24章 別れ
2日間の間、小田原の半壊したアウトレットモールでイシカワとギバは過ごした。
マネキンを標的にして銃を撃って遊んだり、小説や雑誌を見つけては読んだりと、ギバとのデートを楽しんだ。定期的に村の本部に無線連絡をいれた。「現在厚木方面です」とか「現在、八王子方面です」とか言って、村にある残りの軍用車両にはワタナベがエンジンをいじってもらい、修理するのに苦労しているため追ってくる者はいなかった。村の様子を無線で聞くと子供たちが居なくなったと村中がパニックになっているようだ。ヨシダが直接無線に出て「絶対に奴らを取り逃がすな」と感情的な声で言ってきた。ギバもイシカワも鼻をほじりながら、或いは無線機に向かって中指を立てながら「了解しました。絶対に子どもたちを救います」と答えるばかり。どうせならもっと話していて楽しいヤツと無線で話したいものだ。
時折、周波数をノアの箱舟計画の周波数に合わせた。相変わらず緯度経度の情報を放送している。彼女たちは無事にマレーシア海軍の船に救助されることができるだろうか?
季節は真冬だというのに相変わらず暑い。もう気候がおかしくなっているに違いな。はたして人類は耐える事はできるのだろうか。
小田原でマキタ達と別れてから2日後、「完璧に見失いました」と無線で連絡して、村に帰った。入植者の親を連れて行かれた親たちは、帰ってくるなりイシカワとギバに罵声を浴びせた。もちろん演技だ。中には村ですれ違った時に「あの時は罵倒してすみません。ありがとうございました」という入植者の人もいた。
ヨシダは、今回の件に関して「よく2日も負傷してまで子供を誘拐した奴を追いかけた。よく頑張った」と言って村議会でイシカワとギバを褒め讃えた。当初、帰ってきたら共犯者として疑われて処刑されるのではないかと不安だったが、マキタの言うと通り2人は村の英雄になった。きっと、村に英雄扱いした方が色々と都合がいいのだろう。それに入植者達が掘ったトンネルもバレずにすんだ。芝居は見事に成功した。
帰ってから、病院に行き検査をしてもらうとイシカワ右の肋骨に複数の2箇所ヒビが入っていた。マキタさんがあんなに近くでピストルを撃つからだ。その御蔭もあってか、1ヶ月間、休暇を貰うことが出来た。ギバもだ。ギバの場合は右の肋骨が折れていたらしい。
この事件はマキタが指導で行われた子供たちの誘拐事件として警察が村議会で発表した。「ハーメルンの笛吹き男」ならぬ「ハーメルンの笛吹き魔女」事件と言う者もいた。
だが良いことばかりではない。村に帰ってから一番ショックだったのは、ワタナベさんが自殺していたことだ。遺書によると、自分が警備を怠り、そのせいで自分の孫や入植者の子どもたちを拐われて書かれていたそうだ。もし、警官に取り調べや拷問をされたら隠し通せる自信がなかったのだろう。だが、イシカワ達を守る為に自殺をしたのであればと思うと辛くて堪らなかった。
アキモトが家を訪ね、彼は父が死んで以来、警察に押収されなかった予備の無線機を使って秘密裏に色んな情報を得ていた。電波障害が酷いので太平洋圏内の事だけだったが。韓国、中国、台湾、アメリカ、カナダ、メキシコ。どこも、救助を要請するものばかりで、日本国内だと北海道と長野と鹿児島に生存者グループが救助の要請をしているが、村の誰が監視しているか分からないので応答はしていなかった。
話は恋人のエリカの話になった。彼は本当にノアの箱舟計画があるのか不安で堪らないらしい。
イシカワは、彼女たちがマレーシア政府に救助されたら向こうから連絡がくるから大丈夫だと言った。
「連絡てどんな?」
「モールス信号さ」というと彼にマキタから教えてもらった周波数を彼に教えた。
「モールス信号はもう分かるよな?アキモト?」
「うん、分かるよ」
「じゃや、もしマキタ達がマレーシア海軍に保護されたら、その周波数でとても馬鹿らしい暗号で送ってくるから。その内容をそのまま教えてくれ。毎週、金曜日の23時にその無線をで打ってくるはずさ。だけど絶対応答するなよ。無線を持っている住民にバレるから。バレるとひどい目に遭うぞ」
「分かった。なんでお前がその無線をキャッチしないんだ?」
別にオヤジを信じていない訳ではない。でも、無線のことを黙っていたのは事実だ。イシカワは自分の両親すら信じられなくなっていた。父は相変わらずリーに対しての自責の念に囚われているし、母はただジョンとリーの喪失感でただ空を見つめるばかり。2人とも一緒に連れて行こうかと思ったが、漁船の定員オーバーだし、それに長旅に2人とも耐えられるかは疑問だ。
「大丈夫だ。あの船長は、途中で船が壊れたに関わらず、棒で漕いで大島まで行ったような奴だぜ。きっとどうにかなる。それに燃料だて大量にあった。船長の話よると余裕でアメリカまで行けるくらいの燃料はあっるらしい。それに食料も。なんて言ったて漁船だぜ。まあ、多少と言うか、汚染されているかもしれないが魚だって、取れるはずさ。だから餓死する可能性はない」
「そうか、よかった」アキモトは本気で、そういったのか分からない。しかし、全く情報が無いよりはマシだろう。それに、この村を出る前の村民たちがエリカさんにしたことが酷すぎた。比喩ではなく、本当に彼女に対して石を投げたオッサンもいたそうだ。なので、急場しのぎとはいえエリカさんに嫌がらせや暴力をする奴がいないだけ心が楽になったのだろう。彼は少し微笑んでいた。
「アキモト、もしマレーシア海軍から連絡が来て、アズサが完治したら行くぞ。あと、3人で行くぞ。あの漁船本当に大丈夫だよな?」
最初はクリハタとアキモトの母親と自分の母親も加えるつもりだったが、だが皆が断った。クリハタは村で起こっていることは異常であると認めつつも、少しずつではあるがクリハタ率いる科学技術省は成果を出していた。村のインフラが整い豊かになれば村も安定して怪事件は徐々に減っていくとクリハタは信じていた。それと、クリハタはこの事を誰にも言わないと約束してくれた。イシカワも彼とは20年の付き合いがある。彼とアキモトとギバだけはこの村で唯一信用できる人物だ。
「ああ、大丈夫よ。燃料を積んで、食料も積んで3人で1ヶ月もあれば付ける」
「マレーシア海軍の位置は今何処だ?」
「北緯21度、東経196度。まあ、ハワイに近いな」
「どのくらいでマキタ達がマレーシア海軍と遭遇できるかわかるか?」
「さあね。ていうのも、原水爆以来、気候が変わってるだろ?もう、2月だっていうのにTシャツ1枚で大丈夫なんだぜ。海流も変わってるかもしれない。まあ、普通は半月で付くけど、1ヶ月は見たほうがいい。それに海賊の噂がちらほらある」
アキモトの話によれば、無線で海賊に襲われたと言う無線を何度も耳にしたとか。「まあ、マキタさんたちなら大丈夫だ。重武装してるからな。逆にマレーシア海軍に海賊と勘違いされないかの方が不安だ」とイシカワはいった。本心では少し不安だった。マキタは海賊がいる可能性をちゃんと頭にいれれていた。武器庫からHK416を10丁に10000発の弾丸、一人に対して1000発、にピストル10丁、ベネリショットガン5丁にグレネードランチャー5丁に手榴弾50個海賊にスタングレネードを持っていった。襲われた時、相手がマキタたちより重武装していたら、それにもし海賊と交戦になり勝ったとしても、子供達に怪我人が出るかもしれない。
「そうだ、イシカワ良い物を見つけたんだ」と言うと机の引き出しから、三角形の形をしていて、底辺の部分が外側に弧を描き、頂点の部分に丸く棒状になっていてそれが、弧を描いた底辺の部分まで続き、まるでスコープの様な物がついていた
「何だこれは?」
「六分儀だよ」
アキモトの話によると、六分儀にあるのぞき穴から北極星や太陽を見ると緯度経度が分かるらしい。それと、コンパスとアナログ時計を併用すれば更に自分たちのいる場所や目的地の方向が正確に分かるとか。
イシカワとアキモトは試しに庭に出て北極星を見て自分たちのいる場所を測ってみた。アキモトの指導が悪いのか、イシカワが数学的な才能が無いのかは大学でプログラミング学科を中退しているくらいだから仕方ない、ちんぷんかんぷんだった。もう少し、彼から学ぶ必要がありそうだ。
アキモトの家には六分儀を4つもあったので1つ練習で貰うことにした。それと、本ももらった。なかなか難しい。こんな事を考えたくはないが、もし、アキモトが航海途中で倒れたらと思うと不安でならない。マレーシア海軍の軍艦にたどり着ける自信がない。アズサの為にも勉強しなくては。
イシカワは一ヶ月間の休暇中ずっとアズサと一緒に過ごした。少しでも治療の結果、体調が良くならないかと思ったが、駄目だった。どんどん体調が悪くなる一方だった。どんどんやせ細って骨と皮だけの状態になった。ギバさんからもらったマリファナを効かなくなっていった。彼女は段々眠ることすら出来なくなり痛みのあまりに唸り声を上がるようになり、流動食ですら口にしなくなっていった。
それから半月経った頃だった。アズサはイシカワの目を見ていった。「もう、無理。殺して」
イシカワは説得した。もしかすると完治するかもしれないと、だが本心は逆だった。もう、彼女は助からない。イシカワは彼女が死ぬのが耐えられないだけだった。受け入れられなかった。だが、苦しそうな彼女を見ていると楽にしてやりたい気持ちが強くなった。自分には想像を絶するほどの痛みに耐え、しかも抗がん剤も治療方法も、もう無いのだから仕方ない。
イシカワはアズサの両親に彼女の言ったことを伝えた。すると、やはり両親もイシカワと同じように悩んだようだ。1時間ほど2人してくれと言って両親は寝室に言って議論を重ねた結果。アズサの意思を尊重して安楽死を選ぶことにした。
アズサの両親は、医者に行きクスリを貰ってきた。クリハタ率いる科学技術省率が作った筋肉弛緩剤。安楽死用の薬だ。彼らの話によるとこの錠剤を飲むと即死するらしい。
イシカワはアズサの手を握った。アズサの両親がそれを後ろから見守っていた。
「ねえ、悲しまないで。私、幸せだったよ。ツバサと一緒にいれて」
「俺もだよ。もし、来世があったら結婚してね」
「あなた、来世とか信じてないでしょ。でも、もし、来世があったら結婚してね。来世で結婚して浮気したらタダじゃおかないからね」とアズサはニコリとして言った。
アズサの父が錠剤の筋肉弛緩剤を彼女に渡した。
「パパもママもツバサも最期まで一緒に居てくれてありがとう」そう言うと錠剤を口にいれて噛み砕いてコップ一杯の水を飲んだ。
イシカワはアズサと握っている手から段々力が無くなって行くのが分かった。脈をとった。もう止まってる。アズサは死んだ。彼女の表情はここ一ヶ月で一番とても穏やかそうだった。
覚悟をしていたせいか、それともショックすぎるのかアズサが死んでも何も感じなかった。葬儀が行われるまで、アズサの両親に頼んで彼女の亡骸の近くにいることを許して貰った。
イシカワは、アズサと一緒にしていたようにタダ手を繋いで音楽を聴きなながら葬儀までの時間、1日を過ごした。段々アズサの手が冷たくなっていくのが分かった。
彼女の葬式は小ぢんまりしたものだった。最近村で流行していた小ぢんまりした感じではなく、参列客がイシカワの両親とササキの両親それと、ギバとアキモトとアキモトの母とクリハタしか来なかった。あんなにアズサには友達や知り合いが居たのに。みんなつらすぎて葬式に来ないのか。それとも被爆し癌になったから来ないのか。どちらか分からなかったしどうでもよかった。
イシカワはもう、全ての事に対してどうにでもよくなっていた。どうにでもよくなりすぎて死にたいとすら思わなくなっていた。
参列者がいろいろと、イシカワを慰める為に色んな言葉を言っていたが何も頭に入ってこなかった。葬式が終わり納骨が済んで家に帰ると。焼酎を飲みマリファナを吸って寝た。仕事が始まるまでの半月間。ひたすらマリファナが無くなるまで吸って、タバコと酒をマーケットであるだけ買ってタバコを吸いまくり酒をを吐くまで飲む生活が続いた。
遠征部隊に戻った時、ギバが隊長になっていた。総長とヨシダの計らいらしいで新しい遠征部隊が結成されイシカワはその部隊の隊長にならないか?と誘いが有ったが断った。ギバといるほうがいい。半月間、マリファナとタバコと酒に溺れていた割には仕事をこなした。新しい同僚の名前が覚えられなかったが、淡々と仕事をこなした。この前の目的地でもあった山梨の物流倉庫にも行くと物資が大量にあった。あの倉庫にある物資を全て運び終わるのに1ヶ月は掛かりそうだ。当分は、上ヶ丈山村と山梨の倉庫の行ったり来たりが仕事になるだろう。
ギバはイシカワが心配で堪らない様子だった。イシカワは心が死んだように感情を全く出さなくなっていたからだ。精神や感情が壊れたのではない喜怒哀楽というものが完璧に無くなっていた。タダの無だった。タダ、倉庫にあるものをトラックに詰め込むだけ詰め込んで、山梨と村を行き来する。ただ、それだけ。ギバも友人のアキモトもクリハタも彼をどうしていいか分からなかった。
セラピストのオオクボさんもイシカワをどうしていいか分からなかった。オオクボが会話をしようとしてもイシカワはただオウム返しするくらいの事した言わなかったからだ。
そんな日が1ヶ月続いた。
山梨からの帰り道にギバが倒れた。彼が以前言っていたように癌のせいだった。しかも医者の告知より早く癌が身体中に転移していた。それに山梨の遠征がの疲れと、放射能を大量に浴びた続けたせいかも知れない。
彼の家にお見舞いに行った。いつもの元気な姿はそこにはなかった。彼はぐったりしていた。
「ギバさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃやないよ」と振り絞った笑顔で言った。
「すみません。ヨシダにギバさんが癌だと伝えて遠征部隊から外していたら助かったかもしれません」
「いいよ。気にするな。俺から直々にヨシダに申し入れたんだ。撃たれった時に病院行ったろ?そこで、ヨシダに癌がバレてさ。どうせ、ガンだったし。ジワジワ死んて逝くなら早いほうがいい」
イシカワは何も言えなくなった。アズサとの時のようにだ。自分の無力さだけが残った。
「すまんな、山梨の物資輸送が終わったら、総長と愉快な仲間達に潜入しようと考えていたんだ。でも時間がが無くてな」
「しかたありませんよ」
「それより、お前の方が心配だ。アズサちゃんが死んで塞ぎがちだし、その内に総長と仲間達がに取り込まれやしないか心配でならない」
「何言ってるですか、僕が奴らを殺します」
「そんな事をするな。いいから逃げろ。きっと、あの無線が正しければマレーシアは、ここみたいな村単位じゃやなくて国単位で文化や文明を維持しているからな。おまえ、ずっとこの村ら出たかったろ?」
「はい、でも」
「でもじゃない。いいから逃げろ。そう言えば、マキタからの連絡はあったか?」
「いえ、まだありません。」
「そうか、あと、1ヶ月マキタから連絡がなかったら、下田に逃げろ。ここよりはマシなはずさ」
「また、芝居を打って誰か殺さなくちゃ行けないですか?」
「船で行けばいいだろ?太平洋に出てマレーシアの軍の戦艦を見つける博打よりは、下田に行った方がいいかもしれない。まあ、今のマレーシアも下田もこの村と対して変わらないかもしれないけどな。まあ、ここよりはマシさ」
ギバの言うと通りだ。相変わらず入植者に対する村民たちの嫌がらせは続いていた。しかも、相変わらずねちっこいやり方だ。耐えきれなくなった入植者の中には海を泳いで逃げていった者もいた。彼がどうなったかは分からないが、健闘祈るしか無い。
やっと、山梨の物流倉庫から使えそうな物資を全て略奪が終わった。
イシカワは調達部隊を率いる隊長になった。イシカワは入植者の警備兵から資料を読んで面会してゴトウとサカモトとナカジマとオオツカとヒラノを加えた。
ゴトウ・トモコは35歳。元々フィットネスクラブのヨガの講師をしていたらしい。原水爆時に戸塚のマンションで寝ていたとか。鉄筋コンクリートが彼女を救ったらしい。彼女はなんと言っても射撃が上手い。それに何処と無くマキタさんに似て毅然とした態度をしていたリーダータイプだ。頼りになるに違いない。彼女にはHK417バトルライフルを渡した。
サカモト・タケシは27歳。お調子者だ。藤沢でキタヤマ部隊の時に保護した生存者だ。彼は以前マクドナルドでフリーターをしていたそうだ。銃の腕は普通だった。隊のムードメーカー的な存在だった。キリシマによく似て任務中も喋るので、イシカワは彼をよく注意した。イシカワは気にしていなかったが、隊長らしく振る舞う為にそうするしかないと思ったからだ。
ナカジマ・ヒトシは隊の中では最年長だ。原水爆時の後2ヶ月かけて歩いて村までやって来た。元営業職をしていたらしく口達者だ。生存者との交渉に使えると思ったが、なかなか生存者は居なかったので彼の話術は使える機会がなかった。彼はアサルトライフルの使い方は下手くそだがピストルの使い方が上手だったので、狭い半壊したデパートや倉庫跡地に入る際は防弾用の透明なシールドとSIG P320ピストルを持って先人をきってもらった。
オオツカ・リカは29歳。戸塚で専業主婦をしていた。原水爆時に旦那を亡くし、子供と一緒に彷徨ってて居た所をキタヤマ隊長率いる部隊に保護された。後に息子をマキタに託した。時々2人になった時に「マキタさんから連絡は?」と聞かれたが「無い」としか答えられなかった。実際に連絡が無いからだ。射撃の腕は普通。学生の頃トライアスロンの特待生制度で大学に入学しただけはあり、体力には自信があった。身長は150センチ台で小柄だが、アサルトライフルと防弾ベストと防護服に予備の弾倉を身に着けて走り回れるのはこの部隊では彼女しか居ない。
ヒラノ・ジュンイチは21歳。元々は事務員として働いていた。原水爆時に横浜の地下街で酔いつぶれていたとか。目を覚ますと地下が半壊していて3日かけて瓦礫の隙間から縫うように這い出たとかそれから1ヶ月放浪し横須賀に付いた時にキタヤマ部隊に保護された。彼もイシカワと同じくゲーマーだったこともあり銃の扱い方を習得するにはそう時間がかからなかった。今ではゴトウの次に射撃の上手い隊員だ。体力は正直なところあまりないが、頼りになる奴だ。
部隊員からのイシカワ隊長への評価はあまり良くは無さそうだ。裏で「薄らバカ隊長」と呼ばれているのは彼も知っていた。しかたない。彼らにキツく当たってはいなかったが、生存者を選別しているのだから。許せないのも当たり前だ。マレーシアに行くより先に彼らに殺される方が先かもしれないとイシカワは思った。まあ、殺されても仕方ないが。
最近の調達遠征部隊には入植者の者が多くなった。村民たちはヤリたがらないからだ。入植者達に反乱を起こさされると困ると思ったのだろう。隊長には必ず村民が選ばれた。もう一つの調達遠征部隊も警官が指揮をしている。
殺人やレイプはして無くても入植者を表面上は文明を保っているが、こんな狂った村に入植させて、村民たちが入植者を奴隷のように扱っているなんて間接的にあの略奪者達と変わりないと思い始めていた。時折、あの略奪者グループのリーダーのカワイが言った「俺とお前達は大差ない」という言葉が頭の中で響く。
というのも最近は特別な技術やスキルの無い生存者達をを使って、村民たちがあぐらをかいて、何もせずに偉そうに指示を出して農作物を育てさせ収穫させてい所を沢山目撃したからだ。マキタさんが言った通りだ。事は総長とヨシダの計画通りに進められている。本当に子どもたちを逃してよかったと思った。
最近では生存者を見つけても、他の隊員が気づくまで絶対に目て見ぬフリをした。村で奴隷にされるのと餓死で死ぬのとの天秤にかけてみたが、イシカワの天秤は壊れかけていた。どっちが正しいことか分からなくなっていた。それに、著しく身体が火傷を負ったり身体が欠損している者は救助するなと秘密裏に総長とヨシダから言われていた。隊員の皆はそれに怒った。当たり前だ。イシカワもそう思っているからだ。そういった生存者を見つけた際は、彼ら彼女らに水とわずかの食料を渡し、イシカワは「下田へ迎え」と下田市の行きた方を軽く伝えた。他の隊員に気づかれないようにだ。
それから、1週間後ギバさんは安楽死を選んだ。また一人、村の英雄と祭り上げられた一人が死んだ。葬式は英雄たちが戦死した時のように小学校で行われた。村民全員と入植者達が参加した。特に入植者の子供を逃亡させた親たちは特に悲しそうな目をしていた。しかし、周りの住人にあれが意図的な計画だったとバレては行けないので、中には罵倒する演技をする者もいた。
それから、1週間後、イシカワの父が突然死した。死因は癌ではなく心筋梗塞だったらしい。それから10日後遠征先から帰ると母が死んでいた。母は友人たちに見送られ母は安楽死を選んで死んだ。イシカワは知らなかったが母もガンだったらしい。ジョン、リー、父の死が重なり癌の痛みも重なり耐えきれなくなったのだろう。なんで、せめて自分が死を看取りたかったが、きっと母はイシカワの恋人や親や友人の死が重なった事でさらにショックを与えるのではないかと思い気遣いをしてくれたのだろう。だが、イシカワはショックだった。どうせなら最期を看取りたかった。母には色々と軽い憎まれ口を叩かれたが嫌いではなかった。父も母もそれなりに、いや普通の親以上にイシカワを可愛がってくれた事に気付いた。毎週、土曜日に横須賀まで映画館に連れていてくれて映画を見て、外食をして、父からはパソコンや日曜大工や農業まで教わり、母はイシカワが愚かな行動をすると怒ったが決して見放したりはしなかった。高い金を払い大学に入れてもらい、中退して就職に失敗しても実家に戻り、決して真面目な態度とは言えない労働をしていたのにも関わらず、ちゃんと給料もくれたし、食費だってタダで迎い入れてくれた。とても悲しかったが、周りの不幸が続くと、やはり感覚が麻痺してくる。イシカワは何も思わなくなってきた。人が死ぬこと、たとえそれが親しい間柄の人であってもなんとも思わなくなった。イシカワの家族は猫のキコだけになってしまった。キコを抱きしめると落ち着く。いつもミルクの臭いがする。キコしかもういない。
イシカワは休みの日は遠征部隊の隊長ということで村議会にも壇上にあがり参加しなくてはならなくなった。議題は相変わらずくだらない事ばかりで全然耳に入ってこなかった。それにセラピーにも行かなくなった。もう自分にできることはなにもない。というか、元々自分には何もなかった事に気付いたからだ。たまたま遠征部隊に選ばれて、調子に乗っていた。自分なら何か変える力があると思いこんでいたんだ。しかも、それは自分の力ではなく、銃の力であり、間接的に総長の策略に知らずの内に乗っかて踊らされていただけだと気付いた。ただ無力感しかなかった。それに、マキタからも連絡がない。イシカワにとって子供たちを逃がすのは最後の希望だった。たどり着けなかったのかもしれないし、海賊に攻撃され死んだのかもしれないし、船が壊れて漂流してるのかも。それかマレーシア海軍に乗船拒否をされた可能性だってある。ただ、音楽を聴いてササキの父さんから教えてもらった陶芸に打ち込むことにした。そうしないと気がおかしくなる。いや、もう気が狂っているのかもしれない。
最近、ササキの両親も元気がない。多分、癌か白血病だろう。最近はその人を見るだけで見分けがつくようになった。医者でもないのに。医者にでも転職しようか。そうしたら、人の役にたって少しは気が楽になるかもしれない。
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