまでアメリカにミサイルが落ちなかったのは、相手がアメリカによるさらなる報復を恐れた。分厚い防空システムを破れないと判断した。他にも、アメリカ軍の作戦失敗による各国への被害を要因とした軋轢を生むためと考えられていた。とにかく、確実に未来に何かしらの遺恨を残したかったと。実際、奴らのトップも世界を燃やそうとしたとそう語っていた。

 パソコンを操作して映像データを閉じ、椅子から離れようとした時に電話が鳴った。画面にはあの元軍人の名前。


「私だ。君はジャーナリストだろう? 話を聞きたくないか?」

「何の話ですか?」

「待ち合わせ場所を送る、聞きたいなら来てくれ」


 それで電話は切れた。前のインタビューに関する事か? とりあえず、行ったほうが良いだろう。

 さっさと身支度を済ませて車に乗り込む。ナビの案内で待ち合わせ場所へ三十分ほどすると到着した。白い立派な家のテラスに男がいた。彼が示した場所に車を駐車した。

 綺麗に整えられた芝生のふかふかとした感触を感じながら、テラスでコーヒーを飲む男に挨拶した。


「こんにちは」

「ビョンで合っていたね?」

「はい」


 自分の名前を確認した男は机の向かいにある椅子を示した。そこに座ると彼は一度家に戻って、マグカップやポットの載ったトレーを持ってまた現れた。


「録音装置は無しだ」


 トレーを置いた男がそう言って僕のカバンに人差し指を向け、続けて僕の車へ移動させた。立ち上がってカバンを車に置こうとしたとき、


「待った。ポケットを裏返せ。正直に出さないと話は無しだ」


 胸に指を指しながらひどく威圧的な、有無を言わさぬ態度で命令され、僕はそれに従った。靴の中まで確認されてようやく潔白を証明すると椅子に座った。

 座ると彼がマグカップにコーヒーを注いでくれた。僕がミルクを入れてそれを一口飲むのを確認すると、彼は背を預けてリラックスした態度となった。


「まず、君の話を聞きたい」

「と言いますと?」

「出身やどこの学校に通ったか等だ」

「はあ、生まれたのは韓国のシフンで、でもすぐにソウルに引っ越して、小さい頃は。もう覚えてもいないくらい小さい頃はそこに住んでいたけど、物心つく前にはアメリカに移って…」


 そこから十分ほど僕の身の上話をすることとなり、ミサイル発射の時代で切り上げた。


「そうか。殆どアメリカ人と言っていいくらいか」

「そうですね。韓国語も本格的に勉強を始めたのは大学に入ってからです。それまではからっきし話せませんでした」


 マグカップを持ちながら遠くを眺めている彼が問う。


「今は話せるのか?」


 韓国語で答えてみせる。


「何て?」

「このとおり、英語と遜色ないくらいには話せますよ。と」

「そうか。それで、君は何人だと自分で考える?」

「それは、アメリカ人か韓国人かと? そう言われたらハーフに近いですかね」

「そうか」


 そうこぼした男は黙り込み、なんとなく雰囲気で話しかけれなかったが、マグカップを傾けて中身を飲み干した彼は新しく注ぎながら口を開いた。


「話してくれてありがとう。いい加減、本題に入るよ」

「電話で言っていた。話、ですね」


 ようやく僕じゃなくて彼の話が聞けると分かると少し気が張り詰めた。何を話すのだろうか。


「ああ」


 彼はコーヒーを一口、二口飲んでテーブルにマグカップを置く。そして快晴の青い空から僕に視線を下ろした。


「あのとき、私はミサイル発射プログラムを選べた。そして、キーも持っていた」


 どういう意味かわからなかった。


「まず、連中は発射プログラムを複数用意し、簡単に切り替えられる様にしていた」

「待ってくれ、それじゃあ」


 もしかしてと思う。


「そうだ。私はプログラムを選択して発射キーを回した」


 あまりにも淡白な口調で彼は語った。


「あんたがミサイルを」

「そうだ。あの戦争はアメリカの傍観主義が生んだ戦争だ。あのまま終われば悪役はアメリカだった」

「アメリカの為にミサイルを打ったのか?」

「そうだ」


 彼は肯定した。


「じゃあ、アメリカに打ち込まれなかったのは?」

「それは前に話した通り、私が目標から削除した」


 彼が続ける。


「つまり、私はアメリカの為に世界を犠牲にしたんだ。当時のアメリカは世界への治安維持を急速に取りやめ、物資だけ渡して同盟国にかつて担っていた事を代行させた。それは治安維持の引き継ぎも不十分で反感をかう行いだった。あの戦争の発端も激化もここに起因する」


 世界への介入を止めた事により引き起こされた戦争はアメリカへの反感を生んだ。だから、アメリカは自殺作戦によって戦争を自ら終わらせようとした。だが、失敗した。


「だが、それだと作戦失敗によって各国からより非難を」

「浴びたか?」


 彼が僕を見つめる。


「浴びていない」


 全ての矛先は作戦失敗のアメリカではなくミサイルを発射した国や協力国へと向けられた。


「そういう事だ。民意はインパクトの強い方しか見ない。見えづらい真実よりもわかりやすい方へと意識が向く。憎悪は的が一つあればそこに群がる。そして、世界の治安を守るのはアメリカの役目ではない、各国の役目だ。それを世界はようやく思い出したんだ」


 この男は平然とアメリカの為に世界を売ったと自白する。


「韓国に核が落ちたのも」

「私の責任だ」


 僕の視線をまっすぐ受け止めたアメリカ人は答えた。

 初めて生まれ故郷が燃えた時の報道を思い出す。激しい感情と共に立ち上がる。


「そんな事は許されない! あんたは何人殺した!」


 殺戮者。眼前の存在を僕は悪魔のように思えた。血も涙もない恐ろしい存在。


「帰って考えろ、ジャーナリスト。自分が何者かをよく考えて」

「言われなくとも」


 今すぐに戻ってこれを全世界に公表しようと動き出すが、


「私の行いで世界が変わったように、君の選択一つで世界は変わる。君と私、立場は同じだ」


 後ろから投げかけられる声に歩みを緩めてしまう。


「よく考えろ。結果として何が引き起こされるか」


 しばらく沈黙が流れ、最後に彼は、


「君は愛国者だ」


 そう言われた。

 自分の部屋に帰ると彼の話をまとめた記事を作成していく、一時間もするとそれは完成した。画面をクリックしてネットの海に放流する準備を整える。

 これが知られればアメリカは、彼はただでは済まない。矛先が変わる。ここで知られなければ世界はこのまま。

 アメリカにミサイルは落ちていない。彼のおかげで。

 韓国にミサイルは落ちた。彼のせいで。

 僕はアメリカで育った。僕は韓国で生まれた。

 僕はアメリカの愛国者。僕は韓国の愛国者。

 よく考えろ。彼の言葉が頭を反響する。結果を考える。今、世界の情勢は僕の手に握られ。いや、握っているんじゃない。ボタンを押そうとしているのだ、特大のミサイルの。世界を燃やすミサイルの。

 このミサイルは強力だ。今の偽りを破る力を持って世界を正しい認識の本来あるべき姿へ変える。一人の男が生み出した世界を破壊する。だが、それには犠牲が伴う。

 考える。一時間、二時間。

 日が昇る。

 決断した僕は手を動かした。

 一つ言えるのは僕は愛国者という事だ。 

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第一石油類世界 JUGULARRHAGE @jaguarhage

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