エピローグ:現代

 マックスは言葉を失った。そんな事がツバサお爺ちゃんに起こっていたとは。お爺ちゃんが人を殺したようには見えなかったからだ。

「どうだ、怖い話しだろ?」

「うん」

「これじゃあ、ファミリーツリーの授業で話したら泣き出す子がいて成績が悪くなっちゃうかもな」

「そうなんだ。ねえ、そう言えばなんで日本に戻らないの?友達が東京のニンテンドーランドに行った時にニューシドニーより大きなビルが沢山あったって言ってたよ。それに、友達のお兄ちゃんが東京の大学に留学してるし」

 お爺ちゃんはしばらく何も言わなかった。触れちゃイケない話題に触れてしまったのだとマックスは思った。しばらく車内が沈黙に包まれた。

「怖いんだよ」とお爺ちゃんが言った。

「嫌な体験をした事が?」

「うん、それもある。今でも夢に出るんだよ。自分が殺した者たちが。初めて殺した略奪者の青年に絞首刑にされた8歳のオオタニ少年にアキモトとアキモトの母さん、それに総長と愉快な仲間たちと、警官達、政治家達。執事。警備員達。だが、一番怖いのはヨシダ村長の事は言っただろ?アイツまだ生きているんだ」

「殺したんじゃないの?」

「うん、足の両膝と両肩とお腹に3発撃った。でも、アイツを殺しそこねたんだ」

「今もそのヨシダは生きてるの?」

「うん、しかも、相当な大物政治家になって今も活躍中さ」

「そんな、悪い事をした政治家の事をマスコミとかに暴露しなかったの?」

「もちろん、したさ。デジタルが復旧してからな。マキタとゴトウと一緒にWebページを作ってヨシダがした事を悪事を羅列したよ。日本語と英語とスペイン語とマレー語と中国語と韓国語でね」

「どうなったの?」

「日本で少し話題にはなったよ。日本から記者も来てインタビューされたよ。でも、ダメだった。ヨシダは緊急事態だったと言うばかりさ。アイツは緊急事態て言葉が大好きなんだろうな。それから、その事をみんな忘れてか、あるいは彼にシンパシーを感じてか未だに現役バリバリの政治家さ。結局アノ村の時から日本は変わってないって事さ」

「ヨシダに殺されるのが怖いの?」

「違う。もし、またヤツと会ったらアイツを殺すんじゃないかと思って怖いんだ。だから日本に戻れないのさ。それにヨシダがオーストラリアに訪問した時に本気で狙撃しようと思ったくらいだからな。だけど、お前たちに迷惑がかかるからやめたのさ」

 マックスは怖くなった。普段ひょうひょうとして冗談ばかり言っているお爺ちゃんが何人もの人を殺して、今もなお殺意が消えずに残っていることを。それだけ、あの「原水爆災害」いや「原水爆人災」を引きずっていると思うと苦しくなった。

「そうだ、お婆ちゃんにはいうなよ」

「人を殺した事?」

「違うよ。お婆ちゃんにだけは日本で人を何人も殺した事を正直に言った。そして受け入れてくれた。アズサとお婆ちゃんが似ているて所だよ。今更お婆ちゃんに捨てられると爺ちゃんつらいからな。マックスもそのうち、女にフラれると苦しいて事が分かるはずさ」

「うん、わかった」

 年が空けて夏休みが終わり、ファミリーツリーの授業をした。

 マックスは、まずは母方の血筋から話し始めた。お爺ちゃんはオーストラリア生まれで、カメラマンとして働いていた。ルーツ(血筋)はアイルランド移民とルワンダ難民にあるらしい、そしてお婆ちゃんもオーストラリア生まれで看護師をしていた。アボリジニーとベルギーのユダヤ人移民。

 そして、父方のルーツを、ソンミお婆ちゃんの話しとツバサお爺ちゃんが日本でした事を話した。もちろん、少し控えめにそれとアズサとソンミお婆ちゃんが似ている事を隠して話した。

 成績はAの評価をおもらった。興味深かったのはあの時、特にマックスの様な北半球からの移民がルーツの同級生はみんなお爺ちゃんやお婆ちゃん皆が同じ様な体験をしていたことだった。皆が「原水爆人災」後に何かしらの暴力や迫害や略奪に有ったということだった。人種国籍民族性別年齢関係なくだ。本当に恐ろしい兵器だとマックスは思った。それにまだ核兵器は沢山存在している。何故あんな人を狂わせる兵器がまだ存在するのかマックスには理解できなかった。

 それからツバサお爺ちゃんにファミリーツリーの評価をAもらったというと、喜んでくれた。後日黒いSwatchにベルトに小さな方位磁石の付いたアナログの腕時計をプレゼントしてくれた。

「アナログ時計なんてしている人いないよ」と普段のマックスなら愚痴る所だったがお爺ちゃんの話を聞いていたから肌に話さず左腕につけていた。同級生からはバカにされた事も有ったけどマックスは気にしなかった。

 それから、3年後ツバサお爺ちゃんは亡くなった。被爆の影響でガンにはならなかったが肝臓に障害があったらしい。オーストラリアに移住してから肝臓に障害が出てそれ以来投薬治療を50年間続けていたらしい。

 マレーシア、オーストラリア、ニュージーランド、アルゼンチン、チリ、南アフリカへ逃れた移民達は当時の核保有国に対して集団訴訟を起こしたが補償はしてもらえなかった。どこも責任の転嫁して裁判は今でも続いている。

 マレーシア、オーストラリア、ニュージーランド、アルゼンチン、チリに難民として移住した日本人達も「原水爆人災」の被害者も核保有国と日本政府に対して集団訴訟をしたが、日本政府にいたっては「被害国なので保証する義務はない」と返答するばかり。まだ日本に居るあの時原水爆の被害に遭った生存者にも補償をしなかった。裁判は責任転嫁たらい回しだった。

 死に際、病院のベットの上でツバサお爺ちゃんはマックスに言った「火星に行けたら幸せに暮らせよ。もし、火星がヤバイ所になったら逃げるんだぞ。お爺ちゃんのマネだけはしちゃダメだからな」とても優しい表情でマックスを見つめて言った。


 



 

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渚の先へ 駄伝 平  @ian_curtis_mayfield

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