22章 I Was Shot By The Sheriff

 「いつか、俺はアイツを撃ち殺すかもしれない」とあの温厚なシミズが、そこまで怒らせた相手は新しく遠征部隊長のイヌカワだ。


 イヌカワは警官が取り仕切る遠征部隊からキタヤマ隊長の後任としてイシカワ達の遠征調達部隊にやって来た。イシカワ含め遠征調達部隊の隊員は驚いた。マキタがキタヤマ隊長の後任だと思おっていたからだ。これは、ヨシダ村長の直々の人事決定らしい。恐らくだが裏には総長が糸を引いていると思われる。

 イヌカワとにかく嫌な奴だった。典型的な嫌な悪い方の警官だった。コイツは、怒鳴る事が美徳だと勘違いしてるかのように偉そうな態度で決してハマー軍用車両からは出ずに遠征部隊に指示をするだけだった。腰にはお気に入りなのだろう、武器庫に最新鋭のオートマチックピストルが腐るほどあるのに、旧式のポリ公が使っているニューナンブリボルバーピストルを自慢げにぶら下げている。この、ニューナンブリボルバーピストルにしては威力もないしシリンダーに5発しか装填できない。もし、銃武装した略奪者グループに襲われた時にコイツは何をしてくれるのだろうか?それとも「おれなら5発あれば全て解決できる」とでも思っているのだろうか。

 パワハラもちろんの事、セクハラ的な言動も酷かった。だからヤツとハマー軍用車両に乗るのが、みんな嫌で仕方なかった。

「ユズキちゃん。そろそろ死んだ旦那を忘れて彼氏作りなよ。それとも俺がなってやろうか?」、「マキタちゃんは今日は生理かな?機嫌が悪そうだ」とか。別にフェミニストではないイシカワ、ギバ、キリシマ、シミズですら気持ち悪がり怒りを覚えた。ある、若い女性の生存者を救助した際は「ねえ、彼氏いるの?」「ねえ?彼氏欲しくない?」とモテない中学生の様な言い草でナンパしていた。

 なので、出来るだけ軍用トラックにマキタとアライを運転させることにした。だが、イヌカワの逆鱗に触れる可能性があるので、毎回遠征の際は交代で。

 男に対してはパワハラが酷かった。ギバには「バカ」と、キリシマには「アホ」、イシカワには「クズ」、シミズには「クソ」とあだ名を付けた。

「おい、バカとクソ。あの建物の中を調べてこい」そんな調子だ。


 キタヤマ隊長が自分たちに優しすぎたのか、それともイヌカワが普通なのか分からなかったが、イヌカワはクソ以下のウジ虫であることには変わりない。警察の遠征部隊ではこれが普通のことなのか?そういえば、警察官が仕切る遠征部隊の連中とは話した事がなかった。みんな寡黙な印象があった。ひょっとすると、相当厳しい可愛がりを受けていたに違いない。それとも隊長という権力に酔っ払っておかしな事になっているのか。

 イシカワの記憶では話した事はなかったが、水爆投下前イヌカワはよく自転車に乗ってパトロールをしているのをよく見かけた。特に、偉そうな態度もなかったし威圧的でもなかった印象だった。

「なあ、お前の彼女可愛いな。今度紹介してくれよ」とイヌカワ。

「ええ、そのうち紹介しますよ」と言ってはみたが絶対にイヌカワには紹介するものかとイシカワは思った。

 なので遠征部隊のイヌカワに「ポチ公隊長」とあだ名を付けた。もちろん彼のいない所でだ。

 「バカ」、「アホ」、「クズ」、「クソ」と言われ続け女性隊員はセクハラに慣れてきたある日の事だった。

 ハマー軍用車両で、運転席にシミズ、助手席にポチ公隊長ことイヌカワ、後部座席にマキタとイシカワ座り、厚木方面に遠征していた時の事だった。シミズが急にブレーキを踏んだ。

「おい、何だよ。急ブレーキ踏みやがって」とポチ公

「隊長、道の真中に少年がいます」とシミズが言うのでイシカワは道の先を見ると5メートル先に10歳位の少年が立っていた。マキタとイシカワが防護服を来てドアを開けようとした時「おい、待て」とポチ公が叫んだ。もしかして罠か?と思って一瞬緊車内に緊張感が走った。

「おい、あのガキよく見てみろ。左手が大きく膨らんで紫色してるぞ」イシカワは後部座席からフロントガラス越しに見ると確かに少年の左手が腕の3倍は膨れ上がっていた。

「あれは、駄目だ。長く持たない」とポチ公。他のイシカワ、シミズ、マキタは言っている意味が分からなかった。

「でも、あの少年は生きてますよ」とマキタと震える様な声で言った。

「でも、じゃないんだよ。こっちは、これ以上村で被爆者を入れるなってお達しがあったんだよ。見てみろあのガキを。どうすることも出来ないだろ?だいたいさ、キタヤマ部隊の連中は障害者と被爆者ばっかり連れてきやがって困るんだよな」とポチ公はニヤけながら言った。

「あんた、それでも人間か?」とシミズはイヌカワを睨みつけながら言った。

すると、イヌカワは腰にぶら下げたニューナンブリボルバーピストルの銃口をシミズの頭に突きつけた。「いうこと聞けないのか?おいクソ、マリファナでも一儲けしてるらしいじゃないか?いつだって俺は引き金を引けるし、パクれるんだぞ。どうする?」

 イシカワはポチ公を許せなかった。感情的になり、右手でホルスターにあるVP9のグリップを握った。すると、マキタが左手でソレを止めた。マキタは首を横に振った。

「おい、クソいいか。あのガキは無視しろいいな?」そういうとイヌカワはニューナンブリボルバーのハンマーをおろしシミズのコメカミに銃口を当てた。


 遠征終了後、ポチ公ことイヌカワ抜きでシミズの家で飲み会をした「あのクソ野郎。いったい何様だ!俺は絶対にアイツを殺す」と言いながら焼酎を飲むシミズ。

「やっぱり、あの噂本当だったんですね」とキリシマは言った。

 キリシマの聞いた噂によると、警官率いる遠征部隊は選んで生存者を保護していたらしい。だが、無傷の者だけ保護すると村民や入植者に怪しまれる為、時折酷い怪我をした者を保護したとか。それに、中には無抵抗な生存者を練習と称して撃ち殺した奴もいるというのだ。

「誰から聞いたのその話?」とアライが聞くと、「警察部隊に保護された何人かに聞いたんですよ。もちろん本当かどうかわからないですけどね。僕も半信半疑でしたけど、でも今日の少年の一件をみると本当かも知れないと思いましたよ」

「その噂俺も知ってる。飲み屋で入所者の奴が言ってたのを小耳に挟んだ。もちろん俺も半信半疑だった。警察は嫌いだが腐っても警察だからな。そんな事するわけないと思っていた」とギバ。

「あの野郎、典型的な犬ですよ。権力の。マキタさんなんであの時ポチ公を撃ち殺すのを邪魔したんですか?」とイシカワは酒も入っていたのでマキタについ当たり散らしてしまった。

「あの少年には本当に申し訳ない事をしたと思ってる。でも、まだその時期じゃない」

「なんです?その時期じゃないって?」

「そのうち教えるわよ。良いからみんな。ソレまで冷静に対処してね。お願い」


 それから5日後の事だった。シミズさんが捕まった。マリファナの件でだ。

 今更と村民の殆どがマリファナを吸っているのにと思った。きっと、イヌカワと総長とヨシダの策略だろう。死者数が相変わらず減らない事を誤魔化すためにシミズを生贄にしたに違いない。

「いいですか?皆様の中にマリファナ吸っている村民、入植者の方が沢山いるのは知っています。今までは緊急事態だったので、見逃して来ましたが、我々は村民達は見事に復興しようとしています。そんな、復興しようとしているのにマリファナなんて麻薬があって良いのでしょうか?これから私達は新しいフェーズに入ろうとしています。ですから、皆さんマリファナはやめましょう」とヨシダがいうと村議会場に集まった村民達は拍手した。

 翌日イシカワは収監されている警察署に行き、シミズと面会した。

 シミズはいつもと変わらず元気そうだった。良く言えばヴィンテージ、悪く言えばボロボロのボブ・マーリィのTシャツに下はリーバイスのブルージーンズにクロックスのサンダルを履いていた。

「ここのポリ公達最低だぞ。トイレは1日3回しか行かせてもらえないし、本も読めない。こんな酷い留置所初めてだよ」と笑いながらシミズ言った。彼は何度か麻取に捕まっと事があるらしい。イシカワはそんな事知らなかった。シミズが東京にいた時に、マンションを借りて、室内でマリファナを育てていた時期があるとか。

「しかもよ、ここの飯最悪だぜ。マズイたらありゃしねえ」イシカワはシミズに差し入れで小説「モンテ・クリスト伯」の本とスパムの缶を持ってきたが、シミズの話では没収されるのがオチだから持ち帰る事にした。

「シミズさん。大丈夫ですか?」

「さあな。普通だったら7年以下の懲役なんだけどさ。この村じゃな。あの少年みたいに死刑になるかもな」

 イシカワは慎重に言葉を選んで話そうとした。略奪者でしかも女性に虐待していたととしても、8歳の少年を死刑にした。シミズが死刑になる可能性は高い。「大丈夫ですよ。少なくてもシミズさんは人を殺してないし。それに遠征部隊の英雄の一人ですよ。ヨシダだっていくら何でも死刑にはしないでしょう」と思ってもない事を言ってしまった。

「そうだよな。まあ、30年刑務所暮らしかも知れないけどな」と気にもしてないかのように笑っていった。

「そう言えば、弁護士の方はどうですか?なんて言ってます?」

「フジカワくんね。とても良い人だよ。すごく親身になって仕事をしてくれてる。でも、この前の略奪者達の裁判を見ただろ?勝ち目あると思うか?それに、彼は離婚専門の弁護士だし、それに弁護士の腕に関してはヨシダの方が上だ」

「そもそもですけど、なんで村長が弁護士しなくちゃいけないんですか?三権分立とかに反するじゃないですか?」

「さあな、弁護士とは縁があっても政治家とは縁がなかったし俺には分からない。それに、平時ならまだしも世界がぶっ壊れた後だぜ。もうそんなの関係ないさ」

 イシカワは悲しくなった。また一人隊員が今までとは違う形でいなくなったのだから。それに、イヌカワはシミズの代わりにどうせクソ野郎を送り込んでくるに違いない。

「そうだ、あの弁護士のフジカワくん。略奪者の裁判以降、村八分状態にされているらしい。だから、もし見かけたら優しくしてやってくれ」とシミズさんは言った。こんな優しい人を捕まえるなんて、しかも、総長やヨシダが先導しているであろうガス抜きの道具に使われるなんて。

 面会時間が終わった。シミズが立ち上がるとジーンズがずれ落ちた。「恥ずかしい所見られちゃったな。ムショの中じゃ、ベルトが禁止なんだ。ベルトまで押収されちゃったよ。情けない。自殺防止のためだとさ」

 イシカワは心配になった。初めて会った時より明らかに痩せていたからだ。遠征部隊で鍛えられ自然と痩せた可能性もあるが。

「じゃあ、皆によろしくな」と言うと警官に連れて行かれ面会室を後にした。

 3日後シミズは拘置所内で死んだ。死因は自殺だった。ベルトで首を吊ったのだ。村議会で警官が報告した。イシカワは確信した。シミズも殺されたと。

 葬式は小学校の校庭で行われた。遠征部隊の隊員が死ぬと自動的に英霊として祀られるのが習慣化しているらしい。ポチ公ことイヌカワが隊を代表して弔事を述べた。「クソ」というあだ名までつけて銃口を突きつけた奴が「シミズさんは立派な戦士でした」と言っているイヌカワに石を投げたくなった。イヌカワが何処まで関わっているか知らないが、シミズの死に自殺にせよ他殺にせよ関わっているのは間違いない。遠征中にイヌカワをどうやって英霊にしてやろうと考えながら弔事を聞いていた。


 悪いことはまだ続く。恐らく今のイシカワにとっては最も悪いことだ。アズサが倒れた。レントゲン検査の結果左肺に癌が見つかった。緊急施術が行われて左の肺を摘出したが遅かった。他の臓器にも癌が転移していた。腎臓1/3と左の腎臓も摘出した。施しようがなかった。医者の診断だと成功していたら後遺症が残るが、再発したら余命は2ヶ月。本当なら病院のベットの上で最期のモルヒネで痛みを抑えて時間を過ごす所だが、モルヒネも抗がん剤も底を尽きていた。マリファナが痛みを和らげる事が出来るらしいが、マリファナの製造者のシミズは自殺、或いは殺され手に入らない。病院のベットはパンク状態。しかも、仮設で立てた病院も同じ状態だった。アズサは自宅療養を余儀なくされた。

 イシカワはアズサに会いに行くと、彼女はとても明るい表情をして迎い入れてくれた。死が迫っているからこそ余計に元気に振る舞ってるように見えた。正直な所覚悟はしていた。あの時、彼女は東京にいたのだから。被爆していてもおかしくない。被爆の影響だろうか髪は所々抜け剥げてかかっていた。だがこの村に来てからのアズサの明るい表情がそれを忘れさせた。いや、イシカワがその事を忘れようとしていた。

 イシカワがアズサの部屋に行くと時間が許す限り彼女を抱きしめた。

「ねえ、そんなに悲しまないで。私の代わりの子はいくらでもいるよ」

「なんで、そんな事言うんだよ」

「あなた、この村の英雄よ。好きなだけ女の子を選べるわよ」と微笑みながらアズサが言った。

「君じゃなきゃ嫌だ」

「私にこだわることはない。ツバサだって私が元カレを手を繋いで歩いているのみたでしょ?だから気にしないで」

「意味のわからない事を言っているんだ。そんな事は俺は気にしない。それに手術は成功したかもしれないじゃないか」

「私が死んだら。いい人見つけてね。幸せになってね」

 イシカワは何も言えなくなってただアズサを抱きしめるしか出来なかった。彼女は会う度に痩せ細りガリガリになっていく。このまま自分も死んでしまおうかと思った。

 朝になり遠征調達部隊の仕事に行くためアズサの家を出ると、アズサの家の壁に相変わらず意味のわからない、怪文奇文が書かれた張り紙が剥がしても剥がしてもまた誰かが張りに来る。この村は完璧に狂ってる。村民皆が総長のと愉快な仲間達とヨシダのシンパに見えてきた。武器庫に行って、いっその事皆殺しにしたほうが良いじゃないかと怒りが湧いてきた。


 村民、自殺者1名(?)

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