21章 Burn The Witch
3月に突入したが相変わらず8月のように蒸し暑い。梅も桜も咲くことは無かった。
毎週恒例の村議会にて、医者のタチカワから衝撃的な報告が入った。ついに、週に放射能汚染の影響と思われる癌や白血病の死因が42人の死者が出たというのだ。死者が先週の2倍になった。内訳は村民は19人、入植者25人。それに加えて5人の自殺。何よりショックなのは流産が5人でた事だ。会場はパニックに陥った。徐々に死者数が増えていたことが、ピーク時の30人を超す結果となった。やっと安定ヨウ素剤で落ち着いたかに見えた分余計ショックだった。村も文明がこのまま崩壊していくのではないかという恐怖が村民や入植者の間で絶望感が漂った。特に、死傷者が入植者に多いと言い残して、タチカワの結果報告は終わった。
「入植者の方に被爆された方が多いのは仕方ありません。水爆が破裂した時に村にいなかったのですから。しかし、安心してくだい。どうにかなります。この困難を村民全員で乗り越えようではありましょう!」とヨシダの演説で村議会は幕をおろした。
次の日から、入植者の住居にある張り紙が複数の住居のドアに貼られた。
「被爆者は出て行け」「お前らが村に放射能を持ち込んだ」などの中傷に、中には赤いスプレーで放射能のマークのいたずら書きまでする者もいた。それにも、住居に投石があったり、道で複数の男に暴行を受けた者、学校でイジメにあった入植者の少年少女。
入植者狩りが始まった。それはイシカワの恋人アズサにも魔の手が迫った。彼女が教える高校に保護者からクレームが殺到した。「彼女は水爆時に東京に居たから被爆しているに違いない」そんな保護者たちが10人ほど職員室に駆け込んできたそうだ。それに、生徒たちもアズサを攻撃し始めた。学校からも暫くの間来ないでくれとと言われた。彼女が危険だからという理由らしいが、本当はどうだか分からない。彼女の実家にも塀には怪文書の様な張り紙とスプレーで描かれた放射能のマーク。そして、彼女は精神的に落ち込むようになりノイローゼ気味になり学校にいけなくなった。イシカワはマズイと状態になったと思った。リーの一件もあるので怖くなった。アズサが殺されたり攻撃されるのたら耐えられない。とりあえずは、自分が遠征が無い時は彼女と過ごした。遠征で彼女といられない時は、アズサとアズサの両親をアキモトの家でアキモトに守ってもらうことにした。イシカワの実家だと父は聞き手の右腕を切断してから攻撃にあった際に抵抗できるかが疑問だった。それに母の様子がおかしい。ジョンとリーの事から立ち直れない様子だ。それにアキモトもまた、恋人のエリカが狙われるのではないかと恐れていたからだ。
イシカワは彼らに護身用に銃を持たせたかったが、彼にはそんな権限は無かった。無理だった。それに、あの村議会の発表以来、入植者が反乱を起こすと噂が流れた事もあり武器庫の警備が厳重になった。恐らくキタヤマ隊長ですら銃を簡単に持ち出せないだろう。そこで、急に思いついた。自転車を乗ってギバの家に行った。ギバに事情を説明した。「お前の頼みなら仕方ない。もう、使っていない古い猟銃がある。これをお前にやる。彼女を守れよ」と上下2連式のベレッタのショットガンと50発の散弾を譲ってもらった。
イシカワは人数分の弓矢を作った。そして、斧とナイフの渡すことにした。アズサとその両親、アキモトと恋人のエリカ、アキモトの母にイシカワ隊長に教わったように使い方を教えた。それから全員にショットガンの使い方を教えた。本当なら実射訓練をしたい所だが、そんな事をしたら警備兵が乗り込んでくる。散弾の込め方、構え方を教えた。中でも沿岸警備隊兼漁師のアキモトなら銃の使い方なら慣れているので彼に上下二連式ベレッタショットガンを渡した。
「アキモト、お前は強いやつだ。もし、奴らが来たら彼女たちを頼む」
「任せておけ、俺の父ちゃんは村一の腕相撲チャンピオンだぜ。それにショットガンがあれば、棒に金棒さ」
するとアキモトも覚悟を決めたらしく、いつもと違う鋭い目つきをしてうなずいた。こんな目つきのアキモトを見たことが無かったので少し怖かった反面、もし、侵入者が来ても大丈夫だろうと思った。
次の週の、村議会。
死者は50人。内訳は村民19人、入植者が21人。40人の内半数が入植者で放射能の影響と思われる癌や白血病、後は自殺が5人村民だ。入植者5人はリンチによる殺人これも被害者が入植者。犯人は見つかっていない。
村議会はパニック状態。「安定ヨウ素剤が効かないかないじゃないか」と叫ぶもの、「入植者が5人自殺し、5人殺されている」と叫ぶもの。最終的には誰が何を言っているか分からなくほど怒号が飛び交い荒れた。
「皆さん。お静かに。今、村に必要なのは団結力です。しかし、入植者の方々の中に自殺者5名、殺された者5名と痛ましい事になりました。そこで提案です。入植者居住区に壁を作り、警備兵を3交代で見張りを立てる事を提案します。これ以上入植者の方を不安にする訳にはいけません。明日にでも工事を行い壁を建設しましょう」というと会場内は大きな拍手で包まれた。
次の日、村民、入植者が駆り出されて、木のフレームを作りそこにコンクリートを流し込んで3メートルほどの壁が入植者達の住居周りに作られた。完成に1週間かかった。
イシカワにはその壁を見て収容所にしか見えなかった。壁が出来上がっても入植者達に対する嫌がらせは続いた。中には石を投げられた女性や子供もいた。入植者に対する殺人行為はなくなったが、自殺が増えた。あの時のように木の枝にロープを括り首を吊る自殺が後を絶たなかった。
その後、村議会で入植者達の外出制限案が出た。入植者達を守る名目の元、入植者達が住居を出れるのは朝の7時から夜の21時までに制限された。入植者の警備兵と科学技術省で働くエンジニアは除外されたが右腕に赤い腕章を付ける事と警備兵が一人警備することが決まった。まるでアウシュビッツ収容所のようだ。
警備兵が村中を警備しているのに関わらず、こんなに被害が多いとはどうゆうことだ。やはり、キタヤマ隊長のいうシンパの仕業だろうか。
遠征中、隊長と二人っきりになった時にシンパの様子を聞いてみることにした。
「まだ、何も言えない。だが、確実に裏に総長がいる」とキタヤマ隊長は言った。
「何か、確証は得ていないんですか?」
「そうだ。銃で言うと総長は引き金に過ぎない。いくら、銃の引き金を引いても弾が入っていなかったら撃てないだろ?」
「言うことは、その弾て村民のことですか?」
「そうゆうことだ。総長が少し引き金を引くだけでヨシダが喋りだす。シンパ達は自分たちの都合の良いように解釈して行動を起こす。そうゆうことだ」
「分かったのはそれだけですか?」
「そうだ。もしかすると俺の陰謀論かもしれない。最近、俺も疲れた。年だし判断力が鈍ってきている」キタヤマ隊長はマリファナを吸ってそういった。
「でも、何とかしなくちゃ」
「もう、どうすることもできないよ。最近、生存者を見つけると入植者にするのが可哀想になってきた。これからきっと、入植者に対しての差別はもっと酷くなるに違いない」
「どうすればいいですか?」
「お前は、とりあえず自分を守れ。それとアズサさんを守るんだ。今の俺にはそれしか言えない」
キタヤマ隊長じっくりマリファナを吸った。まるでナニかから目をそむけようとするように。
7日後、遠征日。キタヤマ隊長は来なかった。珍しく寝坊でもしたのだろうと隊の全員が待った。5分経過、10分経過、20分経過、30分経過。おかしい。「最近なんだか隊長、疲れ気味だから身体でも壊してるんじゃないか?風邪で寝込んでるとか」確かに、水爆以降電話がまだ復旧していない。無線機も数が限られてる。風邪で寝込んでも一人暮らしのキタヤマ隊長には風邪で休むとは伝える手段がない。なので、イシカワとマキタはキタヤマ隊長の家に行くことにした。どうせ寝坊だろうと考えた。風邪で休むような人ではない。酒でも飲みすぎたのだろうと。ダラダラと続く山道を歩いてやっとキタヤマ隊長の家についた。マキタが戸をノックした。反応がない。イシカワは試しに戸を引いてみると鍵がかかっていない。随分不用心だなと思った。原水爆以降、村で盗みが横行すると噂が絶えなくて村民達は戸締まりをちゃんとしていた。玄関に入ると臭いがした。それは、腐敗臭だ。イシカワとマキタはお互いの目を見た。居間へと続く廊下を歩くと腐敗臭はどんどん酷くなった。イシカワは嫌な予感しかしなかった。最悪な事ではないように祈った。
居間の戸をマキタが引いた。キタヤマ隊長は壁にもたれかかっていた。皮膚は紫色に変色していて、ハエが彼の周りを飛んでいた。右のコメカミに小さな穴、左側頭部に大きな5センチほどの中から突き破られたような穴が空いていた。壁には茶色く変色した血と肉片がこびりついていた。右手を見るとVP9ピストルを握っていた。ちゃぶ台には茶封筒があった。
警察が来て調査が行われた。自殺として片付けられた。遺書には、キタヤマ隊長は癌で先が短く苦しく絶望したと書かれていた。ピストルは、任務後武器庫に行かずにそのまま持ち帰ったと書いてあった。死後3日経っていた。
イシカワはショックのあまり何も考えられなかった。確かに隊長は最近様子がおかしかった。確かに癌が原因で自殺したのかもしれない。理由は一つとは限らない総長のシンパを探すのに疲れたようでもあった。イシカワですら村で起こっている殺人や差別は総長が裏で糸を引いているに違いないと思っているが。キタヤマ隊長の総長説は時に度が過ぎてパラノイア的にも見えた事もあった。ソレに疲れたのかもしれない。それにしてもおかしい。あの横須賀駐屯地の自衛隊達の遺体を見た時の言葉を思い出した「銃を口でくわえて、脳幹を撃つのが一番楽な死に方らしい」と呟いていた。なぜコメカミを撃って自殺したのだろう。
葬儀は小学校の校庭で行われた。ササキやカトウと同様に英霊として祀られた。ヨシダ村長の弔事、入植者を代表者、そして隊を代表してマキタが弔事を述べた。
キタヤマ部隊隊員達は、配偶者も親族もいなかったので、遺品を貰うことにした。キリシマは隊長が身につけていたハミルトンの腕時計。シミズはコーヒー用のサイフォン。ギバは隊長がプライベートで履いていたレッドウィングの茶色いブーツ。マキタは隊長が使っていた方位磁石。イシカワは少しサイズは大きかったがM65フード付きのフィールドジャケット。
隊員でシミズの家に集まり酒とマリファナを吸った。
最初は、ただ皆飲むだけで誰も何も言わなかった。ショックすぎた。あのうるさくてたまらない酒の飲めないキリシマですら酒に手をだした。
最初に沈黙を破ったのはギバだった。
「隊長、癌だったのか?」
「さあ、分からない。でも最近、キタヤマ隊長の様子がおかしかった」とキリシマ。「こんな世の中だ。前の日本だって毎年、自殺者2万人いたんだぜ。癌だろうが癌じゃなくても自殺していてもおかしくはない」とシミズ。
「本当に、残念だわ。隊長はいつも私達に優しく接してくれた。それに、隊長が私を遠征部隊に入れてくれたお蔭で、生存者を救う度に夫の事を亡くした悲しみを忘れることが出来た。とてもやりがいに感じていた。あのまま、この遠征部隊に入隊していなかったら、夫が死んだショックから立ち直れなくておかしくなってたかもしれない」とアライが言った。
イシカワとマキタは何も言わなかった。部隊の仲間達はキタヤマ隊長の死体を見てショックだったに違いないと思ったらしくあえて彼らには何も聞かなかった。
イシカワは、きっとマキタも考えていることが一緒だったに違いない。それに、「何か、あったらマキタに相談しろ」とキタヤマ隊長は言っていた。でも今はショックすぎて後で聞くことにした。
「それにしても、最近の入植者狩りはどうなっているんだ?被爆の死者数だって特別に入植者の割合多いわけでもないのに」キリシマは飲めない酒を飲みがなら言った。
「キタヤマ隊長が死んで、この村にもっと大変な事が起きるかもね」とイシカワを見ながら、初めてマキタが発言した。
飲み会は朝の10時でやっと終わった。外に出ると信じられないほど蒸し暑かった。今は1月だというのに。キタヤマ隊長が死んで、この異常気象。完璧に世界が壊れ始める前兆だとイシカワは思った。
キタヤマ隊長の死体を発見したイシカワとマキタは1週間の休みをもらった。
イシカワは一週間、セラピーに行ってオオクボ先生に近況を報告した。もちろんキタヤマ隊長事件説については言わなかった。彼女もシンパかもしれない。それからアズサと一緒に過ごした。彼女は何も言わずにイシカワを抱きしめてくれた。誰かにこの事を話したかったが、アズサに話すわけにはいかな。ただでさえ、入植者狩りが行われているのに、しかも彼女はノイローゼ気味だ。余計な心配をかけたくない。それに、もし、本当に殺人事件なら彼女も狙われる可能性があるからだ。
相談できる相手がいるとしたらキタヤマ隊長が言っていたように、マキタだったが、後で話そうと思っていたが気が変わった。彼女にも危険が及ぶかもしれないからだ。とりあえずアズサと一緒に過ごして1週間過ごしてリラックスすることにした。
マキタも同じ考えらしく、上ヶ丈山の水爆でむき出しになった岩をひたすらフリークライミングして過ごしていた。彼女もあのキタヤマ隊長の亡骸を忘れるためにひたすら岩場を登った。
村民、56人死亡、自殺者6人、流産5人。
入植者、68人死亡、殺人5人
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます