第一石油類世界

JUGULARRHAGE

GASOLINE 前編

 山火事を見たことはあるだろうか?

 俺にはある。遠く見える山が、日中には青々と、夜には暗い山が真っ赤に染まって月明かりをかき消す黒煙を吐いていた。

 それを俺は遠くから見ていた。安全な家の庭から。だが、肌寒い夜風に少し生ぬるい風が混じって俺の顔に吹き付け、小さな火の粉が一つ飛んでいた。その時、俺は理解した、あの山火事は他人事じゃないと。

 後で知ったが、あの山火事で何十人もの消防士が何日も炎と戦い続けたそうだ。それをニュースで知った。画面の向こうの事として、だが、すぐにあの日の火の粉を思い出した。


 多くの者はそれを忘れている。遠く見える激しい炎は他人事ではないと。

 そして、毎日吸う空気がガソリン臭い事も、マッチ一本で全てが燃え上がる事を。



[自殺作戦]

 敵国ミサイル基地を地下から突入。発射準備のなされたミサイル2発を敵国首都及び最大軍事拠点へ発射、損害をあたえ戦争決着を目的とする。



「3、2…1。突入」


 ブリーチングチャージが起爆。指向性爆薬によりコンクリートが内側に吹き飛び、分厚い壁に穴が開く。

 そこへすかさず穴の両側にいた兵士2名がそれぞれ左右対角から中央へ銃口をスライドさせ、敵を見つけ次第射撃、内部へ突入し部屋の隅を確保。後続は正面から入り左右へ展開、部屋の安全を確保する。


「クリア」


 クリアリング完了を兵士が報告。


「ディガー1。突入完了、コントロールルームを目指す」

「ディガー2。突入完了、電力設備の掌握に向かう」

「ディガー3。突入完了、地上連絡エレベーターを掌握する」


 各隊長が状況を報告し胸の無線機から手を離した。


「時間が経つごと不利だ。手早くだ。行け」


 隊長の指示で一人が先行して部屋を出る。通路に現れる敵を迅速に処理して最短ルートで目的地に部隊が移動していく。

 耐爆扉の前まで到着するとテクニカルエンジニアがスイッチボックスをナイフでこじ開け、内部配線を弄り、ロック解除。

 扉両側に配置された兵士が銃口を自動で開く扉に向ける。敵の姿が目につくと即座に赤い点と目標頭部を合わせて引き金を引いた。中枢器官の制御を失った体が崩れて不自然な体勢で動かなくなった。


「こちらディガー2。電力設備掌握完了」

「こちらディガー1。了解」


 いくつかの扉を突破後、ディガー1は特に大きな金属製扉の前で突入に備えて配置についていた。


「ディガー2、こちらディガー1。突入準備完了」

「了解。十秒後にコントロールルームの電力を停止する。10、9」


 カウントが0になると同時に電力が落ち、緊急電力切替時に一瞬セキュリティ強度が低下する。

 ドアコントロール上書き、油圧ピストン収縮、耐爆耐放射線ドア開放。

 開くはずのない扉の開放に気づいた敵が銃口を向けて叫びかけるが、ドアに最も近い兵士が少し開いた隙間から銃を突き出し、引き金を引いた。

 6.8mmが今にも叫ぼうとしている頭に触れる、先の尖った先端部は容易く皮膚を貫き頭蓋骨に穴を空けて内部に侵入。柔らかな組織を衝撃で押し出し空洞を生み出す。先の潰れた弾丸がいくらか進むと再度固い骨に当たった。頭蓋の内側に沿って進みそのうち運動エネルギーを失い、滅茶苦茶にかき回した脳の機能と共に停止。

 脳の制御を失った体が崩れ落ちた。

 敵襲に気付いた他の者達がドアに銃を向ける。引き金を引く寸前で閃光が視覚を焼いた。

 フラッシュバンが炸裂すると同時に部隊が室内に突入。

 炸裂音と光に怯んだ相手を撃ち倒し兵士達は、大型モニターを中心に扇状に機械の並んだ部屋へと突入、散開して遮蔽物へと身を隠す。そこへ敵が銃を乱射し行動を阻害する。


「不味いぞ、ミサイルを発射するつもりだ」


 発射制御装置を操作する敵を視認した兵士が伝える。


「こっちでやる。相手を引きつけろ」

「了解」


 指示を受けた兵士が隠れていた装置裏から銃を突き出し射撃、すぐさま撃った倍の銃弾が放たれた。


「クソッ。駄目です」


 同じく隊長も敵の攻撃で身動きが取れない状態であり、明白な時間稼ぎであった。


「フラッシュバンとスモークは?」

「あります」


 隊長に訊ねられた隣の兵士が疑問符が浮かぶより先に答える。あると聴いた隊長が自身と発射制御装置の位置関係を頭の中に浮かべる。


「フラッシュバンとスモークを一つずつ」


 渡されたフラッシュバンをポーチに入れてスモークを握った隊長が、


「お前はあっちにスモークを投げろ」

「了解」


 指で示された方向を見た兵士の返答を聞くとスモークを投げる事と、誤射を避けるため自分一人が突撃する事を他の者に伝える。


「危険です」

「発射装置をどうにかするのが先だ」


 一瞬だけ、ほんのコンマ一秒もない間だけ戸惑った兵士だがすぐに最優先事項を思い出した。


「了解」


 スモークを握り、隊長がピンを引き抜く。


「今だ」


 兵士が左に隊長が右に投げる。炸裂すると煙が瞬時に拡散、屈んでいた隊長が立ち上がり遮蔽物を乗り越える。煙の向こうに薄っすらと見えた敵と思しき姿に銃弾を撃ち込む。

 制御装置を守るため飛び出した相手に照準を合わせて頭に一発、そのまま右に銃口をズラしてキーを持った男に合わせ右人差し指に力を入れる。ファイアリングピンが前進、雷管を叩く。雷管が発火し装薬燃焼。燃焼ガスにより薬莢内圧力上昇、約500Mpa。膨張したガスにより弾頭部が押し出され高圧ガスにより加速。

 初速900m/sで銃口部より弾頭部射出。目標に命中。

 着弾時衝撃により着弾部付近皮膚組織が頭蓋骨より剥離及び、頭蓋骨後部にクラック発生、瞬時に浸透し頭蓋骨粉砕骨折。衝撃により細胞破裂、脳組織を著しく損傷。

 制御装置にもたれかかる形でくにゃりと人間が突っ伏し、地面へ仰向けに倒れた。

 左にいた男に銃を向けながら隊長が接近し、発射キーを奪って男を後ろ手に拘束する。男を押さえつけながら制御装置の画面を見ると、アメリカのいくつかの都市が地図上で標的になっていた。画面の隅には第一プログラムと敵の言語で表示されてあった。キーボードを操作して他のプログラムに隊長が目を通し、一つのプログラムで手を止め、いくつかの目標を削除してエンターキーを押した。


「英語は解るな?」


 銃口を突きつけられた男が頷く。


「俺が3つ数えたらキーを回せ、いいな?」

「わ、わかった」


 男がそう答えると隊長は拘束を解いてキーを渡す。銃を突きつけたまま離れ、先程撃ち殺した死体から発射キーを取ると該当する鍵穴に差し込む。煙の向こうにいる男の方を向いて隊長が指示を出す。


「3、2…1。ターン」


 隊長はキーを回した。


 空に向かって伸びてゆく十本を超える白柱。衛星がそれを捉えて直ちにアメリカ本土の迎撃システムが捕捉へ動き出す。

 だが、ミサイルの多くは西側へ白い軌跡を残し、アメリカの方向へ飛翔するミサイル2発は立て続けに落下軌道を描いた。

 西側へ向かったミサイルは少しずつ拡散していく。

 その日、世界で唯一の被曝国という肩書はある国から消えようとしていた。だが、そんな独自性が消える事など些細な問題でしかなかった。


 一人の男はマッチを擦って世界に落とした。

 ガソリンを被った世界にマッチが落とされた。

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